1話 由津里司のシュレディンガー
私、由津里司。
日本科学第一高校に通う1年生。
首席で入学したから校内にある研究室、量子科学研究室ー通称、エンタングルメント・ラボに入ることになったんだ。
私はあんまり勉強が好きではない。
記憶力が良かったり、論理的思考力が優れている人の勝ちゲーだから。
そんなの、持って生まれた才能だけで決まっちゃうじゃん。
そんなのつまらない。
でも、どこが問題の本質なのか見抜くセンスみたいなものがあるから、テストではそこそこの点数を取れちゃうんだ。
勉強は好きではないけれど、ラボでやっているような量子力学はおもしろい!
例えば、シュレディンガーの猫。
箱の中の猫は生きているのか、死んでいるのか?
すごく小さな量子の世界では、観測するまでそれがわからないの。
観測するまで決まらない。
ぐにゃぐにゃしていて、わからないの。
古典物理学とは全然違う。
つまり、直感で考えようとすると間違えるっていうこと。
私は今まで自分の直感を大切にしてきたし、当たることも多かった。
ーなのに、量子の世界ではそれが通用しないの。
だからこそおもしろい。
まだわかっていないこと。
それを探索していくこと。
これが本当の学問でしょ?
暗記なんかじゃなくて。
そんな物は要らないから、ワクワクするような瞬間が欲しい。
まだ知らない何かを探すために、私は校内を徘徊していた。
人気の少ない屋上まで続く階段の上に男の子がいる。
珍しいな。
今時一人でいる人は珍しい。
一人で生きていける社会になったからこそ、孤独感が増し、逆に人と繋がりたい人が多いのだ。
SNSでも、リアルでも。
自己顕示欲っていうのかな?
みんな、「自分はここにいる」って叫んでる。
なのに目の前にいるこの男の子は
静かにそこに座っていた。
気配を消して。
ひっそりと。
だから、思わず声をかけちゃった。
「君は面白そうな視点を持っていそうだね。」
私の直感はそう言っていた。
また間違えているのかもしれないけれど。
人と人とが繋がるのは量子とは違う。
古典的に古臭く生きていこうじゃないか。
「ようこそ、量子力学の世界へ」
わけのわからない現象がたくさん起きるミクロの世界。
私たちの理解を超えた先に、ひっそりと待っている男の子を迎えに行こう。




