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混ぜるな危険? 葵といいんちょー その5

 その後映画の話ですっかり意気投合し、仲良くなっちゃった葵といいんちょー(ついでに俺)はウインドウショッピングを楽しんだ。


 そして日も傾きかけている中、帰りの電車に三人で揺られているというわけである。


 電車の中は意外と空いており、俺が葵といいんちょーに挟まれる形でロングシートに腰かけている。


 そのまましばらくは他愛もない世間話をしていたのだが、ふと左肩にこつんと何かが当たったかと思えば葵がすやすやと眠りに落ちていた。


「葵ちゃん、寝てしまったのね」


「葵、今日一日結構はしゃいでたからな。疲れたんだと思う」


 寄りかかって寝息を立てる葵を見ながら、俺は今日一日にあった出来事を振り返ると微笑みながら葵を見つめていたいいんちょーに語り掛けた。


「いいんちょー、今日は色々ごめんな」


「いきなりどうしたの、突然謝って」


「だって今日、葵がいいんちょーに迷惑かけちゃっただろ。ほら、昼ごはんの時とか、映画のこととか」


 思い返せばフードコートに映画館と葵の腹の虫の居所が悪かったせいでいいんちょーを厄介事に巻き込んでしまった。


 ここは兄として謝るのが当然というものだろうと思っていたのだが、いいんちょーから返って来た言葉は意外なものだった。


「そういうことね。でも結局は葵ちゃんとも仲良くなれたんだし、全く気にしていないわ。小倉くんが謝る必要なんてないわよ」


「そうもいかないだろ。あんな失礼なことしてしまったし、ここはちゃんとけじめをつけないと。後で葵にも謝らせるからさ」


 不遜な態度を取ってしまった以上は相手にちゃんと謝る。


 小学校でも習う当たり前のことを言ったまでではあるのだが、いいんちょーはこちらの神妙な心持とは裏腹に柔らかな雰囲気を崩そうとはしない。


「実はね、葵ちゃんにはもう謝ってもらったの。一緒に雑貨屋さんを見て回っていた時に」


「そうなのか?」


「ええ、あの時小倉くんは近くにいなかったから知らなかったのね」


 その言葉を頼りに記憶を掘り起こす。


 今日は確かに雑貨屋には寄ったが連れ回されるわ、荷物を持たされるわで足がパンパンになってしまい通路にあるソファで一休みをしていたんだった。


「だから小倉くんが心配するようなことは何もないの。それに葵ちゃんにはその時に言ったのだけれど、謝らなければならないのは私の方だわ」


「どうして?」


「だって兄妹水入らずのところに割り込んでしまったでしょう? 今更では遅いけれど申し訳ないことをしてしまったと思って」


「あの時は俺から誘ったんだし、いいんちょーが気に病む必要はないと思うけどな」


「そう言ってくれるとありがたいけれど、それじゃ私の気が収まらないの。だから改めて、ごめんなさい」


 いいんちょーは丁寧に深々と頭を下げる。


「いいって、いいって。大丈夫だから。気にしてないから」


 慌てて言うと、いいんちょーは顔をあげて再度小さく謝罪の言葉を重ねた。


 謝るつもりだったが逆に謝られてしまった。


 どことなくきまり悪いような、罪悪感を覚えるような。


 うまく言葉にできない気持ちを内包しつつ、次に言う言葉を見つけられなかったので何気なくいいんちょーから視線を逸らすと、目の前の車窓に目を向けた。


 それから少しの間、俺たちの間に沈黙が流れた。


 特に視線を交わすでもなく、向かいに流れていく風景を意味もなく眺め続けるだけ。


 時折伝わってくる電車の揺れが体を小刻みに揺らす。


 まもなくして電車がトンネルに入ると向かいの車窓に俺たち三人の姿が鏡のように映し出される。


 葵は相変わらず俺の肩を枕代わりにしてすやすやと熟睡している。


 やはり相当疲れていたんだな。


 あれだけいろんな店を見て歩き回ったり、映画を見たりすれば当然のことか。


 家の最寄り駅に着くまであと五分ほどだが、まだ寝かせておいてやるか。


 そんな視線を車窓の中の葵に向けたのち、特に意識していたわけではなかったのだが少し様子をうかがうといった感じでいいんちょーに視点を移すと、車窓越しにいいんちょーと目が合った。


