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混ぜるな危険? 葵といいんちょー その1

 ついに明日から待ちに待ったゴールデンウィーク、五連休が始まる。


 風呂に入って後は寝るだけ、という睡眠移行体制をとり終えた俺は連休の予定を脳内で立てていく。


 まずは明日の一日目だが、連休の初日だということをかみしめながら昼前に起きて、午後からはこの前手に入れた百合ラノベを読んで、昼寝して、晩ごはんとデザートを食べて、寝る。


 二日目は昼前に起きて、別の百合ラノベ、できれば溜まっている百合マンガ読んで以下略。


 三日目は(略)百合同人誌読んで(以下略)。


 四日目も(略)。


 最終日は溜まった課題を消化して、夜は百合アニメ見て終了。


 うむ、我ながら完璧な計画だ。


 せっかくの五連休、慣れない新生活で溜まった疲れをいやすべく有意義に使わないとな。


 優雅な計画に思わず頬を緩ませながら、怒涛の五日間百合祭りの下準備としてお茶っぱ先生の名著「きっと君に恋してる」を読み直そうと机に座った途端、コンコン、と部屋の扉が小気味よい音を立てた。


「おにいちゃん、入っていい?」


 どうやら葵が尋ねてきたらしい。


「ちょっと待って」


 そう言いつつ急いで同人誌を机の引き出しに隠すと、俺は顔と気持ちを引き締めるとともにドアに向かって呼びかける。


「いいぞ」


 すると、その向こうからフェミニンなパジャマに身を包んだ葵が姿を現した。


「ごめん、今忙しかった?」


「そんなことはないけど。どうした、こんな時間に」


 ベッドに座るように促すと葵は素直に座ったのだが、どこかいつもと様子が違うような気がしないでもない。


 謎の違和感に向き合っていると、俺に向き直った葵が可愛げな声を出す。


「うん。ちょっとおにいちゃんにお願いがあって」


 お願い。


 葵がその言葉を使う時は大抵面倒なことに巻き込まれる兆候である。


 本当ならこのワードを聞いた瞬間にすたこらさっさと逃げるのが吉であるのだが、 今回は部屋に招き入れてしまった以上、すぐに帰れとも言えない。


 渋々といったオーラを醸し出しながら、一応聞いてみる。


「……なんだよ」


 すると葵はその答えを待っていたかのように一転していきいきと喋り出す。


「明日からゴールデンウィークじゃん? それでね、街にある大きいショッピングセンターでセールをやるらしくて行ってみたいんだけど……私、ひとりで行くのは初めてだから少し不安なの」


 話を続けながら器用に目をうるうると潤ませる葵。


 こいつが何を言いたいのかは今の言葉で大体検討がついたが、あえてそれは無視し、話を逸らそうと試みる。


「そうか、それは心細いな。だけどお前なら大丈夫だ。よし、もう夜も遅いし寝た方が――」


「もしかしたら道に迷うちゃうかも……道に迷っちゃったら私、泣いちゃうかも……」


 手の甲を目に当てて、大げさにぐすんぐすんと泣くふりをする葵。


「へー……まあ、それも経験だと思って頑張――」 


「そうしたら家に帰ってこれなくなっちゃうかも……。それは嫌だな~、おにいちゃんとおねえちゃんに会えなくなっちゃうの寂しいな~。ねえ、おにいちゃんもそう思わない?」


 思いっきり首を横に振りたいが、生まれてまだ一か月の子犬のような目を向けられてしまっては首も言うことを聞いてくれない。


「…………そうだな。ところで、もう寝る時間――」


 最後のあがきとして強引に話題を変えてみようとはしたものの、それも空しく葵は俺の言葉を無視していつもの上目遣いとおねだりポーズをとると、


「私、おにいちゃんについてきてほしいな。おにいちゃん、おねがい~」


 これをされてしまっては、俺に選択肢はないのだ。


 葵の必殺おねだりに気圧されながら、俺は言葉を絞り出した。


「……分かったよ、行くよ……」


 というわけでゴールデンウィークがまだ始まってもいないのに、早速俺の脳内計画はとん挫したのだった。

 




 翌日、朝十時すぎ。


 昨日までの計画ではまだ布団の中で夢の世界に滞在している予定だったのに、俺は葵と二人で電車に揺られて家の最寄駅から二十分ほどの場所にある、市内随一の繁華街に来ていた。


