表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/44

怠惰ちゃん その1

 ゴールデンウィーク二日目の朝。


 いい加減に起きないか! とでも訴えているかのような強い朝日によって起こされたため仕方なしに手元の目覚まし時計を覗くと針は九時過ぎを指していた。


「……眠い」


 九時ということは十時間以上睡眠をとったわけではあるが、それでも疲れが抜けきっていない。


 どうやら昨日の葵といいんちょーとの一件で相当に疲労がたまっていたらしい。


 寝ぼけ眼のまま夢と現実の境をさまようかのようにボーっとしてしまうが、ここで二度寝をしてしまえばおそらく昼過ぎまで寝てしまう。


 そうなると一日の生活リズムが大きく乱れてしまう上に、もう一日の半分が終わってしまったという謎の喪失感に襲われてしまう。


「起きるか」


 二度寝を主張し続ける体に鞭打って無理やりに布団から這い出ると、プラプラとしたおぼつかない足取りでリビングへと向かう。


 そしてドアノブに手をかけて中に入ろうとするが、すんでのところで手を止める。


「……ん?」


 なんだろう、このいつもとは違う感じは。


 普段の日常にある、あるものが突然消えてしまったかのような違和感は。


 いまだに冴えていない頭で考えること二秒ほどして答えを見出すことができた。


「静かすぎないか?」


 そう、リビングまで来たにも関わらずあらゆる生活音が一切流れてこないのだ。


 いつもなら俺が起きるときに聞こえてくる姉ちゃんと葵の話し声はおろか、テレビの音さえ聞こえてこない。


 その静けさに疑問を抱きながらもドアを開けると、やはり先は静寂に包まれていた。


 普段なら二人はとっくに起きているはずなのに……変だな。


 ゆっくりと、確実に、雪のように違和感が降り積もっていく。


 どこかがおかしい。


 だけどそれが何なのかは分からない。


 そんな実体のつかめない幽霊のような奇妙さを胸中に感じながら、テーブルに座りかけた時、それは現実のものとなって目の前に現れた。


「こ、これはっ……!」


 眼前に広がる衝撃的な光景に俺は固まることしかできなかった。


 これが出ているということは、まさか今日《《あいつ》》が現れてしまったということなのか!?


 いや、しかしまだ確認したわけでは……でもこれがあるということはつまり――。


「おにいちゃん、おはよ~……」


「うわっ!」


 いきなり肩をたたかれたと思ったら、葵が寝ぼけ眼をこすりながら立っていた。


 どうやら思考に耽りすぎて、こいつがリビングに来たことに気づかなかったらしい。


「そんなに驚いてどうしたの? ご飯食べないの? ……ってあれ、お姉ちゃんは?」


 俺の驚きようとリビングの異様な静けさにコトリと首を傾げる葵。


 俺はそれに答えるように神妙な面持ちで告げた。


「葵、よく聞いてくれ。姉ちゃん、今日はおそらく……《《あの日》》なんだ」


「あの日? あの日……って、あの日!?」


 頷くと、葵はすぐさまテーブルの上に視線を移す。


 葵の視線の先、そこには魚肉ソーセージが一本ずつ俺たちの席の前に並べられている。


 これが何を意味するか、葵はすぐに気づいたらしい。


「おにいちゃん……起きてからおねえちゃんの部屋見た?」


「いいや、まだだ。すぐに確認に行こう」


 俺たちはすぐさま身を翻して二階の姉ちゃんの部屋に向かい、ドアを開け放つ。


「姉ちゃん!」「おねえちゃん!」


 大声で呼びかけるが、返事はない。


 代わりにベッドの上に堂々と鎮座する布団のかたまりが、これでもかというほど存在感を主張してきた。


 それを見て俺と葵は互いに視線を交わし、絶望を露わにするしかなかった。


「まさか今日があの日、『姉ちゃん怠惰デー』だったとは……」




 俺たちの姉ちゃん、小倉美夏はとても真面目でしっかり者で働き者だ。


 それは小倉美夏という人間を知っている者には周知の事実だといってもいい。


 実際に両親が転勤してしまう前から姉ちゃんはよく家事を手伝っていたし、両親がいない時なんかは俺たちの面倒を見てくれていたりなど、その功績をあげれば枚挙にいとまがない。


 そう、姉ちゃんははいつだって小倉家の頼れるお姉ちゃんなのだ。


 だが、そんな完璧な長女を演じきっている姉ちゃんにも普段は見せない隠れた本性というものが存在するらしい。



 あれはいつだったか、日付ははっきり覚えていないがその光景だけははっきり覚えている。


 たしか俺が小学校低学年くらいのとある日曜だったはずだ。


 その日も俺は相変わらずちんたらと遅起きしていたのだが、リビングに行ってみると姉ちゃんの姿が見えなかったのだ。


 あら珍しい。いつもは俺が一番遅くに起きるのに、とか当時はぼんやり思いながら戦隊ものをテレビで見ながら朝ごはんを食べて、ゲームして、そしてあっという間に昼飯時になったのだが……それでも姉ちゃんは起きてこなかった。


 さすがに心配になった母親が様子を見てくるように頼んできたので、仕方なしに姉ちゃんの部屋に向かうとそこには信じられない光景が広がっていた。


 なんと、かたつむりのように布団にくるまったままベッドの上で微動だにしない姉ちゃんがいたのだった!


 俺が起きろと呼びかけても姉ちゃんは駄々をこね続け、仕舞いには大癇癪まで起こした。


 こんな具合に。


「姉ちゃん、姉ちゃん!」


「うみゅ~……なに~?」


「そんな変な声出してどうしたんだよ? もう昼前だぞ、起きないのか?」


「……あと5分」


「起きる気ないだろ! 布団はがすぞ!」


「いーやーぁー!!!」


 その時は小倉家総出で大騒ぎだった。


 なにせあの真面目でしっかり者で働き者の姉ちゃんが怠惰の極みみたいなことをしていたんだからな。


 そのあと手が付けられずに放置していたら次の日にはすっかり元の姉ちゃんに戻っていたので事なきを得たのだが。


 それ以来ごくたまに姉ちゃんはこういう状態になってしまうようになった、というのが姉ちゃんの怠惰歴史レイジーヒストリーである。


 ちなみに俺はこの姉ちゃんのことを怠惰な姉ちゃんを略して怠惰ちゃんと呼んでいる。




 そんな困ったちゃんである怠惰ちゃんではあるが、実のところこれまでは彼女がたまに出てこようがそんなに困っていなかった。


 だってそのまま寝かせておけば特に害はないわけだし、しばらくすれば自然に元の姉ちゃんの戻るわけだからな。


 しかしこの春からはこれまでとは状況が大きく異なり、怠惰ちゃんの出現が俺と葵のQOLに多大なる影響を及ぼすようになってしまった。


 つまりこういうことである。


「頼む、起きてくれ! ご飯作ってくれ!」


 そう、怠惰ちゃんが出てきてしまうと姉ちゃんお手製のご飯が出てこなくなってしまうのだ!


 これはあまり料理の心得がない俺たち二人にとっては死活問題に等しく、そういうわけでなんとしても怠惰ちゃんをたたき起こす必要があるわけなのだが、


「お姉ちゃん、起きてよ! ねえ!」


「いやあー!!!」


 葵の呼びかけに断固拒否の叫び声で応じた怠惰ちゃんはかろうじて外に出していた顔さえもカメのようにひゅっと布団の中にひっこめてしまった。


「おにいちゃん……」


「ああ。これはいよいよマズいぞ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