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悪魔の子守唄

 ある日曜日の昼下がり。


 昼食を食べ終えて三人でダラダラとテレビを見ていたら、葵が船を漕ぎ始めた。


「葵、眠いのか?」


「うん……ちょっと……」


 俺の呼びかけに葵は眠そうに目をこする。


「そんなに眠いなら昼寝でもしたらどう? ちょっと寝るだけでも大分すっきりすると思うよ」


「うん……そうする……」


 葵は姉ちゃんの提案に素直に頷くと、抱き枕代わりのごまたんを抱いてソファに転がった。


「もう、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ?」


「だいじょうぶ……」


「まったく。しょうがないわね」


 姉ちゃんはため息をつくと、二階から毛布を持ってきて葵にかける。


「ありがと、おねえちゃん……」


「はいはい、どういたしまして。じゃあ私は食器を片付けに……どうしたの?」


 声につられるように姉ちゃんの視線を追うと、葵は姉ちゃんの服の端をつまんでいる。


「おねえちゃん、おねがい……ひざまくらして……」


 毛布までかけてもらって膝枕まで要求するとはなんて贅沢なやつだ。


 でも姉ちゃんは食器を片付けようとしていたからその要求はさすがに通らないんじゃ……。


「さあ、どうぞ。おいちゃんのための特等席だよ」


 通るのかよ。


 姉ちゃんはストンと床に座って、自分の膝をぽんぽんと叩いた。


 葵はのそのそとソファから降りて姉ちゃんの膝に頭をのせると、うつらうつらと目を閉じる。


 姉ちゃんは葵に聖母のようなまなざしを向けながら、葵の頭をそっとなでる。


 ポカポカ陽気の昼下がりに、幸せそうな二人の姉妹。


 うむ、今日も日本はと小倉家は平和だ。


 そんなラブ&ピースを十倍濃縮したような光景を何気なく眺めていたのだが……見ているとなんだかこちらまで眠たくなってきた。


 葵も寝てるし俺もちょっと昼寝でもしようかな、とぼんやり思っていると、

次に放たれた姉ちゃんの一言で眠気が一気に吹っ飛んだ。


「ふふっ、じゃあおいちゃんのために子守歌でも歌ってあげようかな」


「ええ!? 姉ちゃん、子守歌歌うの!?」


 驚愕に突き動かされた俺は、思わず大声を出してしまう。


「しーっ! 春斗、静かにして!」


 姉ちゃんが声のトーンを落として注意してくるが、時すでに遅し。


「うーん……おにいちゃん、うるさいよ~……」


 俺の大声のせいで葵は目を覚ましてしまったらしい。


「もう、春斗。おいちゃん、起きちゃったじゃない」


「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって……」


「おいちゃん、眠いんだから静かにしてあげてね」


「うん……ごめん」


 この状況、傍からみれば大声を出した俺が十中八九悪者と捉えられるだろう。


 しかしそう判断するのは早計であると声を大にして言いたい。


 これにはちゃんとした理由があるのだ。


 ポイントは「子守歌」である。


 俺だってただの一般人が子守歌を歌うことに対して驚きはしないが、今回ばかりは話が違う。


 なんたってその歌い手があの姉ちゃんなんだからな。


 実を言うと姉ちゃん、普通の歌はうまく歌えるのに子守歌を歌うのだけは壊滅的に下手くそなのだ。


 いや、あれは下手なんてものじゃない。

 あえて言い表すなら騒音……地獄……いや、悪魔の歌声だな。


 しかもそのおぞましい歌声を大音量であたり一帯に轟かせるのがまた恐ろしいところだ。


 この姉ちゃんの子守歌に関して一つエピソードがある。


 俺が小さいころ、たしか葵が生まれる前だったから二歳か三歳くらいの時の話だ。


 ある日の昼下がり、ちょうど今のような状況で姉ちゃんが俺を寝かしつけようとして子守歌を歌ってくれたのだが……それはもはや子守歌ではなかった。


 おかげで俺は「子守歌」というもの自体がトラウマになってしまい、小学校まではその単語を聞くだけで、体が震えだしてしまうようになってしまったのだ。


 それ以降、幸い姉ちゃんは子守歌を歌わなくなったから俺の子守歌恐怖症も次第に改善されていったのだが……まさかまたあの恐怖が訪れるとは夢にも思わなかった。


 しかも姉ちゃん、さっき歌おうとしていたから自分の歌の破壊力を忘れている模様。


 あんな歌を葵に聞かせるわけにはいかないし、むやみに下手だから歌うなと指摘して姉ちゃんのプライドを傷つけたくない。


 ここはなんとしても姉ちゃんに歌わせないようにして、小倉家を危機から救い出すのだ!


