第八話
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(フリーヴァーツ視点)
一週間後、俺たちはベスさんを終ぞ見つけ出すことができず、次の町へ出発することになった。俺たちは現在、荷馬車の荷台に座って荒野を移動している。
出発前にレティシアさんはとりあえず気持ちの整理をつけ、レティシアさんのパーティーメンバーも、レティシアさんが元気を取り戻したことに一安心といった様子だった。
そんな彼女は現在、絶賛、加速度酔い中だ。彼女は今、「ぶおえぇぇぇ…!」といいながら口を押えている。そして、そんなレティシアさん(24)を心配したイーダさん(14)が健気に介抱している絵面は、なんかこう……。
だが、魔物たちはそんなレティシアさんに気を使ったりしない。上空から数羽のヴァルチャーが急降下してくるのが見えた。
「私に任せて!ダンジョンに潜る前にエクストラスキルを試したい!<Fidele>!」
ハルは荷台の上で立ち上がって、巨大ミミックにとどめを刺したときに手に入れたエクストラスキルの名前を叫ぶ。するとハルの体から闇属性の魔力を帯びた、黒い稲妻が発生する。急降下してきたヴァルチャーたちはしたたかに黒雷に撃たれ、動きを封じられて墜落していく。さらに電気を当てると、ヴァルチャーはピクリとも動かなくなった。
それを見たフリーヴァーツは感動する。
(あの小さかったハルがもう俺を超える力を――!感動したッ!!)
「すごいですわ、ハル!魔法の基本六属性である、火・土・風・水・聖・闇属性に属さない新しい属性ですの?ですが、エクストラスキルは闇属性魔法が多かったような記憶もありますわね?」
妹にちょっぴり厳しいところのあるソフィアも、今回ばかりはすぐに素直にハルを褒める。
「ありがとう、お姉ちゃん!私のエクストラスキルは雷属性とかじゃなくて、闇属性みたい。」
「そうなんですの。闇属性と言うからには、敵を感電させるだけではないのでしょう?」
「うん。電気ショックを与えたり、感電させて拘束したりするだけじゃなくて、電気を敵に当て続けている間、敵の思考力を無くす効果もついてるみたい。」
「おお、強いな。」
俺は正直、ちょっと引いてしまった。
「私、この調子で頑張って、いつかお姉ちゃんを超えるぐらい強くなるよ。お姉ちゃんは今の私なんかよりもずっと強くて、憧れるけど…、だからこそ、お姉ちゃんを超えたいんだぁ。」
ハルの言葉にソフィアは嬉しそうに笑い出し、レティシアさんも口を挟む。
「エエ子やぁ、ハルちゃん。私の嫁になってくれ。うぼっ…。」
「レティシアさん、大丈夫ですか?」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。」
「こいつ車酔いしてるのに、わざわざハルに絡むためだけに口を開いたのか。」
「うるさいよ、デール!うえっ…。」
デールさんは肩をすくめた。
ははは、と笑った後、俺は言う。
「それにしても、エクストラスキルとは本当に強力だな。」
「でもお兄ちゃん、思考力を無くす効果はレジストができて、レジストされると効果が発動しなかったり、レジストを突破するためにいっぱい魔力を使ったりするみたい。」
「いやいや、それでもかなり強いよ、そのスキル。…っ。デールの親父さんのところに着いたら、…杖を作って、…魔法を強化したら?」
「賢者」のスキルツリーを持ち、闇属性以外の基本六属性の魔法を使うことができるレティシアさんも絶賛だ。
