表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

一章 第四話『鏡と夢と結晶と』

001

 只々静かだった。雑音と感じる音はない。風の音とそれに揺れる音、小さい足音。何も起きなくていい。争いも傷つけあうことも無くていい。たったそれだけを願うのにどうしてもそれを阻まれる。

 ザッザッ、と迷惑な雑音が耳に入る。きっとあの連中だ。この森を傷つける奴らだろう。姿が見えた。やっぱり。懲りないものだな。去ねよ。来るな。奪うな。

「『棘矢薔薇ララン』」

 そう放てば奴らに次々と棘が刺さり、痛い痛いと慌てふためき外へと帰って行く。

「踏み入れた瞬間に飛び出すように罠でも仕掛けようか」

 そう呟いた頃、足元の小さな子がこちらを見上げた。鼠のような鳥のようなそんな子が。どうやらカッコいい装飾が欲しいらしい。私は道具を出し縫い始め、そっとその子に結んでやる。出来たのは首輪。星の形を刺繍した紺の首帯、ちょっとした英雄気分にはぴったりだ。

 その子はチチっと仲間のもとへ駆け抜け見せびらかしては自慢する。実に可愛らしい。

 サアァと風が強く吹く。ザワザワと木の葉が擦れ飛虫は煽られる。不穏なものなど来るな。

 只々、静かで穏やかな日々が続けばいいのに。その時はそう思った。

 崩れ去ることなんて知らずに。



002


 宮花結芽乃みやばなゆめの


 六年に進級してもう三日が経った。

 今日のわたしは朝から髪の毛が爆発して、弟とお母さんに爆笑されてしまった。自分でも目を丸くした驚いた。

「え、ライオン。ふっふはっ、あははは!」

 自分でも爆笑してしまった。直すのに時間がかり、結局いつもより遅い登校になってしまった。


「今日は髪の毛が言うこと聞かなかった?」

 おはようと言う前にこう言われてしまえばこちらも笑うしかない。前髪の一部が重力に逆らっていた。

「いやぁ災難だね。私はもう適当でさ、櫛が通らない。無理にでも通そうとすれば十本ぐらい一気に抜ける。面倒くさがりも相まって余計絡まる。これ、健眞に髪の毛引きちぎられるかなぁ」

