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三連と禁忌

 ゴールデンウィーク三日目の午後。


 昨日見事怠惰シスターズの撃退に成功した俺はそれの祝勝もかねて当初の計画であった百合ラノベの消化に一日中取り組む腹積もりでいたのだが……。


「春斗、おつかい行ってきてくれない?」


 昼ご飯を食べ終えてすぐに姉ちゃんよりおつかいの命が出てしまった。


 普段であれば日本の悪しき風習である年功序列を用いて葵に任せるところであるが、どうやら今日は友達と約束があるとかで朝からいないのだ。


 まったく運のいいやつめ。


 そう心の中でうじうじと愚痴りながらスーパーに続く市道を歩いていると、前方にいや~な気配を感じる。


「げげっ、小学生トリオじゃん……」


 思わず声が漏れ出てしまったがこれまでの出来事を振り返れば無理もないだろう。


 あいつら三人と関わるとなぜだかろくなことにならないからな(主に俺が)。


 この前なんてついに警察の世話になってしまったし。


 あんな目に合うのはもうこりごりというか、率直に言えばもう嫌だ。


 というわけで俺はくるりと体を180度回転させるとそのまま何事もなかったかのように早歩きを始める。


 すまんな、お前ら。


 年上の人と遊びたいのなら俺以外の別のお兄さん、もしくはお姉さんに声をかけることだな。


 小学生相手に大人げないことをしていることに心が痛まないでもないが、それ以上に面倒事はもう御免という気持ちが勝ってしまう。


 そのままそっと気づかれないように俯きながらもさらに歩みを速めていく。


 しかしそれを見逃さないのがトリオ構成員のおバカ担当、アカリである。


「あっ、おにいさんだ! おーい!」


 軽やかなソプラノボイスが音速で背中に投げかけられる。


 イヤホンでシャカシャカ音楽を聴いているわけでもないのでばっちし聞こえているのだが、スルー。


 それどころか、さらに距離を広げるべく歩く速度を極限まで速めてみるものの、あいつらまるで親アヒルの後を必死に追いかける子アヒルのように付いてきやがる。


「にいちゃん、待てって! なんで逃げるんだよ!」


「おにいさーん、気づいてますよねー?」


 ユウトと松下の追撃が始まるが、徹底的に無視を続ける。


 あーあー、何も聞こえない何も聞こえない。


「待ってよ、また一緒に遊んでよ! この間のアレ、すごく楽しかったしもう一回しようよ! 今度はおまわりさんに見つからないようにさ、私たちもあんまり声出さないようにしたりするからさ!」


 おい、なんだその屋外で一線超えるアソビでもしてたような言い方は!


 アカリのアウトギリギリ発言(しかも大声)を聞いて周りの通行人の視線が示し合わせたかのように一斉に俺の方へ向く。


 ……いや、俺なにもしてないんですよ? 


 こいつらとドロケイやってただけですよ?


 偶然目が合った犬の散歩してるおばちゃんに目で訴えてみるものの、まるで限りなく黒に近い容疑者でも見るかのような視線を向けられる。


 どうやらすぐにでもこの場から逃げた方がよさそうだ。


 俺は今度こそ全力ダッシュの構えを取って人目も構わず逃走を図ろうとしたところで追い打ちをかけるかのように松下のわざとらしい声音が辺りに響いた。


「そうですよー。四人で遊ぶの楽しかったじゃないですか~。それともあれですか? もしかして遊んで飽きたらポイって捨てちゃうってことですか?」


「はあ!? にいちゃん、サイテーだな! それはないぜ!」


「ええ!? 捨てないでよ、おにいさん!」


 松下に触発されてアカリとユウトの口から昼ドラよろしく彼氏にこっぴどくフラれた彼女みたいなことを言うものだから、さすがに振り向かざるをえなかった。


「お前ら語弊を招くような言い方すんじゃねえよ!!!」


「あっ、やっぱり気づいてたんじゃん!」


 アカリと目を爛々と輝かせて、ユウトはおもちゃでも見つけたかのように嬉しそうに、松下はいつも通りの何考えてるか分からない微笑を貼り付けてそばにやってくる。


「ねえねえ、なんで無視したの? 私たちと遊びたくないの?」


「別にそういうわけじゃないけど、今日はちょっと用事があってだな……」


 こいつらの目の前で「お前らと絡むとロクなことにならねえからな、あばよ!」なんて言う非情さは持ち合わせていないのでごぎょごにょと誤魔化そうとするが。


「えー! そんなんほっといて俺たちと遊ぼうぜ!」


「そうですよー。また四人で遊ぶ、四人プレイやりましょうよ」


「そうだよ、またやろうよ、4P!」


 小学生トリオの勢いに押されてしまう……というかだな!


「それを略すな! 余計話がややこしくなるだろうが!」


 真面目に注意してみるものの、俺が慌てふためく様子がおかしかったのだろうか。


 三人は楽しそうに大合唱を始めやがった。


「「「4P! あ、それ4P! もいっちょ4P!」」」


 辺りに響き渡る4P音頭に比例して、周囲のざわめきがどよめきになっていく。


「なに、どうしたの?」


「喧嘩?」


「あの人が子どもたちと揉めてて……」


 待て待て待て、なんか知らんが、あらぬ憶測が広がり始めてるじゃないか!


