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泣いて笑って二日酔い その2

 なんということか、姉妹二人ともチョコの洋酒にやられてしまったではないか!


 酔っぱらった姉は泣き上戸となり抱き着いてくるし、妹は下らないことで大笑いをかましている。


 なんなんだ、これは?


 酔っ払いが辺り一帯を闊歩するそんな状況に戸惑っていると、


「おねえちゃんなんで泣いてるの~? 元気出して~。ほらほら~」


 葵がふらふらと千鳥足で近づいてきたかと思えば、姉ちゃんの頬を人差し指でつつき始めた。


「ふわぁ……やめて~……」


「えへへ、おねえちゃんはかわいいな~。かわいいからもっと~ぷにぷに攻撃~!」


 弱弱しい抵抗も空しく、容赦のないぷにぷにが姉ちゃんの頬を強襲する。


「うわぁぁぁ……やめれ~……」


「ぷにぷにぷにぷに……おねえちゃんのほっぺもちもち~! アハハ!」


「こら、葵。そんなに姉ちゃんをいじめるんじゃない」


 さすがにやりすぎだと思ったので声を強めて注意をすると、


「む~! おにいちゃんのケチ~!」


 葵はむっとした表情になるが、すぐにパアッと笑顔を見せて今度は姉ちゃんの頭をよしよしと撫でだす。


「おねえちゃんはかわいいね~。なでなで~」


「や~め~て~」


 まったく……この状況、どうやって収集をつければいいんだ?


 とりあえず一旦二人を引き離して、それから葵を姉ちゃんに近づけさせないようにして――。


 と、俺が必死に思考を巡らせてこの二人をどう落ち着かせる方法を思案していると、突然葵が思い立ったように大声で変なことを言い出しやがった。


「う~、こんなかわいいともうがまんできないよ~! してもいいかな~、しちゃおっかな~、うん、しちゃおー! そうしよー!」


 もちろん俺はその酔っ払いをたしなめるべく声をかける。


「はぁ……葵、お前何言ってんだ?」


 しかし葵は俺の声など聞こえていないかのように姉ちゃんに抱きつくと、


「ちゅーしよ~!」


 俺が止める間もなく葵は姉ちゃんにキスをしたのだ。

 

 しかも割と結構ガッツリしたやつを。


「…………は?」


 目の前に広がる実の妹が実の姉に濃密なキスをするという想像もしなかった光景。


 ????? 


 は? え、どゆこと?


 俺はその眼前の状況に完全に呆然自失となり、まさか俺もさっき食べたチョコのせいで酔っぱらってしまったのか? 


 なら酔いを醒ますためにエンジェルフォールで滝行でもするか、と思い至り、航空券を予約するべくスマホに手を伸ばしかけたのだが、すんでのところで思いとどまる。

 

 いや、ちょっと待て。


 いくらなんでも、酔っぱらっているからといって葵が姉ちゃんにキスをするなんてことがこの極めて凡庸な現実において起こるはずがないだろう。


 俺は目を閉じて、大きく深呼吸をする。


 そうだ、息を整えて目をこすってよーく目を凝らして見てみればきっとそんなことあるわけが――。


 そんな淡い期待を抱いていた俺の瞳に飛び込んできたのは、やはり先ほどとは変わらぬ、いやむしろさらにディープな感じになっている妹×姉のキスシーンであった。


 それに俺は再度意識を失いかけると同時に、「現実は小説よりも奇なり」ってこういう意味か~、なんて甚だしく今考えるべきではないことを薄ぼんやりと思いつつ、時が止まったように硬直すること十秒ほどたったのち。


「……ぷはっ。ごちそうさまでした~」


「ふえぇ……ふにゃぁ……」


 姉ちゃんを堪能して満足げな笑顔を浮かべる葵に対し、姉ちゃんは俺から手を離し、気の抜けたようにペタンと床にへたり込む。


 再度言おう。


 なんなんだ、これは!?


