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お茶会へのいざない その4

「春斗君、それはどういう意味ですか?」


「えっと……いえ、やっぱり何でもないです。それよりもトキさんの話をもう少し詳しく説明していただけますか?」


 絶対こちらが何かを勘違いしていることは分かったので多少強引に話を流すと、トキさんは訝し気な視線を向けていたものの最終的に気にしないことにしたらしい。


「確かに言葉が足りませんでしたね。そうですね……何から話しましょうか」


 考える素振りを見せて、十秒も経たないうちに話を切り出した。


「まずは春斗君。確認なのですが、あなたは同人誌というものをご存じですか?」


「同人誌って、あの同人誌ですか? 二次創作とか自分で作ったマンガとか」


「はい。その口調だと知っているということでよろしいですか?」


 知っているも何も買ったこともあるし推しの作家さんだっているからな、嘘をつく必要もないので頷いておこう。


「では同人誌を見たことは?」


「一応、あります」


「買ったことは?」


「はい。少しだけですけど」

 

 肯定を続けているとその一問一答にトキさんは、「なるほど。予想通りですね」とよく意味の分からないことを言って満足げにコクコクと頷く。


 なんだこの同人誌質問攻めは? これが先ほどの内容につながるのか? 


 胸に飛来した疑問と向き合っていると、トキさんは「春斗君になら話してもいいでしょう」と独り言ちたのち今日の昼ごはんに何を食べたのかでも語るようにあっさりと言い放った。


「春斗君。実は私、サークル『ティータイム』で『お茶っぱ』というペンネームで同人誌を制作しているんです」


「へー、そうなんですね。ティータイム……お茶っぱ…………ん?」


 ちょっと待った。


 今、どこかで聞き覚えのある名前が聞こえたんだが。


「うん? すみません、今、なんて言いました?」


「ええ、ですから『ティータイム』というサークルで『お茶っぱ』という名前で同人活動を行っているんです」


 二度にわたるトキさんの告白が脳内にしみ込んでくるまでに幾分か時間を要したが、その言葉の輪郭を完全に捉え終えた俺は驚愕と混乱と感動が渦巻く心中を隠すこともできず大音声を発してしまった。


「お……おおお、おちゃちゃちゃ、お茶っぱ先生!!!??」


 その驚き具合にトキさんも少し目を見開く。


「そんなに驚かれなくても……私が同人誌を描いているのがそんなに意外ですか?」


「いや、そうじゃなくて! 俺、作品大好きで、めちゃくちゃ読んでて、尊敬してるっていうかマジ生まれてきてくれて感謝っていうかそんな感じで!」


 駆け出し時代から応援していた推しのアイドルを握手会で目の前にした熱狂的なファンのごとく興奮しながら愛をハチャメチャな文脈で早口でまくしたてる俺にトキさんは大きな瞳をぱちぱちさせている。


 いかん、一方的にまくしたててしまった。


 一度口を閉じ、言いたいことを整理してからそれをゆっくりと言葉に昇華させていく。


「実は俺、お茶っぱ先生の大ファンで。この間も君恋とか買って読んでて……すごく面白かったです」


 気持ちを込めたその一言にトキさんの表情が当惑から微笑みに変わっていく。


「あら、そうだったんですか。ありがとうございます。楽しんでいただけて何よりです」


 なんとビックリ、トキさんは俺が敬愛してやまない同人誌作家であるお茶っぱ先生だったことが判明した。


 しかし興奮冷めやらぬ中、俺の中に当然の疑問が芽生えてくる。


「えっと……トキさん。トキさんがお茶っぱ先生だっていうのは分かったのですが、それとさっきの姉ちゃんの普段の様子がなんちゃらはどう関係があるんですか?」


 それをぶつけると、トキさんは少々深刻そうな表情になってからぽつぽつと語りだした。


「それについてなんですが、春斗君は私のファンだということで私がどんな同人誌を描いているかは知っていますよね?」


「女の子同士の友情や恋愛を描く、いわゆる百合ですよね」


 トキさん、こくりと頷く。


「私は作家としてペンをとったあの日からこれまでずっと、オリジナルで百合作品だけを描き続けてきました。中学、高校が女子校だったということも関係しているのでしょう。特にネタに困ることもなく女性同士の友情、そして恋という男女間とはまた別の魅力のある関係性を満足するまで描き続けることができていたのです」


 一度話を切ると、今度はどこか苦しさを思い出すような遠い目をする。


「しかし高校を卒業して大学に入学してから大きな転機がやってきました。そのせいで私はペンを握っても以前のように満足のいく作品を描くことができなくなったのです」


 それって……巷に聞くスランプというやつではないだろうか。


 作家やクリエイターという職種の人はある日突然、そういったものに陥ってしまうと聞いたことがある。


 ということはトキさんも現在進行形でスランプになっていて苦しんでいるということなのか。


 俺はその心中を慮りながら、同情するように声をかける。


「それは……大変でしたね」


「ええ。女性の少ない学科に入ってしまったので圧倒的に同人誌ネタの供給が不足しているんです」


「ん?」


「入学式直後は絶望しました。このままでは作品を描くなくなってしまう、と。そんな時、私の目の前に彼女が現れました」


「……その彼女ってまさか」


 その答えに辿り着いた俺が顔をあげ、トキさんの表情を捉えるといつの間にか微笑を取り戻し、こくりと頷いた。


「美夏さんです。彼女とお友達になってからごきょうだい、つまり春斗君と妹の葵さんがおられることが分かりまして。美夏さんはお二人を本当に大事に思われているそうで毎日楽し気にお二人のお話をしてくださるんですよ」