 と千夢ちゃん。

「うん、そうだと思う。そう言えば、ケンちゃんはケンちゃんで癖っ毛だもんね」

「あー、光梨がすごい羨ましい。なんで毎朝あんなにトゥルントゥルンなの」

「僕を呼んだかい?」

「「わあああぁぁあ!?」」

「悲鳴あげるほどかい?そんなに驚いた?」

 いつのまにかわたしたちの横に光梨ちゃんが立っていた。音も気配も何も無く。

「はぁはぁ、ねえ、光梨って忍者?」

「な訳ないでしょう。で、僕の髪がなんだって?」

「光梨ちゃんの髪がいつでもサラサラなのずるいなー、って話だよ」

「なるほどね。まあ、髪質はあるよね。でも寝る前に丁寧に乾かす、梳かすとかをちゃんとやっていれば絡まるのは抑えられると思うけど、どうかな?」

「ソノトーリデス。正論パンチやめい」

「あ!昨日ちゃんと乾かさなかったから髪の毛が重力に逆らってるんだ!」

「ちゃんと乾かしなよ。それはそうと、今日は教科書配布の日だったはずだ。荷物入れるための手提げか何か持ってきたかい?」

 八教科分の教科書と五教科分のワーク、数字自体は大きく見えなくても一冊一冊が分厚くて運ぶのも洒落にならない。

「一応持ってきてはいるよ、でも底抜けそうで怖い」

「色々入ってるから入り切るかな」

「結芽乃はどれほど荷物を詰め込んでいるんだ?選別はしないのか?」

「してるんだけどね。心配で入れすぎると言うかなんと言うか・・・・・・」

「心配性が裏目に出たね」

 的確な的を突かれてしまった。

「わあ、結芽乃ちゃん。前髪どうしたの」

 ケンちゃんにも言われたら苦笑いするしかない。

「てか千夢、どんだけ髪絡まってんの。まともに結べてないじゃん」

 胸を押さえて打たれたフリ。オーバーリアクションをする千夢ちゃん。

「分かってるよぅ。めんどくさいよぅ。やってくれませんかぁ」

「やるけどさ、少しは自分でやろうという努力をしてくれない?」

 ものすごくケンちゃんは呆れ顔。

「本日二度目のグサって刺さる言葉だよ、ウッ」

「痛いのも困るのも自分だろう?自業自得じゃないか」

「耳が痛いよー。シクシク」

 テンポのいい会話が続く。

「ついでに結芽乃ちゃんのも直そうか?」

「え、いいよいいよ。髪留めはあるし」

「分かった。さぁて千夢、髪抜くよ」

「まって、怖い怖い。手に持ってる櫛がナイフに見えてきた」

「重症だね」

 その場を離れてトイレの鏡の前に立ち、今にも自我を持ちそうな寝癖を抑え込む。これでしばらくは大丈夫な、ハズ。これからはねても見て見ぬふりを貫こう。


 学級全員で協力して教科書、ワークを運ぶ。二階の準備室から四階のわたしたちの教室まで上がるのは骨が折れた。目の端に見えたのは人の倍より持って平気な顔して誰よりも軽やかに階段を登る理宇くんだった。そして先生が順に配ってみんな同じ数だけあるか確認する。配られた教科書類はやっぱり重くて、バッグに入れるためにまとめて持とうとしても腕が震えて無理だった。

 今日も四時間で終わって皆が皆、我先にと階段を駆け降りる。螺旋階段から落ちないといいけど。人がまばらになってきた頃に階段を降りる。低学年の子は校舎も離れているし螺旋階段ではあるけれど段は低く柵が高く、壁は木材でできているから安心なのはそちらだ。改修工事が施されている方が安全に、そして誰にでも使いやすいようにユニバーサルデザインがあちらこちらに使われている。

(こっちも改修工事してくれないかな。落ちたケースをあるらしいし)

 誰かが螺旋階段から落ちたところを想像してしまい血の気が引いた。紅い紅い液体が広まっていき自分の足に到達する、そんなシーンが脳裏に浮かぶ。ここで立ち止まったら、きっと動けなくなる。そそくさとその場を逃げるように行く。

 家に帰っても一人。何かに掴まれているような気がしてならない。その時だった。何かが降りてきた。降りてくるものを両手で受け止めればそれは、雪の結晶を模ったガラス細工だった。両の掌を合わせたぐらいの大きさだったが、見た目ほど重くなかった。鉛筆一本ぐらいの重さ。とても精巧なつくりなのに、力を込めてしまえば割れそうとは思わない。

「綺麗。どっかで見た気がする・・・・・・」

 思い出せそうで思い出せない。つい最近見たと思う。どこでいつ見たのか。自分の部屋で机に向き合って観察してみる。何もわからない。伸びをしようと持ったまま立ち上がった時、ふと目に止まった。いつも使ってる姿見。自分を映しているはずの鏡は、昨日見た顔を映し出した。

「え?リーシェイ、さん?」

 私服のわたしではなく、リーシェイさんを映していた。

「え、どういうこと?」

 鏡の中のリーシェイ、さんは自分と違う動きをした。手に持っていた氷の結晶のような飾りで髪を結んだ。そこで思い出した。わたしが持っているこの飾りはリーシェイ、さんが付けていたものだった。

 そしてわたしは出来心でその飾りを髪に結んだ。紐もついていないのにどう結んだかはわからない。

けど、妙にしっくりきたのは確かだった。

 クローゼットから服を探した。去年のハロウィンの時に買ってもらったデザインの凝った中華ドレス。いつか着るだろうと貰った袴を出した。それを着た。その自分の姿を映せば益々リーシェイ、さんに似た。

 そこから先、いつわたしは寝入ってしまったのか分からない。

 



004


 いつの間にかそこにいた、そんな感じだった。今は宙を浮かんでいて体も自由に動かせる。下に見えるのはとある四人。リーシェイさんとライトさんは分かった。あとの二人が分からない。

「今日はこの地帯を抜けられそうにないから野宿だな。雨が降らないといいけど」

 ライトさんが空を見上げた。

「そうだな、動きやすい格好にでも着替えておこうかな」

 と、リーシェイさん。

「ケイは薪になりそうなものを集めてきて、ヤブサは食べられそうな果物とかあったら取ってきてくれる?リースはこの周辺に鈴を張ってほしい。僕は簡易の小屋を作るから。とりあえず三十分後に集まってね」

 来度さんはそう指示した。おそらくケイさんは髪を下ろしている子で、ヤブサさんが黒い羽が生えている子だとわたしは推測する。

 わたしはリーシェイさんにつく。リーシェイさんは指を鳴らして一瞬のうちに着替えた。さっきの中華服に袴ではなく、膝までの長さのコートに丈の短いズボン、黒のレギンスにブーツを履いた姿になった。あまりの一瞬の出来事にわたしは呆気に取られていた。

(魔法?)

