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パンツ その2

 ひとまずあの二人の動向が分からない限りは動きようもない。


 さっき俺が部屋に戻るまでは葵はデザートのプリンをパクパクと幸せそうに食べていたし、姉ちゃんもキッチンで洗い物をしていた。


 二人がまだそうしているのなら……今が絶好のチャンスだ!


 俺は机の上に置いてある黒い代物を左手に掴んで、不可能ミッション任務・インポッシブルを遂行するべく、自分に暗示をかける。


 俺は今、イーサン・ハントなんだ!


 まず狙うは葵の部屋。


 各々の部屋についてはそれぞれの責任で掃除しているから、葵の部屋のどこに何があるかまでは詳しく把握していない。


 だが、おそらくタンスの下着類がまとめておかれているところに入れておけば間違いはないだろうから、まず葵の部屋に入ったらタンスを開けて中身を確認。


 厳密な調査の末、葵のものではないという結論に至れば、姉ちゃんの部屋のタンスにこの黒い代物ブラック・パンツを突っ込んで任務完了だ。


 よし、いける、いけるぞ!


 脳内CPUによる完璧な脳内シミュレーションと自己暗示によって得たあふれんばかりの自信と確信を胸に、俺は意気揚々とドアノブに手をかけようとして――


「おにいちゃん、お風呂どうする?」


「おわっっ!!!」


 その前にドアが開かれて無様に尻餅をつく。


「どうしたの、そんなに驚いて」


 まさかもまさか、いきなり葵が姿を見せた。


「い、いや、なんでもない! なんでもないぞ!」


 葵は慌てふためく俺に疑問を含む視線を向けていたが、結局「そう?」と納得すると話を進めてきた。


「それでお風呂どうするの? おにいちゃん入らないなら私先入っちゃっていい?」


「うん、どうぞそうぞ。一番風呂をゆっくり楽しんでくれ」


 生返事をしながら左手をしれっと死角に回す。


「……変なおにいちゃん」


 葵はおかしなものを見るような目をしていたが、身を翻すとそのままバタンとドアを閉めて俺の部屋から出ていった。


「……あっぶな~」


 肩をなでおろすとどっと放流中のダムのように冷汗が体中からあふれ出してくる。


 いきなり初っ端で失敗するところだった。


 やはり根拠のない自信と無鉄砲なハイテンションは命とりだということか。


 人生においてとても大事なことを学べた気がするな。


 と、それは置いておいて気を取り直してテイク2だ。


 今度は万全を期すため部屋の壁に耳を押し当てて、左隣の部屋の音を聞き取るが、これは決して盗み聞きなんかじゃないということは念のために記しておこう。


 「フンフン~」という典型的かつ楽し気な鼻歌が聞こえたかと思うと、直後にガチャリとドアが開く音が耳に届く。


 そしてトタトタと弾むように軽やかな足取りで階段を下る音がしたので、おそるおそる部屋から顔を出して左右を確認する。


「……行ったか」


 人影は見当たらず、物音も一切しない。


 再びの大チャンス到来!


 俺は真夜中に敵方の城に潜入する忍者のような足取りで廊下をササッと移動し、葵の部屋のドアノブに手をかけた。


 音が出ないように慎重にドアを閉めていき、完全に閉めきってからパチンと電気をつける。


「……よし」


 そういうわけで俺は無事に葵の部屋への侵入に成功した。


 ひとまず第一関門突破ということでほんの少し安心感を覚えながら部屋を見回すと、ほう、意外にもキチンと整理整頓されているではないか。


 もちろん部屋全体にものが一切散乱していないかと言われるとそんなことはないが、床もちゃんと見えているし、ベッドの上にも物が投げ出されていることもなく、何がどこにあるのかくらいは一目で分かるようになっていたので、俺がタンスを見つけてたどり着くまでに十秒もかからなかった。


「タンスは……これか」


 部屋の壁際に四段の木製タンスを発見し、我ながら素早い手つきで一段目の取っ手に手をかけて中身を確認。


「これは……Tシャツ系か。違う」


 同じように二段目をスッと開けると、ビンゴ!


 そこにはさすが洗濯担当なだけあってきちんと丁寧に畳まれた下着類が理路整然と鎮座していた。


 俺はそこに並べられている下着類を一つ一つ念入りに凝視し、吟味していくが、


「……なんか違うな」


 今、手に持っているパンツは葵のものではないという結論を下す。


 なんというか、こう……言葉で言い表すのが非常に難しいのだが、ここのラインナップは黒い代物と比べて「傾向」と「系統」が違う気がする。


 しかし悲観することはない。


 つまりコレは姉ちゃんのものということになるので後は至極簡単だ。


 コレを姉ちゃんのタンスに入れて、何食わぬ顔で自分の部屋に戻ればいいだけ。


 そうすれば姉ちゃんも心にダメージを負わず、俺もデリカシーがないという烙印を押されることもなくすべて一件落着だ。


 黒い代物の持ち主への返却のめどがついたことで心にゆとりを持てるようになり、安心しきった手つきで取っ手に手を掛けた瞬間、俺の脳に聴覚による緊急信号を受信した。


「! ヤバイ!」


 トタトタ、という聞き慣れたステップで階段を駆け上がってくる音。


 この足音は……葵が戻ってきやがった!


 風呂に行ったはずなのになんで!?


 いや、今は考えている余裕はない!


 とにかく隠れてやり過ごさなければ!


「クソ! どこに隠れれば――」


 部屋をキョロキョロと見回してとっさに目についたクローゼットの扉を開くとなんとか俺が入れそうなスペースがあったので猫のごとくそこに飛び込むと――。


 紙一重の差でドアが開き、ソプラノベースの鼻歌交じりで葵が入って来た。


 かくれんぼで鬼が近くにやってきた時のように息を殺してクローゼットの扉の隙間から様子を伺っていると、葵はさっそく異変に気付いてコトンと小首を傾げる。


「あれ? 私電気消してなかったっけ?」


 ……やってしまった。


 油っぽい汗がじわりと額に浮かぶ。


「それになんでタンス開けっ放しなんだろ。部屋出る時、閉めたはずなのに……」


 葵はいよいよ疑わし気に部屋を見回し始める。


 冷や汗と脂汗が滝のように全身からあふれ出してくるが、俺はひたすらに天に祈り続けることしかできない。


 頼む、バレないでくれ!


 するとその必死の祈りが通じたのか、はたまた神の気まぐれか。


「……んー、まあいっか」


 葵は俺が開けっ放しにしたタンスの二段目から何かをパッと手に取ると、再度気分よさげな小歌を奏でながら部屋から出ていった。


「…………」


 俺はそのままじっと森で目当ての獲物を待ち続けるハンターのようにクローゼットに潜んでいたわけだが、五分以上が経ち、葵が戻ってこないことを確認して、クローゼットからおそるおそる出た。


「……終わったかと思った。社会的に」

次回 パンツ その3

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