「いえ、武器の新調なら大太刀にしようと思ってます。今使ってる小太刀はリーチが短いし、威力も低いので。」
「あー、親父なら魔法強化能力を持った大太刀も作れるかもしれんぞ。」
「え、デールさん、本当ですか!?」
ハルの尻尾が揺れた。
「ああ、本当だとも。俺の親父は腕がいいからな。」
「楽しみです~。」
「おう、期待しとけ。」
その後もスライムやウルフなどの魔物をハルの新スキルの試し切り人形にしながら荒野を進んで行く。そしてついに目的の町が見えてきた。
「あそこがフリーヴァーツさんたちのタンクを引き受けてくれそうな人がいる町ですよ。」
イーダさんの言葉に未知なる仲間への期待と不安が同時に湧いてくる。
「あれ、イーダさんにタンク役を引き受けてくれそうな人の心当たりを聞きましたっけ?」
「うふふ、レティシアさんが言っていたのは私が育った孤児院の先輩で、ルイさんと言う方なんですよ。それで、レティシアさんが私に、彼のことをフリーヴァーツさんたちに紹介していいか聞いてきたんですよ。」
「そうだったんですか。それで、ルイさんとはどんな人なんですか?」
「そうですね、どこから説明しましょうか。ルイさんは私の育った孤児院の先輩で、『聖騎士』のスキルツリーを持っていて、<聖盾>という防御スキルが使える方ですよ。でも、初めてお会いする方はルイさんの見た目に驚きますよ。」
「どんな見た目なの?」
ハルも興味があるようで、俺たちの会話に混ざってくる。
「筋骨隆々で背が高くて、スキンヘッドです。」
「怖そう!」
「こら、ハル!」
ソフィアからの注意が入った。
「クスクス。いいえ、ルイさんはとても優しい方ですよ。あ、町に着きましたね。」
イーダさんが情報を追加した直後、俺たちは目的の町に到着した。
***
「ふぅ、厳しい戦いだったな(キリッ)。さて、私たちはとりあえずベスの目撃情報を聞いてくるよ。悪いんだけど、ソフィアさんも私と一緒に来て欲しい。イーダはその間、フリーヴァーツさんたちをユリフィリー教会、ああ、ルイさんのいるところに連れて行って。」
レティシアは荷台から降りるや否や言った。
「はい。では、フリーヴァーツパーティーのみなさん、私についてきてください。」
「よろしくね、イーダちゃん。」
「はい、頼まれました、ハルちゃん。」
イーダの案内に従って町を歩いていくと、石造りのトンネルを抜けた先にユリフィリー教会はあった。教会の中で子どもたちが勉強している。
フリーヴァーツ「子供が多いんだな。」
イーダ「ユリフィリー教会は孤児院の役目も兼ねていますからね。私やルイさんの育った孤児院もここなんですよ。」
ハル「はぁ~、イーダちゃんはここで育ったんだね。」
ソフィア「趣のあるところですわね。ここで結婚式を挙げるのも良いかもしれませんわ。」
ユリフィリー教会は率直に言って、古ぼけていたので、これはきっとソフィアのお世辞だろう。イーダも申し訳なさそうに苦笑いをする。
「あはは、気を使わせてしまいましたか。ユリフィリー教会は子供たちの衣・食・教育に運営費のほとんどを使っているので、建物を新しくするお金が足りないんです。」
「それは……。」
フリーヴァーツは言葉に詰まった。
「さ、こっちです行きましょう。」
イーダは歩みを進める。
***
俺たちが応接室に通されてからしばらくすると、高齢のシスターと2 mほどありそうな身長でマスキュラーな禿頭の修道服を着た男が現れた。おそらく、彼がルイという、俺たちのタンク役になってくれるかもしれない人だろう。彼は手袋をはめ、利き手に赤とピンクのミサンガをしている。
