第六話
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ダンジョンを攻略した後、俺たちはレティシアパーティーの誘いでヤーキモーの酒場にやってきていた。
「ダンジョン攻略成功を記念して、カンパーイ!」
「酒が飲めるのはこいつと俺だけなのに、酒場で祝勝会をやってすまんな。」
ウキウキでビールのジョッキ片手に乾杯の音頭を取るレティシアと、呆れたように言うデールのテンションは天と地ほどの差がある。
「いいえ、俺たちはソフトドリンクを飲みますよ。それよりも、食べ物を奢ってもらって何だかすいません。」
俺は気を使って言った。
「いいや、気にすんな。この酒〇スが人様のパーティーまで酒場に連れて来やがったからな、その詫びだ。」
「え~、デーちゃん知らないの?酒は百薬の長なんだよ。毒を使ってくる敵を倒した後には率先して飲まないと。」
「酒が薬になるなら、お前さんの頭も治してほしいものだな。」
デールは慣れているのかレティシアを軽くあしらう。
「ははは。なんだかすごいですね。パーティーメンバーの仲も良さそうだし、みなさん強かったし。」
「ふっふっふ。分かってるね~、フリーヴァーツ君。なんせ、この賢者レティシア様が頑張って集めた才能ある子たちだからね。」
「そうなんですか。やっぱりレティシアさんは冒険者として名声とか大金とかが欲しいんですか?」
「いんや~、私の目的はそうじゃないなぁ。まあ、私たちは利害の一致で組んだパーティーだから、他の子は違うかもしれないけどね。実際にうちのパーティーには大金が最終目的ではないにしても、大金が必要な事情のある子もいるしね。」
「じゃあ、レティシアさんはこれだけの才能ある人たちを集めて何をする気なんですか?」
「……。そのまえに、ソフィアちゃんとハルちゃんはグローブ町の領主様の娘さんだよね?もしかして君たちはグローブ町のダンジョンを攻略しようとしているんじゃない?」
「え、どうして知っているんですか?」
「実は私ね、もともとグローブ町というところで役人をやっていたんだよ。そのときにソフィアちゃんたちとハルちゃんには出会ってるんだ。ふたりとも可愛かったなぁ。」
「あ!そういえばソフィアがレティシアさんのことを賢者って言っていました。」
同時に俺が当時レティシアさんの名前を知らなかったことと、レティシアさんがグローブ町に赴任してきた理由も思い出したが、これらはもう一度忘れることにする。
「それで、君たちがグローブ町のダンジョンを攻略しようとしていると思った理由だけど、それは2つある。1つ目は彼女たちが領主の娘だということ。もう一つは理由と言うよりも願望だけど、君たちもグローブ町を取り戻そうとしていれば、私たちが協力出来るからだよ。」
「どういうことですか?」
「私の目的もグローブ町の開放ということさ。……私は力がありながら、グローブ町を守ることができなかったんだ。それがすごく心残りでね。私は――罪滅ぼしじゃないが――あの町を取り返したいんだ。だから、私は冒険者になって仲間を集めたんだよ。」
その話を聞いて俺は運命を感じる。
「っ、レティシアさん、ぜひ協力しましょう!俺たち、まだ弱くてレティシアさんたちの役に立てるか分かんないけど、でも俺たちもグローブ町を取り返したいのは一緒です!」
「ふっふっふ。リーダーがそんなに簡単に卑下するもんじゃないぞ。それに、君たちが熱意ばかり先行して、力の伴ってないパーティーだったら声をかけてないよ。ソフィアちゃんのスキルやエイム力は優秀だし、ハルちゃんも今回のボス討伐でエクストラスキルを獲得したでしょ。それに君だって貴重で強力な『炎の勇者』のスキルツリーを持っているし、ソフィアちゃんもハルちゃんも君を信頼してる。」
