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はじめてのしょくしつ その2

 そう言って俺はぐっとばねのように足に力をためると、それを一気に解放し数メートル先の三人の中に飛び込んだ。


「うわっ、逃げろ!」


「遅い!!!」


 そして意表をつかれたのか目を見開いたまま固まっている松下と逃げようとして尻餅をついたユウトにタッチする。


「クソー! 捕まっちまった!」


 悔しそうに声をあげるユウトを横目に松下は問いかけてくる。


「おにいさん……今の、なんですか?」


「フフン、驚いただろ。お前らごときに本気出すつもりはなかったんだけどな、あんなに挑発されちゃ出さざるをえないよな。必殺奥義、インパクトチャージを!」


 説明しよう!


 インパクトチャージとは、俺が小学5年の時に編み出した鬼ごっこ専用の技で、ばねのように足に力をため一気に解放することでとてつもない推進力を生み出すという必殺奥義なのである!


 この技を使うことで今のように数メートル先の相手を瞬時に捕まえることができるほか、鬼に追い詰められた際にも鬼から逃れることができるのだ!


 この技により俺は小学校時代、インパクトチャージ春斗として近所の鬼ごっこ界の頂点に君臨していた、ということもここに記しておこう。


「どうだ、すごいだろ?」


「すっげー! カッケー!」


 今の説明を聞いてユウトはまるでヒーロー戦隊ものの合体ロボットを目の前で見たように目をキラキラとさせている。


 一方で松下はというと、


「あ、そうですか。すごいですねー……」


 うっすい反応だな、おい。


「お前から聞いといてなんだよ、その反応は。言いたいことあるなら言えよ」


「すみません。技自体はすごいと思うんですけど、いかんせん名前が信じられないくらいダサかったのでびっくりしただけです。はい」


 そう言って松下は期待外れみたいな目を向けてくるので、いたたまれなくなった俺はビシッとベンチを指さすと場の空気を振り払うように叫んだ。


「……と、とにかくお前らは捕まったんだ。ここのベンチでおとなしくしとけ! 一歩も動くなよ!」


 二人がそこにちょこんと座ったのを確認してから俺は公園内を見回す。


 さて、残りはアカリ一人だが、あいつの姿は見えない。


 しかしちょっとおバカなあいつのことだ。


 どうせすぐに二人を助けに来るだろうから、隠れるとすれば……。


「そこだ!」


 俺は再度インパクトチャージを使用すると、ベンチ裏の茂みに飛び込んだ。


「きゃ! なんで分かったの!?」


 そしてそこには予想通り、アカリが身を縮こまらせてしゃがんでいた。


 このベンチ裏は茂みや木が林立していてうまい具合に人目につかないようになっていて、隠れるには最適の場所だからな、アカリならここに隠れるだろうと思ったのだ。


 ドロケイ開始前までの俺なら気づかなかっただろうが、さっき走り回った時にチェックしておいたのだ。


「お前の考えなんて全部お見通しだ! さあ、観念しろ!」


「いやっ! 来ないで!」


 小さな悲鳴を上げるアカリだが、俺は容赦せずにアカリに迫る。


「それは聞けない望みだな。今の俺はお前を捕まえて監禁することしか頭にねえんだよ!」


 一歩、また一歩と、アカリとの距離を縮めていく。


 アカリは逃げ場がないか左右を見回すが木々に囲まれた場所であるため逃げ場なんて一つもない。


「だ、誰か……ユウト! 松下! 助けてよ!」


 助けを求めるように声高に叫ぶアカリであるが、俺はあえて嗜虐的に口角をあげながら言い放つ。


「無駄無駄! あいつらはとっくに俺の手中にあるんだ。助けなんて来ないぜ」


「そ、そんな……」


 絶望の表情でその場にうずくまるアカリ。


 俺は勝利を確信し、高らかに笑い声をあげる。


「フハハハハッ! 高校生をなめるからこんなことになるんだよ! さて、じゃあお前もさっさと捕まえて二人のもとに送ってやるとするか。ハハハハハッ!!!」


「ちょっと、おにいさん」


 唐突に背後から声がかけられる。


 ったく、今いいところだったのに。


 せっかく小学生女子を人目のつかないところに追いつめて牢屋に連れていくことができると思ったのに……この男っぽい声の感じから察するにユウトか。


「なんだよ、邪魔すんなよ――」


 あれ? でもあいつ、こんな声低かったっけ?


