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一章 第一話 『始まりの夢』

000


 幾万年か前に大きな争いが起こりました。遠い遠い不思議な星で起こりました。そこには四つの大きな国がありました。その国たちは互いに仲良くやっていました。ですが、幾千年も前に飢饉が起こり殺し合いが始まってしまいました。其の争いの後は何一つ争いはありませんでした。ある時までは。

 この星にはたくさんの種族がいました。そして種族が違っても子を授かることができました。その子供達は沢山の混血の名をもらいました。

 さらにこの星にはいくつもの術がありました。炎を出したり水を出したりする分かりやすいものから、複雑で遠回しな面倒な術もありました。それらをみんな使えました。術によって素となるものが違うのでたくさんの分け方がされました。

 けれどもある日、海の向こうの未知の闇から何者かが攻めてきました。見たことのない異形の体をしていました。目の数が五つだったり、皮膚が青かったり、蜘蛛のように手足をはやしていたり色々でした。どんなに様々な姿形のヒトがいる四つの国どこの場所でも見られたことはない姿でした。操られたように無機質に動き、死ぬことも厭わないで真っ直ぐに向かってきます。戦わなくてはいけませんでした。

 それらの軍勢に立ち向かったのはある旅団でした。九人の旅人でした。悪戦苦闘の末に旅人の一人がこの星を丸ごと氷で包み、時を止め、みんなを眠らせました。戦いの最中に空の果てまで行ってしまったヒトたちは『廻生』を受けました。そして、蘇ることが決まりました。

 そうして戦いは一旦止まりました。この氷が解かれるまでは、きっと戦いは止まりました。

 これでこのお話は終わりです。そして次の物語の始まりです。


 それが『死皇』の物語です。




001


「夢は、そこにあるものを掴もうとしても掴めないし、触れもしない。まるで、手に入れられる筈も無いものを追いかけているみたいだ。霧で作られた幻みたいだよ」


そこで彼は一息ついた。


「僕は夢が好きじゃない、見たくない。掴みたくても掴めない、手を振りかざしても届くことは無い。そんなものを追いかける事は途方もない事だと思う。望んでも叶うかは分からないし。けれども僕は強欲だから。願ったのなら僕は叶えたいから、到底不可能な欲望は願いたくない」


愛想笑いをしながらそうボヤく。


「だから僕は夢が嫌いなんだ。見たくもない。ねえ、リースは夢見るの好きか?」


彼の大きくて綺麗な瞳がこちらを向いて聞いてきた。


「見ない事もあるから微妙だが、目標としての夢は好きだよ。その夢に向かって頑張る時や達成した時の喜びが好きなんだ。まあ、夢見は時に残酷だから好きじゃない時もある、かな」


それが私の意見感想だ。曖昧な境界線を張って夢から遠ざかる私を棚に上げて言った。


「そうか。目標としての夢はちょっと好きになれそうだな。でも、夢見の方はやっぱり好きになれなさそうだ。でもその前に、僕は『自分探し』の答えが出てないからなあ」


「はあぁ・・・・・・」と大きなため息をつきながら来度は言った。


「別に目標が無くても、旅を続けていれば何かあるよ。その為の旅なんだろう?」

「そうだよ。『自分探し』の為の旅、世界一周も兼ねてのね」


彼はこの道の遠くを見つめて再確認するように言った。

 旅は楽しい。新しいもの、珍しいもの、古いもの、毎日がそれらで溢れてる。同じ日なんてなかった。いつも何かを知ることが出来た。私は興味本位で来度の旅について行ったはずだった、けど今は私のやりたいこと、達成したいことが出来た。だからもう、ただ周りに流されるだけの私じゃ無くなった。私は私のために生きる意味を見つけたい。


