泣いて笑って二日酔い その1
さて金曜の今日もやってきました、晩ごはん後のお楽しみタイム。
俺は食器を慣れた手つきでささっと片付けると、流れるようにコーヒーを二つ淹れてからテーブルへと舞い戻る。
すでにテーブルでホットミルクを眼前に置いて待機していた葵とわちゃわちゃと談笑しながら待つこと一分ほど、姉ちゃんが微笑を浮かべながらリビングに戻って来た。
「あっ、やっと来た! おねえちゃん、今日のデザートはなあに?」
「今日はね~、久々にチョコレートだよ~」
葵の質問にそう答えながら姉ちゃんはシンプルな正方形の黒い箱を慎重にテーブルに置く。
封を開けると、中から区画ごとに整然と並べられた茶色から漆黒までそれぞれの色を醸し出しているチョコレートたちが姿を現し、豊かなカカオの香りがふわりと漂ってきた。
「いいにおいー。おいしそ~」
「おっ、さすがおいちゃん、お目が高い。実はこのチョコ、あの老舗の海外メーカーが作ってるかなりいいものらしいんだよ」
「あの海外メーカーが!? それ絶対おいしいやつじゃん、やった!」
目の前に喉から手が出るほど欲しがっていたおもちゃを置かれた園児みたいに瞳を爛欄と輝かせる葵を横目にふと思ったことを訊いてみる。
「ってことは結構高かっただろ」
姉ちゃんは「実はこれ私が買ったものじゃなくて」と前置きしてから、
「このチョコ、大学の友達にもらったものなの。なんかその子のお気に入りの一品で、買いすぎちゃったからおすそ分けしてくれるって」
「へー。でもこんないいチョコもらってもよかったのか?」
「私もそう思ったんだけど、遠慮しないでご家族と一緒に食べてください、感想聞かせてくれればそれで十分ですって言うから断るのも申し訳なくて」
すると葵はその話に「ふむふむ」と目を閉じながら頷くと、すぐさま有言実行とばかりにパクリと口にチョコを放り込んだ。
「そういうことなら遠慮はいらないね! ありがたくいただいちゃおー!」
そしてほっぺが落ちてしまわないようにとでも言いたげに両手で頬を挟みながら、満面の笑みを浮かべた。
「ん~~~!!! おいしい~!」
こいつの幸せそうな表情を見ていると思わず食欲がそそられるな。
そう思ってチョコレートに視線を移すと、ちょうど姉ちゃんも同じことを思ったようでチョコを眺めてから俺に向き直って、
「んー、まあ。せっかくご厚意でくれたんだし、いただいちゃおっか」
「そうだな。そうしようか。じゃあありがたく。いただきます」
俺は名前すら存じ上げない姉ちゃんの友達に感謝しながら箱から一つ取ってチョコを口に放り込んだ。
「!」
すると噛んだ途端に市販の板チョコとは明らかに一線を画す、香りの爆弾とも言うような芳香が口の中いっぱいに広がっていくではないか。
余韻にじっくりと浸りながらゆっくりとチョコを下の上で転がすと、じわじわとそれ本来の苦みが口にしみ込んでくる。
そのまま丁寧に味わったのちに、名残惜しさとともにチョコを飲み込み、芳醇な風味が残っているうちにコーヒーを口に含むと、得も言われぬ幸福感が俺を包み込んだ。
「はぁ~……うま~……」
そうやってホッと一息をついたところで頭の中にある疑問が湧いてきた。
このチョコは味からしてビターチョコレートのようなのだが、それにしては風味がまろやかだったし、そもそもチョコ単体でこんな豊かな風味を生み出すことができるのだろうか。
それについてしばし考えていると、ふとチョコの風味の中に優しくフルーティーな香りが混じっていたことを思い出した。
これはもしかして、と思い、チョコの箱の裏にある成分表示を確認する。
『この製品には洋酒が入っています。 アルコール分4%』
なるほどな、それであんな豊かで深みのある香りを生み出せているのか。
香りの真相に得心した俺はそれを踏まえて再度味わってみようと箱に手を伸ばすが、
「……うっ……うぅぅ……」
真正面から聞こえるうめき声に手が止まってしまう。
何事か、と箱から正面に視線をあげると、なんと姉ちゃんが机に突っ伏して体を小刻みに震わせているではないか。
「えっ、姉ちゃん大丈夫!? 腹でも痛くなったか!?」
急いで席を立ちあがりそばに駆け寄る。
と同時に姉ちゃんはこちらを視認するや否や猛烈な勢いで抱きついてきた。
「はると……はるどぉ~!!!」
しかも目から涙をあふれさせて、顔はわら半紙を丸めたみたいにくしゃくしゃになっている。
「どうした? やっぱりどこか痛むのか?」
「ううん、違くて……なんかチョコ食べたら体がポカポカしてきてね……それで涙が止まらなくなって……うわあぁぁぁん!」
姉ちゃんは俺の問いかけに答えると、お母さんにこっぴどく叱られた幼稚園児のように俺に顔をうずめてくる。
おいおい、まさかとは思うが……チョコの中に入ってる洋酒で酔ったっていうのか?
嘘だろ?
信じられないとばかりに姉ちゃんを見つめている間も当の本人は俺の服に涙と鼻水をぐしぐしと擦り付けてくる。
「ちょ、姉ちゃん!? 何してんの!?」
普通に汚いしマジでやめてほしかったので、一旦姉ちゃんを引き剥がそうとしたものの、
「やだやだ! お姉ちゃんを見捨てないで~!」
とか面倒なことを言いだすので、俺は頼れる我が妹に応援を要請するべく振り返った。
「葵、姉ちゃんはがすの手伝ってくれないか?」
「う~ん……ちょこっと嫌かな~」
うーん、それはちょこっと困るな~。
「って、なんでだよ。見ての通りそんなこと言ってる場合じゃ――」
「ちょこっと嫌。ちょこっと……チョコっと! チョコだけにね! アハハハハ!!! おもしろ~い!!!」
俺の瞳に映った葵は上機嫌にケラケラと笑いながらその顔を朱に染めていた。
「おいおいおい……お前もかよ!」
次回 泣いて笑って二日酔い その2




