ケーキのイチゴはいつ食べる?
俺の家では晩ごはんの後、デザートを食べることが習慣になっている。
姉ちゃんの手作りごはんでお腹を満たし、デザートを食べる。
これが至福の時間なのだ。
今日のデザートは何かとうきうきしながらコーヒーを淹れて皿を並べていると、姉ちゃんが声を弾ませてリビングに戻ってくる。
「二人とも、見てみて! 今日のデザートはね、なんと……駅前のあのケーキ屋さんのケーキです!」
「ホントに!? やったー!」
それを聞いて葵も嬉しそうにぱあっと笑顔になるが、それもそのはずだ。
駅前のあのケーキ屋はこの辺りでは有名な大人気店。
連日長蛇の列ができており、閉店時間を待たずして売り切れてしまうことも珍しくないのだ。
「姉ちゃん、それよく買えたな。結構並んだんじゃないの?」
「それがね、午後の講義が突然休講になっちゃって。それでこっちに早く帰ってこれて、お店を覗いてみたらまだ残ってたの」
「へー。よかったじゃん」
「そうなの。見つけた時は『買うしかない!』と思ってお店に飛び込んだわ」
「二人とも喋ってないで早く食べようよ! ほら、席について! 早く早く!」
葵は待ちきれないとばかりに座ったままうずうずとしている。
「はいはい。じゃあ開けるね」
姉ちゃんが白い箱に手をかけて箱を開けると、そこにはまるで宝石のように輝くケーキが三つ鎮座していた。
ショートケーキにチョコレートケーキ、そしてシャルロットケーキ。
三者三様の輝きを放つケーキを俺たちは宝箱に入っている財宝でも見るように眺める。
「うわあ! ねえ、おねえちゃん。これ、好きなの食べてもいいの?」
「うん。まずおいちゃんと春斗が好きなやつ取って。私は余ったのをもらうから」
「そんな悪いよ。姉ちゃんが買ってきてくれたのに」
ケーキ入手の一番の功労者が余ったものとはさすがに気が引けるので、俺はそう言うが、姉ちゃんは寛大な微笑みで、
「いいの、いいの。私は二人の喜ぶ顔が見たくて買ってきたんだから。遠慮しないで好きなの取って」
「おねえちゃん、ありがとう! じゃあ私、ショートケーキ!」
すると葵が言葉通りに遠慮することなく、箱からショートケーキをひょいっと取り出した。
「姉ちゃん、ケーキ本当に先に選んじゃっていいのか?」
「もちろん。春斗が好きなの食べて」
ううむ、本人がいいと言っているのに無下に断るのも申し訳ないからな。
それではお言葉に甘えさせていただくとしよう。
「じゃあ俺はチョコケーキで」
「なら私はシャルロットもらうね」
俺たちはそれぞれ丁寧にケーキを自分の前に置くと、席について、合掌。
「「「いただきます!」」」
手に入りづらい貴重なケーキを食べるのがもったいないような気もするが、そんなことを言って消費期限が過ぎる方がよほどもったいないので、その思いを振り払い、俺はフォークでケーキを切り取る。
そしてそれを一思いに口に入れると……ケーキがふわりと舌の上で溶けて濃厚なチョコの風味が口いっぱいに広がっていく。
チョコの風味の余韻に浸りながら、コーヒーを口に含んで中で転がす。
「うっま~……」
思わず口から感想がこぼれ出てしまう。
この美味しさなら日夜行列ができるのも納得だな。
そう思いながら俺はケーキに向き直り、今度はケーキの頂上に鎮座しているイチゴを口に入れると……甘酸っぱい酸味が口の中を爽やかに駆け巡っていく。
「うっま~……」
もう一度、同じ感想が漏れ出てしまう。
さてイチゴの甘酸っぱさが残っているうちにもう一度甘いケーキを、と思い、フォークを持ち直していると、葵が声をかけてきた。
「ねえねえ、おにいちゃん。私のケーキ一口あげるからさ、チョコケーキ一口くれない?」
