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二人だけのヒ・ミ・ツ

 ある日曜日の昼前。

 時刻は十一時半を回ったところだ。


 俺は自分の部屋で静かに宅配便を待っていた。


 もちろん俺だって見ず知らずの親の友達の友達のそのまた知り合いから送られてくるタオルみたいなただの宅配便だったらわざわざ部屋で待ったりなんかはしない。

 

 というのも今回はそれの中身が俺にとっては国宝にも等しいものなのだ。


 喉から手が出るほど欲しかったその逸品を手に入れた瞬間を想像すると、嬉しさのあまり言葉が漏れ出てしまった。


「楽しみだな……お茶っぱ先生のマンガ同人誌」


 そう、俺が待っているのは同人誌だ。


 同人誌というのは同人と呼ばれるある特定の趣味などを持つ個人や団体が自分でお金を出して執筆や編集、発行まで行う雑誌で、早い話が自作のマンガとかアニメやゲームの二次創作本とかその他諸々のことを指す。


 まあ、分からなかったらネットでも調べてほしい。


 偉そうに同人誌について説明してしまったのが、かくいう俺も中学卒業までは同人誌という本の存在すら知らなかった。


 知るきっかけとなったのは、この前の春休みに小学校からの友達と遊んだ際、そいつがお茶っぱ先生が描いたオリジナル百合マンガ『きっと君に恋してる』を貸してくれたことだ。


 その時に初めて同人誌(と百合)というものに触れてみたのだが、商業誌掲載のマンガに負けず劣らずといってもいいくらい驚くほどレベルが高く、イラストの美麗さやストーリー構成の巧みさ、そしてそれ自体の面白さに度肝を抜かれたことを鮮明に覚えている。


 というわけでめでたく先生のファンの仲間入りとともに百合という新たな扉を開いた俺は、友人からその他の同人誌も拝借して、穴が開くほど読み込んだ。

 

 最終的にそいつに返せと急かすから返したものの、やはり自分でも先生の作品がほしくなってしまったので、


「よし、買うか」


 高校合格祝いにささやかながら臨時ボーナスが出ていたことを思い出し、先生の作品をまとめ買いしようとさっそく同人誌販売専用サイトにアクセスしたのだが――。


「えぇ……年確あるのかよ……」


 お茶っぱ先生の全作品のうち何作品かは年齢制限引っかかっちゃう系の同人誌であるという衝撃の事実が判明してしまった。


 ここは自分に素直になって嘘をついてでも買うべきか、それとも年確の意味をちゃんと理解して大人しく引き下がるべきか、でもそうすれば全ての作品を読めないし……むむむ。


 頭の上で天使と悪魔がバチバチと激しい舌戦を繰り広げていたが結論はすぐに出た。


「まあ、いいや。ポチッとな」


 悪魔側に味方し、天使を論破することにした俺は結局姉ちゃん(18)になりすますことによって年齢確認を突破。


 同人誌の注文に成功したのだった。


「あっ」


 が、ある問題が発生することに気づいてしまった。


 宛名を偽装して注文したあげく、中身がかなり濃密な百合同人誌のため、もし姉ちゃんか葵が荷物を受け取って封を開けてしまえば、そこまでしてそのような同人誌を入手しようとしたことがもれなく二人にバレてしまい、甚大な精神的ダメージが降りかかってしまうことは間違いないのである。


 それだけはなんとしても避けなければならない!


 という事情で、たとえ矢が降ろうが槍が降ろうがそれを宅配ドライバーの人から直接受けとる必要があるのだ!


 これまでの経緯を思い返しつつふと時計を見ると十五分も経っている。


 そろそろ宅配便が来てもおかしくはないな、午前中に配送だし、と気を引き締めていると、


 ピンポーン。


 軽快なチャイム音が鳴ったその瞬間、俺は脱兎を凌駕するほどのスピードで階段を駆け下り、玄関に向かった。


 勢いよくドアを開け放つと、


「宅配便でーす。こちら小倉美夏さんのお荷物で間違いないですかー?」


「はい!」


「サインおねしゃーす。……ありっとござーましたー」


「ありがとうございました!」


 バタンとドアを閉じて、一応伝票を確認。


 宛名 小倉美夏様  

 送り主 リンゴブックス(同人誌販売専用のサイト)  

 中身 本類


 来た来た来たぁぁ! ついにお茶っぱ先生の作品がわが手に!


