第七話
***
――時はフリーヴァーツがウィリアム・バーガーへ出掛けたところまで遡る。
私ソフィアはハルを寝かしつけて一息つきますわ。
「ふぅ。」
最近、私には悩みがありますの。それはフリーヴァーツ様と私は付き合っているはずですのに、恋人らしいことが出来ていないということですわ。そもそも、恋人らしいこととは何ですの?
……考えてみましたら、私は暗殺貴族トゥーソン家の跡取り娘として期待され、ずっと暗殺訓練をしてきましたから、恋愛知識に疎いですわね。ムムム……。フリーヴァーツ様も、私に何か彼氏らしいことをしたことはないと思っていましたが、フリーヴァーツ様はかなり奥手な恋愛がお好みなのでしょうか?
はぁ……、直接聞いてみたほうが早いですわね。ゴロンと私は自分のベッドに横になります。そういえば、フリーヴァーツ様は今何をしておられるのでしょう。私は<探知>を使ってみますわ。ちょっとした自慢ですけれど、私はフリーヴァーツ様と交際させていただく以前から、フリーヴァーツ様の行動は<探知>と目視確認で把握してきましたから、フリーヴァーツ様の動きは<探知>だけで手に取るように分かりますの――。
………あれ?部屋にいない?それどころか私の<探知>圏内にすらいない?なんだか胸騒ぎがするな。本来ならフリーヴァーツ様の不在というのは、私がフリーヴァーツ様の持ち物を整理させていただく絶好の機会だ。しかし、これは嫌な予感がする。探しに行くか。
私は普段、えんじ色と黒色のリバーシブルコートをえんじ色の面を表にして、肩を出すように着崩してきている。だが、今回は夜の闇に紛れるように黒色の面を表にして、着崩すことなく、前まで閉めてコートを着る。そこに<隠密>を発動させれば、夜闇の中、私を見つけられる者は誰もいない。
用意を整えた私は部屋の扉を開けてフリーヴァーツ様を探しに出掛けた。
それにしても、いつもはこれで愛の見守りをしていますのに、私は見守りに失敗したのですわね……。殿方は重たい女を好まないとお伺いしおりますから、二人だけの秘密のお部屋をご用意することまではしておりませんでしたが、本気で検討するべきでしょうか?
***
そんなことを考えている間に、私は<探知>を使ってフリーヴァーツ様を探し出しましたの。とりあえず犯罪に巻き込まれていないようで安心いたしましたわ。どうやら本日お仲間になった方々とハンバーガーを食べているようですわね。しかしあの人たち、私が居ない隙にフリーヴァーツ様を連れ出すとは――ッ。
うん?ヤギの女がフリーヴァーツ様に抱き着いて……?
「……私の彼氏になってよー。…………採取デートね。」
は?現行犯だ。あの女、他人の彼氏に手を出しやがったぞ。
彼氏とかデートとかいう単語が聞こえた気がするんだけど?
フリーヴァーツ様が嫌そうにしているのが分からんのか、あの女――ッ!?
これ以上あの女がフリーヴァーツ様に近づくのはよくない……。そうなる前に、あの女は消そう。今日消そう。私とフリーヴァーツ様の愛を邪魔する奴にはみんな消えてもらう――ッ!。
――ミシッ!
ソフィアは殺意でショットガンを握りしめた。最終的にはもっと後の時間に、ベスが一人で町の外に行ったところで、サイレンサーを取り付けたライフル銃を使うのことになったのだが、殺意がとにかく銃を握らせたのだ。
***
――夜が更けていく。ソフィアは<隠密>で気配を消し、静かに狙いを定め、ライフル銃の引き金を引いた。
――ピシュッ!
(よし、ヘッドショット。<探知>の効果範囲外だが、死は確実だろう。周りには色んな魔物が確認できるから、銃創も魔物が死体を食い散らかしてくれたら隠せるはずだ。なんなら、あの白い肌から火が出ているオーガなんか死体を燃やしてくれるんじゃないか?本当はコートのえんじ色の面は解体用なんだが、今回は使う必要はなさそうだな。)
仕事を終えたソフィアは宿に引き返していった。
ソフィアが去った後、ベスの死体の上を飛んでいた一匹の蝙蝠が白い髪に赤い目をしたメイドに<変化>した。
「よっ、と。Helenちゃんは今日も真祖様から賜った<変化>のスキルで諜報活動をしてきましたよ~。だから魔物の皆さん、早く集まって早速会議を始めましょう~。」
***
深夜、ソフィアが泊っている部屋にもレティシアが慌てた様子で訪ねてきた。ハルはまだ寝ぼけ眼なので、ソフィアがレティシアに対応する。
「夜遅くにごめん、ベスは来てない?」
「いいえ、来ておりませんわ。ベス様がどうかなさいましたの?」
「こんな夜遅くになっても、まだベスが帰ってこないんだ。」
「まあ!大変ですわ!私も<探知>で探してみますわ。」
「ありがとう。そうしてもらえると助かる。」
「ところで、どこまでお探しになりましたの?」
「私たちの部屋にはいなかった。君たちの部屋は今見た。フリーヴァーツ君の部屋にもデールとマーヴ君が行っているよ。」
「でしたら、ベス様は町のどこかにいらっしゃるのですわ。」
さり気なく町の外にいるという可能性をレティシアの意識の外にもっていく。死体が早期発見されると犯人特定が容易になるからだ。
「そうだね。手分けして探そう。」
その後、一同は夜通しベスを探し続けた。ベスは町の外で死体になっているのに、町の中で生きているベスを探す――。その捜索は絶望そのものだったが、ソフィアはちょっぴり感動していた。