 その繁華街の中心部にあるターミナル駅から五分ほど歩いたところにある、複合型のショッピングセンターが今日の目的地である。


 そこは十時開店なのでまだ客足もまばらだろう、なんて高を括っていたのだが、さすがゴールデンウィーク。予想以上にお客さんが入っている。


 開店直後でこの調子だと昼前とかえらい混雑になるんじゃないか、なんて悲観的な観測を行っていると、葵も少しだけ驚いたように声をあげる。


「うわー、やっぱり結構混んでるね。でも予想の範囲内だし混んじゃう前に一通り見て回ろうかな。まずは一階のあのお店で洋服を見て、次にあっちのお店で……あっ、あのアクセサリー屋さんもいいな! うーん、どうしよう……最初はどのお店がいいと思う? おにいちゃん」


 そう言われてもぶっちゃけ服の店なんてよく分からないしな。


「あー、最初の店でいいんじゃないか? なんかよさそう」


 その答えに葵はつんとくちびるをとがらせた。


「ぶー、もっとちゃんと考えてよ。せっかくのデートなんだしさ」


「えっ、これデートなの? ただの荷物持ちかと思ってた」


「せっかくの私とのデートをそんな風に考えてたなんて、おにいちゃんひどい! ……まあ、否定しないけど」


「否定しないのかよ」


 俺のツッコミに葵は「えへへ」といたずらっぽく笑って見せたが、おもむろに朗らかな表情になる。


「でもおにいちゃんと二人でお出かけするなんて久々でしょ? だからおにいちゃんにも楽しんでほしくて。今日ちゃんとデートプランも考えてきたんだからね!」


「本当かよ。やっぱいまいち信じられないな」


「もう、おにいちゃん私のこと信用しなさすぎ!」


 葵はジトっとした視線を送ってきたが、それでもやはり上機嫌そうな笑顔になると、


「じゃあそれの答え合わせはこのあと実際に体験してみてよ! ほら、行こっ? 早くしないと混んできちゃう!」




 その後、葵とのデート(?)が始まった。


 ここに来る前までは本当にただの荷物持ちで連れてこられたとしか思っていなかった。


 しかし様々な店を回っていくうちに葵は心の底からショッピングを楽しんでいて、そして俺にも楽しんでもらえるように振る舞っているのが分かった。


 正直、服とかアクセサリーとかそういったオシャレの類は全く明るくないのだが、葵はそんな俺にも丁寧に色々と教えてくれるし、試着で俺が適当なことを言っても受け入れてくれるしで、当初予想していた葵にさんざんなじられたあげく、馬車馬のように働かされるということもなかった。


 一通り店を回り終えてフードコートに移動すると、葵は満足そうに体を伸ばす。


「はーっ、回った回った! 見たいところ全部見られたよ。これもおにいちゃんが付いてきてくれたおかげだね、ありがとう!」


「そりゃどういたしまして。それで、この後はどうすんの? その様子だと結構満足したんじゃないのか」


 俺の問いかけに葵は腰に手をあてて胸をはり、得意げに笑う。


「ふっふっふ。おにいちゃんは午前中、私に付き合ってくれたからね。そのご褒美に……じゃんじゃかじゃーん!」


 古臭い効果音とともに葵が懐から取り出したのは映画のチケットだ。


 どうやら最近話題のアニメ映画のチケットらしい。


「学校の友達にもらったんだ。だからここでお昼ごはん食べた後、一緒に映画でも観よ?」


「いいのか? お前がもらったチケットなのに」


 葵はニッと白い歯をのぞかせながら明るい声で言った。


「いいのいいの! だってこれは私とおにいちゃんのデートなんだもん!」


 どうやら最初に言ったデート、という言葉はあながち間違ってはいないらしい。


「そうか、ありがとう」


 葵が小学校低学年に一緒に映画を見に行った時には、映画館に着いた時になって「やっぱり他の映画見たい!」とか言い出して、俺と映画館で大げんかして。


 それで結局、葵のわがままに付き合わされる羽目になったというのに、その葵がここまで気遣いができるようになっていたなんて。


 兄として妹の成長に感心するとともに、ほんの少し寂しくもなつかしい気持ちを心に宿していると、テーブルに置いていた二つのワンタッチコールが同時にピッピッピーと鳴り出した。


「あっ、やっと鳴ったね」


「じゃあ取りに行くか。どうせ同じ店だし、葵の分も取ってくるから葵は席取りよろしく」


「ありがとうー。じゃあ席は死守しておくので、よろしくお願いします」


 愛想のいいニコリとした微笑みを向ける葵に見送られながら、呼び出し機を手に握りしめて家族連れやカップルなどでごった返す人ごみの中に突入する。


 相変わらずすごい人だな。


 俺たちはなんとか席を確保できたものの、この様子じゃ今から来た人は座るの難しいのではないだろうか?


 そんな感想を抱きつつボケっと有名洋食屋チェーンの列に並んでいると、後ろから清流のように明浄な声が背中に投げかけられた。


「あれ、小倉くん?」

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