 そしてリーシェイさんは魔法陣のような模様から鈴がついた縄を取り出し次々に木にくくりつけていった。少し弛ませて音が響くかを確認している。何十本かの木につけ終わるともう、二十分経っていた。そのあとに自分の髪を高く結び、腰に下げた小物入れの中身を確認する。入っていたのは短剣と縄とペンと何かの瓶。他にも入っているらしいがよく見えなかった。

 ライトさんの方に戻るともう小屋はたて終わっていた。木の棒で作られた骨組みとおそらく撥水防水機能がある布をかけてそれなりの大きさのテントになっていた。料理の支度を始めていて、どれもそのままでも美味しそうに見えた。

「手伝うよ」

「ありがとう。指切らないでね」

「分かってるよ」

 その間ライトさんは座る場所を作っていた。魔術とやらは使わないのか?

「目が痛い・・・・・・」

「眼鏡いる?」

「ちょーだい」

 涙目になりながらメガネを受け取った。ゴーグルみたいだった。

 五分もすればケイさんとヤブサさんも帰ってきた。ケイさんは抱えるほどの量の程よい薪を、ヤブサさんは人数分の果物を袋に入れて持ってきた。ヤブサさんは翼を折りたたみながら降りてきて果物をリーシェイさんの近くに置き、ケイさんは火を焚き始めた。何も言わなくてもそれぞれが自分の仕事役割を判断して行なっている。

「何から、焼く?」

 ケイさんが尋ねた。

「この野菜からでしょ。あっためる位がいいんじゃない?」

「先にこっちを作らせてね。リース、野菜切り終わった?」

「終わったよ。ほら」

 ライトさんに切った野菜を入れたザルを渡す。

「お腹、空いた」

「待っててね」

 そうやってコトコト煮込む。いい匂いが漂う。

(嗅いだことある匂いだな・・・・・・。んー、わたし食べたことあるの?)

 わたしは湯気に包まれるように目を閉じた。



005 


 次に目が覚めた時わたしはベッドの上に寝ていた。確かリーシェイさんみたいな服装をしていたはずだったが、いつもの私服に戻っていてあの中華服は綺麗に畳まれていた。あの髪飾りはまだついていた。わたしはわたしが何をしたか覚えていない。時計を見れば一時間も経っていなくてまだ二時だった。

「外にでも行くかな」

 黒のズボンにシャツと羽織ものを着て外に出た。スマホ、家の鍵、財布だけをショルダーバッグに入れて足の向くままに歩く。

 そしてまた、いつの間にか学園の隣にある神社の前にいた。ただなんとなく惹かれて一礼をしてから鳥居を潜る。風に揺れる木の葉はサラサラと静かに鳴った。



 カラン。



 一人、いつの間にかそこにいた。面を被った着物姿でとても背が高い。ゆっくりとこちらに近づいてくる。



 カラン。コロン。


 けれど、怖いとは感じない。むしろ知っているという感じがした。その人はわたしの横を通り過ぎた時、何かの笛の音を鳴らした。咄嗟に振り向いた時には既に、その人の後ろ姿はなかった。

 いとも不思議だったのにどこか腑に落ちた。五円でお賽銭をしてその場を後にする。誰かがこちらを見ているようだった。

 このところ不思議なことが立て続けに起こっている気がする。千夢ちゃんもけんちゃんも見たという夢、いつの間にか寝てしまうこと、この髪飾り、さっきの人・・・・・・。でも何処かに関連性があるんじゃないか、そう考える。もし見た夢が記憶だったとしたら、もしわたしがリーシェイさんだったとしたら、もし光梨ちゃんがライトさんだったら、じぶんが『廻生者』だったとしたら。

(ん?かいせい?なんでこの単語が出てきた?)

 公園のベンチに座って空を見上げた。雲はまだら、蜘蛛は巣を作っていた。

 考えてもわからないなら放っておく。そう、それでいい。

 誰かいてもいいような時間帯と場所なのに私しかいない。いつもなら小学生が騒いでて、中学生がサッカーとかの練習をしているはずなのにひとっこ一人いなかった。風は少し暖かくなってきて川は陽に反射する。魚が跳ねた。この川の名前はなんだっけか。この辺りには橋もないから其の名前もわからない。学校で先生が川の名前を言っていた気がするけど思い出せない。

 遠くを見れば山が目に留まった。ここからは段差があって頭の部分がちょっぴり見えていただけだったけど。

(あの山って確か私有地だったっけ。周りに塀があるんだったかな。其の隣に大きい家だか建物だかが建っていた気がする。山一つ所有するとかどんな人なんだろう)