「そんな!いえ、確かにソフィアもハルもすごいけど、俺はリーダー失格です。俺たちのパーティーにはタンクもヒーラーもいない。ダンジョンに潜るより先にタンクやヒーラーを揃えるべきだったんです。」
「完璧なパーティーってのは無いでしょ。冒険者って、魔物との戦闘とかトラップとか移動中の事故とか死ぬ理由はいっぱいあるし。特にヒーラーなんて、そもそも数が少ないのに、魔物に対する攻撃手段が限られてるせいでよく死ぬから、どこのパーティーもヒーラー不足に悩んでるものだよ。」
「そうですか……。」
俺はヒーラーの獲得が難しいという現実にうな垂れた。
ここで、今まで静かに酒をちびちびと飲んでいたデールさんが俺に声をかける。
「まあ、足りない役職があったら、他のパーティーと協力して補うこともできるだろう。俺がお前さんたちのタンクをしてもいいし、イーダも喜んでお前さんたちを回復するだろう。逆に俺たちがお前さんたちに協力を求めることもあるだろう。」
「そうか、いや、でも仲間が増えたらタンクやヒーラーの負担が増えるんじゃないですか?」
「増えるだろうな。回復の方はイーダのスキルや、レティシアの<聖属性魔法>、そしてポーションがあるから、キャパシティオーバーにはならんだろう。となると問題はタンク役のほうだな。俺はかなりの広範囲を守ることができるが、さすがに目の届かない場所、たとえば敵の巨体の裏側なんかは守り切れる自信はないな。」
「なるほど。ではタンク役の確保を優先するべきですか?」
この発言に答えたのはレティシアさんだった。
「そうだね。タンク役を引き受けてくれそうな人材には心当たりがあるよ。」
「本当ですか!」
「ほんとだよ。私たちはここからずっと東にいった所にある、デーちゃんの故郷の町で武器の強化をしようと思っているんだ。タンク役になってくれそうな人はその途中の町にいるから、私たちについてくるといいよ。」
デールさんはどこか懐かしそうに提案した。
「俺の親父は魔物の素材を使って武器の作成・強化ができるんだ。剣でも杖でもつくれるぜ。お前さんたちの武器も頼めば作ってくれるだろう。」
「何から何までありがとうございます。」
「いいってことよ。」
話がまとまったことを感じたレティシアは意図的に大きな声で空気を切り替える。
「さ!今は祝勝会だよ!ぱーっと楽しくやろう!お、ハルちゃんとイーダちゃんはいつの間に仲良くなったのかな?私もまぜてまぜて。トランプもあるよ。」
「ポッケからトランプが出てくるってことは、ずっとトランプを持ち歩いてるんですか?」
「ハルちゃん、気にしないで。この人はいつでも賭けポーカーができるように持ち歩いてるだけだから。」
――こうして祝勝会は過ぎていき、ハルが眠くなったところでお開きとなったのだった。
***
俺たちフリーヴァーツパーティーは宿屋にいた。さすがに年頃の男女が一緒の部屋に泊まるのはまずいだろうということで、部屋は男女で分けて取っている。今はハルが眠ってしまう前に、ソフィアとハルが風呂に入って今日の戦いの汗を流しているところだ。俺はというと、夜風に当たりたくなったので、風呂にも入らず外に出ている。
「あっれぇ、フリーヴァーツ君じゃん。」
「おお、レティシアさん。」
俺が振り返ると、レティシアさん、マーヴ君、ベスさんがいた。
「どうしたの?興奮して眠れない?」
「レティシアさんには俺の心が読めるんですね。」
「いいやぁ。私はよく人の気持ちを外してるよ。」
「レティシアさんはデリカシーが無いってよく言われるっす。」
マーヴ君が茶々を入れた。
「おおん?そんなこと言うと、マーヴ君が密かにイーダちゃんに思いを寄せていることを言うよ?」
「そういうところっすよ!てか、なんで知ってんすか!」
「マーヴは分かりやすい。」
「ベスさんまで!」
ちなみに俺はまったく気が付かなかった。単純にマーヴ君と一緒に過ごしてきた時間の差か?