その過去の会話は記憶の隅に隠れていった。


魂は蘇る。『廻生』という名のとある力で。



002


 宮花結芽乃  ミヤバナユメノ


 今日から小学校六年生。本当にわたしは六年生でいいのかな。

 わたしは、少し運動が得意で少し成績が良いどこにでもいるような子。人見知りで自分の意見をはっきり言えない意気地無し。何時も誰かの陰に隠れてしまう。だからわたしは目立たない。

 高く澄んだ空、朝露に濡れて光る草木。まさに始業式日和。まだ眠たい体を起こす。顔を洗って歯を磨く。制服に着替えた後、お母さんが用意してくれていた朝ご飯を食べる。そして時間になったら学生帽を被り、茶色の通学バッグを背負った。今日は肌寒いから制服のコートを着て家を出る。


「行ってきまーす」


 少し歩きいつもの待合場所に行く。一分もしないで友達が来た。

 その子はボーイッシュな子で、スラックスの制服に黒い通学バッグ、見た目だけでは男の子か女の子か分からないようなザ・男の子な友達だ。名前は窺璃端光梨キリハヒカリ


「おはようございます」


丁寧な物言いだった。


「おはよう」


わたしも挨拶を返す。


「始業式か。緊張するな」

「いや、絶対緊張なんかしてないでしょ。光梨ちゃんは一体何に緊張するの?」

「特にないね。緊張してても事は進んでしまうからね」


 わたしを諭すようにそう言った。

 わたしたちが通う学園は、『伽藍学園』と言って、小中高一貫。とある財団が運営している学園だ。校舎もグラウンドもとても広く、全部の教室の配置を覚えきったのは、つい最近のこと。教室数が百数十もあるというのだから時々迷子になりかける。六年が経とうとしてる今でもだ。だが実際に使われている教室はその半分ほど。前に教室が足りなくなって増築したらしいが今は逆に多すぎて余っている。そのほとんどが物置になっている。さらに学園の裏には壊れて使えなくなった廃校舎もある。

 風の噂、角のヒソヒソ話でしかないけど、この学園には、七不思議がある、らしい。『トイレの花子さん』は定番だろうし、だとしてもわたしは他の話を知らない。二宮金次郎の像が動く話は聞いたことあるけど、わたしたちが通う学園には二宮金次郎の像は無い。まあ古いし、無くも無いだろうけど。創立百五十周年の行事が小三の頃にあったくらいだし。学園の裏、山に近い方には木造の廃校舎があるくらいには歴史が長く深いのだろう。詳しくなんて知らないけど。

 なんやかんや光梨ちゃんと話している間に学園に着いていた。校門の前では組分表が貼られて沢山の児童がそこに集まっていた。


「誰と同じクラスだろうね」

「また光梨ちゃんと同じクラスだといいなぁ」


わたしと光梨ちゃんは二年生の時から今までずっと同じ組なのだ。つまり今年も同じ組なら五年間一緒の組ということになる。中学からは成績で分けられるから組分がワクワクするのは今年までだ。

(六年のは何処だ?あ、あった)