シェアか、考えたな。
たしかに交換すれば一度に二つのケーキを味わえて一石二鳥だ。
俺は迷うことなく自分のケーキを差し出す。
「いいぞ。はい」
「ありがとう~。じゃあ私のも、はい」
葵と皿を交換し、葵のショートケーキを目前に持ってくる。
「ん? なんだこれ」
するとケーキがヘンテコな形をしていることに気づいた。
イチゴを残すようにしてケーキが周りから食べられているのだ。
俺はふと思った疑問を口にした。
「葵ってさ、ケーキのイチゴって最後に食べる派なんだな」
「そうだけど……え? まさか、おにいちゃんは最初に食べる派なの?」
「まあ、どちらかといえば。そのケーキにのってたイチゴも最初に食べたし」
すると葵はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「ええー? それはナンセンスだよー」
「いやいや、最後に食べる方が意味わかんないって。普通、先に食べるだろ」
「むむ、それは聞き捨てならないね。絶対後に食べるべきだね。あまーいケーキを食べた後にお口直しのイチゴを食べて、ケーキの甘さとイチゴの甘酸っぱさの余韻に浸って〆る。これこそケーキのイチゴの正しい食べ方だよ」
俺はその返答に対しあえて大げさに首を横に振った。
「いいや、それは甘いな。ケーキより甘い。あえて最初にイチゴを食べて、酸味を味わったうえで残りのケーキを堪能する。これこそが至高の味わい方だ」
葵は大きなため息を漏らすと、相手にならないとばかりに手をひらひらと振る。
「分かってないね、おにいちゃん。その食べ方じゃ、ワクワクが全然足りてないんだよ。ケーキの甘さにとろけながら、イチゴの甘酸っぱさを想像するの。ああ、今は口いっぱいに甘みが広がってるけど、最後にイチゴを食べたらどうなるんだろう。ドキドキ、ワクワクしながら、今か今かと待ち続けて、やっと最後にイチゴを食べた時のあの美味しさと言ったらもう、言葉じゃ表現できないね」
「いやいやいや、それじゃケーキを食べてるときに雑念が混じってるだろ。ケーキを食べてるのに、食べてもいないイチゴの味を想像するのはいただけないな。ケーキはケーキで集中して味わわないと。あくまでケーキの主役はケーキなんだから」
葵は頬をぷくっと膨らませると、挑発的な口調をしてくる。
「むむむ! じゃあそこまで言うならおねえちゃんに聞いてみてどっちが正しいかはっきりさせようよ」
「ああ、いいぜ。姉ちゃん、ケーキにのってるイチゴっていつ食べる?」
俺と葵はこぞって答えを求めようと姉ちゃんの方を振り向く。
するとタイミングのいいことに姉ちゃんはちょうどイチゴを口に運んでいるところだった。
ケーキの最初か、最後か。
姉ちゃんがどちらの派閥かによって今後の論争の行方が占われる大事な局面だったのだが……そのケーキはちょうど半分ほど食べられていた。
姉ちゃんは俺たちの声が聞こえていないのか、夢中になってイチゴとケーキを頬張った後、見ているこちらまで微笑んでしまいそうになるほど満足げな笑みを浮かべて、
「おいひい~……しあわせ~」
とだけつぶやいた。
「「…………」」
その笑顔を見て、俺と葵は顔を見合わせる。
「……それぞれ好きなように食べればいいよな。悪かったな、葵。お前の食べ方もいいと思うぜ」
「うん。私もごめんね。おにいちゃんの食べ方もステキだと思うよ」
あんな笑顔を見せられちゃ、言い争っているのもバカらしくなってきた。
姉ちゃんの笑顔がこの論争の答えを教えてくれた。
ケーキはおいしく、楽しく、好きなように食べればいいということを。
次回 どこが変わった? その1




