第3話② 祟りの兆し(続)
陰陽寮の中ーー会議の間に、澪の兄である真の声が響いた。
「……竹林の封印が揺らいでいる。
古記録にある”月守の祟り神”ーー朧が再び現れたのだろう」
廊下の影から話を盗み聞いていた澪は、その言葉にどきっとした。
「このまま放置すれば、都全体が災いに呑まれるだろう」
重苦しい空気。
庭の鹿威しの音が不吉に響いていた。
朧ーー。
彼は、そんな存在じゃない。
けれど、それを証明する力が澪にはなかった。
朧の声を聞けるのは自分だけ。
そんな話はだれも信じてはくれない。
(どうして……。どうして彼が、祟り神なんて呼ばれるの)
澪は思わず拳を握った。
その夜が更けた頃、竹林に向かう足は自然といつもよりも早くなっていた。
「朧様っ……! 』
澪の叫び声に、夜が答える。
竹の葉が震え、風が流れる。
「ここに来てはならぬと、都の者達には言われているのではないのか?」
「でも、みんながあなたを”祟り神”だと……! 」
「そうか」
朧は静かに答えた。
「”月守の祟り神”ーーそれが、人の定める私の名だ」
朧の声は穏やかだった。
それは、怒りも、悲しみもない。
ただ、遠い過去を思い返すように淡々としていた。
「私は人の祈りによって生まれ、忘却によって堕ちた。
人が信仰を手放すとき、神は”祟り”と呼ばれる。
それだけのことだ」
「……そんな悲しいこと」
「悲しい、か。
君がそう言ってくれるのは、とても嬉しい」
月光が竹の隙間から差し込み、白い砂を照らした。
澪の視線の先に、再び光が集まる。
その光は、そこに彼が”いる”ーーそう感じられるほどに強かった。
「朧様、わたしは……信じています。
あなたは祟りなんかじゃない。
人々がどれだけあなたを忘れても、私は……私だけはあなたを忘れません」
「澪……」
名前呼ばれただけで、胸の奥がふっと熱くなる。
「その言葉は、時として刃となる。
君が私を覚えている限り、私はこの世界に縛られ続ける。
それが、祟りと言うものだ」
「……どういう意味ですか?」
「いずれわかる時が来る。
だがーー君は優しい。
その優しさが、いつか君を壊してしまうだろう」
突然の風が竹を鳴らし、月が雲に隠れる。
その瞬間、澪の胸を冷たいものが掠めた。
なにかが始まり、そしてゆっくりと終わろうとしているーー
そんな予感だけが、夜の静寂の中に残った。




