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姉の偉大さ

「きゃあああ!!!」


 晩ごはんを食べて自分の部屋でぐうたらしていると隣の部屋から悲鳴が聞こえてきた。


 何事かと思い、すぐに部屋を飛び出し葵の部屋に駆け込んだ。


「どうした!?」


 すると部屋の真ん中で尻もちをつき、幽霊でも見たように青ざめている葵の姿が視界に入った。


 葵は震える指先で勉強机のそばの壁を指さした。


「で、出た……あ、あそこ!」


 その指さす方に目を向けると壁に小さなシミのようなものがあるのだが、心なしかちょっとずつ動いているように見える。


 よく目を凝らしてみると……。


「……クモ?」


 壁に一匹の小さなクモが張り付いているのだ。


 葵は指をクモに向けながら声を荒げる。


「机で勉強していて壁を見たらそこにいたの! どうして私の部屋に……どうせ出るならおにいちゃんの部屋に出ればいいのに!」


 おい、それはいくらなんでもあんまりだろ。


 葵は見るのも嫌だというふうに肩を震わせ、取り乱しているが……こいつそんなに虫が苦手だったのか。


 そういえば小学生の時、百均で買った虫のおもちゃをランドセルに入れたら一週間くらい口きいてくれなかったことあったっけ。


「ひゃああ! 動いた!」


 クモが少し動くだけで可愛い悲鳴を上げて俺に両手を回してすがりついてくる葵……って抱きしめる力が強くて普通に痛い。


 ふむ、ここは俺がなんとかできればいいんだが拘束されたこの状態では動きようもないからな。


 相当取り乱しているようだし、まずは葵を落ち着かせるのが先決だな。


 俺は視線を落とすと至って冷静な声音で葵に説明した。


「安心しろ、あれはアダンソンハエトリだ。その名の通りハエみたいな虫を食べてくれるいわゆる益虫で、毒もないし、人に危害を加えないクモだ。しかも巣も作らないから放置しても問題はない」


 毒がないし無害、という安心感のある言葉を聞いて葵は少し落ち着きを取り戻したようで両手に込めた力を緩めていく。


「そ、そうなんだ。じゃあどちらかと言うといい方のクモなんだね」


「ああ。だからそんなに怯えなくても大丈夫だ。気になるなら外に逃がしてやればいい」


 葵は今度こそ安心しきったように息を吐くと完全に俺から離れて胸をなでおろした。


「よかったー。じゃあ、おにいちゃん。はい、これ」


 すると突然、葵は俺にティッシュの箱をグイッと押し付けてくる。


「? 俺、別に鼻つまってないけど」


「違うよ。おにいちゃん、クモ触れるんでしょ。だったら早く外に出してあげてよ。いくら害がなくてもやっぱり私、クモ苦手だし」


 そうやってぐいぐいと箱を俺に持たせようとしてくる葵だが、こいつは今、重要な勘違いをしている。


 俺は箱を押し返すと、


「何言ってるんだ葵。そんなことできるわけないだろ」


「え、なんで?」


「詳しいことと虫に触れるかどうかは全くの別問題だ。つまり俺はクモに詳しいけど触ることはできないから外に逃がせない」


 葵はすぐには俺の言った言葉を理解できなかったのか、しばしポカンとしていたがその意味を完全に捉え終わると苛立たし気に再び声を高くした。


「おにいちゃんホントに何しに来たの!? 詳しいなら触れるんじゃないの!?」


「小学生の時に読んでた図鑑に載ってたから詳しいだけで、あれを触るなんてムリムリ」


「ムリって……もう! おにいちゃんのバカバカッ! それなら早く殺虫スプレー持ってきてよ!」


「だからさっきも言っただろ。あのクモは益虫だから退治するのはよくないって」


「そんなこと言ってる場合!?」


 と、そのまま一分ほどクモへの対処法を巡り、あーだこーだ言い争いを続けていた俺たちであったが、


「――ってあれ、そういえばクモは?」


 ふと壁に目を向けるとクモがいなくなっているではないか。


 きょろきょろと部屋中を二人で見回していると、


「あっ! あそこにいる!」


 葵が指を指しながら机のそばの床にいるクモを発見した。


 どうやら壁からそのまま降りてきたらしい。


 これは厄介なことになったな。


 壁に張り付いていれば紙コップを使ってなんとか触らずに外に逃がせそうだったんだが……床となるとそれが使えない。


 むむむ、どうしようか、と思い悩んでいると、


「……おにいちゃん」


 葵が俺の服の袖を引いてきたのだが、その顔からは明らかに血の気が引いている。


「どうした」


「なんかさ、あのクモの目線が私たちに向いているような気がするんだけど」


「そんなわけない――」


 と、信じられないとばかりに否定しようとしたが言われてみれば確かに今、クモと目が合ったような気がした。


「「…………」」


 部屋に降りる沈黙。


 何秒経った時だろうか、沈黙に耐え切れなくなった俺が一歩後ろに下がろうと右足を動かしかけた瞬間だった。


 何を思ったのか、クモは俺たち目掛けて突進してきたのだ。


「「きゃあああ!!!」」


 二人そろって甲高い悲鳴を上げ、なんとかベットの上に緊急避難。


「お、おにいちゃん! 早く、早くスプレーを!」


「でも床にクモがいるんじゃ、下手に動けないし……」


 この場における最適解を見いだせずベッドの上でおろおろと慌てふためいていると、


「ちょっとさっきから何の騒ぎ? 近所迷惑でしょ?」


 俺たちの悲鳴を聞きつけた姉ちゃんがあきれ顔で部屋に入って来た。


 しかしなんと不運なことか。


 あろうことか、姉ちゃんがいるドア付近はクモの進路上にあり、このままでは姉ちゃんとクモが正面衝突してしまう!


「姉ちゃん、そっちにクモが!」


「おねえちゃん、危ない!」


 その悲劇を予想した俺たちは姉ちゃんにすぐさま注意を呼びかけたのだが、時すでに遅し。


 クモは姉ちゃんを目掛けてイノシシみたいに一気に直進していってしまった。


 くそっ……姉ちゃんに声が届かなかった……。


 あともう少し早ければ……!


 俺がそんな後悔に打ちひしがれていると、


「あら、クモじゃない」


 姉ちゃんは何食わぬ顔でひょいっと素手でクモを掴むと、部屋の窓を開けてそのまま外にクモを逃がしたのだ。


「どこから入ってきたんだろ? ドア閉めるときは気をつけなきゃ」


 俺たち二人が目を見開いて姉ちゃんを見つめていると、その視線に気づいたのか、姉ちゃんはぎょっとする。


「ど、どうしたの? 二人とも」


 しばし部屋に沈黙が流れたあと、俺と葵は姉ちゃんのそばまで行き、感謝を込めてその手を固く握りしめた。


「姉ちゃん、カッコよかったぜ」


「さすが私のお姉ちゃん、大好き」


「え、え? ちょっとどうしたの、二人とも。褒めたってなにも出ないよ~?」


 この時、照れ笑いを浮かべている姉ちゃんが救世主に見えた。

次回 はじめてのしょくしつ その1

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