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愛を込めた似顔絵を君に その2

「は~い、そこまで~。できた絵は前に提出してくださ~い。鉛筆やイーゼルなどは後ろに戻してくださいね~」


 授業の終わりを告げる先生の声とともに俺は鉛筆を置いた。


「ふぅ、なんとかできたな」


 俺は改めて目の前のいいんちょーの似顔絵を見返す。


 うん……。

 

 やはり俺が描いただけあってそこまで上手くはなく、到底いいんちょーの魅力を描写できているとは言い難いが、それでも自分なりに全力を尽くせたのではないだろうか。


 少しの疲労感とそこそこの達成感に浸っていると、いいんちょーがいつもの涼し気な顔に少しの期待感をにじませてこちらへ回り込んできた。


「小倉くん。提出前に絵、見せてもらってもいいかしら?」


「……どうですか?」


 自分にとってはそこそこの出来でも人に見せるときは否が応でも緊張するものだ。


 俺はなぜか敬語になりながらおそるおそるいいんちょーに評価を聞いてみる。


 いいんちょーは顎に手を当てながら、まるでお宝を鑑定する鑑定士のように真剣な目で絵を見つめていたが、


「……たしかに上手とは言えないわね」


「うっ。それはご指摘のとおりで……」


「だけど……うん。ちゃんと小倉くんが真剣に描いたっていうことはよく伝わってくるわ」


 いいんちょーはタンポポのように小さく可愛げな微笑みを浮かべる。


「つまり……いい絵だってこと?」


「だからそう言ってるじゃない。頑張って描いてくれて嬉しいわ」


 一層微笑みを深くするいいんちょー。


 その笑顔を見て、俺は心のうちに安どのため息をついた。


 よかった、なんとか及第点はもらえたようだ。


 緊張の糸が切れたことで押し寄せた疲労感に身を任せてぐったりとしていると、いいんちょーはくるりと回って踵を返した。


「私のも見る? 見せてもらうだけでは不公平だし」


「いいの? 見る見る」


 招かれるままイーゼルに立てかけられた絵を見ようと回り込むと、衝撃のあまり絶句してしまった。


 そこにはまるで俺の顔をコピー機で印刷したような、そんな似顔絵が描かれていたからだ。


「ええっ!? うっまっ! いいんちょー、絵描けたの?」


 いいんちょーは指に髪を巻きつけながら照れくさそうにする。


「まあ多少はね。私、絵を描くのが趣味だからある程度は上手に描けてると思うんだけど……どうかしら?」


「いや、これは……すごいとしか言いようがないな。まさかこんないい絵を描いてもらえるなんて……家に持って帰って飾りたいぐらいだな」


「そ、そう。……よかった」


 もはや驚きを通り越して感動しながら言うといいんちょーは、安心したような声でつぶやいた。


 いや、それにしてもこの絵、ホントによく描けてるな。


 鏡でもみるような面持ちでまじまじと絵を見つめていると、隣からパンケーキボイスが飛んできた。


「あら? あらら~? これ、河井さんが描いたの~?」


 園原先生は驚いているような、いないようなそんな驚き方をしてその絵を見つめた。


「はい。時間制限もあったので胸を張れるほどの完成度には届いていないかもしれませんが……」


「いやいや、そんなことないよ~。逆に時間内でここまで描けるなんて~。うん、いい出来だね~」


「いえ、そんな。ありがとうございます」


 いつもと変わらない涼しげな顔をしているいいんちょーだが、先生に褒められて心なしか嬉しそうな表情をのぞかせている。


 その間も園原先生は「ほ~」とか「は~」とか言いながらじーっと絵を見つめていたが、ふと顔をあげると微笑みを浮かべながらぽわぽわと話し出す。


「うん、やっぱりいい絵ね~。なんだかこの絵からは作者の河井さんの熱い思いが鮮明に伝わってくるよ~。絵のモデルの小倉君に喜んでもらいたい。あふれんばかりの自分の気持ちを伝えたい。だけどそれは自分の口からは伝えられなくて……だからこの絵に秘めた気持ちを全部のせて相手に届けるんだ、みたいな思いがね~。これを一言で言うなら……そう、『愛』だね~」


 ほう、絵を見ただけでそんなことも分かるなんてさすが美術の先生。


 それにしてもいいんちょーがそこまで気持ちを込めて俺の絵を描いてくれたとは……嬉しさのあまり心がじんわりと温かくなる。


 湧き上がって来た喜びと感謝を再度伝えようといいんちょーの方に振り向くと、


「あっ……いや、えと……その……」


 いいんちょーはなぜかゆでだこみたいに顔を上気させて餌を欲しがる金魚のように口をパクパクしている。


「うわ、いいんちょー顔真っ赤じゃん。大丈夫?」


「……ぅ…………」


「う?」


「うわあああ!!!」


 すると突然、いいんちょーはまるで満足のいく絵が描けなかった芸術家のように奇声を上げて鉛筆を力強く握りしめたかと思うと俺を描いた似顔絵に黒線を書きなぐり始めた。


「ちょ、いいんちょー!? ストップ、ストップー!!!」


「違うの、違うからー!!!」


「何言ってんだ!? 一旦落ち着いて!」


 俺が間に割り込んでいいんちょーを絵から引き離すと同時にいいんちょーはハッと我に返る。


「……あれ? 私、今何して……あっ」


 いいんちょーはすべてを思い出したかのように似顔絵に目を向け、俺もつられて振り返ると、そこには無残にも目の部分に横一色線に黒い帯が敷かれた俺の似顔絵があった。


 いいんちょーはやってしまった、とばかりに顔から血の気が引いてしまっているが、俺はそれを横目に別のことを考えていた。


 ……なんかこれ、ちょっと犯罪者っぽいな。


 ふとよみがえる先日の職質の記憶。


 その記憶を呼び起こしていると園原先生は絵を再度じいーっと眺めて口を開いた。


「んーと。まあ、これもこれで趣があるというか、現実感、リアルさを表してるというか。そういった意味では美術の表現の形の一つよね~。小倉君もそう思うでしょ~?」


「……まあ、はい。そうですね……」


 現実感、リアルさ。


 小学生どもに弁明してもらえなければあり得たかもしれない、自分の手配書を思い浮かべながら俺は黙ってその絵を受け入れるのだった。

次回 泣いて笑って二日酔い その1

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