01 派遣組織って何ですか?
「あなた、私が見えるの?」
「見えるも何も、そんな格好してたら捕まりますよ?」
「・・・いいわ、あなた、ちょっとコッチ来て!」
「え?」
「ほら、しっかり掴まって!」
「へ?あ!え?」
「もっとしっかり私を抱きしめて!」
「え!あ!」
「行くわよ!」
「え!?あ!?え!?」
ギュィィィーーーン!!
僕は異世界へと旅立ちました。
------- 数分前 -------
今日もダメでした。
どうもこの仕事は僕には向いていないみたい。
そう思って会社を辞めること3回。
今では面接の手ごたえで合否が分かるほどになってきましたよ。
それほど面接を受け続けているのです。
この年になると面接に全く受かりませんね。
当然、貯金も底をついて家賃も滞納しております。
そろそろアパート追い出されるかな・・・
まるで他人事のように思いながら、僕は駅前を歩いています。
ん?
コスプレ?
コスプレの女性が行き交う人たちの顔を覗き込む様にして見ています。
何してるんだろう、この人?
どこかの店の客引きかな?
でも、その格好は何でしょう?
軍服?
そうだ、軍服ですね。
でも、へそ出しルックって・・・
それに大きな胸の形がハッキリと分かりますよ。
一体その服はどういう素材なんでしょう?
どうやったら、そんなにピッタリと体に張り付くのでしょうか?
まるで裸に直接ペイントしてるかのようです。
軍服の女性は歩く男性に何やら異常なまでに顔を近づけていますよ。
どうやら男性だけを選んでいますね。
やっぱり客引きですよ、あの人。
でも、ちょっと不思議なのは顔を近づけられた男性は、
軍服の女性が見えていないかのように普通に歩いているんですよね。
男性を順番に覗き込む軍服の女性が、だんだんと僕に近づいてきました。
そして、ついに僕の目の前に来ましたよ。
そしたら軍服の女性が
「あなた、私が見えるの?」
って驚いた表情をするんです。
「見えるも何も、そんな格好してたら捕まりますよ?」
だってこの駅前での客引きは違法です。
ほら、すぐそこに警告看板もありますよ。
目の前には交番もあります。
見つかったらアウトですよ。
「・・・いいわ、あなた、ちょっとコッチ来て!」
軍服の女性が僕の手を取って、強引に細い路地に誘い込みます。
すると、驚く僕を気にすることもなく軍服の女性が胸を押し付けてきたんです。
「え?」
「ほら、しっかり掴まって!」
もうね、軍服の女性の髪が僕の頬に当たって、なんだかいい香りがするわけですよ。
「へ?あ!え?」
「もっとしっかり私を抱きしめて!」
「え!あ!」
うわぁー!
軍服の女性の全身が密着してるー!
これ、あれだ!
後ろから男性が出て来てお金を巻き上げられる奴ですね!
でも僕、お金、全然持ってないですー!
「行くわよ!」
「え!?あ!?え!?」
ギュィィィーーーン!!
それはもう突然ですよ。
建物が歪んだと思った瞬間、僕の目の前が真っ白になったんです。
------- 到着 -------
え?
真っ白?
軍服の女性が
「着いたわ」
と言って僕からそっと離れます。
「こ、ここは?」
本当に真っ白。
白いだけの世界・・・
え?カツアゲは?
「オリジナルよ」
「オリジナル?」
「そう、ゼロとも呼ばれているわ。
無数にある世界線の原点よ」
「はぁ・・・原点?」
この人は何を言っているのでしょうか?
僕は夢を見ているのですか?
それとも遂におかしくなってしまったのでしょうか?
「あなたには私のパートナーになって欲しいの」
「はぁ」
「最近ノルマがきついのよ」
「はぁ」
「ほんと、まいっちゃうわ」
「あははは・・・」
やっぱり僕は気がおかしくなってますね。
「あなた、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです・・・」
「そうよね。
説明するわ。私は、エレノア。
異世界への橋渡しをしてるの。
あなた名前は?」
「はあ?」
「あなたの名前は?」
「ぼ、僕の名前は・・・タツキチ」
「そう。タツキチ、よろしくね」
「はぁ・・・」
「・・・ダメね。この人。
一旦、元に戻すわ。
それじゃ、もう一度、掴まって!」
「え?はぁ?」
「しっかり掴まって!