「ようこそお越しくださいました。私、ユリフィリー教会の長を務めております、ユリフィリーと申します。こちらはLouis Regifrett Thewです。」
高齢のシスターがルイさんのことを紹介すると、ルイさんは会釈する。
「よろしく。」
続けてユリフィリーさんは尋ねる。
「それで、本日はどのようなご用件でしょうか。」
「実は、ルイさんのことをフリーヴァーツさんたちに紹介するために帰ってきたの。それはそうと、体は大丈夫?」
「イーダ、久しぶりですね。元気そうで安心しました。そうですか、ルイを冒険者にね。それはルイの意思に任せますが、あなたも知っているように、ルイは頑固なところがありますからね。どうしますか、ルイ。」
「前に言ったように、あなたの最期まで傍にいさせてください。そのあとなら冒険者になるのも悪くないですね。」
「やっぱり、シスター・ユリフィリーはもう長くないの?」
「イーダ、残念だけどそうね。でも、私はもう十分生きました。あなた達の成長を見届けられて、私は満足ですよ。」
イーダはとても暗い顔をして「そっか。」と呟いた。
***
さて、どうしたものか。俺、フリーヴァーツはタンク役の当てがはずれたことに悩んでいた。
正直、ルイを説得するのはかなり難しいだろう。ならば他のタンク役を当たるしかないのだが、じゃあ他の当てはあるのか?やはり当てが外れたのは痛いし、精神的にもクルものがあるな……。
――やがて悩み疲れた俺はハルの方を見やる。ハルはハンドパペットをはめて、子供たちに人形劇を披露している。ハルが子どもたちと遊んでいる光景はほほえましく、気がまぎれた。犬の人形が、赤い髪の人間の人形の口を舐めて愛情表現するシーンになったあたりでソフィアに声をかけられる。
「フリーヴァーツ様はタンクを務めてくださる方をご所望ですわね?」
「ああ。当ては外れてしまったがな。」
「いいえ、タンク役の方の確保はなんとかなりますわ。」
「慰めてくれるんだな。」
「私はフリーヴァーツ様のためならなんだってできますわ。この孤児院は人手不足のようですので、私は厨房を手伝ってまいりますわ。」
「なら、俺も何か手伝えることはないか聞いてこよう。」
この日は孤児院の手伝いをして過ごすことになった――。
夕飯の前にレティシアさんたちが合流したので、フリーヴァーツパーティーとレティシアパーティーの全員がユリフィリー教会で食事をすることになった。
レティシアさんたちは申し訳ないからお金を払おうとしていたが、ユリフィリーさんに断られたため、最終的にレティシアパーティーとフリーヴァーツパーティーが合同で、ユリフィリー教会に食糧寄付をすることを押し通した。
食後の冒険者パーティーミーティングで、ベスの捜索成果が芳しくないことと、旅の物資補給のために数日間はこの町に滞在することが伝えられた。そしてレティシアさんがミーティングを締めくくる。
「他に言っておきたいことがある人はいる?いなかったらこれでミーティングは終了。……イーダちゃんはユリフィリーさんと思い出を作っておいで。」
「はい、ありがとうございます。」
こうして、俺たちは敢えてゆっくりと補給をしつつ、ユリフィリー教会の手伝いをすることになった。レティシアさんやイーダさんが<キュア>を使ったり、毒用ポーションを飲ませたりする。しかし、彼女たちの献身にも関わらず、ユリフィリーさんは体調を崩し、しだいに衰弱していった。
くそっ、ソフィアもユリフィリーさんのために、かいがいしく食事を作ったり、水を運んだりしているのに、なぜなんだ――ッ!
