第三十八話
***
(フリーヴァーツ視点)
男部屋の扉を急いで閉める。ソフィアに不信感を抱いたまま接するのが申し訳なさ過ぎて、逃げてきてしまった。フリーヴァーツは扉に背中を預けて、顔を手で覆う。
「俺は何をやっているんだ……。ソフィアを信じることができないなんて、そんなことあるわけないだろ。」
フリーヴァーツの脳裏には呪いの影響で、嫌なこじつけが浮かんでくる。
(ベスさんが行方不明になった夜に、ソフィアが嬉しそうにしていた?)
「それは、そこそこ昔の記憶だから細部までは覚えていないし、あの時はベスさんを探すので必死だったから、ソフィアの顔まではよく見ていない。もし俺の中にベスさんが死んで喜ぶソフィアの記憶があったとしても、それはエクストラスキルの捏造だろう。よし、問題無し。」
(シスター・ユリフィリーはソフィアの料理を食べ始めてから容体が悪化した?)
「そもそもユリフィリーさんはご高齢でもう長くはないという話だったじゃないか。ソフィアは関係ない。むしろ、ソフィアは手を尽くしてくれていた――ッ!」
(ホレイショーの宿屋で俺の服を盗んだ犯人はソフィア?)
「俺たちの部屋だけ鍵が開いていたみたいだし、金目の物は盗まれなかったのに俺の服だけが消えていたのも不自然だ。確かにソフィアなら俺たちがどの部屋に泊まっているか知っていただろうし、彼女の器用さをもってすればピッキングもできそうだ。だがその可能性よりも、単純に俺が部屋の鍵を掛け忘れて、なおかつ服も紛失した可能性のほうが高いだろう。よし、問題無し。」
フリーヴァーツは自分に言い聞かせるように言った。まだまだ性質の悪い妄想は浮かんではくるが、だいぶ落ち着いてきた。彼は顔を覆っていた両手を外す。
「ふぅー、声に出すと落ち着いてきた。そうだよ、ソフィアはそんな人間じゃないはずだ。思い出せ、今までの冒険で何度ソフィアに助けられてきた?ソフィアはタンク役のルイがいなかった時代からついてきてくれて、初めて潜ったヤーキモーのダンジョンではエルダーリッチを引き付けてくれたし、ホレイショーのダンジョンを攻略する時も、そこかしこに潜んでいるオーガたちの居場所を見抜いてくれた。瘴雪のドラゴンと戦った時には、オーガロードが乱入してきて、その時にソフィアが機転を利かせて<クイーン>で俺のことを引っ張ってくれなければ今頃俺は死んでいただろう――。」
(うん、完璧に心を建て直せた気がする。)
「よし!俺はエクストラスキルの呪いなんかには負けない!ソフィアを信じて見せるぞ!!」
フリーヴァーツがそう意気込んだ時、窓の外から銃声が聞こえてきた――。
***
食後、ソフィアはルイに連れられて屋外に出てきていた。
「いい場所でしょう?窓から見ていて、綺麗だと思っていたんですよ。」
ルイは氷像アートの前に立って言った。
「これは……、ヤギの乳搾りをしている女性の像ですの?そこまで大きなものではなく、氷像もこの一つしかありませんが、とても精巧に作り込まれていますわね。」
ソフィアの言う通り、そこには十七歳くらいの少女が大きな杯にヤギのミルクを絞り出している氷像があった。氷像の少女が頭につけているバラの花飾りやヤギの体毛の作り込みは相当苦労したであろうことは容易に想像できる。
二人はしばらく氷像を鑑賞した後、ルイが話を切り出すために大きく深呼吸して、夜闇の中に白い息の塊を吐き出した。
「ふぅー……。ソフィアさん、私、今からこの場所でフリーヴァーツさんに告白しようと思うんです。」
「えっ?」
ソフィアの心が凍り付く。
「……な、なにを告白するおつもりですの?」
(どうか違っていてくれっ……。)
そんな彼女の心からの願いは容易く打ち砕かれる。
「ですから、愛の告白です。私は同性愛者なんですよ。」
ルイは顔を赤らめつつも、真っ直ぐにソフィアを見つめて宣言した。
「――ッ!」
(この男、フリーヴァーツ様の彼女の前で堂々と略奪宣言か――ッ!?)
