第四話 笑顔の食卓
「こんなにボロボロになって……あんた顔まで真っ青だぞ!」
私は今、失ってしまった最愛の人間の腕の中にいる——神という存在を信じたことはないが、今なら跪いて礼を言ってやっても良いとさえ思える。これはまさに「奇跡」としか言いようがないのだ——。
「あんた、ユーリって人を探し回ってたのか?悪いけど、俺はユーリじゃないよ」
「そうか。そうだな。ユーリはもう……」
ユーリはもう存在しない。そんなことはわかりきっているというのに、空腹は判断を鈍らせる。
いや、空腹のせいだけではない。私はあの時のことを今でも悔やんでいるのだ。最愛の人間と再び巡りあい、果たせなかった約束を果たしたいと、悔やんでいる。この世で叶わないのならば、あの世でも良いと、そう願うほどに。
しかし、あの鉄の荷馬車も私を殺すことは出来なかった。血はすぐさま蒸発し、傷口は跡形もなく消えさっていた。この男が気付く間もなく一瞬で。
だが、あれ以来一度も“食事”をとっていない今の私にとって、この回復は逆効果だったとも言える。
「おい、おい!しっかり……」
目を覚ますとそこは見慣れない建物の中だった。人間の住居も随分と頑丈になったようだ。これならこの地域特有の嵐や大雨も平気だろう。
「おっ、ようやく目を覚ましたか。あんた、何日も食事してなかったんだろ?有り合わせで悪いけど、とりあえずこれ食べて」
「私はこんな料理など……」
男が差し出す皿を押し除けようとしたその瞬間、ほのかに血の香りがした。吸血鬼は生き物の血液からしか栄養が取れず、その中でも人間の血液が最も豊潤で栄養価が高いご馳走だ。この香りは人間のものではないが、それでも今の私にとっては十分すぎる栄養源だった。
「ごめんな。やっぱ県外の人にはこの見た目はキツイよな……豚肉と野菜を豚の血と一緒に炒めた郷土料理なんだけど」
「よこせ」
「え?」
「食ってやるからよこせと言っている」
「いや、そんな無理しなくても。県内の人でも無理な人いるし」
私は男から皿を奪い取ると、意を決して生まれて初めての人間の料理を口へと運んだ。
「……美味い」
「だろ!この見た目で『豚の血』とか言われると、なかなか食べる勇気が出ないけど、一口食べると意外と美味いんだよ」
そう言うと男は嬉しそうな笑顔をこちらに向けた——あの時この島から連れ出していたら、ユーリもこんな笑顔を私に向けていたのだろうか——。