「そ、そうなんですね。それはなによりです」 

 

「はい。美夏さんとお二人のお話は本当に面白くて、実に興味深くて、そして最高にいいネタになるのですよ」


 その時トキさんの目の奥底にギラリと光る何かが宿ったような気がした。


 いや、そんな不確実なものではない。


 確実にその何かが彼女の中には蠢いていることを俺の本能が訴えかけている。


 そしてここまで聞いてそれが分かった気がする。


 もしその予想が正しければ、おそらく至極面倒くさいことに巻き込まれることになるだろう。


 まだ引き返せると思い、口を開こうとしたがその時にはもう遅かった。


「そこで春斗君に協力していただいて、ぜひより詳細な普段の生活の様子や出来事を教えていただきたいのです。美夏さんとは別の視点、角度からそれらを捉え、作品に反映させることができれば魅力をさらに引き上げることができるはずですので」


 こちらの目をまっすぐに見据えて一歩ずつ詰め寄ってくるトキさんに対し気圧されるように俺は一歩ずつ後退していたが、ついに壁際まで追いつめられてしまう。


「あの……そんな期待されても別に普通の家と変わんない生活してると思うんですけど……」


「いいえ、春斗君は普段からそのような環境に身を置いているがゆえに自らの生活の魅力に気づいていないのです。姉である美夏さんと妹である葵さんに囲まれて過ごせることがどれほど恵まれているか……。ネタの宝庫ではないですか。羨ましいことこの上ありません」


 ずいっと身を乗り出し、顔を近づけてくるトキさん。


 逃げ場を塞がれた俺はあまりの顔の近さにドギマギしながらも首を横に振る。


「そうは言いますけど、そんなトキさんの作品で描かれているような百合展開なんてなんにも……」


 と、言いかけた時、まるで天命でも降りてきたかのように先日の洋酒入りチョコレートの悲劇が脳裏にフラッシュバックした。


 「あっ」


 その一秒にも満たないか細いクモの糸のような声をトキさんは見逃さなかった。


「なにかあったのですね? 教えてください」


「いや、その……」


「お・し・え・て・く・だ・さ・い」


「ひええっ……」


 あまりにも目がキマっているトキさんの圧力に思わず野良猫に追い詰められたネズミのように委縮し、床にへたり込んでしまう。


 そしてあろうことか、トキさんはすっかり脱力した俺に乗り上げるような恰好になると、勢いよく左右の壁に手を押し付けた。


 いわゆる壁ドンだ。


「教えてくださるまで放しませんから」


 普通だったらこんな綺麗で格好のよくて男はもちろん女でも一瞬で恋に落ちてしまいそうな美貌の持ち主に壁ドンされたらドキドキキュンキュンするのだろうが、そんな気持ちは微塵も感じられなかった。


 今、胸を支配するのは焦りと恐怖だけ。


 ある意味ドキドキはしているが、それも違う意味だ。


 まるで赤の他人の世界の覗き込んでいるようなそんな夢うつつといった風に今の自分の状況を認識していたが、こんな信じられないことが自分の身に降りかかっていると自覚すると、大きな声をあげる。


「いくらトキさんでもあれについては話せません! せっかく二人も忘れてるし、俺も危ない目にあった、ってそうだ! 俺は男ですからそれじゃ百合は描けませんよね。だったらこの話はナシってことで――」


「安心してください。その場合は女体化純愛ナマモノ同人誌で対応しますので」


 そんな逆転満塁サヨナラホームランみたいないい感じの語呂で言ってもダメなものはダメだろ!


 心の中でツッコミを入れてみても、当然ながらトキさんから放射されるプレッシャーが弱まる気配は見えない。


 もう言うしかないのか……?


 という諦めの境地に至りかけたその時、廊下から福音のごとき足音が耳に届いた。


 もしかして姉ちゃんが様子を見に来てくれたのか?


 軽い足音は洗面所の前で止まり、ガララと音を立てて扉が開く。


 俺はすがるような思いで声を絞り出した。


「姉ちゃん、助け――」


「クッキー、スコーン、フィーナンシェー! おいしいお菓子が待ってる……え?」


 目の前に現れた人物、それは我が妹、葵だった。


 葵はまず俺を見て、次に俺に乗っかっているトキさんを見て、一転して真顔になり、場が静まり返る。


「あら、こんにちは」


 トキさんは沈黙をものともせず、普通に葵に挨拶。


 すげえなこの人。どんなメンタルしてんだよ。


 葵は恋人の浮気現場を目撃したOLのように固まったのち、油の切れたロボットのような動きで顔を俺に向けると、殺気をほとばしらせた。


「おにいちゃん……お取込み中のところ悪いんだけど、これ、どういう状況なのかな?」


 うん……なんかもうこうなるって分かってた。


 その後事の顛末をうまく説明して葵をなだめつつお茶会が開かれたのだが。

 

 短時間でいろんな感情がごちゃまぜになった結果、お茶会でのお茶の味はよく思い出せなかった。

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