「お前らそれの意味分かって言ってんのか!? マジでやめろって!」


「おにいさんが遊んでくれるまでやめなーい!」


 そう言い争っている間にも俺に向けられる視線はますます冷ややかなものになる。


「子どもたちが遊びとかなんとか言ってたわ」


「そういえばさっき女の子が捨てないでって――」


「えっ、通報した方がいいんじゃない?」


 やっぱりこうなるんじゃねえか!


 こいつらと関わるとなんでこう、おかしな方に物事が進んでいくんだよ!


 こうなったら……もう逃げるしかねえ!


 その結論に至った瞬間、気づけば自己防衛の本能にかられるがまま足をばねのように縮こませる構えを取ると声高に叫んでいた。


「インパクトチャージッッ!!!」


 刹那、地面をけり上げた感覚とともに体が強力な磁石にでも引き寄せられるかのように一気に前方に向かって加速を始めた。


「あっ、また逃げた!」


 アカリが後ろ指をさしている様子が目に浮かぶが、なりふり構っていられない。


 理由なんか必要ねえ!


 こんな短期間で二回も職質されたくねえんだよ!!!


「うおおおおお!!!」


 その一心で俺はひたすら前に、前に、前に走り続けた。


 このまま進んでいけば、人気の少ない住宅街に入る。


 そうすれば小学生トリオはもちろん、数多もの監視を潜り抜けて小倉家に帰還することが可能なはずだ。


 あとはほとぼりが冷めるまで家の中で籠城していればいいだけ。


 家に帰ったらお茶っぱ先生の同人誌でも見て心身のダメージを回復させよう、うん。


 我ながら完璧な作戦を脳内で組み立てながら、敵との距離を測るためにチラリと後を振り向く。


 アカリとユウトがワーワー言いながら俺のことを追いかけてきてはいるが、すでに目算で十メートル以上は隔たりが生まれている。


 このままいけば撒ける!


 そう確信を深めつつ、マラソンの仕掛けどころのように再加速を始めた時だった。


「おにいさん、待ってくださいよー」


 声が、聞こえた。


 聞き慣れた声だ。


 若干の愉快さと底知れぬ恐怖を内包した、そんな声音。


 俺は慄きつつも、首をひねってそいつの姿を捉える。


「まつ、し……た! なん、で……!?」


「逃げ切れると思いましたか? でも残念。私も使えるんですよ、おにいさんの技」


「そんなバカなことがあるわけ――」


 目の前で起こっている非現実的な出来事を一蹴しようとするが、松下の姿が無言でそれを否定してくる。


 信じられないがこいつは今、インパクトチャージを使って俺に追いついている。


 ありえない、ありえない!!!


 だってインパクトチャージだぞ!?


 門外不出で、爆発的な推進力を得ることができて、編み出した俺だって特訓に特訓を重ねて会得できたこの必殺技をなんで!?


「松下……なんでお前がインパクトチャージを使えるんだよ!」


「この間、目の前で見せてもらったので。一回見たら覚えられたから使っちゃいました」


「そんなの……そんなのあんまりだろうがぁぁぁ!!! クソッ! 奥義、連続・インパクトチャージッッッ!!!」


 あまりのショックに気が動転してしまい、思わず連続でインパクトチャージ発動してしまった。


 インパクトチャージは間髪入れずに使用すれば両足に大きな負荷がかかってしまい、翌日筋肉痛になること必至ではあるがそうも言っていられない。


 みっともなく小学生から逃走し大人げなく必殺技を行使したあげくそれで捕まったとなればもう俺、お天道様のもとを歩けない!


 そんな高校生としての意地とプライドをかけた渾身のインパクトチャージを発動したつもりだった。


 しかし、この悪魔は無慈悲な現実を突きつけてきた。


「はあ……。逃げるならしょうがないですね。では使うとしますか。――インパクトチャージ、三連」


「さ、三連だと!!?」


 直後。


 まるでトラックにでも衝突されたかのような衝撃に身体が包まれたかと思うと、いつの間にか地面にうつ伏せになって倒れこんでいた。


 体の上にのしかかっているのは松下。


 俺はインパクトチャージ連続使用の反動で息を大きく乱しているのに、こいつは汗の一つもかいていない。


「松下、お前は一体……何者なんだ?」

 

「小学生ですよ? どこにでもいるごく普通の、ね」


「そんなわけあるか! ただの小学生がインパクトチャージを使う、それも三連続で使うなんてできるわけがないだろ! やはりお前は――」


「おにいさん」


 凍り付くような声音が鼓膜に突き刺さる。


 松下はその瞳に底知れぬ深い漆黒を称えつつ言った。


「知らなくてもいいことも、この世界にはあるんですよ?」


 依然としてこちらを見下ろす微笑みに戦慄を覚える。


「この話はおしまいです。さて、あとは優秀なあの子にお願いするとしますか」


「待て! まだ話は終わって――」


 立ち上がる松下になんとか食らいつこうとしたものの、二人のハンターによってその努力は水泡に帰した。

 

「「かくほー!!!」」


「がふっ!」

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