行くわよ!」
ギュィィィーーーン!!
目の前が真っ白から、一瞬歪んだ世界に変って、いつもの見慣れた景色になりました。
------- 到着 -------
あ・・・?
「タツキチ、戻ったわよ」
「もどっ、た・・・」
「そうよ。
戻ったのよ、タツキチの世界に」
「僕の世界・・・?」
「詳しい説明は省くわ。
あなた、1週間だけアルバイトしてみない?」
「アルバイト?」
「そう、アルバイト。
お給料はそんなに出せないけど・・・」
「い、いくらです?」
「そうね、タツキチの世界の価値だと10ぐらいかな?」
1週間で10万円・・・
今、僕は喉から手が出るほどお金が欲しいのです。
でも、どう考えても怪しいよね。
だって今のは何?
普通じゃないですよ。
1週間で10万円は、ちょっとリスクが大きすぎませんかね?
「10万円・・・ですか」
「えっと、10万円じゃなくて10億円ぐらいかな」
エレノアが、そうつぶやきます。
は?
1週間で10億円?
「冗談ですよね?」
「あ、やっぱり少ないよね?」
「え、いや・・・」
どうしよう。
1週間で10億円。
やっぱりどう考えても普通じゃありません。
だけど、
もうやるしかないのです。
僕にはもう働く場所がありません。
短期間のアルバイトでもいいじゃないですか。
10億円?
どうせウソです。
それぐらい僕にも分かります。
でも、少しでも働かなくては、僕はこのままではダメになってしまいます。
それに、この女性は仕事に誘ってくれているんです。
だったらやってみましょう。
「や、やります!」
そしたらエレノアが、
「良かった!ありがとう!
じゃ!行くわよ!私に掴まって!」
とか言って僕に抱きつくんですよ。
「えッ!あ!」
ギュィィィーーーン!!
再び建物が歪んで、僕の目の前が真っ白になりました。
------- オリジナル(ゼロ)に到着 -------
「着いたわ」
やっぱり、真っ白です。
霧がかかっているように数メートル先は霞んで見えません。
「オ、オリジナル・・・ですか?」
「そう、ここがオリジナルよ。
それじゃ、タツキチ。
ゼロに会わせるわ」
「ゼロ?」
「そう、全世界の絶対者」
絶対者?
何ですかソレ?
「・・・か、神様ですか?」
「神様とは違うわ。
そうね、タツキチの世界で言うと、ホストコンピューターって感じかな」
ホストコンピューター?
「はぁ・・・」
「無数にある世界の全てのデータを管理してる感じよ」
「へー」
「だからゼロに聞けば、異世界の事は全て分かるの」
「へー、全部分かるって、すごいですね」
「ま、会えば分かるわ」
エレノアはそう言うと、左手の中指にはめてある指輪を少し回します。
すると、白く霞んだ先が一瞬だけボンッ!と歪み、そこから小さな黒い影が現れたんです。
黒い影は近づくにつれ姿がはっきりと見えてきます。
ん?
ネコ?
ネコだ!
黒猫です!
「エレノア」
喋った。
黒猫が喋りましたよ。
「ゼロ、今日は私のパートナーを連れてきました」
「その男がパートナー?」
「そうです、ゼロ。
パートナーのタツキチです」
「タツキチ、こっちへ来なさい」
黒猫のゼロが僕を呼びます。
って、何?
このネコ、喋ってる?
日本語しゃべってますよ。
コレ、現実ですか?
なんかもう、わけ分かんないんですよ。
「早く、こちらへ来なさい」
オロオロしてる僕をもう一度、黒猫のゼロが呼ぶんです。
やっぱり猫の口が動いて喋ってますよ。
本当なの?これ?
よくできたCGですよね?
「おい!コラッ!!
