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ショートショート・カプセル

窓辺の女

作者: あみれん

「ショートショート・カプセル」シリーズVol.1です。

毎朝の通勤路に、男の目を引く家があった。

古びた木造二階建て。

壁は黒ずみ、雨どいは錆びつき、ひび割れたガラスが軋むように光を反射している。

その二階の窓には、必ず人影が立っていた。


女のように見える影。

肩から垂れた髪。

けれど、いつも同じ姿勢のまま――微動だにしない。


最初は気味の悪い趣味の住人だと思った。

しかし、何日も同じ光景を目にするうちに、胸の奥に別の考えが巣を作った。


――ひょっとして、監禁されているのではないか。

声を出せないまま、窓辺に立ち尽くして助けを待っているのではないか。


想像は膨らみ、仕事中も夜眠る時も、その影が脳裏から離れなくなった。

助けを求める沈黙の視線が、自分に向けられているように思えて仕方がなかった。


「犯罪に巻き込まれたのかもしれないぞ、確かめなければ……」


男は決意する。

ただの訪問では不審に思われる。

そこで思いついたのは、住宅会社のセールスマンを装うことだった。

築年数の経った家にリフォームを勧める――自然な口実だ。


翌朝。

メモ帳とボールペンを胸ポケットに差し込み、男はその家の門をくぐった。

ドアベルを押すと、すぐに足音が近づく。

扉の向こうに立っていたのは、中年の女だった。


「築年数が経っているようなので……もしよければ、リフォームのお話を」


女は露骨に不愉快そうな顔をしたが、しぶしぶ男を中へ通した。


一階を見回り、メモを取るふりをしながら、男は心臓の鼓動を抑えられなかった。

二階へ向かおうとすると、女が低い声で言った。


「二階は……掃除をしていません。行かないほうがいいですよ」


その言葉は警告というより、諦めに似た響きを帯びていた。

だが男は微笑みを作り、「大丈夫です」と答えて階段を上がった。


廊下を抜け、例の窓のある部屋に入る。

壁一面には黄ばんだ額縁に収まった賞状が沢山貼られている。

「地域安全協力賞」「犯罪撲滅協力感謝状」――なんだこれは、異様な数だ。


窓辺には――確かに人影が窓の外を向いて立っていた。

(こ、この人か?...)

男は恐る恐る近づく。

その瞬間、血の気が引いた。


「うわっ!」


それは……マネキン人形だった。

虚ろなガラスの瞳が、外の通りを睨むように向いている。


「……!」


背筋に冷たいものが走った次の瞬間、後頭部に激しい衝撃が走る。

視界が闇に沈む。


意識が途切れる間際、耳に届いたのは、老人の湿った声だった。


「ウホホ……婆さんや。これでまた、犯罪撲滅協力の感謝状がもらえるぞ」

「ええ……住宅会社の社員なんてどうせウソ。立派な不法侵入罪ですよ。この前の男は、水道局から来た、なんて言ってましたっけね〜」

「そうじゃとも。ワシら老人が安らかに暮らすには、ワシら自身で犯罪のない街にすることが一番じゃ」


押し殺した笑い声。


「婆さんや、今度は女の犯罪者を捕まえてみてはどうだ?」

「フォッフォッ、イヤですよぉ、お爺さん。それじゃ人形のカツラを男物に変えましょうかね」


床に崩れ落ちた自分の体を、何かが引きずっていく感覚。

最後に男の耳に届いたのは、一階に残った娘の独白だった。


「だから……行かないほうがいいって、言ったのに。もう、面倒くさい」


そして、ズル……ズル……ズル…...という音が闇に吸い込まれて言った。

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