混ぜるな危険? 葵といいんちょー その3
その後、俺と葵といいんちょーの三人で昼ごはんを食べていたのだが……葵の不機嫌は最後まで直らなかった。
もちろんあいつもそれを前面に押し出すということはしなかったし、いいんちょーとも仲良く話しているようには見えたのだが、やはりどこか不満そうな印象はぬぐい切れていなかった。
特に俺といいんちょーが二人で喋っていた時なんかは、ハリセンボンのようなふくれっ面を披露していたのだが……あれはどういうわけなのだろう。
まあ、葵といいんちょーは初対面だし人同士だから相性というものもあるのだろうが、それでも普段のこいつの愛想のよさをどこかに置き忘れたようだったな。
妙に緊張感のあった昼ご飯を思い出しながら、別の用事があると言っていたいいんちょーと別れた俺たちは現在、映画館で座席指定を行うべく列に並んでいる。
隣の葵をチラリと伺うと、やっぱりまだ少し拗ねている様子。
「葵、さっきからなんでそんなに機嫌悪いんだよ」
「べっつに? 私なんにも気にしてないもん。ふん」
葵は腕を組んでふいっと顔を背ける。
絶対何か気にしているし、一向に機嫌が直る気配はない。
まったくどうすればいいのやら、と葵への接し方に頭を悩ませていると売店に目が留まった。
薄暗い館内でひときわ輝くメニュー表を眺めていると、「期間限定 プレミアムキャラメルストロベリーミルクフレーバーポップコーン」という横文字のオンパレードみたいなポップコーンがあることに気づいた。
さすがにプレミアムと銘打つだけあって中々いいお値段がするが、葵と友達のおかげでチケット代が浮いているしな。
ここは多少の犠牲を払ってでもご機嫌取りとでもいくか。
「葵。あのポップコーンでも食うか?」
葵は腕を組んだまま俺の指さす方を見ると、一瞬だけ瞳に光を灯した。
が、しかし。
「食べ物で釣ろうなんて私はそんなにちょろくないよ!」
ぷいっとすぐにそっぽを向いてしまった。
だが案ずることはない。
ポップコーンだけで篭絡できないのなら第二の手を打つまでだ。
「おっ、なんか食べ比べセットみたいなやつもあるじゃん。そのプレミアムなやつと普通の塩味のやつの。甘いの食べたらしょっぱいのも食べたくなるよな~」
わざとらしくそう言うと、葵がごくりと喉を鳴らすのが分かった。
さて、これならどうだ?
「……ふ、ふん! 別に私はそんなの興味ないもん!」
これでもダメか。しぶとい奴め。
しかし俺にはまだ奥の手が残っているのだ。
ただでさえそれ自体もぱさぱさしているのに、砂糖や塩がまぶされているポップコーンを食べれば喉が渇くのは必然というもの。
それならば極めつけはこれだ!
「ドリンクも期間限定のやつがあるみたいだな。どうだ、頼むか?」
「うん、頼む!」
先ほどまでの不機嫌オーラはどこへやら、にこやかな微笑みとともに葵は即答した。
おそるべし、食べ物の力。
それから売店に寄って諸々を購入したのち、目的地であるシアターへと向かった。
葵はすっかり機嫌を直したようで、ポップコーンとドリンクが入れられたトレーを手に今にも踊りだしそうな足取りで通路を歩いている。
葵の機嫌が戻ったようでよかった。
なぜかは知らんがあいつ不機嫌だったし、そのままだと楽しめるものも楽しめないからな。
シアターに入ると、人でごった返す中を慎重に進んでいく。
ここでもゴールデンウィーク効果のせいだろうか、とにもかくにも観客が多い。
これだけの混み具合なのに、葵と隣同士の席を確保できたのは運がよかったと言っていいかもな。
「ここだ」
やっとたどり着いた指定番号の座席に腰を下ろす。
すると左手がちょうど俺の隣に座って来た人の手とぶつかってしまった。
「すみません」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
返って来た声は聞き覚えのある澄んだものだった。
まさかとは思うが、と声の主を確かめるべく隣に目を向けると同時にその人もこちらを向いていた。
薄闇の中、浮かび上がって来たそのシルエットは……。
「いいんちょー?」
「小倉くん?」
こんな偶然あるのだろうか、先ほど別れたばかりのいいんちょーだった。
二人して驚きを露わにしていると、葵が固まる俺の後ろからぴょこっと顔を出す。
「なに、どうしたの? って、あ! あなたは!」
そしていいんちょーの姿を認めるや否や声をあげるが、ここは映画館だ。
葵はハッと気づいたように声のトーンを落とすと、強い視線を向けながらいいんちょーに尋ねる。
「どうしていいんちょーさんがここにいるんですか!?」
「どうしてって……映画館に来る理由なんて映画を見に来る以外ないでしょう?」
こともなげに答えるいいんちょーだが、葵は胡乱な目を向ける。
「それ、本当ですか? ほかにも何か理由があるんじゃないですか?」
「……それってどういう意味かしら」
葵の言葉にいいんちょーの眉がピクリと動く。
場に流れ出す険悪な空気。
やっと機嫌直ったと思ったらまた再燃しやがった!
