第五話
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ついに……ッ。ついにここまで来た……ッ。俺フリーヴァーツは武者震いしていた。この扉の奥から確かにダンジョンコア特有の嫌な気配を感じるのだ。ダンジョンコアを破壊すれば――小規模ダンジョンではあるが――正真正銘ダンジョン攻略ができたことになる。そしてダンジョンボスにとどめを刺した者はスキルツリーに依存しない強力なスキル、エクストラスキルを与えられる。それがあれば、俺たちの故郷グローブ町のダンジョン攻略が一歩前進する……ッ。
「さあ、いくぞ。今はダンジョンボスを倒すことだけを考えろ。」
これは半分はソフィアやハルに向けて言った言葉で、もう半分は自分に言い聞かせた言葉だ。
リッチやミミックのことは頭から追い出し、扉に両手を置く。黒い金属でできた、冷たい扉だった。そして、重たい扉を開けた俺が見たのは――。巨大なミミックだった。
「……こいつがダンジョンボスか。」
「ダンジョンボスは闇属性の魔法が確定で使えるそうですわ。」
「それじゃ、こいつは闇属性のミミックってことだね。」
ミミックは宝箱に擬態していない状態でエンカウントしたので、ミミックの口内が見えたのだが、舌の下にダンジョンコアが姿を覗かせている。そしてボスミミックは見るからに堅そうな黒い金属でできている。つまり、コアはあのミミックの中に引き籠もって自分を守るつもりだろう。
――フリーヴァーツがそんな分析をしていると、ミミック一旦大きく口を開け、勢いよく口を閉じる。するとあたり一面は完全な暗闇に覆われた。ミミックは<闇属性魔法・暗闇>を発動したのであった。そしてソフィアの<探知>が敵影を捉える――。
「敵が来ましたわ!<猟銃>。」
「<火属性魔法>」
ソフィアはショットガンを顕現させ、俺は火属性魔法で周囲を照らした。
<暗闇>はただの火から発せられる光は消すことができる。それゆえに、本来はただの松明や火属性魔法ごときは暗闇の中に飲み込めるのだが、勇者のスキルツリーを持つ俺には<聖属性の加護>があり、魔法が聖属性を帯びるため、<闇属性魔法・暗闇>に対抗できるのだ。
「コアがバットを召喚したんだね。暗闇で私たちの視界を塞いでおいて、暗闇の中でも索敵ができる魔物で攻撃するつもりだったんだね。」
ハルの言う通りだろう。バットは超音波で索敵ができるから、暗闇の中でバットが冒険者にちょっかいをかけることができる。攻撃された冒険者は反撃を試みるだろうが、暗闇のなかでの反撃は味方に攻撃を当てる危険がある。フレンドリーファイアが起きたら、そこからは冒険者同士が疑心暗鬼になって同士討ちを始めるだろう。
「だが、見えてしまえばどうと言うことはない!ハル、エンチャントを。」
「わかってる。」
ハルは全員の攻撃力と防御力を上げて、俺は魔法でバットを焼いていく。だがバットも無抵抗でやられるわけではなかった。バットはスキル<超音波>により、俺の炎のエイムをブレさせ、戦闘を長引かせる。戦闘が長引くほど魔力は減っていくが、魔物はコアの魔力が続く限り無限にポップするので、長期戦は不利だ。
「くっ!しつこいッ!」
焦った俺はバットにイライラして意識が上に向いてしまう。その隙を巨大ミミックは逃さなかった。
「きゃあ!」
ミミックは高速で舌をハルに向かって伸ばし、ハルはそれを咄嗟に左腕で受ける。ミミックの舌がハルの左手首、ちょうどイノジェンの腕輪をはめているあたりに巻き付いていた。
思えば、勇者の炎であたりを照らせるとはいえ、ミミックのいるあたりは依然として暗い。そんなときにバットに対応するために炎を上に向けてしまったため、前がさらに視認し辛くなり、ミミックの攻撃が見えなくなってしまう。
これを見たソフィアがすぐにショットガンでミミックの舌を打つ。ミミックは舌を引っ込めたが、ハルは左手を押さえている。
「ハル、大丈夫ですの!?」
「ううん、ミミックの唾液に毒があったみたい。骨も折れてるかも。あと、腕輪をとられちゃった。」
「ポーションは私がしっかりと握っておきますから、蓋は自分で取るのですわ。」
そう言ってソフィアは銃での牽制を続けながら、自分の毒用ポーションを取り出す。毒用ポーションは受けた傷と毒を治療する効果がある。
ただの傷なら当たり所と傷の深さによってはポーションなしで耐えられるかもしれない。しかし、毒は受けたらすぐに回復しないと、後々深刻なダメージを受けるので、ポーションは必ず使わなければならない。だが、ポーションには限りがあるので、そう何度も毒持ちの攻撃を受けるわけにはいかない。だから、俺たちは毒持ちを優先して倒していたのだ。ところが、たった今、毒用ポーションを消費させられたので、毒持ちの攻撃を耐えられるのはパーティー全体であと2回ほどだろう。