はよ来いっつてんだろうがッ!ボケッ!!」
「は!はい!」
猫が怒りましたよ。
僕は黒猫の近くへ行きます。
何ですかこの猫は。
口が悪いですよ。
「もっと近くに来い!アタシに顔見せろ!」
僕は、なんかスゴい怒ってる黒猫の鼻先に顔を近づけます。
黒猫のゼロは何度か首をかしげる様子で僕を眺めております。
「よし!
もういい!離れろ!」
僕は、なんか怒っている黒猫のゼロから離れます。
「で、エレノア!
どうなってる?」
「あ、それが、まだ・・・」
「まだ?
だからお前は、いつまで経っても見習いなんだよ!」
「すみません。
あ、でも、このタツキチは、私の姿が見えたんです」
「お前の姿が見えた?
向こうの世界で見えたって事かい?」
「そうです。
それがなぜかをゼロに聞こうと思って」
「知らないよ!そんなの!」
え?
このネコ、何でも分かるんじゃないの?
「そ、そうですか・・・」
「いや、ちょっと待てよ!」
黒猫のゼロがそう言うと、僕をヒョイと見ました。
「お前!アタシの姿が何に見えてる?」
え?
何に見えるって、
「ね、猫です。黒猫です」
「えーーッ!!」
エレノアが驚きます。
「そうかい、猫か・・・」
黒猫のゼロが僕をジーーと見ます。
で、
「どうしてです?」
と僕が聞くと、
「アタシはもう行く。
これでも忙しいんだよ。
エレノア、お前は依頼された人材を早く連れて来るんだよ」
と、黒猫のゼロは僕の質問には答えず、白く霞んだ先へと消えて行きました。
なんですか、このネコは。
全然役に立たないじゃないですか。
何が、絶対者!ですか。
だいたい、絶対者って何?
「ねぇ・・・タツキチ。
あなたにはゼロが猫に見えたの?」
「そうですけど・・・」
「そう・・・」
「エレノアさんには、どう見えてたんですか?」
「黒服のおばあさんよ」
「え?」
黒服のおばあさん?
どこがです?
あれはどう見てもネコですよ。
「ゼロは見る人によって、姿が違って見えるの」
「え?」
「私はまだ、見習いだから、おばあさんに見えるの。
経験を積んでベテランになれば、ゼロはどんどん若く見えてくるの。
だから人によっては、高校生ぐらいに見えたり、小学生ぐらいに見えたりするのよ」
「はぁ、そうなんですね」
なんかちょっと意味が分かんないですけど、
この世界では、そういうもんなんでしょう。
「超ベテランになると赤ちゃんに見えるらしいの。
そんな人、ほとんどいないみたいだけど」
「でも、僕には猫に見えましたよ」
「そうなのよね、不思議だわ」
「それとエレノアさん。
さっきゼロに言ってた、僕にはエレノアさんが見えたってのはどういう事ですか?」
「あ、アレね。
本来、私たち、異世界に行くと姿を見えない様にしているの」
「え?どうやってですか?」
「この指輪よ。
やり方は教えられないけど・・・」
そう言ってエレノアが、僕に指輪を見せます。
エレノアがそう言うのなら、そうなのでしょう。
「ところで、僕の仕事は何をすればいいのでしょうか?」
「そうね、手短に話すわ。
タツキチは初めてなので、そういうものだと思いながら聞いて」
「はい、分かりました」
もうすでに理解を超えております。
これから聞く事も全て驚くことばかりなのでしょう。
でも僕には受け入れるしかありません。
だって、これが僕の仕事だからです。
「私たちは、異世界に勇者を派遣しているの」
ドッひゃーー!!
「勇者を別の世界から連れて来て、別の世界へ送り届けるの」
ドッひゃーー!!
「その組織の名前は、ヒョンナコト・カンパニーっていうの」
ドッひゃーー!!
もうね。
意味が分かりませんね。
僕にはね。
「分かった?」
「はい」
こうして僕は、異世界転生派遣組織 ヒョンナコト・カンパニーで、アルバイトを始めることとなりました。