第四話
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私ソフィアは恋人のフリーヴァーツ様と妹のハルの3人で第二階層に続く階段を下り終えましたわ。
第一階層と同じく仄暗くはありますが、視界は確保できる明るさですわね。違いと言えば、第一階層は迷路になっていて通路が狭かったですのに、第二階層は横幅が広めの通路が広がっていることでしょうか。壁には木の根がはっていますし、天井にはまるで老朽化で朽ちたかのような穴が所々に開いていて、地面には天井から落ちてきた瓦礫が散乱していますわね。フリーヴァーツ様も注意を促しますわ。
「足元に気をつけろよ。」
「は~い!」
「邪魔なものは排除いたしますわ。」
「はは。さすがに避けながら行ったほうが早いんじゃないか?」
「気にしないで、お姉ちゃんは脳筋だから。」
「もうっ、ハル!それにフリーヴァーツ様も、今のは冗談ですわ。」
和やかな雰囲気になったところで、フリーヴァーツ様は号令なさいますわ。
「さて、おしゃべりはこれ位にして先へ進もう。階段を下りて右側は行き止まりになっているし、左側に進むしかないな。まずは50mほど離れたところに見える、あの部屋を目指すことにしよう。」
――そうして彼らは壁を背にして歩き始めた。そして15mぐらい歩いたところで後方から奇襲を食ったのだった。
「後ろ!」
耳の良いハルがいち早く奇襲に気付き、私たちが振り返ると、天井の穴の中から蝙蝠の魔物、バットが出てくるところでしたわ。
「ぐっ、天井の上から魔物の反応がしていたので、上の階の魔物だと思っていましたわ。」
「ソフィア、反省会は後だ。バットを討伐するぞ!」
「フリーヴァーツ様、他の穴からも多数のバットが出てまいりますわ。」
「ならば、三人で背中合わせを作りながら戦うぞ。」
――しかしここで希望を打ち砕くように、目的地にしていた部屋から敵の増援が姿を現す。
「スケルトン、いや、魔法が使えるリッチのほうか。しかも上位種のエルダーリッチだな。くそっ、こういう時にタンクがいればなぁ。」
フリーヴァーツ様も思わず悪態を吐きますの。敵はバットで上に注意を引き付けて、地上からエルダーリッチの魔法で攻撃するつもりですわ。エルダーリッチとの距離が離れていることによる魔法の当てにくさも、足元の瓦礫とバットのスキル<超音波>で私たちの回避を難しくしてカバーするつもりですわね。
「私が銃でエルダーリッチを牽制しますから、その間にフリーヴァーツ様とハルでバットを片付けてくださいますか!」
「すぐに片付ける。」
「<攻撃力上昇>、<防御力上昇>――ッ!」
さて、後ろは味方に任せて私は前のリッチですわね――。
ところで私はフリーヴァーツ様に振り向いてもらうために、ずっと筋トレをして体型維持に努めてきましたの。ああ、大胸筋が大きくなったおかげでバストアップしたはいいものの、腕が太くなってしまったのはいい思い出ですわね……。
いや、そんなことより、今重要なのは筋トレで鍛えた腕力のおかげで、私がショットガンやライフルを二丁持ちできるということですわ。バットのスキル<超音波>のせいでエイムは悪くなっていますが、そこは二丁持ちの手数でカバーいたしましょう。
それにハルは知らないけれど、実はトゥーソン家は裏で暗殺稼業をして成り上がった貴族ですのよ。今こそ暗殺貴族の跡取り娘としてのエイム力を発揮する時――!