とりあえず同じ攻撃を食らわないように、俺は炎をより広く展開することにした。
「短期決戦に持ち込むぞ!ソフィア、ハル、前進だ!」
俺は炎でバットを全滅させ走り出す。ミミックと俺たちの距離はぐんぐんと近付いていくが、ここでミミックが大きく息を吸い込んで、さらなる闇属性魔法を発動する。
<闇属性魔法・臭い吐息>
俺たち――特に鼻の良いハルは――鼻のもげそうな酷い臭いに堪らずよろめく。同時にダンジョンコアが大量のスケルトンとリッチを召喚する。臭いを感じない彼らは何不自由なくこちらに攻撃を仕掛けてくる。ついでに彼らは炎耐性があるので、俺との相性も悪い。
「おえっ、ソフィアはリッチを頼む。俺とハルはスケルトンを殲滅する。<剣術>。」
「んっ、了解ですわ。」
「げぇ、ま、任せて。」
前後からの挟撃も、足元の悪さもないことは救いだ。しかし、敵の遠距離攻撃の手数が多いのがきつい。エルダーリッチ戦のときとは別の辛さを感じる。
「<探知>が反応しましたわ。後ろから5名の人影が来ますの。」
「ここにきて敵の増援か。くそっ。」
俺は本気でどう撤退するかを考え始める。前の敵は手強いから、前の敵を倒すよりも先に後方の敵が俺たちの背に噛みつくだろう。ならば、後ろの増援が弱く、一瞬で突破できることに賭けて前の敵に無防備な背中を晒すか――?
しかし少し考えている間に、もう5人の気配がボス部屋の扉のところまで来てしまう。思ったより速い――ッ!後ろの敵は間違いなく強いぞ?これは万事休すか?
そんな俺の考えは杞憂に終わる。
「ふむ、なるほどね。状況は大体理解した。マーヴとベスちゃんはスケルトンを片付けて。私とデールでリッチを叩く。イーダちゃんはそっちの3人組も含めてみんなの回復をお願い。もちろん、練習中の<聖域>も発動させようとしてみるんだよ。」
後方から現れたのは魔物ではなく、5人の冒険者たちだった。黒髪ポニーテールの美人な女の人が他の仲間にテキパキと指示を出していく。
「分かりました。<聖域>――!」
――シーン……。
彼女の指示に従って、イーダと呼ばれた少女が何かのスキルを発動させようとしたが、不発に終わった。
「イーダちゃん、気にしないで!切り替えて行こう!」
「すいません……。魔物に<ヒール>をかけましょうか?」
「確かに<ヒール>が当たっている間は弱体化できるけど、消滅まではできない。あの程度の魔物なら普通に倒せるから、味方の回復に専念して!」
「了解しました。」
「じゃあ、いくよ。<聖属性魔法・ライト>」
レティシアが杖を振ると、<闇属性魔法・暗闇>を中和して、あたり一面が昼間のように明るくなる。そして彼女の魔法を皮切りにして5人は走り出す。ダンジョンコアも対抗してスネークを召喚し、スネークは全速力で新しく現れたパーティーに這い寄る。まずは足元を攻撃して突撃の勢いを殺して、足が止まったところにリッチの魔法が降ってくるのだろう。しかし黒髪ポニーテールの女性、レティシアは冷静に杖を振るう。
「<火属性魔法>。」
彼女の放った派手な炎は足元のスネークを飲み込んでいく。
「<土属性魔法>!」
そして炎の奥から石礫を飛ばすデール。石の弾丸はリッチとスケルトンを無差別に打ち抜いていく。
すごい。いや、思わず見とれてしまったが、このままではまずい。彼女たちは今、何も知らずに<闇属性魔法・臭い吐息>によってできた、強烈な臭いのするエリアに向かって全力ダッシュしているのだ。
「いけない!このあたりは……っ。」
しかし俺が言い終えるまえにレティシアは魔法を行使する。
「<風属性魔法>。」
レティシアが杖を振るうと風が吹き、俺たちの周囲に漂う臭い空気を掃い除けた。そして、レティシアとデールと神官の少女イーダは止まり、デールがレティシアとイーダを守るように立ち、リッチを見つめる。槍使いマーヴと二本の短剣をもったヤギの獣人のベスは走り抜け、スケルトンに突撃を敢行する。
「うおおお!スケルトンどもを殲滅するっすよ!」
とマーヴが叫びながら大立ち回りをする傍らで、ベスがマーヴの死角を狙う敵を一体ずつ確実に仕留めていく。
「俺たちも負けてられない。いくぞ!」
マーヴとベスの勢いに感化された俺たちはスケルトンを倒すペースを上げていく――。
しかしそうしている間にも、すごい勢いでリッチたちが倒されていく。リッチたちは魔法を放つが、リッチの攻撃タイミングと同時にレティシアが聖属性魔法の矢をリッチに浴びせ掛け、デールが石壁を作ってリッチたちの攻撃を防ぐ。