 次の瞬間、電車はトンネルを抜け再び車内に夕日が差し込んでくる中、いいんちょーが微笑みをこぼしながら言った。


「あなたたちって本当に仲がいいのね」


「それさっきも言ってたよな。俺たちってそんなに仲良く見える?」


 頷きながらいいんちょーの顔にさらに優し気な笑みが加わる。


「今日一日だけだけど一緒にいて分かったわ。あなたたちが互いのことを大切に思っていることがよく伝わってきたから」


「大切は大袈裟だろ。なんかその言い方だと俺がシスコンみたいじゃん」


「あら、違うの? 私にはそう見えたのだけれど」


「おい」


 俺のツッコミにクスクス笑ういいんちょー。


「まあ冗談はさておいて。仲がいいっていうのは本当よ。だって小倉くん、ずっと葵ちゃんに肩を貸してあげてるでしょ。文句も言わずに」


「確かにそうだけど、これくらい別に大したことじゃないしな。いまいち実感に乏しいというか、そこまで思わないというか」


「ならさっきの自分の言葉には気づいているかしら?」


 自分の言葉?


 思い当たる節がないので首を横に振るといいんちょーから続きが語られる。


「あなたは自分のためではなくほかでもない葵ちゃんのために頭を下げたのよ? いくら兄妹だからってそこまでする人は少ないと思うわ」


 そうなのか?


 俺は特別に他の兄妹間の事情に精通しているわけでもないため知る由もなかったことだが、いいんちょーに言わせればさっきの行動は相当に稀有なことであるらしい。


「私だったら弟が何かしでかしたとしても代わりに謝ろうとは思わないもの」


 決して声に出しはしないが、それはいいんちょーがちょっと弟に冷たいだけなのでは? と心の中でつぶやくといいんちょーから少しじとっとした視線が。


「……何か言いたいことがあるなら言いなさい?」


「いえ、なんでもありません」


 相変わらず勘が鋭いこと。


 漏れ出そうな心の声を静かに抑え込む。


「まあいいわ。話が逸れてしまったけれど、そういう節々にあなたの葵ちゃんへの思いが込められていて、それはちゃんと葵ちゃんに伝わっているということを言いたかったの。そして葵ちゃんもそれを返そうとしている。今日の葵ちゃんはそれが少し前面に出てしまったみたいだけれどね」