六年三組 十一番  窺俐破光梨

六年三組 三十一番 宮花結芽乃


「同じ組だ」

「同じ組だね」

「や、やったぁあ!光梨ちゃんと同じ組だ!」

わたしは大きめな声で飛び上がって喜んだ。後から恥ずかしくなって姿勢を正す。

「そんなに嬉しいのかい?」


 体で表現して喜びはしないのが光梨ちゃん。


「嬉しいに決まってるよ!だって光梨ちゃんとだもんね!私はちゃんと安心出来る人が同じ組だと嬉しいの」

「そうなんだね。僕も嬉しいよ。他に親しい子はいるかな。あ、千夢がいる」


千夢チムちゃんはわたしの保育園時代からの幼なじみ。


「ホントだ。あ、ケンちゃんもいる!」


ケンちゃんはあるアニメのおかげで仲良くなった。


「良かったね。お、理宇とも一緒だ」


理宇。存夢理宇アリユメリウ。わたしは彼とほとんど話したことがないのでよく知らない。


「あれ?光梨ちゃんて理宇さんと仲良かったっけ?」


 話しているところは見たことがない。


「ん、まあそんなところかな」

「何でちゃんと言ってくれないのー?」

「えー。教えない」

「光梨ちゃんのケチ」

「拗ねないでよ」


教室の場所を確認した後、指定の靴箱にスニーカーを仕舞い、螺旋階段を上って六年三組の教室に向かった。教室は新しい顔ぶりで賑わっていた。同じ組になったことに喜んで腕を組んでたり、きゃあきゃあ言って手を握りあって喜んでたり、逆に静かに本を読んでいる子もいた。

わたしは真っ先に本を読んでいる子に話しかけに行った。


「千夢ちゃん!同じ組だね!よろしくお願いします!」

「うぉぉお。ビビったぁ。よろしくぅ」


彼女は吉崎千夢ヨシザキチム。眼鏡をかけてて髪が長い。いつも眠そうに目が垂れ下がっている。結構ヲタク。


「結芽乃、はしゃぎすぎだよ」

「ウグッ、ごめん」

「あっ、光梨。結芽乃ちゃんも千夢も」


彼は比翼健眞ヒヨクケンマ。背が少し低く、髪の毛先がクルっとしている。ゲームが得意な子。


「よろしくね、健眞」

「よろしく」


そんなこんなで新学期新学年が始まった。

 家に帰る道はやたらと風が吹いていて寒かった。お母さんとお父さんは仕事でいない。弟も保育園にいる。家にいるのはわたし一人。

お母さんが用意してくれていたお昼ご飯を食べ、制服を脱ぎ私服に着替える。


(午後は何をしようかな)


私はとりあえずスマホで音楽を聴いた。適当に目に付いたものを聞いていく。一曲目二曲目三曲目。口ずさんだり、初めて聞く曲を堪能したり、テンポを取ってみたり。

いつの間にかわたしは深い眠りに落ちていた。



003


気がつくとわたしは満点の星空の下、広い草原に一人で立っていた。月は無かった。けれど、たくさんの星が輝いていた。自分の思うように体が動かせず、視界も動かなかった。ただ、わたしは星空を眺めていた。


「『 』、こんな所にいたのか。随分探したよ」

(誰だろう、見覚えがあるような)