 ちょうど其の頃誰かの話し声が聞こえた。多分男の子だろう。

 見えた男の子は千佐都くんだった。保育園時代から顔馴染み。仲がいいというほどでも無いけれど。もう一人、それは理宇くんだった。あの二人の組み合わせを考えたことも無かった。元気で周りにいつも人がいる千佐都くんと、静かで冷静、騒ぐことは少ない理宇くん。あまりに対照的な二人。だけどあんなに楽しそうに笑い合っている。

 不意に髪を掻き上げられるような風が吹いた。かなり冷たく感じて縮こまる。通り過ぎたと思って目を開けたらあの二人はいなくて髪飾りも消えていた。そのせいで穂を揺らす風と共に下ろされた髪は煽られた。

(不可思議な出来事ばっかりだなあ。驚くわけじゃ無いけど情報量が多すぎる。何処か納得しちゃうのもモヤモヤするな)

 わたしはまた、歩き始めた。先程気になった山の近くにぶらついてみる。山は奥を覗こうとすればするほど柵の間から何かが出てきそうで怖かった。隣の建物は暗かった。大きくて高くて聳え立っていて見下ろされている感覚がしてならなかった。ここまで山に近づくと流石に人気はなくて車もない。春なのにまだ寒い風が走る。早く、早く春だと納得する季節にならないかな。風は少し暖かくて花は綺麗な季節に。

「春、なれ」

 ちょっと呟く。

「春風誘え、花の色」

 誰かが言った。隣には光梨ちゃんがいた。黒の外套コートに身を包んで。

「やあ。こんなところで何をしているんだい?」

 掛けていたサングラスを外しながらこちらを覗く。いつものように優しい笑顔。

「何となくだよ。冷たい風に誘われてね」

「おや、うまく返されてしまった。では、今度は僕が連れ去っても?」

「お手柔らかに」

「では。我が君、僕と少しお付き合い願えますか?手間は取らせません」

「喜んでお受けいたします」

 差し伸べられた手を取ってわたしは連れ去られた。

「ふふ、なんか今の可笑しかったね。でも、デジャヴを感じる」

「ハハッ。そうかい?僕は楽しかったよ」

「あぁ。私も楽しませてもらったよ。・・・・・・ふ。ちょっと楽しいな」

 彼女の答えが無かった。見れば笑顔は消えて驚いているように見える。

「あ、あぁ。すまない。そんな雰囲気が出ているね」

 そう言いながら笑顔に戻った。そして、キャスケットを少し深く被り直した。

「褒めてる?いじってる?」

「いじってなんかいないさ。でも、いつもの方がいいな」

「わたしも。なんかくすぐったいや」

「そうだね」

 そこでふと気になったことを口にしてみた。

「ライト、って知ってる?」

 光梨ちゃんは少し目を細めた。

「右?光?」

「そうじゃなくて」

「ライト、名詞か?」

「うん。誰かの名前」

「そうか、分かるといいね」

「会いたいな」

 光梨ちゃんに連れてこられたのは江戸の街並みだった。賑やかな商店街や出店、和を意識させる商品、そして街の人たちは皆着物を着ていた。

「此処にちょっと用事があってね。一緒に見てまわってくれるかい?」

「いいよ。この街にこんなところがあったんだ。知らなかった」

「ふふ、此処は凄く分かりにくい所にあるからね」

「へぇー・・・・・・」

 色鮮やかで色彩豊かな布、模様が凝っている櫛、ガラスで作られた簪、和傘、お面。そういえばこの街の人はみんなお面をどこかに身につけていた。

「気になるものでもあったかい?おや、桜が髪についているよ。取るね」

「あ、ありがとう」

 目の端でキラッと何かが光った気がした。

「ほら取れた。目的地に行ってもいいかい?」

「うん、大丈夫」

 光梨ちゃんから逸れないようコートの裾を掴んで歩く。着いたのは先ほどより人が少ない通りだった。たくさんの植物が吊り下げられていて奥の棚は細かく仕分けられていた。

「いつもの一つ頼めるか?」

「ほら、持っていきなさいな。今日はその子と一緒なんだねえ」

 そう言って店の人は袋を渡した。

「ありがとう。また来るよ」

 用事は終わったみたいだった。

「いつもは誰と来てるの?今日は、って言ってたけど・・・・・・」

「さあ。誰だと思う?」

「すぐはぐらかす・・・・・・。ねえ、お店見てもいい?お金はあまりないから買えないけど」

「ああいいよ。何が見たい?」

 その後は見慣れない物をたくさん見て少し疲れてしまった。

「今日はありがとう。また明日」

「うん、こちらこそありがとう。またね」

 そう言って四時頃にわたしたちは別れた。まだ日は明るくて昼が長くなってきたように思える。畑に近いところにあるお寺にいた。

(此処からだと学園の前を通る方が時間を潰せるか)