「むにゃむにゃ……ちょっと目が、覚めちゃった……。おねえちゃん……子守歌歌って……」


「もちろんいいよ」


 わーお、さっそく危機がやって来ちゃったじゃーん。


 俺はもちろん止めに入る。


「ちょっと待って! 姉ちゃん、子守歌じゃなくて他のやつ歌ってよ! 例えば……ほら、最近話題の曲とかさ」


「どうして?」


「えっ……それは、その……なんとなく、みたいな?」


 この返事に小首をかしげる姉ちゃん。


「でも、おいちゃんは子守歌がいいって言ってるし。どう、おいちゃん」


「私、子守歌がいい……おにいちゃん、邪魔しないで……むにゃ」


 お前はあの子守歌デスソングの破壊力を知らないからそう言えるんだよ!


 心の中で葵に毒づきながら、姉ちゃんからの視線に肩身を狭くする。


「おいちゃんもこう言ってるし、やっぱり子守歌を――」 


 くっ、こうなったら最終手段だ!

 なりふり構ってなんかいられない!


「……分かった。俺が代わりに歌う。姉ちゃんは葵のお世話で忙しいだろ。役割を分担した方が負担も軽くなるからな」


「そんな。大丈夫だよ」


 ふるふると両手を左右に振る姉ちゃんだったが、俺は構わずに意見を押し通す。


「いや、歌う。ちょうど歌いたい気分だったんだ」


 俺も決して歌は上手くないが、姉ちゃんに比べたら百倍はマシだ。


 俺は優しい声音で思いを込めて子守歌を歌い始める。


「う~ん……おにいちゃん、下手っぴ……」


 途中で葵の辛辣な評価が聞こえたが、なりふりかまわずに歌い続けた。


 姉ちゃんのプライドを守るために、葵にトラウマを植え付けないために、小倉家の平和を守るために。


 そして心を込めて歌い続けて十分が経過した時だった。


「春斗。もういいよ」


 姉ちゃんに呼びかけられたので、見てみると葵が可愛らしい寝息を立てていた。


 姉ちゃんの膝の上で幸せそうな顔を浮かべ、母親に抱かれている赤ちゃんのように安心しきって眠っている。


「おいちゃん、かわいい~。まるで天使ね」


 葵の寝顔に姉ちゃんも微笑みを浮かべている。


 これは……うまくいったのか?


 なんとか危機を回避できたのか?


 二人の穏やかな表情を見つめながら俺は危機を防げたことを確信し、床にへたり込む。


「……よかった~」


「おつかれさま、お兄ちゃん」


 姉ちゃんは労うような声を掛けてくれる。


 やったぞ!


 葵にあの歌を聞かせることなく、姉ちゃんに心の傷を負わせることもなく、無事に乗り越えることができた。

 

 これは理想に限りなく近い成果、いや理想そのものだ!


 と、そう自分で自分を思う存分褒めたたえてあげていると……なんだか目がしぱしぱしてきた。


 極度の緊張から解放されて、その反動で眠気が襲ってきたのだろうか。


 ぼーっとそんなことを思ってうつらうつらとしていると、姉ちゃんが声を掛けてくれる。


「春斗も少し寝たらどう? 疲れたでしょ」


「うん……じゃあお言葉に甘えて、ちょっと寝ようかな……」


 俺は睡眠欲のままにまぶたを閉じてカーペットの上に転がる。


 ゆっくりと、じんわりと、夢の中に落ちていくそんな感覚がとても心地いい。


 この上なく幸せな気分だ。


 意識がだんだんと遠のいていく。


「ふふっ。春斗もかわいい~」


 可愛くない、なんて反論しようとするもの面倒だ。


 もう、このまま夢の世界に行って眠ろう……と意識がおぼろげになる中、最後に姉ちゃんの声が耳に飛び込んできた。


「そうだ、今度は春斗のために私が子守歌を歌ってあげようかな」


 子守歌か……いいな、こういう時にこそ子守歌があればもっとよく眠れて……うん?


 子守歌……子守歌!!?


 その直後、小倉家の平穏は見る影もなく崩壊してしまったのだった。

次回 愛を込めた似顔絵を君に その1

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