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卒業のチェロケース

作者: ヌベール

田島高校普通科3年1組。僕が所属するこのクラスに佐々木綾香が転入してきたのは、もう卒業が近づいてきた11月だった。

 最初に先生が教壇に綾香と並んで立って彼女を紹介した時、教室は異様な静けさに包まれた。それは多分、綾香があまりにも綺麗で、プロポーションも抜群だったからだと思う。それでいて彼女がクラスに来て日が経つにつれ分かるのだが、彼女は何とも物静かで、優しく、気取ったところがない。

 誰から見ても理想の女性と言いたい魅力に溢れていた。

 長い髪を後ろで束ね、目鼻立ちはすっきりとして透明感があって、つまり、その、なんだ、出るとこは出てて足は長く、背は中背、その上おとなしい割には案外気さくなのだ。

 全部で32名のクラスメイトがいたが、男子からはもちろん、女子からもすぐに慕われるようになった。

 僕も例外ではない。

 帰りの方向が途中まで一緒だということが分かってからは、僕の方から声をかけて、放課後一緒に歩いて帰宅の途についた。

 彼女は勉強もよくできた。転入したばかりだというのに、2学期の期末試験ではあっさりとそれまで1位だった僕を抜いてトップの成績を収めた。そんな僕と彼女だから、気も合ったし、すぐに親しくなってしまった。


 だけどこの学校には困った奴らがいる。

 2組のチンピラ連中である。

 彼らは勉強はできないけどやたら悪いことをして、よく目立った。昼食が終わると、4、5人でつるんで校門を出て、学校の裏で一服つけていた。そしてやたらと女の子にちょっかいを出して1組の正義感の強い一部の生徒たちと睨み合いになったりしていた。

 しかし睨み合いで済んでいるうちはまだ良かった。一度など、1組の男子が1人でいるところを襲われ、袋叩きになったことがあった。やられたクラスメイトは顔に青あざを作り、ろっ骨をを骨折した。勿論、誰もが警察沙汰になるな、と思ったものだ。この辺で少しお仕置きしてもらって、思い知ってもらわないと、と誰もが思った。

 ところが。学校側は悪い評判が立つのを恐れて、外部にこのことを一切漏らさないようにしたのだ。

 病院には先生が付き添い、被害者の親に先生が謝罪をして事を収めた。

 何という事だろう。こんな事件はすぐに警察に知らせたほうがいいのではないのか。これは傷害事件だ。僕たちは心底学校に失望し、ますますこのチンピラ野郎どもとは自分たちで対決しなければならないという思いを強くした。

 佐々木綾香が転入してきたのはそんな頃だった。

 チンピラ野郎どもが、綾香をほっとくはずがない。

 綾香が彼らの標的になり始めたのは、転入してきて2学期が終わり、いよいよ卒業式の近づく3学期のことだった。


         2

 2組のチンピラ野郎ども4人が、よく1組の教室に来るようになった。

 といっても何をするでもなく、後ろの方で4人たむろしているのだが、ある日、リーダー格の石山が、ついに「おい、おい!」と、佐々木を呼び止め、「おめえよ、きょうちょっと俺に付き合わねえか」と佐々木に声をかけた。

 佐々木も、他の1組の連中も、聞こえないかのように石山を無視した。

 石山は体も大きく、身長が185センチあり、いかにも普段から悪いことをしているような悪人顔である。

「おい! 佐々木よう、おめえに話してんだよ。聞こえねえのかてめえ! こらーっ!」

 石山は佐々木の方へ歩み寄って来た。このままでは佐々木が何をされるか分からないという危機感を感じた僕は、同時に佐々木の方へ歩み寄る。

「よお!」

 と石山が佐々木の肩をつかみ、

「キャッ」

 と佐々木が声を上げた。

「やめろ!」

 と僕は石山の腕を掴んだが、

「ああ!?」

 と石山は僕を睨みつけ、

「殴られてえのか」

 と言った。

「やめろと言ってるんだ。嫌がってるじゃないか」

「てめえいい度胸してんじゃねえかよ」

 この隙に数人の女子と共に佐々木はその場を離れる。

 石山は僕の腕を振りほどき、顔面を私の顔を舐めるようにくっつけて睨んできた。そして、

「ふん、おめえ殴られるかもしれねえのに何で止めたんだ」

 僕は黙っていた。

「え? なんでなんだ!」

 石山は顔を私から少し離すと、

「ふん、まあいいや。きょうは許してやっからよう! その代わり今度はタダじゃおかねえぞ! 鼻の骨ぶっ潰すからな!」

 そういうと、石山は他の3人を引き連れて2組の教室に戻って行った。

 気がつくと、僕は冷や汗をびっしょりかいていたが、「大丈夫?」と駆け寄る佐々木にすぐに慰められた。

 あのデカい不良に殴られたら僕はとても敵わない。殴り返すこともできないかもしれない。

 とりあえずきょうは胸を撫で下ろしたが、次はいつ佐々木に絡んでくるだろう。

 それにしても情けないのは他の男子連中だ。やはり怖いのだろう。誰も佐々木を守ろうとしなかった。もしかしたら、例の、袋叩きにされた事件から、もう皆怖気付いてしまっているのかもしれない。

