第3話① 祟りの兆し
都に少しずつ、だが確実に異変が起き始めた。
初めは小さなことだった。
夜更けに、誰もいない路地の先で人影が動いたとか、
寮の式が、誰の命令も無しに暴れ始めただとか。
いつしか陰陽寮の者達は、それを”霊脈の乱れ”と呼び始めた。
その頃には、都を護る結界を幾度も貼り直しても、翌日には再び歪むようになった。
その中心が竹林の方角だと気付いたのは、澪だけだった。
澪は夜毎、月明かりの下で彼に会っていた。
朧の声は変わらず穏やかで、澪にとってはこの時間が唯一の救いだった。
逢瀬を重ねる毎に、いつしかその声の奥に、微かな苦痛のようなものが混ざるようになっていた。
「……朧様、どこか痛むのですか?」
「……わからぬ。
だが、夜が深まるにつれ、この森が軋む音が聞こえるのだ。
そう……結界が息をしているよな」
「息……ですか?」
朧の声が曇って聞こえる。
「……人が祈りで編んだものは、時を経て綻ぶものだ。
それを縫い直すのが陰陽師の役目だろう?」
澪は唇を噛んだ。
彼の言う通りなのだ。
だが、今都で起きているできごとの原因が、ここにあるのなら。
そんな一抹の不安が脳裏によぎる。
都で結界を扱える者は数少ない。
澪の実の兄ーー真を含めても、片手で事足りてしまうだろう。
もしも、彼らがこの竹林を”異変の源”だと見なしたなら……。
「……朧様。ここから離れられた方がいいのかもしれません」
「君がそういうのなら、そうしよう。
だが、君はまたここに来るだろう?」
澪は、はっとした。
その声音にほんのわずかな寂しさが混じっていた。
「……そうですね。たぶん……いや、絶対に来てしまいます」
そう。
約束をしたから。
「そうか」
それだけ言って、朧は嬉しそうに息をついた。
澪は胸の奥が熱くなるのを感じながら、竹の影に頭を下げた。
ーーその夜のあと。
都では、ついに死者が出た。
霊に取り憑かれたのだろうと人々は口を揃えて言う。
そして、またひとり、またひとりと命の灯火が消えていく。
そして、そんな末路を辿った者達は、みな同じ言葉を残して息絶えたのだ。
「月の下に、”声”がいるーー」と。
陰陽寮では緊急の会合が開かれ、祟り神の再封印を議題に上げた。