「まあ、いいや。私たち今からウィリアム・バーガーに〆のバーガーを食いに行くんだけど、よかったら一緒しない?話位なら聞けるよ。」
〆のバーガー?と思ったが、話は聞いてもらいたい。俺は彼女たちについていくことにした。
「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて。」
「ふふふ。お姉さんにどーんと頼りなさい!」
というわけで、24時間営業のウィリアム・バーガーに来た。某有名チェーン店マ〇ドナルドのロゴを上下反転させた見た目の看板は、光を発する魔道具でできているらしい。夜中でも、いや、夜中だからこそ目立った。
「(ちゅー)うまっ。うまいっすよ、この新作のモンブランシェイク。」
「ほんとマーヴ君はシェイクが好きだよねぇ。」
「はい、大好きっす。」
マーヴ君は満足したように、立てかけた槍のそばにシェイクを置いた。そしてレティシアさんが切り出した。
「さて、早速本題に入ろうか。フリーヴァーツ君は今回のダンジョンが初めてのダンジョン攻略だったんだね?」
「はい。ダンジョンを自分たちで攻略できたっていう喜びとか自信とか、そういう嬉しい感情もあるんですけど、逆に自分たちのダメなところも見えてきたっていうネガティブな感情もあって……。あ、でも、祝勝会のときの完璧なパーティーは存在しないっていうのにも納得してるんです。すいません、訳分かんないですよね。」
「いや、分かるよ。フリーヴァーツ君は自分が仲間を守りたい、けど自分一人の力ではどうにもならない。そう思ってるんじゃないかな?」
「ああ、まさしくその通りです。自分がソフィアやハルを守ってあげたい場面で、何もできなかったことが気になっているんです。」
「そっか。じゃあ、フリーヴァーツ君は自分がソフィアちゃんやハルちゃんを守ってあげたいの?それとも、彼女たちが死ぬことが嫌なの?」
「それは……。ソフィアやハルが死ぬことが嫌です。ソフィアもハルも凄すぎて、俺自身が守ってあげるというのは、しっくりこないです。」
「じゃあ、今後は私たちもソフィアちゃんやハルちゃんを守ってあげる。タンク役がパーティーに入ったらその人も二人を守る。これで、フリーヴァーツ君が二人を守っていなくても、二人が死ぬ可能性は低くなる。でしょ?」
「自信があるんですね。なんだか安心しました。」
「ふふふ。それに、ソフィアちゃんはすでに強いし、ハルちゃんもボスミミックと戦ったときに強くなったからね。二人とも簡単には倒れないよ。」
「ああ、ハルはダンジョンボスにとどめを刺したから、エクストラスキルが付与されたんでしたね。」
「それもあるけど、ハルちゃんはボスミミックに捕まったソフィアちゃんを助けるときに、スキルの効果値があがったらしいよ。」
「え、そうなんですか?」
「うん、ボスミミックにとどめを刺す前後でハルちゃんの素早さが上がったように感じたから、聞いてみたらビンゴだったよ。おそらく、姉を救いたいという気持ちでスキルが覚醒して、<敏捷力上昇>の効果が上がったからこそ、銃が消える前に攻撃できたんだろうね。」
「そうだったのか。」
この人は今日あったばっかりなのに、俺よりもハルのことを理解しているのかもしれない――。俺は素直に感心する。
「で?ソフィアちゃんとハルちゃんのどっちが好きなの?」
「なんですか、その質問。」
俺が感心に耽っていると、レティシアさんは藪から棒に聞いてきた。
「だから、フリーヴァーツ君はおっぱいの大きなソフィアちゃんと、お人形さんみたいに端正な顔立ちのハルちゃんのどっちがタイプなのって話だよ。」
「俺たちはそんなんじゃありませんよ。」
「ふ~ん?」
「あ、信じてませんね。本当なのに。」
レティシアはソフィアがフリーヴァーツを憎からず思っていることを見抜いていたが、それはソフィアが伝えるべきだろうと考え、ソフィアの気持ちには言及しないことにした。
ところがここで、レティシアのノリに染まってしまったベスが悪ノリを発揮する。
「えー、じゃあ私の彼氏になってよー。ちょうど今日の戦闘でJuice of cursed hebenonが切れたところだから、明日は素材の毒草採取デートね。」
そう言って、ベスが俺に抱き着いてきた。
しかし、明らかに俺を彼氏にするのは冗談だったので、俺は軽く受け流す。
「毒草採取デートには付き合ってあげますよ。」
「フリーヴァーツ君は罪な男だねぇ。」
レティシアさんの冗談も流しておこう。
せっかくの告白を軽くあしらわれてしまったベス。
しかし、フリーヴァーツは彼氏になることは断ったものの、毒草採取デートには付き合ってくれるという言質は貰えた。
これはまだ完全に脈無しではない……ッ!行け、ベスよ!デートをきっかけに彼を落とすのだ!
次回、「ベス・ゴウドン死す!」
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