この暗がりでは探しに来た人の顔は見えなかった。でも、緑色の宝石のようなピアスを付けていた。


「あぁすまない、【 】。ついこの星々に夢中になってしまって戻るのを忘れていたよ」


わたしの口が勝手に動き、上手く話せない。呼びかける時だけ雑音が掛かったように聞き取れなかった。会話は続いた。


「それにしても綺麗だね。今宵は月がないからか星が一層輝いて見えるよ。もしかして『 』はこの星々の虜になってしまったのかな?」

「そうかもしれないね。けれど、【 】も私には輝いて見えているよ。天満つ月のよう」


わたしの掌は空に向けられた。


「言い過ぎだよ。僕はそんな耀かしいものじゃない。ただの世界一周を求む旅人さ」

「そうだね。あなたにとってはそうなのかもしれない。でも私にはそう見えている」

「はあ・・・僕のことを褒め殺す気かい?一体僕のどこがそんなに耀かしい・・・・・・」

「ああ、あなたは眩しいよ。【 】の笑顔には幾度も助けて貰った。あの森から連れ出してくれたのも、私に勇気をくれたのも、笑顔をくれたのも全部貴方だったよ。【 】」

「もういいよ。褒め言葉は十分だって」

「おや、お顔が赤くなっているよ。随分と可愛らしい事をしてくれるのだね」


わたしの顔は綻んでいた。


「『 』のせいなんだが?」

「年下は年上に甘えておかなきゃね。【 】は私より二つ下なのに私は守られてばかり。ちょっとした仕返しかな」


そう言ってわたしの体は彼の頭を撫でた。

「いつの間にか背が同じになっていたのか。出会ってからもう一年、あっという間だ」


彼の顔が訝しむのが見えた。


「ねぇ、『 』。その言葉遣いやめて。最初にあった頃思い出してなんかヤダ」

「あれま、嫌だった?」

「なんか変」

「あーあ、つまらない。もうちょっと乗ってくれればよかったのに」

「疲れたよ。もう僕は眠いんだ」 


 そう言って彼は欠伸を噛み殺す。


「チェ。まあいっか、じゃあ戻ろ」 


わたしと彼は並んで歩いた。


「ねえ、なんで僕のこと褒めまくったの?」


彼が聞いた。


「ん?ちょっとした気まぐれ」

「ふーん、そっか」


彼がつまらなそうに返事をする。


「何、嫌だったのか?」

「どこまでが本心かなー、て思ってさ」

「全部本心なのだけど」

「え、全部?」


素っ頓狂な声を上げたかと思うと彼の顔が薄暗がりでも分かるぐらい真っ赤に茹で上がった。


「アハハッ!顔が真っ赤だ!」

「だってそうでしょ!ちょっと黙って!はあ、あんなに褒めまくられたら照れるに決まってるでしょ」

「可愛いなぁ。そういうとこ。私の弟だったらいいのに」

「それは嫌だ」


即答されてしまった。


「なんで」

「だって、僕がちょっと無茶したら大袈裟なくらい処置するし、怒らせたら雷落とされるし・・・・・・」

「貴方のちょっとは私にとって全然ちょっとじゃない。そりゃ腕が真っ赤に染って帰ってきたら誰だって大袈裟なくらい処置をするよ」

「えー、僕って感覚おかしいの?」


 本当に不思議がっている、ので困る。


「他のヒトとはズレているよ、大幅に」

「そんなにぃ?」

「そうだよ。ほら寝よ。明日も次の町に行くのだろう?」

「うん、分かった。また明日」


彼の瞼は直にトロンと落ち、やがて静かな寝息を立てて夢見てしまった。


「可愛いなあ。ほんとに。これでもう少し素直だったらいいんだが。おやすみ、来度」


 わたしの手は彼の頬を撫でた。 


(ライト?らいと、ライト、らいと、来度?)


何かを思い出した気がした。不意にライトさんと光梨ちゃんの姿が重なって、心の隅で何かが引っ掛った。


(なんでライトさんに光梨ちゃんが重なるの?)


わたしの視界が白く包まれた。



004


気づけば私は、目の前に湖が広がる森に立っていた。木漏れ日が眩しく、見たことの無い蝶々や蟲蟲が忙しく飛び交い、また見たことの無い草木や花々が咲き乱れて居た。時々、金の鱗粉らしき粉が宙を舞った。


(キレイ、だけどこの景色見た事ある気がする)


何処かで見た、見たはずだ。それも何回も、毎日の様に。わたしは一体、何を忘れている?


(あ、湖の辺に誰かいる)


辺にいる人は青色の髪で、青色の左目、みどりの右目を持っていた。耳飾りには、右側に緑の大きめな耳飾り、左側には黒の丸ピアスを二つ付けていた。

今度ばかりは自由に体が動いた。あそこにいる人は近づいても私に気づかなかった。否、見えていなかった。

その時、ガサリと草を踏み分ける音がして他の誰かの足音がした。

来たのはヒトだった。金髪というほど黄色くないけど茶色でもない色で足膝まで届く長い髪。氷の結晶を型どった淡い水色の色の大きめな髪飾り。海の色みたいな袴に中華風な空色の衣装。


(あの人、見覚えがある)


顔を真正面から見た時、やっと気づいた。


(あぁ、あれはわたしか)


自然とそう思った。確信もないのにそう思ってしまった。今のわたしに微塵も似ていないはずなのに。


(あれ?なんでそう思ったんだ?一体どこが似ている?)


そしてまたわたしは そのヒトのことを注視した。


(似ている部分。目、か?)