 そうやって歩き出した。そしてまたあの神社の前を通った。そこに見知った影がいた。

「千夢ちゃん?」

 影は振り返ってこちらを見た。

「あれ、結芽乃だ」

 千夢ちゃんはこちらに駆け寄ってきてくれた。鳥居に挨拶もちゃんとして。

「どうした?こんなとこに」

「出かけた帰りだよ。千夢ちゃんこそ何してるの?」

 此処から彼女の家がすぐ隣だとはいえ、普段外に出たがらない彼女がこんな所にいるのは不思議だった。自称引きこもり。自分で言っちゃうんだよな、千夢ちゃんて。

「ちょっと調べ物。気になったことがあってさ」

「そうなんだ。成果はあったの?」

「ぜーんぜん。図書館にも行ったけど手掛かりゼロ。いやゼロではないな、気になる書籍があった。それが詳しく調べられればなー」

(気になったらとことん調べるよなあ。凄いよな、こういう行動力)

「わたしも何か手伝おうか?力になればいいんだけど」

「いや、私一人で調べたいから今回はお断りする。それにこの案件、下手すると県外行くかもしれないから」

「え、県外?ほんとに言ってる?」

(調べるだけでそんな行動の範囲広がるの?)

「神主さんにも聞いてみたいけど手がかりが少なすぎてさ。あと勇気がない」

「ねえ、光梨ちゃんに聞いてみたら?案外何か知ってるかもよ?」

「あー確かに。聞いてみて損はなさそうだ。健眞にも聞いてみよ。あと、理宇かな」

「あれ、千夢ちゃんて理宇さんと仲良かった?」

「結構話すよ。アイツも本が好きだからね。それに知識豊富。最初こそ他人行儀だけど、打ちとければ気楽にしてくるよ。ノリもいいし」

「そうなんだ」

 こんなところから理宇さんの情報を聞けてしまった。ミステリアスな少年。それがわたしの印象。

「ねえ結芽乃。あれから不思議な夢って見た?」

「見たよ。ケイさんヤブサさん登場しました」

「あ、そうなんだ。それにしても、かな。見れば見るほど思い出してるような感覚なんだよね。そういえばこの話、光梨にはしてないな。でも聞こえてそうだな」

 少し嫌な顔をした千夢ちゃん。

「確かに。なんとなくだけど、ライトさんと光梨ちゃんの雰囲気が似ているんだよね。錯覚かな」

「それは思った。なんかこう、重なる」



 カラン。



 また、下駄の音がした。



 カラン。コロン。カラン。



 わたしたちは声を奪われたまま、横を素通りするヒトを見た。



 コロン。カラン。


 カラン。



 そのヒトは鳥居から三メートルほど離れたところで立ち止まった。そしてゆっくりこちらを見た。いつの間にか隣には顔を布で隠した子がいた。



 シャン、と一振り鈴が鳴った。



 わたしたちに向かって一礼をした。そして、隣の子が手を仰げば風が吹き荒れた。わたしたちは思わず目を瞑り風が止むのを待った。次に目を開けた時、既に二人はそこにいなかった。

 わたしたちの間に静かな時が流れた。


 そして景色が変わった。





006


 目の前にいるのはケイで、私は手に髪を切る用の鋏を持っていた。

「もうちょっとだな。ちょっと顎あげて」

「ん」

「えいえい。動くなよー動くなよー。・・・・・・。よし、こんなもんかな」

「えいえいって、なんだ」

 ケイが疑い深い目でこちらを見る。

「変なことはしてないよ。ほら鏡」

 そばに置いてあった手鏡を渡す。

「ありがと。そういえば、リースは、切らない、の?」

「切らないよ。もう少しこのままがいいんだよね。まとめやすいし」

「そっか」

 顔にかかっている髪を払ってやる。前髪もいい感じに直す。そして顔を手で挟んだ。

「ぬウッ」

 まだ幼さが残る、いや幼いか。まだ十五だし。ケイの柔らかい頬をいじくり回す。こねて伸ばしてつまんでまたこねる。そして不服そうな目になるケイ。

「ぬあ、めえ、のぉ・・・・・・。やめろ!」

 カッと目を見開く。それが変なツボにハマった。

「ンフッ、フフッ」

「笑うぅなぁ、ヌゥっ」

 そしてまたこねる。柔らかいなー。可愛いなあ。

「あー、んヴ。ヤー!」

 可愛い。年下って可愛いな。いや、ケイが可愛いんだな。うん、そういうことだな。

「何やってンの二人とも・・・・・・。マジで何してンの?ケイの頬こねくり大会?」

 ケイの声を聞きつけてか、ヤブサが来た。

「変な、名前、付けんなん、ング」

「されるがままだね。もう少し抵抗すれば?そんでリースはツボにハマりすぎだって。息してる?息してないのにこねくり回してる?」

 ヤブサがもう質問するのさえ面倒くさくなっている。

「息は、ンフッ、してる。可愛い」

「どっちなの。はいはーい、ケイさんおいでー」

 ヤブサがケイを手招きする。

「アー!」

 私の腕を掴んで頬から引き剥がす。そして飛ぶようにヤブサの後ろに隠れる。事実、ケイの方が背が高いので隠れられてはいない。盾にはしている。そして、ジリジリとヤブサに近づいていく。