ソフィアは絶句して黙ったままなので、ルイはさらに言葉を続ける。
「フリーヴァーツさんが男に興味があるかどうかは分かりませんが、やるだけやってみようと思うんです。一度しかない人生、しかもいつ死ぬかも分からない冒険者稼業に携わっているので、なおさら後悔が残らないように……。ソフィアさんはフリーヴァーツさんのことが好きそうでしたから、先に伝えておきたかったんです……。では、失礼します。」
ソフィアのどこか吹っ切れた顔を確認したルイは彼女に一礼した後、氷像の前を通って帰ろうとする。
(これで抜け駆けとか言われて、人間関係がゴタゴタすることはないだろう。後は当たって砕けるだけだ。この恋が叶うことはなくとも、思いだけは伝えて見せる――ッ!)
――パンッ!
「え……?」
ルイが背中を強く押される衝撃を感じた後、視線を下に向けると、自分の胸が赤く染まっていた。それから、遅れて痛みがやってくる。ルイは堪らず傍の氷像に寄り掛かった。
「コホッ……。」
ルイは氷像の杯の中に吐血する。杯の中に見えるこのキラキラしたものは砕けた氷の破片だろうか?ルイは現実逃避で関係の無いことを考えてしまう。
「どうしてっ……?」
「私……、ずっと迷っていたのですわ。」
ソフィアは静かに口を開く。
「そう、私のエクストラスキルの呪いでフリーヴァーツ様のお手をっ……、あっ、あんなことにしてしまってから、私の行動はやりすぎだったのではないかと迷っていたんですの。ですが、ルイ様がフリーヴァーツ様に告白すると教えて下さったおかげで、はっきりしましたわ。私、やっぱり誰にもフリーヴァーツ様を奪われたくない――ッ!フリーヴァーツ様には私だけを見ていて欲しい――ッ!邪魔する奴はっ、死んでしまえ――ッ!」
――パアァッンッ!
すでに急所を撃たれていたルイは<聖盾>を使う余力も無かった。辛うじて右腕で顔を守るが、ショットガンは無慈悲にルイの顔面を襲った。
利き手につけた赤とピンクのミサンガが落ちて行く。氷像もショットガンの巻き添えを食らったのか、少女の首が杯の中に落ちて行く。そしてルイの命もまた落ちて行った。
「どうしたッ!何があったッ!?」
直後にフリーヴァーツが駆けつけて来た。ソフィアの中に動揺が走る。
(そうか、フリーヴァーツ様がお休みになられているお部屋とここは近い……ッ!窓を乗り越えればすぐに駆けつけられるッ!)
「フリーヴァーツ様、これはそのっ……。」
「……お前が……ッ、お前がやったのかソフィアッ!!!」
「いや、違うのです、フリーヴァーツ様!この者はフリーヴァーツ様と私が交際しているというのに、フリーヴァーツ様に告白しようとしたのですわ!」
「ちょっと待て。だからといって、なぜルイを殺す必要があった?それに、俺はお前の恋人になった記憶はないぞ!」
「――?!」
ソフィアはその瞬間、死にそうになった。
「な、なにを……。」
(何をおっしゃっているんですの、フリーヴァーツ様ッ――?だ、だって、フリーヴァーツ様は私のすべてで、私はフリーヴァーツ様のすべてで、それこそがお互いの存在意義で……。)
ソフィアは自分の信じていたものすべてが足元から崩れ去って行く感覚に襲われた。実際に、フラッとよろめきもした。
「おーい、どうしたのーッ!?」
そうこうしているうちに、レティシアパーティーやハルも集まってきた。ソフィアはチカチカする目で近づいてくる彼らを見て、それからフリーヴァーツの方に視線を戻す。すると、フリーヴァーツは右手に炎の魔力を溜めていた。
「俺は……ッ!俺はこの不信感がエクストラスキルの呪いのせいだと思っていたのに!許せない――ッ!」
完全に殺す気だった。ソフィアはとにかく逃げることにした。
「<隠密>……ッ。」
――ボッ!!!
