第三十七話
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あの後、ソフィアの<探知>で索敵したところ、ダンジョンコアを守る魔物はほとんどいないことが分かったので、ダンジョンコアを破壊してから村に戻ることにした。瘴気を放つ雪を降らせているのは、あくまでも瘴雪のドラゴンのスキルの効果なので、瘴雪のドラゴンを倒した今、まもなくこの禍々しい紫色の雪も降り止むだろうという公算があったからこその行動だった――。
しばらく歩いたところでその予想は的中し、雪は降り止んで雲の隙間から澄み切った光が差し込んだ。その光が照らす先にはダンジョンコアが鎮座していた。驚いたことに、コアは剥き出しで置かれていた。レティシアは言う。
「恐らく、このダンジョンは魔物の数と建造物を犠牲にしてドラゴンを召喚したんだろうね。いや、ドラゴンの召喚だけじゃなくて、ドラゴンの維持にも相当な魔力を使っていたのかも。」
なるほど、数より質を優先するダンジョンだったのか。世の中にはいろんなダンジョンがあるものだ。
何気なく感心している隙にガレンはスッパリとコアを切っていた――。
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村に戻ると、来た時と同じように村人たちが総出で出迎えてくれた。
「お疲れ様でございました。ところで、ウィンミル様は――?」
ガレンは村長の老婆に目線を向けた。老婆にとってはそれで十分だった。
「左様でございましたか……。大変悲しい事でございます。ガレン様にもお悔やみを申し上げます。」
老婆の後ろの村人たちも本気で悲しんでいた。
「フンッ、悲しみは背負い込み、圧し潰されるためにあるのではない。ともに歩むためにあるのだ。……ウィンミルはこの村をドラゴンから守ってくれた。ただひたすらにそれを無駄にしない事だけを考えろ。」
ガレンは無愛想に言い残し、ホワイトコーツが拠点としていたログハウスの方へツカツカと歩いて行った。人間は悲しいとき、一人になって気持ちの整理をつけたいことがあるものだ。彼女にもまだ気持ちを整理するための時間が必要なのかもしれない。空気を察した他のみんなは集会所の方へ進んで行く。レティシアもこのお通夜ムードの中ではおどけず、真面目に状況説明をする。
「申し訳ありませんが、ウィンミルさんの遺体は回収できませんでした。本当は連れて帰ってあげたかったのですが、呪いの効果で遺体は消えてしまったんです。」
「左様でございますか。残念ですが仕方ありませんね。」
「でも、ウィンミルさんは本当にすごかったですよ。あの方がいなければ、ドラゴンを倒せていたかどうか……。私たちがこうして無事に帰ってこれたのはウィンミルさんのおかげです。」
「はい、ウィンミルは私たちの誇りでございます。」
彼らは白い雪で舗装された道の上を前へ前へと歩み続ける――。
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一方そのころ、ガレンはログハウスの奥、ホワイトコーツのメンバーが各自の寝室として使っていた区画のうち、ウィンミルの部屋にいた。簡素な机の上にはウィンミルの直筆の手紙が置いてあり、それを読み終えたガレンは長い溜息を吐く。
「フゥー……。」
そしてそのままウィンミルが使っていたベッドに倒れこんだ。
「ウィンミルめ……。」
(エルフと人間には寿命の差があるから、自分が天寿を全うした後に、私が未亡人として長く生きていかなければならないことが嫌で黙っていただと?こっちはエクストラスキルで寿命は貴様よりも短かったくらいだ。好きなら好きとさっさと言っておけばよいものを――。)
静寂が耳に付く――。ベッドには彼の香りだけが残っている。
「フッ、残ったのは私一人か……。」
(ウィンミルも、以前ホワイトコーツのメンバーだった父娘もいなくなった……。シコラクスでの事件以来、一人には慣れていたつもりだったんだがな……。)
「エアリアルは解放され、空に飛んで行った。ならば、本当にプロスペローは杖を折るべきだろうな。」
暗くなった部屋の中、天井の壁に向かって一人呟いた。
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集会所に着いたフリーヴァーツたちが扉を開けると、すでに温かい料理が用意されていた。
「相変わらず準備がいいですね。」
フリーヴァーツとしてはちょっぴり怖くなるくらいだった。
「恐縮でございます。」
そう言って村長の老婆は給仕の手伝いを始める。
「村の人たちにここまで好くしてもらうと、なんだか申し訳ないな。あの人たちだって、もてなしの用意するのは疲れるだろう。」
「ですが、村の方々はドラゴン退治で疲れた私たちのために、好意でやってくださっておりますわ。これほどまでに熱意のあるおもてなしは簡単には無下にできませんわ。」
「分かってる、ソフィア。相手の厚意を受け取ってあげるのも優しさだ。ところで、ソフィアも言っていたが、今日はみんな疲れただろう。今日の所はゆっくりと休んでくれ。明日以降のことは明日話し合うとしよう。」
「はい。」
「かしこまりました。」
「分かったよ、お兄ちゃん。」
フリーヴァーツはパーティーメンバーの了承が得られて一先ずホッとする。そして、不図気付いたが、いつもは騒がしいレティシアさんがやけに静かだ。フリーヴァーツはチラリと彼女の方を見てみると、彼女はデールに背中を撫でられながら慰められていた。
