第三十九話
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二日後、フリーヴァーツはハルとレティシアパーティーを引き連れて、グローブ町の前まで来た。
「ここを取り戻せば……。」
彼の眼には隈が出来ている。それもそのはず、彼は<ファイアーボンド>の呪いとソフィアに裏切られたトラウマで、眠るときすら皆のことを信じることができず、夜はみんなを寝かしつけ、夜通し寝ずの番をしてきたのだ。
そんな彼にも魔物たちは一斉に襲い掛かってくる。チュパカブラ、スケルトン、リッチ、ウルフ、ウェアウルフ、バット、オウル、ラミア。相変わらず多種多様で数が多い。
「<ファイアーボンド>。」
フリーヴァーツはそんな魔物たちの絆を引き裂いた。人間の軍隊でも隣の仲間が信じられなくなったら、同士討ちから壊滅一直線だ。夜襲を受けて疑心暗鬼になった軍隊を想像してもらえばいいだろう。魔物たちもそのような状態に陥ったわけで――。
――ぼかっ!
一体のチュパカブラが隣のチュパカブラを殴った。殴られたチュパカブラは怒って殴り返す――。こうなるともう止まらない。混乱と同士討ちの波は急速に広がっていった。
「みんな、魔法を撃って。」
そしてフリーヴァーツは無慈悲にも操った仲間たちに大混乱に陥っている敵に追い打ちをかけるように指示。
――ドゴオォンッ!ぼかっ、どかっ、ぶしゃっ、!ドドドッ!
まさしく地獄絵図であった。ブラッディコート事件のときは物量に押されたが、今回はエクストラスキルの力で押し負けずに進むことができた。一部、町の障害物の多さや道の複雑さを活かして待ち伏せをしている魔物もいたが、フリーヴァーツのエクストラスキルの練度もみんなを操ることで急激に上がってきたので、敵の心を探知して奇襲を躱すことは容易だった。
フリーヴァーツは自分が受けた、信頼していた仲間に裏切られるという地獄を周りに振りまきながら、崩壊してしまった故郷を歩き続ける――。
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(ソフィア視点)
「ここはどこですの……?」
ボロボロになったソフィアが呟く。フリーヴァーツにルイの殺害現場を見られ、無我夢中でとにかく逃げていたら、どこかの森の中に迷い込んでしまった。
このままでは最悪の場合、遭難、物資枯渇、からの死が待ち受けているだろう。早いところ町なり村なりを探し出して、食料と水を分けてもらわなければならないのだが……。
「この嫌な感じはダンジョンですか……。」
ソフィアが上を見上げると、木々の隙間からどこか見覚えのある城型のダンジョンが見えた。
(ふぅ……。ダンジョンの近くには魔物が出ますから、村人はこのあたりに近寄る可能性は低いですわね。あるとすれば、冒険者がダンジョン攻略に訪れるくらいでしょうが、彼らが他人に飲食物を分け与える余裕があるかどうかは運次第ですわ……。)
「ですが、都合がいいとも取れますわね……。」
彼女は自嘲気味に続ける。なにせ、自分のすべてだったフリーヴァーツから拒絶されてしまったのだ。自棄になっても、一人になりたい気分になってもいいだろう。その点、こんな森の中ならば自分以外に人もいないだろうし、好都合だ。誰もいないのをいいことに、適当な木陰にだらしなく座り込む。
「はぁ~……。私、これからどうすれば……。」
吐いた息の代わりに諦念が湧き上がってくる。滲んだ涙を飲み込むように、息を吸った。すっきりとして美味しい空気だった。
「そうですわ――。私は何を迷っていたんですの?もとから私はフリーヴァーツ様のことを誰よりも早くから、誰よりも本気で愛して、誰にも盗られないようにしてきたではありませんの。たとえ私の愛が行き過ぎたものであっても、それは本気であることの裏返しなんですから――。」
言葉にならない思いを飲み込む。だが、もうこのまま突き進むしかない。どうせ、二人の愛を守るために邪魔者を始末するところは見られたのだ。この際、開き直って、なりふり構わずフリーヴァーツ様を愛する、本来の自分を貫き通した方がいいだろう。