直後、ソフィアがいたあたりをフリーヴァーツの炎が襲った。しかし、炎は地上に積もった雪を溶かしただけだった。
「逃げたか……。」
もはや、そこにソフィアを仲間と想うフリーヴァーツはいなかった。顔は険しく歪んでいる。
「そんな……。お姉ちゃん……。」
ハルのショックも大きかった。エクストラスキルの呪いで感情と刺激を失っていっても、大好きな姉のことだけは忘れなかった。むしろ、失くしていったものが多かったからこそ、姉の存在こそがハルの心の支えになっていた。彼女が何も言わなかったのは決して<フィデーリ>による呪いのせいだけではないのだ。
「……ッ。とりあえず、ルイを治療するよ!イーダも手伝って!!」
こんなときであっても、レティシアは冷静に自分のやるべきことをするが、ルイはもはや手遅れだった。
まだ夜は始まったばかりだ――。
***
翌朝は止んだはずの雪が降っていた。昏い朝だった。レティシアは緊急会議を開く。レティシアパーティーも、フリーヴァーツパーティーも、ホワイトコーツもいる。まあ、ホワイトコーツにはもう仲間がいないが。
「昨日は大変だったね。それで、これからどうしようか?」
嫌な緊張感の中、レティシアは第一声を発した。
「このままグローブ町に向かいましょう。」
フリーヴァーツは壊れた機械のように答えた。
「いいの?」
「はい。俺の目的は変わりません。グローブ町を取り戻すことが俺の冒険の理由です。」
いいや、実際は違う。フリーヴァーツがグローブ町を奪還しようとしたのはソフィアの笑顔の為だったのだから、今のフリーヴァーツは目的と手段の倒置が起きている。それに、冒険を始めた時は俺たちの目的だったはずなのに、俺の目的になっている。
「う~ん……。」
レティシアは悩む。
(エクストラスキルの力やそれを強化できる武器を所持していることを考慮に入れれば、今の状態でもダンジョン攻略は無理とは言い切れない。それに、ダンジョンもあまり放置しすぎると、より多くの魔物を召喚したり、防壁を強固にしたりしてしまう。だけど、エクストラスキルの使い過ぎは呪いがなぁ……。)
レティシアが悩んでいると、フリーヴァーツが無感情な顔と声で催促してきた。
「ね?いいでしょ?」
「うん、そうだね……。」
レティシアは次の瞬間には頷いていた。もちろん、フリーヴァーツが<ファイアーボンド>でレティシアの心を操った結果だ。フリーヴァーツは他の全員にもエクストラスキルを使う。
「おう、やってやろうじゃねぇか……。」「そうっすよ……。俺たちならできるっす……。」「はい、力を合わせて頑張りましょう……。」「…………。」
歪な一体感が場を支配する。フリーヴァーツのエクストラスキルを強化する片手剣、ポステュマス・リオナータスの効果は予想以上に大きく、勇者が持つ聖属性の加護すら貫通してデールの精神を操った。
「フリーヴァーツ、貴様……。」
唯一、ガレンだけはフリーヴァーツに鬼の形相を向けることができたが、フリーヴァーツはそんな彼女を冷たく見つめ返す。
「あのソフィアでさえ、俺を裏切っていたんです。もう誰も信じることはできませんよ。まして、<ファイアーボンド>に抵抗できるようなあなたは特に。いざという時に裏切られたくないですし、あなたはグローブ町に連れて行かずに、ここに居残りしておいてもらうことにしましょうか。」
フリーヴァーツはガレンに対して<ファイアーボンド>の出力を強めた。
かくして、フリーヴァーツたちは彼の故郷、グローブ町に向かうこととなったのであった――。
第一話から続いてきたフリーヴァーツとソフィアのすれ違いがようやく解消された。その結果として彼らはもう仲良くは出来なくなってしまった。
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