***
――数日後、ユリフィリーの部屋にてルイが彼女を看病していた。ユリフィリーは苦しそうにルイに語り掛ける。
「ルイ、あなたはずっと、ユリフィリー教会のために、尽くしてきて、くれましたね。イーダが、あなたを冒険者に、推薦したときに、冒険者になることを、考えたのも、この教会に、お金を入れるため、ですね?ですが、あなたはもう、この教会に、囚われる必要は、ないのです。ソフィアさんが、お金に、糸目をつけずに、孤児院の活動を、支援してくれる方たちを、連れてきてくれました。勝手なことをして、申し訳ありませんが、こうでもしないと、私が拒否してしまうと、思った、と言っていましたよ。」
「シスター・ユリフィリー、無理をなさらず。ですが、そうですか。ソフィアさんがそんなことを。これは冒険者になって、恩返しをしなければなりませんな。」
「イーダのことを頼みましたよ。」
「お任せください。」
ユリフィリーさんはにこりと微笑んだ。その夜に彼女は息を引き取った――。
レティシア「イーダちゃん、ごめん、私が治してあげられなかった。」
イーダ「いいえ、私が間に合わなかったんです。冒険者になって、シスター・ユリフィリーの病気を治せる薬を見つけて来るって約束したのに。」
ハル「イーダちゃん、私も自分の町を守り切れなくて、大切な人たちをたくさん失ったことがあるの。だから――あれ?」
イーダ「ハルちゃんは一緒に悲しんでくれるんだね。」
ハル「っ、そうそう!」
ルイ「シスター・ユリフィリーはイーダのことを誇らしそうに語っていましたよ。あの子はとても優しくて、笑顔が良く似合う可愛らしい子だと。」
イーダ「ルイさんだって……。シスター・ユリフィリーはすごく教会のために頑張ってきた、頼もしい人だと言っていました。」
ルイ「いいえ、私なんて何もできませんでしたよ。できたのはシスター・ユリフィリーが天寿をまっとうする日への覚悟を決めることだけです。ところで、イーダの言葉で思い出しましたが、ソフィアさん、孤児院のために方々に手を回してくれたようで、本当にありがとうございます。」
ソフィア「お気になさらないで下さい。巡り巡って最後には私の喜びになりますから。」
ルイ「ハルさんもこんなに素晴らしい姉を持てて誇らしいでしょうな。」
ハル「うん!お姉ちゃんは私の自慢なんだ。」
ルイ「もっともですね。さて、ここまで善くしていただいたのに、何もしないというわけにはいきません。ソフィアさんのおかげで、明日からは教会本部の方から人が来て、孤児院の人手不足も解消されるようですし、私はフリーヴァーツさんたちのところで奉公しようと思っていますが、どうでしょうか?」
フリーヴァーツ「本当か!?ぜひ頼む。」
ルイ「はい、よろしくお願いしますね。ところでイーダ、そろそろ気分は落ち着きましたか?」
イーダ「はい、大分落ち着いてきました。マーヴ君も、デールさんもありがとう。」
デール「気にすんな。」
マーヴ「俺たちは仲間っすよ。辛いときは俺に頼ってくださいっす。」
イーダ「うん、ありがとう。」
そして翌日、一行はユリフィリーを救うことができなかった悔しさと、新しい仲間への期待と不安を抱えて町を発った。一行はデールの生まれ故郷、Horatioを目指して東へ東へと進んで行く――。
ソフィアのおかげでルイを獲得できた。
フリーヴァーツ視点では、ソフィアがユリフィリーを健気に介護したり、孤児院のために人員を確保したりしたおかげで、ルイが心を動かしてくれたようにしか見えないから、彼も「ソフィアのおかげでルイを獲得できた。」と言うはず。
高評価・コメントお待ちしております。
お知らせ:2024/08/22
第五話のレティシアパーティーがアンデッド系の魔物と戦闘するシーンにおいて、以前はアンデッド系の魔物に対して<ヒール>や<聖属性魔法>で攻撃をしないまま戦闘をさせていました。実際、執筆当初から「スキル<聖域>を発動することでアンデッドを含むすべての魔物を弱体化することはできる」という設定はございましたが、「アンデッド系の魔物に対して<ヒール>を当てることでダメージをあたえることができる」という設定が抜け落ちていました。
しかし、他作品ではアンデッド系の魔物は回復系魔法でダメージを受けるという設定が一般的と判断致しましたので、少し設定を変更させていただきます。変更後は「スキル<聖域>を発動することですべての魔物を弱体化することができ、さらにアンデッド系の魔物に対しては<ヒール>などの聖属性系統の魔法を当てることでも弱体化できる」という設定でいきます。ただし、申し訳ありませんが、魔物に<ヒール>を当てて弱体化はできても、消滅まではできないということにさせてください。
また、この設定変更に伴い、第五話にてイーダがアンデッド系の魔物に対して<ヒール>を使用するかの判断をあおぎ、レティシアが「スケルトンやリッチぐらいの魔物であれば、わざわざ<ヒール>で弱体化させなくても普通に倒せるため、味方の回復だけしてもらえればよい」という返答をする会話を加筆致しました。