「ウィンミルに酒を飲ませてやれなかったことを後悔しているんだな?」
「うん。少し思い出しちゃった……。でも、大丈夫。みんなにはせっかくの豪華な食事を楽しんでほしいから――。それに、食べると元気が出てくるかもしれないし。」
「そうか。なら先に食事にするか。でも、一人で抱え込むなよ。」
「分かってるよ。でも、みんなも疲れているのに悪いね。」
「気にすんな。そもそも冒険者を続けていくためには体のケアだけじゃ足りねぇ。心のケアも必要だからな。」
当然のようにマーヴとイーダもデールに賛成する顔と雰囲気だ。
「こういう時のための仲間だって――?フフッ、本当にみんなと出会えてよかったよ。」
(そうか、レティシアさんはウィンミルさんの分の酒まで飲み干してしまったから……。)
「俺も相談には乗れますよ。」
フリーヴァーツはレティシアパーティーなら大丈夫だろうと思いつつも申し出る。それから自分のパーティーメンバーの方に向き直って言った。
「みんなも、なにかあれば言ってくれ。」
少しの間お互いの顔色を窺い、沈黙が流れた後、ルイが手を挙げる。
「今の話とは関係ないですけど、私は後でフリーヴァーツさんに聞いて欲しい話があります。」
「分かった。今でもいいぞ?」
「いえ、後で二人きりの時がいいです。」
「そうか。じゃあまた後で。」
みんなは先に食事を済ませることにした。温かい料理を口に運びながらも、フリーヴァーツはウィンミルのことを思い出してしまう。
(ウィンミルさん……。あなたのおかげで俺たちは今こうして生きていられます。ありがとうございます。)
フリーヴァーツは呪いで命を失うことを厭わずにエクストラスキルを使ってくれたウィンミルに感謝した。
(この場にはいないけど、後でガレンさんにも感謝は伝えるべきかな――。)
フリーヴァーツは何となくそう思った。ウィンミルさんが亡くなってから口には出さないが、普段はあんなに勝気なガレンさんが憔悴しているって分かるからだろうか?今ならガレンに歩み寄れる気がした。
(そうだ、エクストラスキルと言えば、俺もついにエクストラスキルをゲットして、呪いを受けたんだよな。)
瘴雪のドラゴンとの戦いのことを振り返っていると、呪いのことを思い出して少し怖くなった。
(俺の呪いはどんなやつなんだろう?もし、みんなに怪我をさせたら俺は……ッ。)
思い出したのはソフィアが自分の手を握りつぶしたことだ。
と、ここで心配したソフィアがフリーヴァーツの顔を覗き込んで声をかけてきた。
「フリーヴァーツ様?顔色が優れませんわ。大丈夫ですの?」
「ああ…、大丈夫だ。」
ちょっと呪いの内容が不安になっただけ。
そう続けようと思ったところで、フリーヴァーツに突如、妙な不安が湧き上がってくる。
(そんなこと言っていいのか?弱みを見せたら、裏切られたときに困るんじゃないか?)
フリーヴァーツはすぐに違和感に気付き、咄嗟に口に手を当てて考え込む。
(あれ?俺は今何を考えた?ソフィアはずっと一緒に過ごしてきた大切な仲間だろ?俺はそんなソフィアのことを信頼していたはずだ。それなのに、なぜ今、ソフィアのことがこんなに信用できないんだ?)
――エクストラスキルの呪い。
答えはすぐにフリーヴァーツの脳裏に浮かんだ。
(そうか、もしやこれが俺にかけられた呪いか……?仲間との絆を焼失させるといった所か?絆が燃え上がるとはよく言ったものだ……。)
「フリーヴァーツ様、やはりお体が……。」
「いいや、本当に大丈夫だから。」
フリーヴァーツはきっぱりと言った。体の調子は悪くないと伝えるためだけではなく、自分に掛けられた呪いも大したことはないと自分に言い聞かせるための発言だったが、彼の左手は片手剣に触れていた。
(くそっ、思ったよりも呪いの威力が強い……。ずっと一緒に過ごしてきたソフィアにすら本心を打ち明けれないとは……。)
彼は気分を一転させるために勢いよくライスをかっこむ。
「うん、美味い美味い!」
白いお米が口の中でバラバラになり、噛み砕かれていく。
「食欲があるのはなによりですが……。」
(こういう時に<クイーン>でフリーヴァーツ様と一つになっていれば、フリーヴァーツ様のお気持ちも汲んで差し上げられますのに……。あ、でもこれは行き過ぎた行為ですの?)
ソフィアもソフィアで悩み出す。そしてその間にフリーヴァーツは食事を終えた。
フリーヴァーツ:「よし、ご馳走様!ルイ、部屋で待ってる!」
ルイ:「はい。」
デール:「お、そんじゃあ俺たちはしばらく共同スペースで待機してるから、話が終わったら声をかけてくれや。」
ルイ:「ありがとうございます。助かります。」
デール:「おう、いいってことよ。」
ソフィア:「あっ……。」
ソフィアはフリーヴァーツのことが心配だったが、彼はさっさと廊下へ出て扉をピシャリと閉めてしまった。そして彼女は動揺したままルイに話しかけられる。
「ソフィアさん、ちょっと。」
「どういたしましたの、ルイ様?」
「フリーヴァーツさんと話をする前に、ソフィアさんに聞いておいて欲しい話があるんです。食事が終わったら、少し話せませんか?」
「はい、構いませんわ。」
ソフィアはいつものビジネススマイルを顔に貼り付けた。
ガレンが言っている、以前ホワイトコーツのメンバーだった父娘の娘の方は、ブラッディコート事件のときに殉職したヒーラー役の人のことです。
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