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愛を込めた似顔絵を君に その1

 昼休みの終わりを告げるチャイムが美術室に鳴り響くと、美術担当の園原そのはら先生がパンケーキのようにほわほわした声で授業の説明を始めた。


「は~い。じゃあ今日は前回の授業でも予告した通り、二人一組でお互いの似顔絵を描いていきま~す」


 ついにこの時が来てしまった……。


 先生の説明を聞きながら俺は心のうちに大きくため息をつく。


 というのも俺はそこまで絵を描くのが上手ではないからだ。


 別に絵がうまくないから美術や似顔絵を描くのが嫌いというわけではないのだが、今回の他人の似顔絵を描くということにどうにも忌避感を覚えるのだ。


 自分で自分の似顔絵を描く分には俺自身が納得できればそれでいいが、他人のそれを描くとなるとそこにモデル本人の感想が加わる。


 その時、もしお粗末なものを描いてしまえば彼、もしくは彼女に何を言われるか分かったものじゃないからな。


 せめて若干下手に描いても許してくれそうな男子同士でペアを組みたいのだが、という俺の心の声をさっぱりと無視するように園原先生は無慈悲な裁断を下す。


「ペアはどうやって作ろうかな〜。うーんと、考えるの面倒だし隣に座っている人でいっか。はい、じゃあ隣の人とペア組んで下さ〜い。文句は受けつけませ~ん。でははじめてくださ〜い」


 先生の一言により、俺は抗うことすらさせてもらえず逃げ道を塞がれた。


 しかも隣の席の人って……。


「ということだから準備ができ次第始めましょうか。よろしくね、小倉くん」


「ああ……こちらこそよろしく」


 そう、いいんちょーなのだ。


 うちの高校では美術は芸術の選択科目の一つで、クラス全員が美術を選択しているわけではないし、その影響で教室とは席順が違うはずなのだが、それでもいいんちょーと隣とは偶然にもほどがあるだろう。


 挨拶までして今更ペアの変更を申し出ても感じ悪いし、仕方ないな。


 俺はしぶしぶ現実を受け入れながらも、もしもの場合に備えて保険をかけておくことにした。


「あのさ、いいんちょー。申し訳ないんだけど俺、絵はあまり得意じゃなくて。そんなに似顔絵うまく描けないかもなんだけど……」


「そんなの別に構わないわよ。私、上手とか下手とか気にしないから」


 ありがたいことに太平洋のように広く寛大な姿勢を見せてくれる。


 なんだ、いいんちょーはそういうの気にしないタイプか。


 その言葉を聞いて俺はホッと肩をなでおろしたが、そんなたるんだ心中を見抜いてか、いいんちょーは戒めてくる。


「でも手は抜くのはダメよ。例え絵が苦手なのだとしても最後まで気持ちを込めて全力で描き切ること。それだけは徹底しなさい」


「うっ……気持ちを込めて全力で、か」


「そう。半端な気持ちで描いたものは上手いとか下手とかじゃなく、相手に必ず伝わるものなの。逆に言えば、気持ちが込められていればそれも絶対に伝わる。素敵な絵を期待しているわよ、小倉くん」


 そう言い残すといいんちょーは身を翻して道具を取りに向かった。


 こう釘を刺されてしまった以上、もし手を抜けばいいんちょーから大目玉を食らうことは間違いないし、同級生に叱られることほど情けないことはない。


 俺はとりあえず全身全霊で似顔絵を描くというミッションを完遂させようという心持ちを抱きながら、黙々と準備を始めるのだった。




 しかし授業も中盤に差し掛かった頃、そんな決意も揺らぎそうになるほど俺は画用紙と睨めっこをしながらもがき苦しんでいた。


「……なんか違うな」


 消しゴムを画用紙に押しあてて似顔絵の修正を試みるものの中々手が進まない。


 それもそのはずでいいんちょーの顔は目や鼻などの個々のパーツがかなり緻密に整っており、さらにそれぞれのパーツが互いのよさを引き出すような絶妙なバランス感覚の上で成り立っているため表現するのが非常に難しいのだ。


 むむむ……ここに来て大きな壁にぶつかってしまったがどうすればいいものか。


 資金繰りに苦労している中小企業の社長のようにうんうんと思いあぐねていると、タイミングよく園原先生が教室全体に向かってアドバイスを投げかけた。


「は~い、みなさん聞いてくださ~い。みなさんすごい熱心に描いているのはいいと思うんですけど~、絵を描くときは鉛筆を動かし続けることよりも絵の対象、つまり相手の顔をよく見ることの方が大切なんですよ~。相手の顔をたくさん見て、顔のパーツをよ~く観察して特徴を捉えながら丁寧に描きだしていってくださいね~」


 なるほど、描くよりも見る方が大切なのか。

 それは盲点だったな。


 さっそく俺は先生のアドバイスに従っていいんちょーに視線を向け、丁寧に観察を始める。


 滑らかな麗しい髪に、星空のように澄んだ綺麗な瞳、スッと通った鼻筋に、健康的な薄ピンクの唇が見事な黄金比を形成している。


 こう見てみると、いいんちょーってやっぱりかなり美人だよな。


 可愛い、とはまた違う、美しいという表現がピッタリのそんな感じ。

 しかもこれで成績も優秀だというのだから非の打ち所がない。


 いやはや、今俺はとんでもない逸材と似顔絵を描きあっているのではないだろうか。


 将来、彼女が何か大きなことを成し遂げた暁には価値が上がることを見越してサインでももらっておこうかな、なんていういかにもミーハー思考をしているといいんちょーもちょうどこちらを向いてきた。


 視線を交わすことほんの数秒。


 いいんちょーは恥ずかしそうに目を逸らし、耳にかかった髪を耳の後ろに回して伏し目がちになる。


「いいんちょー。申し訳ないんだけどこっち向いてくれないと顔がよく見えなくて。もう一回こっち向いてもらえる?」


「ご、ごめんなさい。無意識的に目を逸らしてしまっていたわ。私、他の人にこうやって見られるっていう経験がほとんどないから」


 いいんちょーは一度大きく深呼吸をすると再び俺の視線を真っ向から受け止める。


「オッケー。そのままでお願い」


 俺は純粋な心でいいんちょーの観察を続けていたのだが、十秒ほど経過するとやはり俯き加減になってしまう。


「ご、ごめんなさい。やっぱりその……そんなにじっと見つめられると……は、恥ずかしい……」


 いいんちょーは照れくさいのか、頬を濃いピンク色に染めあげている。


 おお……なんというかこの表情、普段の凛々しいイメージとのギャップがあってこう、すごいそそられるな。


 これでさらに恥じらいを前面に押し出しながら「もう……馬鹿っ」とか言ってくれればより心がぞくぞくするのだが。


 そんな邪な気持ちを大盛にして妄想に耽っていると、いつの間にかいいんちょーがジトっとした目線を向けていることに気づいた。


「……小倉くん。なんか今、変なこと考えてた?」


「…………いや別に?」


「何よ、今の間! 考えてたでしょ!」


「考えてないって」


「うそ! 絶対考えてた!」


「だから、考えてないって言って――」


「河井さん~? 小倉くん~?」


 突然、園原先生の柔らかな声が降って来たかと思うとその裏に何か冷たいものを宿した笑顔が目に映る。


「授業中ですから静かにしましょうね~?」


「「……はい」」

次回 愛を込めた似顔絵を君に その2

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