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サッカーボールと変質者 その2

 ユウトたちはさっきまではシュートの練習をしていたらしいのでその続きをすることになった。


 俺がキーパーで、ユウト、松下、アカリの順に蹴ってそのたびにアドバイスをするという感じだ。


 まずユウトがボールを地面に丁寧に置くと大きくハキハキとした声を出す。


「じゃあ、お願いしまーす! うおおお、おりゃあ!!!」


 一生懸命な様子でシュートを放ってくるが、ボールのコースはまっすぐで読みやすく球威もあまりない。


 俺はほとんど動くこともなく何食わぬ顔でボールを受け止める。


「あ! 止められちゃった!」


 そのボールの行く末を見届ると、ユウトは少しショックそうにするので俺はボールを返しながらアドバイスを投げかける。

 

「うーん、コースがちょっと単調だな。次はコース意識して蹴ってみよう」


「なるほど、コースだな……。分かりました、監督! ありがとうございました!」


「か、監督……」


 スポーツの経験者なら誰もが憧れるその名前で呼ばれたことに感慨深いものを感じていると、今度は松下がボールをセッティングしていた。


 松下はボールを置き終わるとにこやかな笑みを浮かべたまま声をかけてきた。


「おにいさん、始める前に一つ確認してもいいですかー?」


「なんだー?」


 聞き返すと、松下は笑顔を張り付けたままで声のトーンを少し落とす。


「これ、本気でやっても大丈夫なんですか?」


 その言葉に眉がピクリと動くのを感じた。


 ……もしかしてだけど、俺、小学生になめられてる?


 ボール止められなくて、惨めな思いするって思われてる?


 その結論に至った俺は精一杯強気な声を張り上げた。


「もちろんだ! 遠慮はいらないからな、全力で来い!」


「……そうですか。分かりました、じゃあお言葉に甘えさせていただきますねー」


 松下は声音をもとに戻すと、ニコリと笑ってから後ろに三歩ほど下がる。


 まさか小学生に心配されるなんてな。


 しかし俺はこいつらの監督なんだ。


 監督であったとしてもまだまだ現役だということを知らしめてやろうじゃないか!


「じゃあ、行きまーす」


「おう、来い――」


 松下の声が聞こえ、俺が身構えたその刹那であった。


 ヒュン!!!!!


 何かが風を切る音が耳をつんざく。


「……へあ?」


 俺は体を動かすどころか、その高速移動物体を目で追うことすらできず、ただなす術もなく立ち尽くすほかなかった。


 なんだ、何が起こったんだ?

 

 ハッと我に返り、アニメのコマ送りのようにぎこちない動きでおそるおそる何かが通りすぎた方向に首を動かすと……真横にある公園の植え込みにボールがめり込んでいるのだ。


「…………は?」


 意味の分からない状況に呆然としていると遠くからワーッと大きな歓声が聞こえてくる。


「松下、すごーい! いいシュートだったね!」


「やるな、松下! 今のやつ、男子に交じっても十分戦えるレベルだぞ!」


 アカリとユウトがそれぞれ驚きと尊敬の表情を浮かべながらはしゃいでいるが、そんな次元の話ではない。


 今のシュート……所感だけど最低でも高校レベル、下手すれば大学でも通用するレベルではなかろうか。


「そんなことないよー。たまたまだって、たまたま。それにゴールから外れちゃたからまだまだだよー」


 俺がその殺人シュートに愕然としている間も、松下は相変わらずの笑みを顔に貼り付け、二人と和気あいあいと話している。


 あいつ、何者???

 まさかサッカー日本代表とか……?


 と、松下の正体についてしばらく考えを巡らせていたのだが、アカリの生き生きとした声が鼓膜を揺らしたため意識を引き戻される。


「おにいさん、何してるのー? ボール取ってー!」


「あっ……ごめんごめん。次はアカリだったな」


 植え込みにめり込んだボールを引っ張り出し、アカリのもとへ転がすと、彼女は授業参観中の小学一年生みたいに律儀に手をあげる。


「じゃあ次、私、行きまーす!」


 とりあえずあいつの正体については後で聞いてみることにして、まずはアカリのシュートを止めることに集中だ。


 俺は大きく息を吸って考えを切り替える。


 アカリが慣れない動きで助走に入ったため、ボールを止めようと身構えるが、


「えいっ!!! あっ、変な方向に飛んで行っちゃった!」


 アカリの蹴ったボールはあさっての方向に飛んで行ってしまった。


「あーあ、アカリなにやってんだよー」


「ぶー、しょうがないじゃん。サッカーなんてあんまりやったことないんだしー」


「にしても下手くそすぎるだろ。どこ蹴ってんだよ」


「なんだとー!」


「おー、やるのか?」


 と、ユウトとアカリでなにやら言い争いを始めてしまったので急いで止めに入る。


「おいおい、お前たち。こんな時に喧嘩してる場合じゃないだろ。ほら、二人とも、謝りなさい」


「「えー? やだー!」」


 そろって全く同じ文言を発する二人。


 めちゃくちゃ仲いいな、お前ら。

 

 その後もなんやかんやあったが、結局二人を仲直りさせることに成功したのでそれぞれの捜索範囲を指示し、全員でボールを探すために散らばる。


 そのまま各々の持ち場を探し続けたのだが、五分ほど経ってもボールが見つからない。


 四人で探せばすぐ見つかると思っていたが……どこに行ったんだ?


「おかしいな。たしかここらへんに飛んでいったはずなんだけど……もっと奥も見てみるか」


 さらにくまなく探そうと今探している公園横の公道の脇道に入りかけると、突然、焦りに満ちた声に引き止められた。


「にいちゃん! 緊急事態だ!」


「おにいさん、どうしよう!」


「おにいさん、ちょっとこれはマズいですよー」


 三者三様の焦り方で(松下は焦っているように見えなかったが)危機を訴える小学生たち。


「どうしたんだ? ボール見つかったのか?」


「見つかりはしたんだけど厄介なことになってて……とりあえずこっち来て!」


 そうして三人に手を引かれ連れていかれたのは公園のすぐそばにある普通の一軒家だった。


 この一軒家に何が? と思っていると、ユウトが恐怖におびえるようにその家の中を指さす。


「あの家にボールが入っちゃったんだけど、あそこの家、すごい怖い犬飼ってて……その犬のそばにボールがあるんだよ」


 なるほど、そういうことか。


 家の門から顔を少しのぞかせてみると、強面のブルドッグが寝ているそばにサッカーボールが転がっている。


「さっき頑張って取り返そうとしたんだけど、追い返されちゃって……俺のボールなのに……どうしよう……」


 先ほどまでの元気はどこへやら、ユウトは俯いて明らかにしょんぼりとしている。


 まったく、こうなってはしょうがないな。


 俺は制服の腕をまくると、精一杯力強い態度を見せる。


「俺が行ってくるからお前らは安全なところから見ててくれ。安心しろ、ボールは何があっても絶対に取ってきてやるから」


 その言葉に目の輝きを取り戻すユウト。


「にいちゃん……ありがとう!」


「おお! おにいさん、見た目によらずかっこいいー!」


 アカリも称賛を送ってくれる。


「見た目によらずは余計だ。よし、じゃあ行くか!」


 小学生三人の期待の眼差しを胸に覚悟を決めて歩み始めた俺であったが……。

次回 サッカーボールと変質者 その3

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