竜胆色の瞳、あれはわたしと同じだ。


「あなたは何をしにここに来た」


そのヒトは言った。


「僕はただの旅の者ですよ、特に理由もない。ここの景色があまりにも綺麗なものなので、フワリと見蕩れてしまいましてね」

(この声、聞いた事ある。誰だっけ)

「荒らし者じゃないならいい」


そのヒトは怪訝そうに尋ねた。


「荒らし者?そんな物騒な人達がこんなところに来るのですか?」

「あぁ。毒草や輪華、蝶々、薬になる葉を探しに」

そのヒトは言い終わると浅いため息をついた。

「へぇ、ここにはそんなものが咲いているのですか。良かったら、僕に教えてくださいませんか?」


いとも興味津々というように少年(少女?)が折り入って尋ねた。


「あなたが旅の目的を教えるならな」


 そのヒトはすごく上から目線な言い方で偉そうだった。


「僕の旅の目的ですか?まあ大雑把に言うと世界一周、ですね」


青年は温和な口調でそう言った。なにか含むような言い方だった。其のヒトの言い方も気にせずに。


「世界一周?なぜそんな旅をする?」


「理解できない」というようにその人は首を傾げた。


「んー、家に居ずらくなったのと『自分探し』の答えを出す為ですかね」

(家に居ずらい?何があったんだろう)


わたしはなんとなく不穏な気配を感じた。


「そうなのか。それで、あなたは強いのか?随分と細いが」

「強いかどうかは分かりませんが、街の人よりは力は強いですよ。そこにある輪樹を一人で持ち上げられるくらいにはですかね。あと、最上級術を指南できる資格はあります」


青年が指さした樹木は大人の腕が五人分あってもギリギリ届かないかもしれないぐらい太い幹、上が見えない程の高さを持った樹木だった。それとは別に、最上級術とは何なのか。


(どこからそんな力が?あの細い白い腕に・・・・・・)

「其の細い腕のどこにそんな力があるのやら。不思議なものだな」


わたしとその人が思っていることが被った。


「失礼ですね。嘘じゃないですよ。仕事をするために必要だったんです。力仕事だけじゃないけど、ちゃんと金は稼いでいましたよ。ゲームとか雑用とか結構やりました」

「そう。見かけによらず面倒な過去を背負っていわけか。それにしても一人旅とは。あなたは私より歳が下だろうに」

「十四です。まあ、性別が変わったとて見た目は大して変わりませんが」

(どっちだ)

「性は重要視するところじゃないと思うが。・・・・・・十四。私より二つ下なのか。それにしても整った顔立ちだな。通りすがりは見惚れそうだ」

「貶してますか?褒めてますか?どちらでもいいですが。で、いつになったらこの森の植物たちのこと教えてくださるのですか?」

「あぁ、そうだった。忘れていたよ。今から教えるさ」

(この会話、聞いた事ある。何か引っかかる。忘れてる。何だろう、思い出せない)


そしてまた、わたしの視界がまた、白く包まれた。




005


今度は戦場だった。空が見えるはずであろう上は高い高い天井があり、暗く禍々しい炎がユラユラと燃えていた。石造なのに燃えている。でも不思議なことに建物は真っ白であることがよく分かり、視界がやたらと開けた。そしてわたしは見つけた。白い髪、白い肌、白い服、名もないガラクタを身に纏う。それに不釣り合いな黒々とした赤く染まった胸部。目は虚ろ気だが意識があるのが確認できた。が、それが奇跡であるかのようだった。手脚、首は強固な鎖と錠で繋がれ太く高い柱の最上部から吊り下げられていた。


(アレ?なんでわたしはあんな高いところにあるものを鮮明に見れるんだ?)


「【 】!返事しやがれ!」


誰かが柱に向かって叫んだ。また、名前に雑音が掛かって聞き取れない。

叫んだのは黒色の短髪に左右で目の色が違う子だった。


(この人、知ってる。見たことある。この人もこの光景も全部、わたしは見てきた。なのに、なんで思い出せない?)