「へー。自分じゃよく分からないけど、そういうものなのか?」


「そういうものなのよ」


 どうやら俺と葵は自分たちの想像以上に外からは良好な関係を築いていると見られているらしい。


 こちらに身を預けたまま相変わらず目を閉じている葵を見る。


 世の兄妹、みんながみんなこれくらいの距離間で接していると思っていたのだが、思いのほか俺たちの距離は近いのか。


 これまで自分たちを客観視する機会がなかったためなんだか新鮮な気分になるし、そう言われれば外からの見方も気になるところではあるが。


 それで葵と距離を取るか、とはならないな。


 別にべたべたくっついているわけでもないし許容範囲内、それどころか正直に言えばこれくらいの距離間でも俺はちょうどいいのではないか、とさえ思っている。


 もちろん、葵だって一人の人間で、血がつながっているとはいえ自分以外の他者、少し冷たい言い方をすれば他人であることには変わりはない。


 年も違えば、性別も違うし、考え方も違うし、好みだって違う。


 多分俺と葵の共通点よりも相違点の方が何倍も、何十倍も、下手すりゃ何百倍も多いのは火を見るよりも明らかではある。


 その違いによって仲たがいをしたりそのまま元の関係に戻れなくなってしまって疎遠になってしまうことも、もしかしたらあるかもしれない。


 そうではなくても、進路の違いによっては近い将来、俺たちは別々の道を歩くことになることもある、いやその可能性の方が高い。


 そして望まぬ形で別れを告げてしまうこともあるかもしれない。


 だが、たとえそうであったとしても俺と葵が兄妹であるという事実は消えてなくなったりはしない。


 一緒に過ごした時間がなかったことにはならない。


 そうであるならば互いに近くにいる間だけでも、何気ない会話を何気なく交わせる間だけでもこうして同じ時を過ごすことはとても大切なのではないか、と思うのだ。


 その心の刻まれた時間が、過去が、俺たちが兄妹であることの何ものにも代えがたい証明になるはずで。


 いや、そんな難しい御託を並べる必要はない。


 葵が世界の誰でもない世界にたった一人だけの妹だから、それだけで十分だ。


「まあ、いいんちょーの言うことも一理ある、かも?」


「なんで疑問形なのよ」


「まだ確定したわけじゃないからな」


「変なところで素直じゃないんだから」


 一応は賛意を口にすると、いいんちょーはより一層微笑みを深くした。


 とまあ表向きはそんなことを言ってしまったわけだが、今日の件で改めて自分のこいつへの気持ちを認識できた気がする。


 意外に俺は葵のことを大切に思っていたようだ。


 自分で言っていて少し気恥ずかしい気もするが、事実なのでしょうがない。


 少々自分の中にそれがしみ込むには時間がかかりそうだが、気長に待つとしよう。


 だが、ここで一つ気がかりな点が浮上する。


 俺の葵への思いは分かった。


 だが、葵は俺に対しそんなに大切に思っているのだろうか?


 だって今日も有無を言わさず買い物に付き合わされたわけだし、今回のお出かけをデートとか言っていたがいいんちょーが言う、葵が返そうとしている思いが込められているかは一考の余地があるような気がする。


 荷物を持たされたかと思いきや挙句の果てにはいいんちょーと小競り合いも起こしやがったし。


 ん? てかそもそも――


「なんで葵はいいんちょーにつっかかったんだ?」


「……え?」


 途端にいいんちょーは少し驚いたような顔を見せる。


「小倉くん、今なんて?」


 まさか心の声が声に出てしまっていたのだろうか?


 しかし別に聞かれて困るようなことでもない純粋な疑問だからな、会話を続けるとしよう。


「どうしてこいつはいいんちょーに迷惑かけてたのかって思って。仮にこいつが俺を家族として思ってくれていたとしても、どうしてあんな風に不機嫌になったのか分かんなくて」


 いいんちょーはしばらく目をぱちくりとさせていたが、右手で頭を押さえながらため息をつく。


「小倉くん……。本当にあなたって人は……」


「え、なに?」


 いいんちょーは再び大きく嘆息すると呆れたような口調で言い放った。


「小倉くん、訂正するわ。今回の件、葵ちゃんは一つも悪くない。悪いのは小倉くんと私。でも特に小倉くんが一番悪いわ。主犯と言ってもいいわね」


「なんで俺が悪いんだよ。なんかした?」


「そういうところね」


 そう言っていいんちょーは再び大げさに息を吐くが、マジでどういうこと?


 理由が分からないため再度いいんちょーに聞こうとした矢先、車内のスピーカーから駅名を告げる機械音声が流れた。


「私はここで降りるわ。今日はありがとう、小倉くん。楽しかったわ。また学校でね」


「あ、ああ。じゃあまた、ってその前にさっきのことをもう少し詳しく――」


「あなたはもう少しそういうところを磨いた方がいいわね。私から言えることはそれだけよ。じゃあね」


 いいんちょーはいじわるそうな笑みを見せつつ、電車から降りて行ったのだが。


「そういうところってどういうところだよ……」


 あまりのヒントの少なさに俺は疑問符を浮かべながら、葵とともに電車に揺られるのだった。

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