 心の中で嬉しさのあまり発狂し、それを隠しきることができず、へにゃりと顔をニヤけさせながら階段に向かっていると、二階から滑り落ちそうな勢いでドタドタとあわただしい音とともに姉ちゃん登場。


「は、春斗!」


 根拠はないけどなんか嫌な予感がするが、無視はいけないので聞いてみる。


「……どうした?」


「そ、その荷物……誰宛って書いてある?」


 予感的中。


 今この瞬間、一番聞かれたくない逆タイムリーな質問をぶつけてくる姉ちゃんであるが、本当は「小倉美夏様」と宛名は書いてあるのを記憶の片隅からも一切消去したように俺は何食わぬ顔で答える。


「俺宛てだけど……なんで?」


「えっ!? え、えっと……別に深い意味はないんだけどもし私宛だったら開けずに私に渡してほしかったなって思っただけで……でも違うならいいの」


 姉ちゃんはあたふたと捲し立てるようにそう言うと、どこかしょんぼりした足取りで自分の部屋に戻っていく。


 ふむ、今のを見てると何かいつもと違って様子がおかしかった気もするが……本人がいいというなら特段気にすることもないか。


 余計なおせっかいなんて焼く必要もないしな。


 俺は気を取り直して顔を再度へにゃりとゆがませながら部屋に直行。


 ドアに鍵をかけ、外部からの侵入者を完全にシャットアウトし、マイオウンワールドを展開するとともに、机の上に段ボールを置いて、ガムテープをはがす。


「やっと手に入れたぞ……先生の同人誌!」


 ワクワク、ドキドキ、胸の高まりは収まるところを知らない。


 まるで宝箱を開けるときのような期待感と高揚感が体中を縦横無尽に飛び回るのを感じながら、俺は段ボールの封を開けて、中身を覗き込み、そのまま真っ逆さまに絶望のどん底に突き落とされた。


「…………はっ?」


 そこにあったのは、どこからどう見ても同人誌であった。


 そう、紛れもなく同人誌ではあるんだけど……表紙にはお茶っぱ先生の可愛らしい女の子たちが絡み合っているイラストではなく、代わりに超美形の金髪男子が半裸で熱い抱擁を交わしているイラストが描かれていた。


 タイトル『お前のものは俺のもの。つまりお前も俺のもの』。


「……えっ?」


 それを見て、ひとまず俺は自分の目を疑い、目をこすったのち、中身を確認し、どう見てもBL同人誌だということを確認して、次に注文間違いを疑い、サイトの注文履歴を確認し、やはりお茶っぱ先生の作品をまとめ買いしたということを確かめてから、


「どえぇ!!? ななな、なにこれ!!?」


 素っとん狂な声を部屋にこだまさせた。

 

 一体なんなんだ、このイケメンたちは!?


 君恋は!? 百合イラスト集は!? このBL同人誌はなんだ!?


 驚きと混乱と行き場を失った嬉しさ、その他諸々の感情がごちゃまぜになって脳内に群雄割拠し、心の領土を奪い合っていく中、


 ピンポーン。


 再び軽やかな呼び鈴の音が耳に届いた。


 すると隣の部屋からドタバタと急いで階段を駆け下りる音がしてから少しして、今度はトントンと落ち着いた、だけど心なしか嬉しそうな足色が廊下に響き、隣のドアがパタンと閉じられる。


 そして一分もしないうちに、壁越しにも聞こえてくる姉ちゃんの声。


「ふぇぇ!!? ななな、なにこれ!!?」


「……まさか、な」


 そんな偶然あるはずが……と思いつつも再び根拠のない自信を胸に再来させた俺はBL同人誌が封入された段ボールを持ってすぐさま姉ちゃん部屋に突撃した。


「姉ちゃん、今大丈夫? 入っていい?」


「は、春斗!? ちょ、ちょっと待って! 今は――」


 部屋に入ると、慌てふためいた姉ちゃんが突っ立っていた。


 その手にはフェミニンなパジャマ姿で見つめ合う女の子たちが描かれた同人誌。


 よかった!


 どうやらまだこの様子を見るに、まだ姉ちゃんは年齢制限引っかかるゾーンには手を伸ばしていない様子。


 それに俺がひとまず安どのため息をついていると、


「あっ! こ、これは違うの! その、何か手違いがあったというか――」


 俺の視線に気づいたらしく、同人誌を後ろに回す姉ちゃん。


 根拠のない自信が確信に変わる。


「やっぱり……そういうことだったか」


「? そ、そういうことってどういう――」


 顔に疑問符を浮かべていた姉ちゃんに俺は見せつけるように段ボールからスッと例のBL同人誌を取り出すと、姉ちゃんは「あっ」と全てを察したような顔になる。


「春斗、それは私の……つまりこれは……」


「ああ。そういうことだ」


 しばし沈黙。


 しかし十秒もしないうちに、姉ちゃんがひっそりと悟りを開いた仙人のようなテンションで提案してきた。


「私は何も見ていない。春斗の好みについても何も知らない。だけど春斗も何も見てないし、私の好みを知らない。それでどう?」


「そうだな……それでいこう」


 俺たちは無言で頷きあうと、互いに段ボールを交換し、何事もなかったかのように立ち振る舞うのだった。


「あれ? でもなんでこの宛先、私宛てなの?」


「……それも、何も知らない、ということでお願いします」

次回 お茶会へのいざない その1

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