この一触即発の状況になんとかメスを入れて関係改善を図るべきことは自明ではあるが、左右から放たれる殺伐としたオーラに俺は二頭の虎がにらみ合う檻の中に入れられたネズミのように一言も発することができない。
葵はいいんちょーの視線に物怖じせずに続ける。
「だってこんな偶然ありますか? さっき別れたのに映画館でばったり再会。しかも私たちの隣の席なんて。もう疑わざるを得ません」
葵はそこで一度話を切ると、息を吸い込んで言い放った。
「いいんちょーさんは私たちをストーカーしたあげく、デートの邪魔をしに来たんでしょ!」
「なっ!」
さすがのいいんちょーもこれには平静を保てなくなったようで、探偵に犯人呼ばわりされた容疑者のようにたじろいだ。
「そ、そんなことするわけないでしょう! そもそもなぜ私があなたたちをつける必要があるのよ!」
「そんなの決まってるじゃないですか! 見てれば誰だって分かります! だっていいんちょーさん、おにいちゃんのことがす――ふむっ!」
突如としていいんちょーは席から身を乗り出すと葵の口元を両手で押さえた。
「しーっ! しーっ!」
暗がりでよく見えないが、いいんちょーの声音から相当焦っている模様。
「俺のことが『す』って何?」
葵に向けて問いかけてみたが、葵の口を押さえたままブンブン首を横に振るいいんちょー。
「な、なんでもないのよ小倉くん! 葵さんもそう思うわよね?」
「ふごふご! ふごふごふご!」
「葵、すごい形相でふごふご言ってるけど」
「妹さんも何もないって! さっ、もうすぐ上映時間ね。映画を楽しみましょうか。」
一層暗みを増すシアターの中いいんちょーは葵から離れるも、葵はいいんちょーを親の仇を見つけた時のようにじろりときつい視線を送る。
「やっぱりそうだったんだ! むー!」
再びご機嫌斜めになってしまったようだが、正直なぜこいつがこんなになっているかいまいちよく理解できていない。
いいんちょーといるときに限ってプンスカ怒りっぽくなっているのは確かなので二人の相性がよくないということはなんとなく分かるのだが、こいつの心情を寸分たがわず読み取れているかと言われれば間違いなくノーだ。
だが、唯一橋渡しが可能である俺がそのような曖昧な状態に陥ったままだとこの張りつめた空気を打破することは難しくなる一方である。
ここはひとつ、勇気をもってその真意を確かめなければならないな。
というわけで葵にその意を伝えてみると、怒りと不満を宿した両眼がキッと俺の目を捉えた。
「おにいちゃんは知らなくてもいいの!」
「えぇ……お前なんでそんなに怒ってんの? 理由あるなら聞くから――」
「知らない!」
葵に怒られて、一蹴されてしまった。
一体、どうすればいいのか。
俺はため息をつきながら暗闇にぼんやりと浮かび上がるスクリーンを眺めるのだった。




