第4話 封印の夜
都を包む空が、異様な赤色に染まっていた。
月が欠け、風が止む。
陰陽寮の結界がひとつ、またひとつと崩れ始めていく。
澪は結界の中心である竹林へと走っていた。
その場所は澪がなんども訪れたあの場所ーー”朧の居場所”だった。
白い狩衣の袖が土に汚れ、息が苦しいほど脈は乱れた。
(ーーお願い! 間に合って……! )
兄である真は、すでに封印の儀式を始めていた。
「真兄様! やめてください!」
澪の叫びに、真は一瞬振り向いた。
だがその瞳には、祈りの炎のような冷たさと固さが混在していた。
「澪、下がりなさい。あれは神などではない。
人を惑わせ、都に祟りをもたらし命を奪う”祟り神”だ!」
「違う! 朧様はーー」
「その名を口にするな!」
兄の言葉が刃のように澪の心を切り裂いた。
風が渦を巻き、大地が震える。
結界の札が一斉に眩い光を放ち、竹林全体が金色に染まった。
ーーそのとき。
澪の耳に、かすかな声が届いた。
「……澪」
その声に反射的に澪は振り返る。
「朧様!」
月光の欠片が地に落ちて、そこから淡い光が揺らめき立つ。
それはゆっくりと、白い人影を生み出した。
風にそよぐ長い髪。波打つように揺れる衣。
朧ーー声だけの存在だった彼が、今、はじめて”姿”を得た。
「どうして……。そんな……姿が……」
「君が私を呼んだからだ。
人の祈りが、世界に形を与える……。
君の想いが私に姿を与え、この世界に引き戻したのだ」
澪の頬を大粒の涙が伝う。
けれどもその背後では、兄が呪を唱え続けていた。
「封ぜよ、祟り神ーー!」
金色の光が奔り、空が裂けた。
澪はとっさに朧に胸に飛び込む。
「やめて! この人を封じないでーー!」
朧の手が、澪の頬にそっと触れた。
暖かく、優しい手。
それは確かな体温があった。
「澪。これでいい……。
私は君に出会うことができた。
それだけで、私は救われたのだ」
「そんなこと言わないで!
あなたがいなくなったら、私はーー」
朧が微笑む。
その瞳はまるで月のように静かで、どこまでも優しかった。
「ーー君が涙を流すなら、私はまだ、ここにいる」
光が爆ぜて、世界が白く染まる。
澪の頬から温もりが離れていき、耳元で聞こえていた声が遠ざかっていく。
「朧様ぁーー!」
……次に目を開けた時、夜は明けていた。
澪の腕の中には、気づけば一枚の冷たい竹の葉が握られていた。
その葉には、かすかな金の文字が浮かんでいる。
『欠けとは、満ちる余地のことだ」
澪は声を殺して、涙を零した。