たとえ、彼が私のやり方や、私を拒絶したとしても、こちらには<クイーン>がある。彼と一つになれば、その瞬間に彼の考え方を改めることができるかもしれないし、すぐに考えを変えさせることができなくても、身体と魂が一つになれば一緒に居られる時間はいくらでもある。ゆっくりと、じっくりと、時間をかけて、彼が分かってくれるまで説得すればいい――。
「そうだ、これが私の愛だ……ッ!」
彼女は<探知>を開始した。
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(フリーヴァーツ視点)
町の中央部、倒壊したヤギの石像の横を通り抜け、霧の立ち込める森の中に入ってもそれは変わらず、ついに一行は森の中に聳え立つ諸悪の根源、吸血鬼城に辿り着いた。
「ここか……。」
フリーヴァーツは十字架みたいに重たい観音開きの扉を開ける。
――ギィイイイイイ……。
悲しい音を響かせて開けた扉の中には、なぜか外と同じく霧が立ち込めていた。フリーヴァーツは何も言わずに、一寸先も見えない室内を歩む。すると、一行が広間の中央まで来たところで、角の生えた鎧が降ってきた。
「ヒャッハー!!!」
「うおっ――!」
「よくも私の下ぼk……、魔物たちを虐殺してくれたね!」
ダンジョンの本丸に踏み込んだ瞬間にダンジョンボスとの戦闘が開始される。
フリーヴァーツはここに来るまでに魔物たちを同士討ちさせて突破してきたのだ。ダンジョン側からしてみれば、物量押しは徒に魔物たちを死なせるだけだ。それならば、吸血鬼城内にいた魔物は外に出して、他の冒険者たちがフリーヴァーツたちとダンジョンボスとの戦いに干渉できないようにし、ダンジョンボスが一人で戦った方がいいだろう。ダンジョンボスは他の魔物よりも強いので、<ファイアーボンド>にレジストできる可能性があるし、なにより彼女には<不死>のスキルがあるのだ。負けるわけがない。そういう思惑で、角の生えたダンジョンボスはいきなり単騎でフリーヴァーツたちに攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……!<火属性魔法>!」
「<不死>!」
真祖吸血鬼の霧化は吸血鬼にとっての弱点である炎をもすり抜け、代わりにボスの片手剣がフリーヴァーツを襲う。
「<剣術>!」
バックステップを踏みながら、辛うじて受け太刀をする。続けざまにエクストラスキルを使おうとするが……。
「うっ……!」
もともと寝不足だったのに加えて、長時間仲間たちをエクストラスキルで支配し、城外でも大量の魔物を操ったのだ。単純に魔力の限界が来ていた。レティシアたちにかけていた<ファイアーボンド>も効果が途切れる。
「――ッ!イーダ、<聖域>!」
突然の自分の意識を取り戻したレティシアだったが、彼女は的確に仲間に指示を飛ばす。記憶は残っていたとはいえ、そんなことができる人間はどう考えても稀だろう。
「いかに強力なスキルだろうが、スキルである以上は魔力を消費する!ヤツが魔力切れになるまで粘れッ!」
デールも大声で掛け声をかけて、仲間の士気を保とうとする。実際、<不死>とかいう理不尽なスキルに対して魔力切れという希望が見えたことで、マーヴとイーダの顔から少し強張りが取れる。
「押ッス!<大砲>!」
「小癪な!」
<聖域>が展開されている中、マーヴの大砲がダンジョンボスを襲うが、依然として<不死>による霧化からの攻撃回避、カウンターは健在だった。マーヴにダンジョンボスの凶刃が迫る。
「させっかよ!<鉄拳>、<土属性魔法>!!」
しかし、デールがマーヴの前に割り込んでカバーすると同時に、カウンターを繰り出す。ボスは霧化で躱す。そして実体化した瞬間にデールの後ろからマーヴが槍を突き出し、<不死>を使わせ続ける。さらに、ボスの攻撃はイーダの<聖盾>で受け、その隙にデールがパンチを繰り出し、レティシアが<火属性魔法>で追い打ちをかける。
(……やっぱ、すごいな――。)
スタンから回復したフリーヴァーツはレティシアパーティーの連携力の高さに純粋に感心していた。だが、人間不信は簡単には拭えない。フリーヴァーツは黒い片手剣の先端をレティシアパーティーの方へ向ける。回復した力を再びレティシアパーティーのみんなを支配するために使おうというのだ。
――だからこそ、<ファイアーボンド>の能力で気付くことができた。
(――後ろにソフィアが来てるッ!!)
