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お茶会へのいざない その1

 五月の大型連休を一週間後に控えたある日の放課後。


 今日は小学生どもに絡まれたりすることもなくまっすぐ家に帰ると、玄関に見慣れない靴が置いてあった。


 その隣には姉ちゃんのスニーカーが並べてあり、葵のそれは見当たらない。


 誰かお客さんでも来ているのだろうか?


 こそこそと自分の家なのに泥棒のような足取りで廊下を移動し、何か聞こえないかとリビングの近くで耳を澄ますも話し声は聞こえない。


 姉ちゃんが新しい靴でも買ったのか? と思いつつリビングに入る。


「ただいまー」


「あら、おかえりなさい」


 すると聞き慣れない、穏やかで落ち着いた声音が俺の鼓膜を震わせた。


 姉ちゃんではない声に驚いてその主を確認すると、えらい美人がそこにいた。


 知らない女性だ。


 その女性はリビングのテーブルの姉ちゃんの隣の席、つまり普段は空席の場所に座っていて、手にはうっすらと湯気の立つ純白のティーカップを持っている。


 目鼻立ちは非常に整っていて、可愛いというよりかは美人だという印象を強く与える。


 腰まで伸びた絹のようにたおやかな髪もまた印象的で、白を主体とした服装が彼女の魅力を一層眩し気なものにしている。


 まじまじと彼女を観察していると、切れ長のシャープな目が品定めでもするように俺の姿をじっと捉えていることに気づいた。


 彼女は白いジャスミンのようにフッと微笑むとティーカップをテーブルに置き、薄桃色の唇を動かす。


「おかえりなさい?」


「あっ……ただいまです。えっと……どちら様ですか?」


 俺が素直にそう訊くと、彼女の唇はますます笑みを形作る。


「あら、悲しいことを言うのですね。私ですよ、私。美夏お姉ちゃんです」


「……へっ? ご、ご冗談を。姉ちゃん……美夏のご友人ですか?」


「いいえ、違います。美夏本人です」


 落ち着いた笑顔を浮かべる女性のこの言動には疑問符を浮かべざるを得ない。


 一体この人は何を言っているんだ?


 そもそも外見から全くの別人だし、喋り方も違うし、それに姉ちゃんは自分のことを美夏お姉ちゃんなんて言わない。


 俺は警戒感を含んだ声で目の前の女性に尋ねた。


「誰ですか、あなた」


「ですから美夏お姉ちゃんですよ?」


 微笑みを崩すこともなく、俺の視線なんかに臆することもなく変わらぬ答えをよこす女性。


 なんなんだ、この人。 新手の泥棒かなんかか?


 それとも他人の家に忍び込んでお茶を飲みながらその家族になりすますという愉快犯か。


 不審者警戒レベルをマックスにして俺が訝し気にその人を睨んでいると、彼女はふう、と一息ついてからやはりほのかな笑みを残した顔を向けてきた。


「そんな目を向けないでください。互いに秘密を共有した仲でしょう?」


「……秘密? なんのことです?」


「そうですね……例えば、同人誌のこととか」


 !!?


 虚を突くような言葉に俺は一瞬身動きが取れなくなるほどの衝撃を受け、思わず声を出してしまっていた。


「な、なんでそれを!?」


「だってお姉ちゃんですから。それくらい知っていますよ」


 その最高機密トップシークレットはたとえとある国の秘密情報局の全職員が血眼になって防諜活動を行おうが、政府が秘密裏にこのことについて調査を行っていようが、俺と姉ちゃん以外には知る由もないはずなのに……。


 一番身近にいる葵ですら知らない情報を知っているってことは……。


「えっ……本当に姉ちゃんなの?」


「はい、そうですよ」


「でも今朝大学行く時と恰好とかが全然違うような……」


「イメチェンです」


 イメチェンってそんなわけあるはずが……いやでも待てよ。


 この人は同人誌の一件を知っていたし……うん、まあ、姉ちゃんもイメチェンくらいするか。 


 得心した俺は目の前のイメチェン姉ちゃんを眺めながら、ホッと胸をなでおろす。


「なんだ、だったら早く言ってくれよ。てっきり変な人が入って来たかと思ってビックリしちゃっただろ?」


「ふふっ、ごめんなさいね。春斗を驚かせたくってつい」


「やめてくれよ、ったくイタズラがすぎるぜ」


 そして俺が姉ちゃんの真ん前の席に座ろうとした瞬間、リビングのドアがガチャと開かれた。

 

 おそらく葵が帰って来たのだろう。


 俺はドアの方に目を向けながら、自分でも愉快だと思う声音で、


「葵、おかえり。ちょっと聞いてくれよ。姉ちゃんがさ、いきなりイメチェンを――」


「私がどうかしたの?」


 聞き覚えのある声だ、姉ちゃんの声だな、なんてぼんやりと思った俺の間抜けな頭が疑問符に埋め尽くされるまでそう時間はかからなかった。


 なぜなら俺の目に映ったのはドアノブに手をかけた、今朝見たまんまの恰好が佇む姉ちゃんの姿だったからだ。


「……は? う、うわあぁぁ!!? ね、姉ちゃんが二人!?」


「? なに言ってるの?」


 姉ちゃん(№2)は俺の反応にこくりと小首を傾げる。


 なんで姉ちゃんが二人も……まさかこれが巷に聞くドッペルゲンガーというやつなのか!?


 ジェットコースターに乗らされた高所恐怖症の人のように激しく動揺していると姉ちゃん(№1)が口元に手を当てて上品に笑う。


「フフッ。すみません、冗談ですよ、冗談」


「えっ? じょ、冗談?」


「ええ。まさかここまで素直に信じられるなんて予想外でした」


 は? え? つまりどういうこと?


 全く嫌な感じのないいいところのお嬢様のような笑みを見せる姉ちゃん(№1)の言葉をうまく呑み込めなかったため混乱しながら彼女に尋ねる。


「じゃあ、あなたは誰なんですか?」


 そう問うと、姉ちゃん(№1)がすくっと立ち上がって深々とお辞儀をした。


「改めまして、こんにちは。私は美夏さんと同じ大学に通っています、白夜びゃくやトキと申します」

次回 お茶会へのいざない その2

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