2話 由津里司のパラレルワールド
私には父がいる。
しかし私は父親のことをまるで尊敬していない。
自分の機嫌を損ねるとすぐに怒鳴り散らすような人で、何でもマウントを取りたがる人でもあった。
私に対しても馬鹿にしたり見下したりしてきた。
高校生になって、エンタングルメント・ラボで研究者として働いていることを伝えても、
「お前、どうせ俺の収入の半分も稼いでないだろう」と言い放った。
(ふーん。これじゃ、大人といっても、どうしようもないなあ。)
私はほとんど諦めていた。
この人を変えることは無理。
だって、自分で変わろうともしないから。
自分を変える必要すらないって思っちゃってる。
だから、お母さんは逃げていったんだよ。
私には全部わかってる。
わかることができない、わかろうともしない父親のことが憐れだった。
一方で、母親とは定期的に会っていた。
ちゃんとご飯を食べているか、とか、勉強はしているのか、とか、普通のお母さんみたいなことをよく聞いてきた。
ある時は数珠を渡してきて「カバンの中にでも入れておけばいいから」などと言って渡してきた。
別に母は仏教徒なわけでもないし、何かのスピリチュアルにハマっているわけでもない。
単に娘のことを心配するあまり、お守りを渡したくなっただけだろう。
数珠を渡すっていうのは珍しいけど。
日本科学第一高校に入学したことも報告したら喜んでくれた。
嫌いな勉強を頑張れたのもこの母親がいてくれたからだと思うとありがたい。
「じゃあ、またね。」
と言った母親の背中を見送った。
別の夫のもとに帰る母親の姿だった。
これが私の両親。
なんていうか、笑っちゃうよね。
そこまで不幸でもないけど、そんなに幸せでもない私の家族。
だからね。
思うんだ。
私の両親がすばらしい人格者で私はこれ以上なく幸せに暮らしていたらどうだったろうって。
そんなパラレルワールド。
あるいは、もっと暴力的な親の元に生まれてより悲惨な生活をしていたらどうだっただろうって。
今、父親が死んだら?
今、母親が家に帰ってきたら?
私はあらゆる可能性を生み出し続ける。
そんな中に私の幸せは見つかると思うから。
私は何でも選べる。
どこにでも行ける。
どこへでも逃げられる。
ここじゃないどこかへ。
空想して。
夢想して。
抽象化してみて。
私はそれが得意なんだから。
あらゆる事を気にせず、
どこまでも自由に。
「そうだ。信くんに会いたいなあ。」
明日は遊園地に行こう。
風船を持って。
空から地上を見てみよう。
ほらね。
世界がこんなにも小さくなった。
家庭の小ささも世界の小ささも、実は結構似てるよねえ。