バッ!とフリーヴァーツは振り向き、<隠密>を使って忍び足で近づいていたソフィアは驚く。
「――ッ?!」
レティシアパーティーがダンジョンボスに拘束されている今、ハルさえ排除してしまえば邪魔者はいなくなる。したがってソフィアはまず、フリーヴァーツから貰ったコンバットナイフを使ってハルを無音で殺し、続いてフリーヴァーツを拉致すればよかった。しかし、フリーヴァーツに勘付かれた以上はそれが出来なくなる――。
彼女は咄嗟に<猟銃>にてライフルを生成し、ハルを狙った。
「お前はッ!お前だけはァッ――!!!」
しかし、ソフィアが銃を撃つよりフリーヴァーツの斬りこみのほうが速かった。
「きゃっ!」
ソフィアは思いっきり押し飛ばされる。
「ルイを――ッ!みんなを返せぇえええ!!!」
フリーヴァーツが地面に倒れるソフィアに容赦なく追撃の太刀を振り下ろす様からは、最早かつて、あれほど仲間を大切にしていたことが想像できなかった。
片手剣の炎は彼の怒りの大きさを示し、また彼の怒りが留まるところを知らない様を体現するかのように、片手剣が地面を叩いた直後に周りに広まっていく。それをソフィアは床をゴロゴロと転がることで何とか回避した。
「<フィデーリ>。」
そして無感情にハルから放たれる黒い雷。
「くっ……!」
ソフィアはエクストラスキルの呪いで加減が出来なくなった膂力をいいことに、腕の力だけで思いっきり自分の体を押し飛ばし、雷を回避する。ついでに空中で体勢を整え、足から着地。しゃがむ姿勢で衝撃を逃がし、すぐに立ち上がる。しかし、対応が速いのはソフィアだけではなかった。
「うおおおおおっ!」
ソフィアが視線を上げると、目の前にフリーヴァーツが剣を振り上げて迫ってきていた。
「<クイーン>!」
対するソフィアは融合能力を応用してフリーヴァーツとの距離を殺す。これで、フリーヴァーツはいきなり敵に懐に潜り込まれた形になり、動揺と対応を強制される。ハルもハルで、フリーヴァーツを巻き込む可能性のある<フィデーリ>は使えない。
「<攻撃力上昇>、<敏捷力上昇>、<防御力上昇>。」
ハルは取り敢えずフリーヴァーツにバフを全掛けした。
フリーヴァーツの方は武器の長さに対して敵の距離が近すぎて、戦いづらい。小回りの利くソフィアのナイフに傷を負わされる。ナイフにはコーネリアスの秘薬が塗ってあるので、本当なら毒の影響を受けるところだが、ハルに掛けてもらった<防御力上昇>のおかげで短剣が深く刺さらず、毒の注入量が少なかったことと、勇者のパッシブスキル<聖属性の加護>のおかげで状態異常に耐性があったことに救われる。
しかし、このまま毒を受け続けるのは不味い。しかも、フリーヴァーツは魔力がほとんど残っていない。先ほどは怒りで一時的に魔力を振り絞れたが、もうそろそろ本格的に魔力が尽き、魔力に余裕のあるソフィアに押し切られるのは明白だ。
そういうわけで、ハルは両手に大太刀と小太刀を握りしめ、近接戦闘に参加しようとする。
「<猟銃>!」
――バァンッ!
しかし、待っていましたとばかりに、ソフィアはショットガンを生成。フリーヴァーツの股下から銃を撃ち、床に当てた跳弾でハルを襲う。
「ンッ!」
ハルは弾丸が当たった衝撃で一瞬だけ硬直したが、彼女は呪いで痛みも恐怖も感じないので、気にせずにフリーヴァーツとソフィアに近づく。
フリーヴァーツもなけなしの魔力を振り絞る。
「このっ……!いい加減離れろッ!!!」
片手剣を振り抜くと同時に炎がソフィアの方へ飛んでくる。ソフィアは一旦バックステップをして距離を取る。その隙にフリーヴァーツとハルが合流して仕切り直しだ。
――始まりのダンジョンの中、幼いころから共に過ごしてきた仲間どうしで睨み合った。
区切りの関係上、次回は短めになります。
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