「愛する人は守り抜いて見せますわ!」
――ソフィアは右手にショットガン、左手にライフル銃に持ち、矢継ぎ早にリッチに向かって射撃を繰り返す。対するエルダーリッチも<闇属性魔法>で邪盾をつくって銃を防ごうとするが、ソフィアは散弾銃の弾の拡散とライフルの貫通力で翻弄する。
しかし、最初は銃に面食らっていたエルダーリッチも、時間が経つにつれて対応してきた。銃のリロードは手動で行うと時間がかかるので、弾切れしたら、その銃は捨てて<猟銃>で装弾済の銃を新しく作るというのをソフィアは意識してやっている。だが、エルダーリッチは銃を取り換えるわずかな隙を逃さずに闇の矢を撃ち始めたのだ。しかも致命傷になる頭だったり、銃を持つ腕だったり、後ろの味方だったりと嫌らしいところばかり狙ってくる。ソフィアはそれらを銃で対応しつつ、エルダーリッチへの牽制を続けなければならず、じわじわと追い詰められていく。
「くぅっ。」
ついに対応しきれずに、闇の矢が私の左肩に刺さりましたわ。これで、牽制力が大幅に落ちましたわね……。ですが心配はいりませんわ。
「すまん、遅くなった。」
「こっちは終わったよ、お姉ちゃん。」
後ろの仲間が私の戦いに参加してくださいますから。フリーヴァーツ様は<剣術>を発動させ、すぐさま走り出します。
「うおおぉぉぉ!」
しかし、牽制がなくなったエルダーリッチは強力な魔法を行使しようとします。フリーヴァーツ様でもあれをまともに食らったら無傷では済まないでしょう。
――ッ!左肩が痛い。けれど私は愛する彼のために力を振り絞りますわ。
「<猟銃>。」
右手で必死にライフル銃を握りしめますわ。額の汗がうっとうしいですわね。左手は使えませんので、右手一本で銃を支えて、狙いを定めますわ。
「当たれっ……」
――彼女の鍛え上げられた大胸筋と腕の筋肉はライフル銃の弾丸の軌道を見事に安定させた。彼女の必死の弾丸はリッチの右肩に吸い込まれていく。同時にエルダーリッチの使おうとしていた魔法も解除され、もはやフリーヴァーツを止められるものは何も無かった。フリーヴァーツは炎を刀身に纏わせてエルダーリッチを左肩から袈裟斬りにすると、エルダーリッチは燃えながら朽ちていくのだった――。
「ソフィア、大丈夫か!?」
フリーヴァーツ様が心配そうに駆け寄ってきますわ。
「お姉ちゃん、その肩じゃポーションの蓋が開けづらいでしょ?」
ハルはそう言って自分のポーションの蓋を開けて私に差し出しますの。
「はい、どーぞ。」
「ありがとう、ハル。」
「すまん、俺がもっと早くバットを殲滅できていれば、ソフィアが怪我をしなくてすんだのに。」
「フリーヴァーツ様、この程度の傷ならポーションを飲めば治りますわ。それよりも、フリーヴァーツ様の方こそ怪我はありませんか?もし、フリーヴァーツ様に怪我があったら、私――ッ!」
「俺のことはいい!もっと慎重になるべきだった。せめてタンク役を確保してからダンジョンに挑むことにしていれば、こんなことにはならなかったはずだ――ッ!」
「はいはい、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、そこまでだよ。『たら』・『れば』は考えても仕方ないよ。お兄ちゃんに大きな怪我はないし、お姉ちゃんもポーションで全回復だよ。」
「………。そうだな。しかし、今後はもっと強い敵と戦うことになるだろう。その時を見据えてこのダンジョンの攻略が終わったら、タンク役を真面目に探そうと思う。」
「分かったよ。それでお兄ちゃんの気が済むならどうぞ。」
フリーヴァーツ様は私が怪我をしたことに相当ショックを受けているご様子ですわ。私は彼女だから、とても大事に思ってくれていますのね。嬉しい。私は照れ隠しで言いますの。
「さ!エルダーリッチが出てきた部屋に行ってみましょう。」
「ソフィアは気丈だな。」
バットが潜んでいる穴をフリーヴァーツ様の炎で焼きながら、エルダーリッチが出てきた部屋に入ると、そこは宝物庫になっていましたわ。