(おお、夜中の町をフリーヴァーツ様と一緒に出歩くのは、ちょっとデートっぽいですわね。なんとかしてハルを別行動にできないかしら♪)
***
――翌日。
「とりあえず、町の中は大体探し終えたし、騎士団への捜査依頼も出した。今日は町の外を探してみよう。」
目に隈をつけたレティシアが提案した。しかし、デールがレティシアに待ったをかける。
「今日の捜索は俺たちでやる。お前さんは今日は休め。」
「なっ、どうしてだよ!!」
「お前さんは昨日から一睡もしてないんだろ。このままじゃ、今度はお前さんが倒れちまう。他のやつらも無理はするなよ。」
「くっ……。」
レティシアはベスを探しにいけない無念にうつむいた。しかし、ここで無理すればデールの言う通り、レティシアは倒れるし、レティシアの看病のせいでベスを探す人員が減ってしまう。もっと言えば、リーダーが頑張っているからと、マーヴやイーダが無理をするかもしれない。これらの理由から、悔しいが今は休むしかないのだ。
「わかった、少し休む…。デールも無理しないでね。」
「昨日はお前さんより睡眠時間は長かったからな。お前さんよりは余裕はあるさ。」
こうしてレティシア抜きで捜索をした結果、ソフィアの予想外の事実が判明する。ベスの遺体がなかったのだ。血痕は残っていたので、「もしかしたらベスはもう……」という雰囲気は作れたのだが、魔物がベスの死体を食い荒らしたにしては、骨も食べ残しもないのはおかしいし、あのオーガに死体が燃やされたにしては燃えカスや焦げ跡が無い。とにかく死体が見つからないのは非常に不気味だった。
***
「そっか。血痕が見つかったんだね。」
「ああ。だが、誰の血かは分からねぇし、遺体も見つかってねぇ。」
「うん、そうだね。」
みんなでレティシアの部屋に集まり、デールが彼女に捜索結果を報告していた。ベッドから上半身を起こして報告を聞いている彼女は寝不足だけは解消されたようだが、元気はなさそうだ。
彼女は目を伏せてしばらく沈黙した後、意を決して言った。
「敢えて言うことにするよ。冒険者を続けていると、仲間と死別することは度々ある。私たちも乗り越えないといけない試練だ。」
レティシアが自分に言い聞かせていることは誰の目にも明らかだった。
「一週間だ。一週間この町でベスを探して見つからなければ、次の町まで捜索範囲を広げよう。」
レティシアは悲痛だった。誰も何も言えなかったが、デールがついに口を開いた。
「……少し俺とレティシアの二人だけにしてくれんか。」
そしてレティシアとデールだけになった部屋でデールがレティシアに語り掛ける。
「これで他のやつらに聞かれる心配はない。もうカッコつける必要はないぞ。」
「デールは優しいんだね……。」
少し疲れたようにレティシアは言った。レティシアは気持ちの整理のために、しばらく口を閉ざして後、ぽつりぽつりと語りだした。
「私、フリーヴァーツ君にソフィアちゃんとハルちゃんのことを守るって約束したんだ。」
「そうだな。」
レティシアは軽く鼻をすすってから言う。
「私、自分のパーティーの子も守れなかったや……。」
「俺はベスのやつが居なくなったことにも気づけなかった。それに、守るのはいつも俺の役目だった。」
「ベスちゃんの失踪にデールが気付けなかったのは仕方ないよ……。部屋が違うんだもん。守るのだって、敵と直接戦うときには、デールはいつも私たちを守り切ってた。私なんて、グローブ町もベスちゃんも守り切れなかった――ッ!」
「お前さんは俺の町を守った。今回守り切れなかった分は未来で取り返せ。」
「……うん。あの鬼をどうにかしないといけないね。」
「そうだな。」
「……デール、ちょっと泣いていい?」
「おう、好きなだけ泣け。嫌な気持ちは全部吐き出しちまえ。」
レティシアは枕を顔に押し付けて、「わああん」と泣いた。デールは静かにそばに控えていた。
ベスが一人で町の外に行くのには理由があります。伏線を考察すれば何かが見えて来るかもしれません。つまり、決してソフィアにベスを〇させるために作者のご都合主義でベスを町の外に放り出したわけではありませんので、悪しからず。
また第二話にて、ソフィアがフリーヴァーツの後を付いて行くだけでは彼との関係が一向に進展しないと言っていますが、ここで言う「後を付いて行く」は実はスキル<隠密>および<探知>を悪用したストーキング行為のことです。
高評価・コメントお待ちしております。
お知らせ:2024/08/21
第三話にて、「<火属性魔法>で発生させた炎は不完全燃焼を起こさない」という内容の加筆を致しました。フリーヴァーツが狭い室内で炎を使っていたために、不完全燃焼をするのではないか、と戸惑われた読者様も多数いらっしゃると思います。大変申し訳ございませんでした。また、その他の不都合に関しましても、魔法の力で何とかなっているという解釈でお願いいたします。
……ところで、どうして不完全燃焼を起こさないんでしょう?作中では魔法の片付けましたが、例えば<火属性魔法>を発動させるときに、魔法の副次効果で支燃性目的で(つまり炎が良く燃えるように)十分な量の酸素も一緒に生成しているとかだったら説明がつくのでしょうか?私も詳しく知らなくてすいません。