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お茶会へのいざない その2

「改めまして、美夏さんと同じ大学に通っています、白夜びゃくやトキと申します。以後お見知りおきを」


 その言葉に豆鉄砲を食らった鳩のように反応するのが一拍遅れる。


「はっ? 姉ちゃんの、友達? えええっ!!?」


「春斗、さっきからどうしたの? 大声出して驚いたり、私が二人とか変なこと言ったりして」


「いや、だってこの人が姉ちゃんだって……でも姉ちゃんが出てきて……ごめん。やっぱりなんでもない……」


 もはや自分でも何を言っているのか分からなくなり押し黙ってしまった俺を見て、姉ちゃんはいよいよ不審というよりも心配そうな顔を向けていた。


 しかし特に問題はないと思ったのか、姉ちゃん(№1)もとい白夜さんの方に向き直ると、俺の紹介を始めた。


「トキちゃん。こちら、私の弟の春斗です」


 あまりに自然な流れだったため心の準備ができておらず慌てて頭を下げる。


「は、初めまして。小倉春斗といいます。よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそよろしくお願いしますね、春斗君」


 スズランのような笑みを浮かべる白夜さん。


 自己紹介も終わったところでひとまず聞いてみたいことを聞いてみることにした。


「白夜さん、一つ質問があるのですが」


「トキでいいですよ? はい、なんですか?」


「えっと、じゃあトキさん。さっきはなんであんなことを?」


 トキさんは再びフフっと上品に笑うと、


「先ほどはごめんなさいね。美夏さんから春斗君の話はよく聞いていたものですから勝手に親近感を覚えていまして。それでついあのようなことをしてしまいました。もしかして気分を悪くされましたか?」


「いえいえ! 少しびっくりはしましたけど、全然そんな気分が悪いとかは思ってないです。むしろ初対面の僕なんかに気さくに接してくれて嬉しいです」


 その答えに彼女は目を細める。


「あら、そう言ってくださって助かります。美夏さんはできた弟さんをお持ちなんですね」


「そ、そうかな~。できた子かは分からないけど、悪い子ではないよね~」


 なんでかは知らないが俺が褒められてるのに右手を頭の後ろに持っていってデレデレとする姉ちゃん。

 

 できた弟って多分お世辞なんじゃないか?


 まだ心の奥底では警戒心が解けていないのか、素直になれず若干ひねくれたことを思っていると、何やら刺さるような強い視線を感じる。


 前方に目を向けると、なぜかトキさんがガラス細工のようにきれいな瞳で俺の方をじいーっと見つめているのだ。


 何なに? なんか顔についてる?


 気づいてから数秒間は不安を覚えていたのだが、次第に気恥ずかしさがふつふつと湧き上がってくる。


 こんな美人に見つめられたら年頃の男子は意識してしまうのが当然だろう。


 俺は気恥ずかしさを振り払うように話題を振る。


「トキさんはどうして今日うちに?」


「あら、私としたことが。話すのを忘れていました」


 トキさんは右手を口元に当てて大げさに驚いた素振りを見せると、こほんと一つ咳ばらいをする。


「ちょうど昨日ですね、英国の方から美味しいお茶とお菓子を手に入れることができまして。せっかくの機会ですし、美夏さんと一緒に私の家でお茶でもと思っていたのですが……」


 言葉を区切ると、それを継ぐように姉ちゃんが話し出す。


「いつもトキちゃんの家にお邪魔になるのも悪いなーって思ったから、今日は私の家でお茶会を開こうって提案したの」


 なるほど。


 だからテーブルに香り豊かなお茶やら、普段はお目に係れそうもない高級そうなお菓子が並べられているのか。


 それらを博物館で国宝でも見るかのような面持ちでまじまじと眺めていると、ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐって腹の虫が食わせろとばかりにグーっと鳴いた。