「え、リーシェイさん!?ワタシにもする気!?ちょ、あー!」

 そしてヤブサの頬もこねくり回した。ケイは固まった。ほんとに可愛いなこの二人。

「リース、今日、何。どうした。疲れた?」

「リース、を、と、めろ!」

「よしきた。覚悟しろ!」

 ケイが飛びつく前にサッと避難する。

「こーげき、失敗。きゅーしゅつ、成功」

「あー酷い目にあった。次は助けないようにしよう」

「最低だ、ヤブサ、薄情ものだ」

「フハッハッハッ。なんとでも言え!」

「あなたたちは本当に可愛いね」

「よし、逃げろ」

「脱兎の如く、逃げてやる」

「逃げられると思っているのか?」

 追いかけっこが始まった。


 そこで途切れた。





007


 もと居た景色に戻るとお互いに目を見合わせた。

「ケイ?」

「リース?」

 目にも見えぬ速さで千夢ちゃんに顔を挟まれて、されるがままになった。

「???」

「???」

 しばらく顔をこねくり回された。

「ひゃくやね、あっきと、」

 逆だね、さっきと。

「だな。そんで柔らかいなぁ。結芽乃」

(真剣な顔で言われても)

「そろそろ離してくれませんか?痛いです」

「ごめん。結芽乃が私たちのことをこねくり回した気持ちがよくわかった」

(そう、わかってしまったか?可愛い、柔らかい、もちもち)

「え?」

「あれ?」

「えーと、同じ景色を見てたってこと?」

「リースさんにこねくり回された」

「同じだ。ん?どうなってるの?」

「私も分かんない。ヤブサは健眞・・・・・・。大丈夫かな??」

 千夢ちゃんがダラダラと汗を流す。

「どうだろう」

「明日にでも理不尽に威嚇されそう。結芽乃が」

「それは嫌だ。千夢ちゃんも巻き添えにしてあげる」

「こっちの方が理不尽だった」

 

 今日はそんな話で終わり、それぞれの家に帰った。

(それにしても、なんであんなところに光梨ちゃんはいたんだろ。わたしたちの他には誰もいなかったと思うし。まあ、聞いても教えてくれないだろな)

 聞いてみる価値はあるか。


 その日もまたすぐに眠りについた。





008


 まだ、遠い。来度には届かない。

 柱に釘付けられた姿で血を流すのは来度。流血量が尋常じゃない。いくら怪我や痛みに強くたって、あの量じゃ生命線も危ない。早く、速く、助けたいのに。

「邪魔なんだよ・・・・・・。傷つけたいわけでもないんだよ。退いてよ、そこから」

 腕を払って霧を発生させ急速冷凍をし敵を固める。妖霊から逃げた奴が私に斬りかかる。それを横目で見た後フラッと重心を傾けて躱し、水球で肩を撃ち抜く。打った奴は体勢を崩して地面にひれ伏した。それに目もくれず空中に舞う隙も与えないかのように次から次へと奴らが斬りかかる。

 一斉攻撃でさえ私にはかすり傷一つ与えられない。ヒトの間を練るように攻撃範囲から抜け出し氷の飛礫で其々の鳩尾を貫く。もとの塊は小さいが宙を飛ぶ際に周りの水蒸気も冷やされて葡萄の粒くらいに大きくなる。

 やっと身動きが取れるようになったので宙を舞って広範囲に雹を降らす。こちら側は水蒸気の塊で隠されて下からは見えない。

 地に突っ伏しているのは生物名がつけられないほど異様な奴ら。どの奴も首輪をつけている。きっと『主人』でもいるのだろうと察する。自分が死ぬのも厭わない、ただ殺すことを目的に使い捨ての駒のように動かされている。

 ふと、奴らには意思はあるのだろうか。そう思った。ただ殺すことに執着している奴ら。自我が強ければ洗脳術なんてものともしないはず。でも、生活の場があったかもしれない。家族がいたかもしれない。私たちと生態系が全く違う奴らはどう生きていたんだろう。