「キリがないやっちゃ。無駄足はしたか無いんやけどなッ」


今度は黒色の長髪に金の目をした背の高いヒト。背後から来る敵を見向きもせずに切り倒す。よく見れば角が生えていた。大きな槍のような武器を持って、炎や雷を操りながら障害を退けて近づこうとしていた。

わたしは何も出来ずにその場に居たって呆然としていた。動こうとしても動けない。誰かが傷つけられている状況を目前にしてわたしは動くことが不可能だった。


(動かなきゃ。いつもみたいに動いてよ。考え無しに突っ込んじゃうくらいの動きはどこにいったの?ねえ、動いてよ、動いてよ!あー、ふざけんじゃねえ!なんでこういう時に限ってすぐ動けねぇんだ!)


そんな時、わたしの身体中に電気という電気が駆け巡った。痛いなんてもんじゃない。苦しい、悲しい、悔しい、辛い。身体中を思っいっきり殴られたような、身体中の肉がちぎれる様な感覚にわたしは襲われた。切なくもあって悲しくもあって、辛くも苦しくもあって。そして関係無いはずの感情まで込み上げてわたしは藻掻きに藻掻いた。逃げられる訳でもないのに私はのたうち回った。


「ライト!あんたまだ生きてんだろ!?」

(あ、またライトって言った。ライト、さん。多分私は、この人に、もう、会っている・・・・・・)


目に誰かが映った。顔は分からない。わたしに手を差し伸べている。わたしは無我夢中でその手を取った。その瞬間、深い海から引きあげりる様な感覚があった。

けれど、痛みに耐えかねてわたしの意識は次第に遠のいていった。





006


目が覚めるとそこはいつものリビングだった。全身汗だくで嫌な動機、オマケに喉がカラカラだった。わたしは勢いよく椅子から立ち上がり大きく息を吐き戻した。


「はあ、はあ、はあ、はあ。夢?だったのかな」


まだ意識は朦朧としていて力も入らず、上手く立てない。


「夢、でもないな。感覚も残ってるし、何しろ忘れられない」


気づけばもう四時を回っていた。スマホを開くと大量の通知が目に飛び込んだ。およそ七十件。


『今日は迎えに行かなくていいよ』『家にいて』『そっちは大丈夫?』『大雨落雷警報』『雨すげーんだけどW』『そっち平気かー?』『おーい』


予想外のコメントに「雨?雷?」と首を傾げた。気になって窓の外を見れば、室内でも聞こえる土砂降りの雨、ゴロゴロと音を立てる雷、時々ピカッと光り空を覆い尽くす灰色の雲。いつの間にか昼とは一変した景色になっていた。桜の花びらはとうに散り、下手すると急な雨に潰されてしまった蝶もいた。

調べてみると雨が降り始めたのはだいたい二時頃。わたしが寝落ちてすぐの事だった。

わたしは背中に嫌なものが走った。其れは紛うことなき悪感だった。わたしの足はすくみ、いてもたってもいられなかった。そして、この家にいるのがわたし一人だけだということに不安と恐怖を覚えた。

そんな時、わたしのスマホが電話の着信音を鳴らした。光梨ちゃんからだった。


『あ、もしもし。結芽乃か?急で悪いのだけど、そっちに寄らせてくれないかい?雨宿りしたいんだ。いいかな』

「いい、よ!大丈夫!いつでもいいよ!」


 わたしは動揺しすぎて、呂律が少しおかしかったが、光梨ちゃんの声を聞いて安堵した。


『本当かい?ありがとう』


わたしはすぐさま玄関に飛んでいって、光梨ちゃんを待った。

それから五分後、光梨ちゃんが来た。


「本当にありがとう!助かったよ」


光梨ちゃんはびしょ濡れだった。髪から靴まで全身、雨の匂いがした。


「いえいえ、こちらこそありがとう」

「ん?なんでお礼をそっちが言うのかい」

「あ、こっちの話です」


 慌てて取り繕った。


「つまらないなあ」


光梨ちゃんは少し不貞腐れた。

雨が少し弱くなるまでわたしたちは他愛もない話をした。おかげでわたしはさっきの不安感や恐怖を和らげることが出来た。光梨ちゃんが帰る頃にお母さんも弟も帰ってきて、わたしは一人にならずに済んだ。そして、雨も小降りになっていた。