 ……ちょっと恥ずかしい。


 顔が少しづつ熱を帯び始めたのを感じているとその音が聞こえたのか、トキさんがお茶会に誘ってくれる。


「せっかくですから、春斗君も一緒にいかがですか?」


「でも……二人だけのお茶会に俺みたいなおじゃま虫がいてもいいんですか? 女性だけで話したいこともあるでしょう?」


「おじゃま虫だなんてそんなことはありませんよ。そうですね……突然ですけど春斗君はお茶会で一番大切なことが何か分かりますか?」


「お茶会で何が一番大切か、ですか? えーと……分かんないです……」


 素直に告白すると、彼女は一拍おいてからどこまでも広がる青空のような包容力を含んだ瞳を向けてきた。


「それは楽しむことです。テーブルを囲んだ方々と美味しいお菓子でも食べながらお話をしたり、お茶を飲んだり、そんな他愛のない時間を心の底から楽しむことが私はお茶会において最も重要だと考えています。その時間を楽しみたいという心、それさえ持っていれば誰だって参加資格を持ち合わせているのですよ。春斗君はどうですか? 持っているでしょうか?」


「楽しむ心、ですか。それはお菓子を楽しむ、なんていう高尚じゃないものでもいいんですか?」


「もちろんです。むしろ大抵の方はそれが目的なのではないでしょうか? かくいう私自身も今日のお菓子はすごく楽しみなのですよ。もちろん、美夏さんとのお話もとても楽しみなのですが」


 その言葉を聞いた姉ちゃんの声が明るくなる。


「ふふっ。嬉しいこと言ってくれるね」


「あら、本心ですよ?」


 そう言いながらニコリと微笑んだトキさんは再度俺の方に向き直ると、


「ですから春斗君もぜひ。肩肘張る必要なんてありません。気楽に午後のひと時を楽しみませんか?」

 

 それに追随するように姉ちゃんも笑顔を向けてくれた。


「春斗、トキちゃんもこう言ってくれてるし一緒に食べよ?」


 まあ……確かにそういうことだったら参加するハードルもかなり下がったし。


 それにせっかくの厚意で誘ってもらったのに断るのもなんか感じ悪いしな。


 迷いはしたものの、結局俺は首を縦に一度振った。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただこうと思います。ありがとうございます」


 その返事を聞いて二人はそろったように穏やかな笑みをもって迎え入れてくれた。


 ということで俺は人生で初めて本格的なお茶会に参加し、アフタヌーンティーを頂くことになったのだった。


 立ちっぱなしもなんなのでひとまず着席したはいいものの。


 お茶会の作法なんてものは当たり前のことながら一般庶民を十五年続けてきた俺にはさっぱり分からない。


 お菓子はいつ食べてもいいんだ? みんなで合掌でもするのか?


 なんて思いながらテーブルの上を眺めていると、

 

「そういえば春斗、帰って来てから手洗った?」


「たしかに言われてみれば洗ってないな。洗ってくるわ」


 そう告げて洗面所兼脱衣所に向かって歩き出そうと腰をあげるとトキさんも見計らったかのように同時にすくっと立ち上がる。


「すみません。お手洗いをお借りしてもよろしいですか?」


「もちろん。春斗、トキちゃんを案内してあげて。私はその間に春斗の分の紅茶淹れておくから」


「ん、分かった。トキさん、こちらです」


 リビングから廊下に出て、その突きあたりが洗面所でその道中にトイレがあるので案内することなど造作もないことだ。


 スタスタと二人で歩いていき、トイレにご案内。


「ありがとうございます」


「いえいえ」


 そしてそのまま洗面所へと向かう。


 ハンドソープを付けて手を洗いながら、一度深呼吸をし冷静になって考える。


 さっきはお腹もすいていたし、気楽に楽しめばいいと言われて断る理由もなかったからお茶会参加を快諾したが。


 よくよく考えれば姉ちゃんもいるとはいえ初対面の、しかもあんな美人さんとテーブル囲んでお茶会って緊張しないわけがないし、楽しむ以前の問題だな。


 もしかしたら緊張でお菓子が喉を通らないかも、とか会話が続かなかったらどうしようとか今更になって様々な懸念がひっそりと姿を現し始めた。


「なんか緊張してきたな。一応話題考えとくか……。えっと、トキさんの好きなお菓子は、とかでいいのか?」


「強いてあげるならフィナンシェですかね。それに先ほども言ったでしょう? 気楽に楽しめばいいと」


 突然、後ろから澄んだ声が。


 誰もいないと思っていたため驚きのあまり固まっていると、開けっ放しにしていた洗面所の扉がパタンと閉じられる。


 洗面台から視線をあげて正面を向くと、鏡越しにトキさんが俺の真後ろに立っているのが見えた。


「春斗君……少しお話しよろしいですか?」


「…………えっ?」

次回 お茶会へのいざない その3

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