 それにあいつは俺のことにいちゃんって呼ぶはずじゃ――と振り返りながら思ったときにはもう遅かった。


「今、いいかな?」


 俺の目に飛び込んできたのは、言葉の優しさとは裏腹に顔を険しそうにゆがめている、青色のワイシャツに藍色のズボン、さらに旭日章が正面にかたどられている帽子を身に着けた、警察官の姿だった。


「うえぇ!? 警察!? 本物!?」


 突然のことに驚いて声をあげると、そのさっぱりとした顔の青年警官は俺に詰め寄ってくる。


「君、今その子に何してたの? 話聞かせてもらえないかな?」


「えっと……これは、その……」


 初めて本物の警察官に詰問され、焦りで言葉がうまく出てこない。


「まずは名前と職業教えてもらおうか」


「えっと……小倉春斗って言います。職業は……今は警察です」


「警察?」


「いや、違います! 学生です、学生!」


 慌てて言い直すが、警官は顔をさらに曇らせて訝し気な視線を向けてくるばかり。


「……君のことは後で聞くよ。まずはお嬢ちゃんから話を聞こうか。お嬢ちゃん。今、このおにいさんにされたこと教えてくれないかな?」


 俺に聞いても埒が明かないと思ったのか、一転して優しい口調でアカリに語り掛ける警官だが……。


 そうだ、アカリがこのドロケイの状況を説明してくれればいいだけじゃないか!


 警官が被害者だと思っているアカリ本人の口から「これはドロケイです。遊んでいただけです」と弁明してくれれば、この場は丸く収まるのだ。


 頼んだぞ、アカリ!

 

 と、俺のすがるような思いに気づいてくれたのか、アカリは「うーん」とよく考えてから、


「おにいさんにされてたこと……えっと、人目のつかないところに追い詰められて、捕まりそうになって、牢屋に入れられそうになりました」


「よし、署で話聞こうか」


「おいおいおい! 待て待て待て!!!」


 このおバカちゃんめ!!!


 考え得る限り最悪の答えじゃないか!


 頭の中で猛烈にツッコミを入れる俺であったが、そんなことはおかまいなしに青年警官は俺の腕を掴んで公園から連れ出そうとする。


「ちょ、違うんですって!」


「分かったから。話は署の方で聞くから」


 これはマジでヤバいって!


 俺は連行されながら必死に頭を巡らす。


 そうだ!


 アカリはダメでもユウトと松下ならうまく説明してくれるかもしれない!


 腕を拘束されながら、俺はベンチに座るユウトと松下に向かって掴まれていない方の手で全力で手招きをするが……あいつらは俺の姿をボーっと眺めているだけでなぜか一歩も動こうとしない。


 その時、脳裏によぎった自分の言葉。


『と、とにかくお前らは捕まったんだ。ここのベンチでおとなしくしとけ! 一歩も動くなよ!』


 まさかとは思うが……あの言葉、律儀に守ってるのか!!?


「そこに律儀さはいらねえんだよぉぉぉ!!!」


 そんな俺の悲痛な叫びが夕焼けの町にこだましたのだった。




 その後、なんやかんやあったが事態を把握した三人がドロケイをしていたことを警官に説明してくれたので、俺は署までは連行されずに済んだのだった。


 めでたし、めでたし……って全くめでたくないな、これ。

次回 悪魔の子守唄

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