 奴らの頭上を颯爽と走り抜ける。剣が投げられる。そんなものは身を翻すだけで躱せる。洗練されない動き、戦術も工夫も無いに等しい、錆びて欠けている武器ばかり。質じゃなく量、か。そんなんじゃ命が無駄になるだけだ。

 大きく羽ばたく音が高くから聞こえ、一つの影が駆け抜けた。黒い翼。ヤブサだった。

 そのまま、そのまま来度の元に。だんだんと近づく。もう其の囲いを消せる距離に来た時、それは起きた。


 パリン。


 何かが砕けて落ちた。

 黒い翼が片方落ちていった。さらに奥にはヒトの倍ほどもある鎌を持った誰かがいた。白い髪に黒い服。どんなに姿はなれどそれは来度だった。

 ヤブサは平衡感覚失って真っ逆さまに落ちていく。柱を駆け上がって飛び上がりヤブサを両の手で受け止める。もう片方の羽根もだいぶ爆ぜていた。

「リース。ワタシ今、どうなってる?」

 何が起きたか本人が判っていなかった。無理もない。

「・・・・・・翼。片方、失くなって、もう片方も、ほとんど爆ぜてる。妖霊で治せるか分からないぐらい、酷い」

「そっか、じゃあ炎は出せる?傷口焼いて止血する」

 切り返しが早すぎてこちらが驚く。

「分かった。咥えるものは?」

「服を噛む。お願い」

「分かった。やるよ」

 炎で傷を焼き布で覆う。声は上げなかった。力を込めているのがよくわかった。

「あいつを助けられるのはワタシらだけだから。泣き言なんて言えないよ」

「分かってる。だから、来度を傷つけてでも止めよう」

 いつのまにか下の連中は全員倒れていた。だが一滴として血は流れていなかった。流れていないのに全員、死んでいた。それは息遣いで分かった。奴らを支配していた首輪も全て破壊されていた。

 血の気が引いた。ヤブサも同様に。血を流さずに殺す方法を私たちは知らない。あきらかにこれは『異常』だと。

 その中にひとつ影を見つけた。死皇という古代の殺戮者のように身の丈に合わない程の大きな鎌を持った影。

 その子は一度鎌を振って素早く上へ昇った。天井には風穴が開いて雲も吹き飛ばされて淡い光が入ってきていた。

(まるで本物の死皇シニガミだ)




009


 いつ景色が変わったのだろうか、空から降る淡い光を見ていたはずなのにいつもの天井を見つめていた。

「朝、か。今日もまた良い天気だな」

 いつもより暖かかった。もうコートは要らないな。

(いつ、来度に会えるかな。そういえば、最近は誰かの側で見るじゃなくて体験している夢が多いな。何かの前触れ?)

 いつも通りに支度をして時間になったら家を出る。桜はとっくに散っていてカラフルな蝶が飛び回る。まだ四月。 

 教室はヒトが少なくて広く静かに感じた。ケンちゃんはもう来ていた。光梨ちゃんも。

 千夢ちゃんが来ないと話は通じないな。今はやめとこ。早く来ないかな。

 門が閉まるギリギリに千夢ちゃんは滑り込んできて、ダッシュで螺旋階段を駆け上がる音が聞こえた。家が近いからってゆっくりしすぎたのかな。結局朝は話せなかった。二時間目は体育で三時間目は理科の実験、四時間目は図工。全てが移動教室でなかなか話せなかった。昼休みになってやっと今日初めて会話した。

「千夢ちゃん」

「や、結芽乃。どした?」

「昨日話してた神社のことについて、かな。あと夢の話」

「まあ、昨日は昨日だね。私は面白かったけど。立場逆転してたし。で神社のこと?んー、私もあんまし分からないんだよね。というか、これから聞くつもりだったし」

 つまり、光梨ちゃんと理宇くんに聞くということかな。

「着いて行ってもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 千夢ちゃんを盾のようにして後ろにつく。

「親鳥雛鳥・・・・・・」

 ケンちゃんがボソッと言ったのが聞こえた。まあ、見えなくもないよね。光梨ちゃんは教室でまた分厚い本を読んでいた。

「ひーかーり」

「何?」

 読んでいた本を閉じてわたしたちに向き直る。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ、いい?」

「いいよ。僕でよければ」

「学園のすぐ近くに神社があるじゃん?その神社が全国的に見て特に何の行事もなさそうな時期に一番品位を感じさせる装いになるんだよ。その事について調べてるんだけど中々情報が掴めなくてさ。光梨、何か知ってる?」

(すっごい綺麗に要約してる。そしてちゃんと趣旨を捉えているから凄い。わたしそういうの苦手なんだよな。国語は全然だし)

