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限界を超えるコツ

 現在、晩ごはん後のデザートタイム。


 本日はみんな大好き、駅前のケーキ屋さんのカスタードプリンだ。


 卵と牛乳と砂糖のみを使用し、添加物が一切加わっていない極めてナチュラルな風味を楽しめる逸品であり、普段であれば三人揃ってそれを味わえるという至高の時間であるデザートタイムだが、今日に限っては満足にそうすることができない。


「はーっ……どうしよう……」


 ちびちびとプリンを口に運びながら憂鬱な気分を紛らわせるようにため息をつくと、向かいに座っていた姉ちゃんが心配を瞳に宿しながら声をかけてくれた。


「どうしたの? そんな大きなため息ついて」


 ちなみに葵はさっさとデザートを食べ終えて今は風呂に入っているため、リビングには俺と姉ちゃんの二人だけだ。


「あ、ごめんごめん。そんな大ごとじゃないし心配しないで」


 俺は手を左右に振りながら見栄を張って姉ちゃんにそう言うが、


「もう、そんなこと言って。私たちに心配かけないようにしてくれるのはいいけど、ちょっとくらいは頼ってくれてもいいんだよ? 私たち兄妹じゃない」


 姉ちゃんのその優しい言葉が俺の迷える心にしみ込んでくる。


 そうだよな……こういう時こそ姉ちゃんを、家族を頼る時だよな。


 俺はスプーンを置いて改まって姉ちゃんに向き直る。


「じゃあ、姉ちゃん。ちょっと相談してもいい?」


「ふふん、もちろんだよ。おねえちゃんに話してみて!」


 立派な胸を張って、自信に満ちた瞳を向けてくる姉ちゃん。


 小倉家の頼れる姉ちゃんだ、きっといい方法を教えてくれるに違いない。


 俺は意を決して姉ちゃんに相談を持ちかけた。


「それが……明日体力テストがあるんだけど実施科目の中に長座体前屈があって。俺、それだけは得意じゃなくてさ。姉ちゃん運動得意だろ? なんか今からでも記録伸ばせるコツとか知ってたら教えてほしいんだけど」


 俺がそう事情を話すと、姉ちゃんはしばし目をしばたたかせた後、どこか遠くを見るように俺から視線を外して、


「あー……長座体前屈ね。はいはい……なるほどね……」


 先ほどまでの自信はどこへやら、歯切れが悪くなってしまった。


 んんん? 

 この様子を見るにまさかとは思うが……。


「……姉ちゃん。もしかして俺と一緒で長座体前屈だけ得意じゃないの?」


「ギクリ」


 俺の予感は的中した。


 やはり姉弟だから苦手なものも一緒というわけか。


「正直に言ってほしいんだけど、姉ちゃんも苦手なんだろ?」


「そ、そ、そ、そんなわけないじゃない。お、お姉ちゃん、長座体前屈、得意だよ?」


 動揺を隠し切れず、手に持っているスプーンが小刻みに揺れている。


 姉ちゃん、分かりやすすぎるぞ。


 その様子を見た俺はゆるゆると首を横に振って、あっさりと引こうとする。


「いや、得意じゃないなら別にいいよ。もし知ってれば教えてほしい、くらいにしか思ってなかったから。あとでネットで裏技でも探すし」


 それに対し姉ちゃんはテーブルに手をついてこちらに身を乗り出すと、


「待って! お姉ちゃん、長座体前屈すごく得意だから! せっかく春斗がお姉ちゃんを頼ってくれたんだもの。それくらいどうってことないわ!」


「いや、でも本当に無理しないでいい――」


「大丈夫! 見てて!」


 なんか意固地になっているようにも見えるが、本当に大丈夫か?






 その後、姉ちゃんの記録を測定することになったのだが……。


「はああ! ……ぷはっ! どう!?」


 息も絶え絶えになりながらプルプルと即席の段ボール測定器を押す姉ちゃん。


「えっと……30センチ」


「やった、最高記録! これなら平均を大きく超えてるんじゃない?」


「えっと……言いにくいけど、平均に届いてなくて……」


「はうっ!?」


 ショックを隠し切れない様子でたじろぐ姉ちゃん。


「その、むしろ悪い方というか、なんというか……」


 俺が事実を伝えるごとに姉ちゃんの顔は前線が停滞しているときの空模様のように曇っていく。


「あの……姉ちゃん?」


「……どうせ私は弟の相談にも乗ってあげられないダメダメお姉ちゃんなんだ。もうデザート食べて寝ちゃう! うわーん!!!」


 そう言って腕で目元を隠しながら高速で机に戻り、パクリとデザートを完食したかと思うと、机に突っ伏してめそめそと肩を震わせ始めた。


「だから大丈夫だって言ったのに……」


 姉ちゃんをどう慰めればいいか分からずに呆然と立ち尽くしていると、髪についた水滴を肩にかけたタオルでふき取りながら、パジャマ姿の葵がリビングに入って来た。


「はー、いい湯だったなーって、おねえちゃんどうしたの?」


 葵はパチパチと瞬きをしながらこの状況を眺めたのちに、俺に目を向ける。


「おにいちゃん、なにかあったの?」


「ああ、それがな――」




「なんだ、それで」


 事情を説明すると葵は合点がいったというようにポンと手をたたく。


「大丈夫だって言ったんだけど、ご覧の通りすねちゃって」


「まあ、おねえちゃんそういうところあるしね。今はそっとしておいてあげよう」


「慰めなくてもいいのか?」


「こういう時のおねえちゃんはそっとしておいてあげるのが一番だよ。プライドも傷ついてるだろうしね」


 へー、そういうものなのか。


 葵の姉ちゃんに対する解像度の高さに感心していると、葵が一歩俺の近くに寄って来た。


「ところでさ、おにいちゃん。長座体前屈のコツ、知りたいんだよね? 私、すごくいい方法知ってるんだ~」


「マジで? ていうか、葵って長座体前屈得意なのか?」


「うん。この前測ったら十点だったよ」


 なんとそれはすごい!


 まさかこんな身近に長座体前屈で十点を獲得した最高得点獲得者テンポイントホルダーがいたとは!


 今こそ妹を、家族を頼るしかないだろう。


「葵、頼む! 教えてくれ!」


 手を合わせながら葵に懇願すると、葵は得意そうな笑みを浮かべながら、


「いいよ。でもこれにはちょっと必要なものがあってね……」




 翌日。


「整列ー。出席番号順に並べー」


 気だるげな体育教師の声が体育館にこだまする。


 やってきた運命の体力テストの時間だが、俺は自身に満ち溢れていた。


 これさえあれば長座体前屈なんて楽勝だ。


 昨日、葵に教えてもらった方法を実践すべく、俺は右手に握りしめているものを確認する。


「小倉、右手に持ってるものはなんだー?」


 と、体育教師が名指ししてきたので俺は何事もないように、


「これですか? 今朝コンビニで買ってきたスナック菓子です」


「なんでそんなもの持ってきてるー?」


 俺は自信満々に声を張りながら答えた。


「はい! 長座体前屈の時に使おうかと思いまして。試行錯誤の末、目の前に好きなものがあれば記録が伸びることが判明したんです。俺はこれが好きなので、こんな感じで目の前に垂らして記録更新を狙おうという感じです!」


 体育教師はぽけーっとしながらその高説を聞いており、俺も決まったとばかりにふふんと胸を張っていたが、


「なるほどー。よし、没収ー」


「…………え?」


 結局、長座体前屈の記録は伸びなかった。

次回 キス その1

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