 一言も発さず口をくるみ割り人形のようにぽかんと開けていた俺であるが、そんな身動きの取れないマヌケに葵はゆらりと妖しげな視線を向けてきた。


「あ、おにーちゃん。えへへ、そうだよね~、おにーちゃんともしなきゃだよね~」


 一歩一歩じりじりとこちらににじり寄ってくる葵の声に俺はハッと現実に引き戻されたように意識をはっきりさせ、後ずさりをする。


「……ちょっと待て、葵。お前、一体何する気だ?」


「もう~、女の子にそんなこと言わせないでよ~。そんなの決まってるじゃ~ん。もちろん~……ちゅーだよ!」


 そしてあろうことか、突然俺に向かってとびかかってきやがった。


「待て待て待て! それは色々まずいって、うおっ!?」


 理性を失った葵から逃がれようとタイミングよく飛び退ろうと試みはしたものの、なんと運の悪いことに真後ろにソファが通せんぼでもするかのように俺の進路を妨害。

 

 結果、そのままあっけなくソファの上に倒れ込んでしまった。


 無抵抗極まりない仰向け状態になった直後、胴体に柔らかくも温かい感触がのしかかる。


「ふっふっふ~。つーかまーえた~」


 なす術のない俺に馬乗りになって、頬をビーツのようにピンク色に染め上げる葵。


「待て待て! 葵、落ち着け!」


「待てな~い。じゃあ、遠慮なくいただきま~す!」


「あああ! 待てって、実の兄妹でそんなことなんてマジでダメ――」


 とかそんなことを言って抵抗を試みた俺だったが、気づけば目を閉じてしまっていた。


 人間の性なのか何なのか知らないが、キスの直前って目を閉じるものらしい。


 そんなこと初めて知ったけど、できれば実の妹と以外の別のファーストキスで知りたかったな……。


 なんてことをコンマ一秒にもみたないごく短い時間で考えながら、俺は固く硬く目を瞑り、すべてを諦めて受け入れようとして、そのまま数秒が経ち、


「…………?」


 何も感触がなかったため、沈黙に耐えられず目を開けた。


 すると視界が開けた先に真っ先に飛び込んできたのは、


「……すぅ……すぅ……」


 俺の体の上で気持ちよさそうに寝息を立てている葵だった。


「……えっ?」


 そこからさらに状況を理解するのに十秒ほどかかったが、めでたく脳が処理を完了させると、安心感からぐったりと脱力した。


「ぶはっ……た、助かった。……ったく、こいつは人騒がせだな」


 俺はこのキス魔を起こさないように細心の注意を払いつつも、そっとソファに寝かせる。


「こいつは起きたら厳重注意の刑だな」


 そう独りごちながらキス魔の餌食になってしまった姉ちゃんに目を向けると、ぐてんとして賞味期限が切れた後の生卵みたいに床に寝っ転がっているので……うん、一旦そのまま寝かせておいて後で起こすとしよう。


 さてと。


 とりあえず酔っ払いどもはなんとか落ち着かせることに成功したが、まだまだ問題は残っている。


 それはこのすべての元凶であるチョコをどうするかだ。


 このまま放っておいたらまたこの二人が食べてしまって再びブレーキを取っ払った暴走機関車みたいに好き勝手するかもしれないし、どうしようかな……。


 そうして思い悩むこと数分、俺はある一つの平和的結論を出した。


「しょうがない。これも家族の平穏のためだ」




 翌朝。


「おねえちゃん、おはよー」


「あ、おいちゃん。おはよう」


 リビングで姉ちゃんと葵が挨拶を交わす声が聞こえる。


「あれ、おにいちゃんは? まだ寝てるの?」


「ソファにいるよ」


 それを聞いて葵がトタトタとこちらに駆け寄ってくるが、


「おにいちゃん、おはよー、ってそんな苦しそうにしてどうしたの?」


「……うぅ……葵か」


 俺は仰向けに寝っ転がったままうめき声をあげるだけでまともな返事を返せない。


 するとそんな俺に代わって姉ちゃんが代わりに答えてくれた。


「それがね、春斗ったら昨日のチョコ全部食べちゃったらしいの。それで気持ち悪くなったんだって」


「えっ、全部!? そりゃ気持ち悪くなるでしょ!」


 そう、俺は姉ちゃんと葵をベッドに連れて行った後、小倉家の安寧のために残りのチョコを全て一人で食べて……結果的に自分も酔って寝てしまった。


 そして朝、目が覚めると頭に鈍痛が走り、体が鉛のように重くなっており、こうしてソファに寝っ転がったままひたすらに痛みに耐えているという顛末を迎えてしまったのだ。


 家族の平和を身を挺して守った勇者に対しても葵と姉ちゃんは、


「ていうかなんで全部食べるの!? 私もまた食べたかったのに! むむむ!」


「そうだよねー。いくら美味しいからって食べすぎはよくないよね」


「…………」


 俺はこの時固く胸に誓った。


 この二人には金輪際酒類を与えず、自分も二十歳になっても酒は飲まないようにしよう、と。

次回 泣いて笑って二日酔い おまけ ~長男はつらいよ~

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