愛してるゲーム その1
高校から帰ってくると見計らったように腹の虫がグーっと鳴いた。
「腹減ったな……なんか食べるか」
そう独りごちながらまだ着なれていない新品同然ののブレザーを脱ぐ。
そのままキッチンに直行し、期待半分に冷蔵庫を開けてみるとなんと幸運なことか、プリンが冷蔵庫の隅っこにちょこんと一つだけ置いてあるではないか。
「おっ、ラッキー」
それを手に取ってパッケージを眺めてみると、どうやら先月新発売された、有名メーカーが本気を出して作ったらしいこだわりの濃厚プリンだということが判明。
そういえばこれ、最近CMでバンバン流れて来ていていつか食べてみたいと思ってたやつじゃないか。
ならまさしく千載一遇のチャンス、この好機をみすみす逃すわけにはいかない!
ということで迷わずプリンとスプーンを手にしてからリビングへと舞い戻ると、四人掛けテーブルの自分の定位置に腰を下ろした。
まるでPRGのダンジョンで見つけた宝箱を開ける時のような期待感を胸にカップのふたを開けると、その上振れした期待値を上回るほどの黄金のプリンが姿を現す。
なるほど、確かにこれはメーカーの本気度合いがうかがえるな。
「じゃあ、いただきます」
合掌し、スプーンを持ち、今にもこぼれ落ちそうなほどいっぱいにプリンを掬ったのち、ほのかな幸せを胸にそれを味わおうとしたところで、突然リビングのドアがガチャリと開け放たれた。
「ただいまーって、あっー! おにいちゃんプリン食べてる!」
そして声の主こと、妹の葵がセミショートの髪をせわしなくなびかせながらドタバタと騒がしくこちらに駆け寄って来た。
こいつも制服姿のままということは、ちょうど今中学から帰って来たらしい。
葵はプリンを口に運ぼうとする俺を見て、ついっとくちびるをとがらせる。
「そのプリン帰ってきたら食べようと思ってたのに! ずるいずるい!」
「そうだったのか。でも早い者勝ちだな」
「あっ!」
しかし俺も小腹がすいているから、いくら駄々をこねられてもプリンを明け渡すことはない。
葵の駄々こねを横目にパクっと一口頬張ると、その瞬間にふわりと卵と砂糖、そして牛乳のシンプルかつ芳醇な味わいが口に広がっていく。
「うま~……」
思わず頬が緩んでしまい、感想が口をついて出てしまう。
じんわりと舌の上に残る豊かな風味の余韻に浸りながら、もう一口、と思い再度プリンを掬っていると、なにやら前方から強い視線を感じる。
「じーっ……」
「……なんだよ」
ひしひしと伝わってくるプレッシャーに耐えかねて向かいの席に目を向けると、葵が頬杖をついてジトーっと俺のことを見つめていた。
「そんなに見られると食べにくいんだけど?」
「おいしそうだなー。私も食べたいなー。おにいちゃん分けてくれないかなー」
「それは無理な相談だな。というかお前、昨日もこれ食べてただろ? なら俺に一つくらい譲ってくれよ。あともう口つけちゃったし」
「私、そんなの全然気にしないよ? だから、ね?」
なにが「だから、ね?」なのだろうか。
この様子を見るに葵は諦める気配はないことから、もはやプリンを食べるためには無視を決め込むしかないな。
そう決心するやいなや視界の隅に映った葵の恨めしそうな顔を見て見ぬふりをし、何事もなかったかのように宙に浮いたままのスプーンを口に放り込んだ。
その俺の態度に葵はむすりとハリセンボンのように頬を膨らませる。
「むーっ! おにいちゃんのいじわる!」
悪いな、そんな顔してもやらないぞ。
心の中でそうつぶやきながら葵に構うことなく三杯目を掬い上げようとすると、一転して前方からワントーン高い声が飛んできた。
「ねぇねぇ、おにいちゃん」
「…………なに?」
「そのプリンを一口、いや半分、いやできれば全部ほしいんだけど……私にちょうだい?」
もちろんそんな無茶なお願いは拒否させてもらおう、とプリンから目線をあげると、しまった!
指を組んでおねだりポーズをとる葵が視界に入れてしまった!
真っ黒で大きな瞳を適度に潤ませることで弱点であるあざとさを完全に消し去った、かわいいとはこういうことだ! というのを体現するかのような完璧な上目遣いが心を激しく揺さぶってくる。
これには兄である俺もさすがにたじろいでしまったのだが、サバンナの雌ライオンのように獲物をロックオンした葵がそれを見逃すはずもなく、甘ったるい猫なで声で追い打ちをかけてきた。
「おにいちゃん、おねが~い」
妹からの糖度マックスの視線と声に耐えられなくなってしまい、ハーっと嘆息をつく。
「……はあ、分かったよ。晩ごはん前に食いすぎても食べれなくなるしな、残りはやるよ」
その返事を聞くや否や、葵はちょうど満開の季節を迎えているソメイヨシノのように満面の笑みを見せた。
「ほんとうに? ありがとう、おにいちゃん!」
こんな嬉しそうな笑顔を見られるならプリンくらい安いものだ、なんてぼんやりと思っていたが、いや待てよ?
途端にハッと我に返った俺はプリンを渡そうとする手を止めた。
「おにいちゃん?」
唐突に固まった俺を見て葵は不思議そうに首を傾げる。
こんな小動物のように愛くるしい瞳を向けられてしまうと、つい甘やかしたくなるというのが兄という生き物の性分ではあるのだが騙されてはいけない。
これはこいつの作戦だ。
実は俺の妹である葵は小倉家の末っ子という立場を生かし、兄である俺や姉である美夏におねだりをすることで自分のお願いをかなえてきた、甘え上手の策士なのだ!
このままではいつもと同じようにこいつの術中にはまってしまい、せっかく手に入れたプリンを最後まで味わうことができなくなってしまうではないか。
危うくプリンを渡してしまうところだった、危ない危ない。
葵のお願いを叶えたくなってしまうという強烈な誘惑をなんとか断ち切り、プリン死守のためこう提案した。
「でもやっぱりただでやるわけにはいかないな。俺と勝負して勝ったらやるよ」
「勝負?」
「そう。お前に全部あげようかとも思ったけど、俺はまだ三口しか食べていないんだ、簡単に譲るわけにはいかない。ここは正々堂々残りのプリンをかけて勝負しよう」
普段ならとっととプリンをあげて終了、という場面ではあるが今日は一味違う。
それはひとえにこの濃厚プリンを心行くまで味わいたい! という強い食欲が俺の心を突き動かしたせいだ。
それほどまでに俺はお腹がすいていて、このプリンを気に入ってしまったのである。
「何で勝負するかは葵が選んでいいぞ」
いつもと違う返答をしたことで葵はキョトンとしていたが、「そっか」と言って少し考える素振りをみせたのちにニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ、愛してるゲームはどうかな? おにいちゃん、ルール知ってる?」
次回 愛してるゲーム その2