「ああ、あの神社か。窺鵺うかがや神社。じゃあ、千夢。あの神社は何が祀られているか知っている?」

「夜に鳥って書く、なんだっけ」

「ぬえ、だよ。日本の伝説の生物とも言われるね」

「ぬえってあの、妖怪の?」

「そう。その鵺が祀られているんだ」

「妖怪が祀られてるって珍しい?よな。何でだ?」

「何で、と聞かれると詳しくは僕にもわからない。でも、その神社は平安時代に建てられているよ。今の名になったのは随分後で江戸時代初期だったけれど。それまでは稲荷神社みたいに豊作を願って作られたんだ。その後になんやかんやがあって今の名で祀られている。以上が僕が知っている事だね。これ以上知りたいなら理宇に聞いた方がいい」

 光梨ちゃんも理宇くんを頼った。理宇くんってどんな子なんだろ。

「ありがとう。これから理宇に聞くつもり。多分また聞くからよろしく」

「もう僕に聞くことはないと思うけれど」

 苦笑しながら本を開く。わたしたちは理宇くんの方に向かった。

 彼は図書室で本を眺めていた。読む気配はない。

「あ、やっぱりここにいた」

「何や。僕に用でもあるん?」

「何で一人称僕なのさ。俺でいいのに。あ、結芽乃がいるから?」

「当たり前や。宮花さん。気にしいひん?」

「あ、うん。大丈夫」

「違和感」

「聞かんでええか。答えんでいいか」

「やめてよ。で、聞きたいことあるんだけどいい?」 

「・・・・・・座って聞いてもええか?」

 わたしたちは図書室にある席に並んで腰掛けた。理宇くんはとある本を持ってきた。

「聞きたいことってのは、学園裏の神社が全国的に見て何もなさそうな時期に一番品位を感じる装いになることで。それを今調べてんの。何か知ってることある?」

「まあ、俺に頼ったのは正解やな」

「やっぱりか」

 何がやっぱりなんだ。

「俺に聞くってことはもう光梨には聞いたな?鵺、祀られてることは分かったやろ。で、鵺は見たことあんの?」

「図鑑で何となく、かな」

「何とのうか。ほなこれ見ろ」

 持ってきた本をパラパラとめくってあるページで止まった。その本は妖怪とかについての図鑑だった。妖怪好きなのか?

「この本は嘘も書かれてるさかいめんどいが、絵は似てんねん。これが鵺」

「なんで嘘って分かるのさ。へー、こんな感じなのか。ザ・獣って感じだな」

「まあ、そうやろな。サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ。まさにその通り、と言いたいが想像上のもんだ。実際は鳥、と言われてんな」

「なんか上げて落とされた気分」

 眉を寄せて不貞腐れ気味になる。

「いることは確かや。火のないところに煙は立たん。目に見えんだけ。信じてるから見える。それを知らんで片付けおるんがそこら辺の奴」

(信じてるから見える、か)

「真理だな。確かに、見えないって思ったら怖くない。そういうことか」

「ほんで、その装いになんのは神社が完成した日やろうな」

「あんまりそういう神社見ない」

「やろうな」

 キーンコーンカーンコーン。予鈴がなった。

「また今度聞いてもいい?」

「好きにせえ」

 理宇くんはそそくさと他の本を借りていた。なんとなく、前に理宇くんと話したことがあるように感じた。いままでまともに話したことないのに。気のせいか。




010


 下校時、あの神社を訪れた。なんとなく、不思議なことばかり起こるあの場所に何か縁がありそうで。

 この町は公園とかショッピングモールとか図書館、カフェとかレストラン、そういうのがあまり無い。だから、遊ぶ場所も限られる。ショッピングモールだって気軽に行けるほどそう近く無い。ここから自転車でも三十分かかる。そこまで行けばビルも見えてくるがそんなに高くも無い。さらに遠くに行けばビルばっかりだけれども。

 その代わり、神社や祠が所々に見られる。大小様々な建造物が所狭しと点々と築かれている。この丘の上にたつ窺鵺神社を中心にして建っているように思えるのは気のせいか?

 鳥居を潜ってすぐの場所。ふと視線を感じた。下からじゃなくて上から。見下ろされているような。

 その感覚は的中して神社の本殿の屋根にいた。

 昼休みに見たあの絵とよく似た『獣』が鎮座していた。あの絵よりも不気味で悍ましかった。最初は恐怖を伴うもの、暫くすれば見慣れて凝視していた。あちらも同様に。

 その獣は顔をフイと背けた後、立ち上がった。一瞬ヒトに見えた。それをもう一度確認する前に獣は去って行った。

 そして私も家に帰った。




【続く】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