とても単純なコンビネーションだが、地の勇者として<聖属性の加護>を持つデールの石壁はリッチの攻撃ごときでは抜けず、またレティシアの魔法の威力も高い。リッチたちは一体、また一体と死んでいき、ヒーラーのイーダが出るまでもなかった。
「みなさんを回復しますね。<ヒール>。」
ミミック以外の敵を片付けた俺たちは、イーダに回復してもらって態勢を整えていた。ミミック以外の敵を片付けてからは、ミミックは固く口を閉ざしている。いかなダンジョンコアといえども、無制限に魔物を生み出せるわけではない。魔物を召喚するためには魔力が必要だし、強力な魔物を召喚するためにはより多くの魔力を使う。ダンジョンコアは魔物を召喚するための魔力を貯める時間を稼ぐつもりだろう。だが、そんなことを許す気は毛頭ない。
一番最初に口を開いたのはレティシアだった。
「炎の勇者君の魔法でミミックの体を構成してる金属を熱すれば、ミミック君も堪らず口を開けるんじゃない?」
「そうですね。ミミックの口が開いたらみんなの魔法を奴に食わせてやりましょう。」
「マーヴ君の<大砲>もついに出番がやってきたね。」
「うっす。使い勝手が悪すぎるスキルもたまには役に立つもんっすね。」
マーヴはスキル<大砲>を発動させて、大砲を作り出した。
「おお、すごいな。」
「えっへへ~。すごいでしょ。希少な銃系スキル持ちだよ。」
俺が<大砲>を褒めるとなぜかマーヴではなく、レティシアが自慢げだ。一方で当のマーヴは自分のスキルに悲観的だった。
「いや、全然すごくないっすよ。銃系のスキルは珍しいっすけど、大砲は向きを変えにくいっすから、蛇行されたり包囲されたりしたら終わりっす。だから、そっちのソフィアさんのスキルのほうが断然すごいっす。」
「いえいえ、私の銃は大砲ほどの威力はないでしょう。今みたいに大きな敵と戦う時にはマーヴ様のスキルのほうがお役にたちますわ。」
「そんな、小さくてすばしっこい相手と戦う時にはソフィアさんのスキルの方が強いっす。」
「はいはい、マーヴ君もソフィアちゃんもそこまで。コアが新しい魔物を生み出す前に、このクソでかミミックを倒しちゃうよ。」
レティシアが謙遜合戦になっていたマーヴとソフィアにボスの討伐を促した。
俺はミミックに手を当てる。
「では行きます。<火属性魔法>。」
俺の炎がミミックの体全体を包んでいく。心なしかミミックは苦しんでいるように見える。ここまでの長い戦いの中で俺は大部分の魔力を消費していたが、最後の力を振り絞って炎の温度を上げていく。するとミミックが口を開いた。
「いまだ!<風属性魔法>、<火属性魔法>」
レティシアが複数の魔法で攻め立てる。
「<土属性魔法>。」
デールは魔法で巨大な岩を作り出し、ミミックの口に飛ばす。飛んでいく速度は鈍重だが、質量と<聖属性の加護>により、威力は高い。
――ドオォッンッ!
マーヴも大砲を撃つ。
「グォオオオオ!」とミミックが断末魔の悲鳴を轟かせたところで、ミミックの舌が持ち上がった隙を見逃さなかったソフィアがライフルでダンジョンコアを砕いた。
――よし、これで魔物の追加はできない。コアも崩壊したから俺たちは外に強制脱出だ。
その気の緩みを突いて、ミミックが最後の抵抗をする。今度はソフィアが巨大ミミックの舌に巻き取られた。
「ぐぅ!」
ミミックの舌がソフィアの体を万力のように締め上げ、空高く連れ去っていく。だが、ソフィアを助けるべく走り出した影があった。ハルだ。
「お姉ちゃんをはなせぇ!」
ハルはソフィアが落としたショットガンを拾い、<敏捷力上昇>で自身の早さを強化し、ミミックの口元まで駆け上る。そしてミミックの口の中に近距離からショットガンを撃った。これがとどめの一撃となり、ミミックは死んだ。スキルで作られた銃も、作成者から離れて5秒後に消えるという制約によって消えていく。落下してきたソフィアはレティシアの<風属性魔法>によって受け止められ、イーダの<キュア>を施される。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
ハルはミミックから飛び降り、一目散にソフィアのもとへ駆けつける。本来、敵から視線を外すなど危険極まりない行為だったが、ミミックは沈黙したままであった。
「……終わったのか?」
俺が口に出した直後、眩い光につつまれ、気が付けば俺たちは夜の荒野にいた。ヤーキモーのダンジョンはまるで最初からなかったかのように消えていた。
「おめでとう、ダンジョン攻略完了だよ。」
レティシアが告げた。
<聖属性魔法>は他作品における光属性魔法と同じようなものと考えていただいて構いません。一応、<聖属性魔法>に攻撃魔法は無いという違いはあるかも……?
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