 一体これからどう佐々木を守ってやればいいのだろう。

 と、その時津山という僕と親しい男が僕にこう言った。

「もうすぐ卒業だ。奴もバカじゃない。卒業式が終わるまでは絶対手を出して来ないんじゃないか? でないと奴も3年間我慢したのがパーになる。問題は卒業式が終わってからだと俺は思う。奴が何をしてくるか……」


        3

 卒業式を間近に控えたある日、僕は街の刃物屋で小型のジャックナイフを購入した。

 卒業式が終わった後、石山は佐々木を襲うかもしれない。

 ちょっと被害妄想が強いかもしれないが、石山のことだ、何をするか分からないという気持ちがあった。

 万一の時は、これで石山を刺すことになるかもしれない。

 でも、僕はどうしてそこまでしても佐々木を守ろうとするのか。当然といえば当然かもしれないが、絶対あの汚い石山の欲望から、佐々木を守りたい。

 多分、石山がこのまま佐々木に何もせずに終わることはないだろう。このナイフが、必要になる時が来るだろう。僕は正当防衛の枠を超えて、過剰防衛ということになるだろう、というのは、凶器を使うのだから。しかしそうしなければ、あの縦も横もデカい凶暴な石山から佐々木を守るのは無理かもしれない。

 僕はたぶん、警察に捕まるだろうな……。


 それから間もなく、僕はインフルエンザにかかって学校を休んだ。再び登校した時、佐々木の様子はすっかり変わっていた。暗く、落ち込んでる雰囲気なのだ。

「廊下で石山とすれ違った時、無理やり抱きつかれて、キスされて、おまけに身体のあちこちを触られた。佐々木は必死に抵抗したが、下半身を触られまくって、やっと解放された」

 友人の津山がそう教えてくれた。石山がそこまでするとは! あの汚い手で、あの汚い口で、佐々木はどれほど怖かったろう! どれほど屈辱だっただろう!


 私は佐々木に何と言葉をかければ良いか分からない。辛かったろう。悔しかったろう。僕はバッグの中からジャックナイフを取り出し、ポケットに入れると、ぎゅっと握りしめた。そして考えた。

「よし、今は我慢するが、卒業式が終わったらこれで石山を刺そう」

 はっきりとそう決めた。


そして卒業式がやって来た。

式はつつがなく終了して、体育館を出たところで解散になった。

 皆スマホで記念の写真を撮ったり、ふらふらとあてもなく話をしながら立ち去りがたそうにしていた。

 僕は佐々木に言った。

「実は……今ポケットにナイフを持ってる。見て、石山もういないだろう? どこかでキミを待ち伏せしてるんだ。だけどきょうこそ手出しはさせないから」

「もういいのよ。気にしないで。私大丈夫だから。それより、きょうはチェロのレッスンに行かなくちゃ」

 佐々木はチェロのケースを重たそうに左手に持ちかえ、微笑みながら言った。

「チェロの先生のところまで送って、レッスンが終わるまで待ってる」


僕たちは並んでゆっくり歩き始めた。あの時以来、佐々木は何となく暗い。僕の心が痛む。

 10分ほど歩いて、人気のない公園の前を通った時、いた。あの4人だ。

「おう、2人仲良さそうじゃんかよ」

 石山が言った。

「ケケケ、もうやったのかよ」

 1人のチンピラが言う。

「おらおらそそくさと帰らねえでよ、ちょっと付き合えよコラ」

 もう1人が言った。すると石山が、

「この前はちょっと味見させてもらってありがとよ。やっぱりうめぇなあ。きょうは徹底的に付き合ってもらうぜ。たっぷり味わわせてもらうからな」

 そう言ってこちらへ向かって歩き出した。

 僕は身体をこわばらせ、ポケットの中でジャックナイフを握りしめる。

 佐々木はチェロのケースの中から何かを取り出した、と思った瞬間、石山に向かってそれを構えると、

「ズドーン!」

とはらわたに響くような音がした。

石山が腹のあたりを押さえ、膝を地面についてうずくまる。赤い血が、その押さえた手の指の間から流れ出た。

「次は誰⁈」

「あわわわ」

 3人のチンピラは仰天して逃げ出した。

 僕も、しばらく何が起こったのか分からなかった。

 佐々木はそっと、構えていた散弾銃を脇に降ろした。石山はずっと腹を押さえたままうずくまっている。

「そ、そんなもの、ど、どこから」

「家から持って来たの。父は猟友会のメンバーなのよ。私も何度もクレー射撃に行ったことがあるわ」

「でも、こんなことして、き、君は…」

 通りがかった人が110番したのか、しばらくそのまま立ち尽くしていると、警察のパトカーのサイレンが聞こえて来た。

 佐々木の目から涙が溢れた。

サイレンはすぐ近くまでやって来た。即座に僕は、佐々木から散弾銃を奪い取ると、石山に向けて構えた。僕が撃ったように見せかけるためだ。

「やめなさーい!」

 2人の警官がパトカーから降りて駆け寄り、僕を取り押さえた。

「違うんです! 違うんです!」

 佐々木が叫ぶ。

「奴が彼女に乱暴しようとしたんです! だから僕が撃ちました!」

 僕はすぐに手錠をかけられ、パトカーに乗せられた。

「佐々木! 好きだ! 絶対これ以上何も言うな!」

 僕はそう叫んでいた。


(完)



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