その夜は夢を見ず、豪雨の音に悩まされることも無く、ぐっすり眠れた。




007


翌日、目が覚めて窓の外を見れば、昨日の大雨雷雨がまるで嘘だったように晴れていた。


「眩しい・・・・・・」


空は雲が少し残っていれど、綺麗な青空だった。地面に残った雨は水溜まりとなって道をキラキラと輝かせていた。桜はかなり散ってしまっていたけれど、雨粒に陽の光を浴びて堂々としていた。

私は着替えた後朝食を摂り、何時ものように学園に行った。教室に着いた頃、昨夜の雨のことで会話が持ち切りだった。


「あ、結芽乃。おはよう、昨日はありがとうね」

「いえいえ、お易い御用です!光梨ちゃん、おはよう」


光梨ちゃんは先に教室に着いていてやたらと難しそうな分厚い本を読んでいた。タイトルは外国語で書かれていて上手く読めない。


「光梨ちゃん、それってなんの本?」


気になって尋ねてみた。きっと詳しくは教えてくれないだろうけど。


「この本?まあ、歴史の本かな。とある国のね。結芽乃も読めると思うよ」

「まず、その言語が読めないから難しいと思う」

「読めるよ。だって知ってる筈だから」

(知らない、って言ってるんだけどな)


光梨ちゃんは時々不思議なことを言う。でも何でなのかは分かる筈もない。


「どうだろう・・・・・・。読めるかな」

「そんな難しそうな顔をしなくていいよ。それにこの本、まだ読み終わっていないからね」

「そうなんだ。あ!千夢ちゃんが来た!」


わたしはおもいっきり飛びついて行った。


「ウォワァ!朝から吃驚させんでくれ・・・・・・。おはようございまぁす」


千夢ちゃんはずり落ちた眼鏡を直しながら言った。


「おはよう、千夢。朝から眠そうだね?また夜更かしでもしたのかな?」


光梨ちゃんが千夢ちゃんを問い詰め始めた。こうなったら口出し不可能。


「ゲッ!なんでバレるんだ!?」

「僕には分かってしまうんだ。手に取る様に、ね?これに懲りたら夜更かしは辞めなよ?」


光梨ちゃんは笑いながら千夢ちゃんに圧をかけた。思わずわたしの背筋まで凍った。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い。やめてやめて。お前ホンットに怖いからやめて。なんでそんなに笑顔が怖いのさ」


千夢ちゃんは青ざめて降参のポーズをとった。


「さぁ、なんででしょうねえ?」


光梨ちゃんはさらに不敵に笑った後、席に戻って本を読み始めた。


「なんであんなに怖いわけ?小学生の笑みじゃない・・・・・・」

「だよね・・・・・・。光梨ちゃんって、やっぱり不思議だよね」

「うん、それはそう」

「話は変わるんだけどさ、昨日変な夢?を見たんだよね」


わたしは千夢ちゃんに見た夢を話そうと思った。


「どんな夢?」


千夢ちゃんが机にランドセルを置きながら興味津々で言ってきた。


「えっとね・・・・・・」


わたしは話し始めた。覚えているところ、言葉にできるところは全て伝えた。


話し終わった後、千夢ちゃんは恐る恐るこう言った。


「あのさ、三番目に見た夢のことなんだけど、私も、似たような夢を昨日見た」

「え?」


何かが始まるとわたしたちは感じた。




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