「うっわー!きれーい!」
「ハル、はしゃぎすぎですよ。」
「だって、お姉ちゃん、これだけあれば一財産になるよ!」
「ですが、お金に目がくらんで、今、荷物を重くすれば、この後の戦闘に影響がでますわ。」
「う~ん。じゃあさ、ダンジョンを攻略した後で取りに来るのはどう?それならいいでしょ!」
「いいえ、このお宝は後続の冒険者が持っていくこともありますし、なによりダンジョンコアを破壊すると、動物に触れていないダンジョン内部のオブジェクトは消滅しますから、あとで取りに来るのは無理があります。」
「じゃあ、ダンジョンコアを破壊せずにこのお宝を持ち帰ってからダンジョンコアを破壊するのはどう?」
「ハルったら、そんなにこの財宝が気に入ったんですの?ダンジョンコアはモンスタースポナーですから、コアを破壊しないまま帰ると、再び来た時には強敵が復活したり、敵の数が増えていたりすることがありますの。したがって、ダンジョン攻略は一気に進めることがセオリーですわ。」
「結局、このお宝を全部持って帰るのは無理なんだね。残念だな。」
ハルは明らかに、しょんぼりとしましたわ。妹は私よりも幼いにも関わらず、事実上貴族らしい生活を放棄せざるを得なかったから、お金に拘っているのかもしれませんわ。
「ハル、あなたには愛し合える人を作ってほしいですわ。お互いのためにね。」
私はハルを抱きしめますわ。
「お姉ちゃん……?」
「愛する人が出来れば、その人さえいれば後は何もいらないと思えますよ。」
「ハル。ソフィアの意見ももっともだが、ダンジョンの財宝を獲得して一攫千金するのもまた、冒険者の醍醐味だ。無理せず持てる分だけなら持って行ってもいい。戦闘時には荷物を捨てることもあるしな。」
「うん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう……。さ!暗いの終わり!そこの宝箱の中身は何かな~?」
努めて明るく振る舞いながら、ハルは宝物庫の中にあった宝箱に駆け寄りますわ。しかし、その宝箱は独りでに口を開いて――。ミミックでしたわ。
「く!」
間一髪、ハルは後ろに飛び退いて噛みつき攻撃を躱しましたわ。そしてミミックが追撃で口を開いた時、お返しとばかりにフリーヴァーツ様がミミックの口に剣を刺し込みますわ。その一撃でミミックは絶命しましたわ。
「……。なるほどな。第一階層で最初に宝箱でおいしい思いをさせておいて警戒を解き、宝箱に警戒心が薄くなったところをミミックがガブリか。」
「……。ええ。なんとも狡猾な罠ですわ。」
「……。お兄ちゃん、ありがとうね。」
これは私が<探知>でミミックを見破れなかったせいであり、ハルが無警戒に宝箱に近づいたせいであり、全員が油断していたせいですわ。ですが、だれかがそれを言うと、責任の押し付け合いならぬ、責任の引き取り合いになるので誰も言わない雰囲気になっていますわ。
今回のところは私の<探知>に引っかからない敵がいることを学んだと思っておきましょう。おそらく私の<隠密>のようなスキルをミミックもお持ちなのですわね。
その後は壁に生えた木の根に紛れ込んだ蛇の魔物、スネークがおりましたが、これは私の<探知>で発見できたので簡単に討伐できましたわね。それから、これ見よがしに通路の真ん中に宝箱を置いておいて、上からバットをけしかけ、宝箱とバットに注意を向けさせた上で、地面の感圧板を踏むと壁から矢が飛んでくるという三重トラップになっている場所もあって、ここは苦労しましたけれど、何とかクリアしましたわ。
そうして私たちはついにダンジョンの深奥、ボス部屋の前に辿り着いたのですわ。
財宝云々の話が複雑化していますが、結局、「ダンジョンの財宝は少しだけなら持ち帰れるよ。」くらいに考えていただければ幸いです。
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