第三十六話
***
一方のレティシアたちは苦戦していた。いや、瘴雪のドラゴンの攻撃を捌き切れているのは流石ホワイトコーツ、流石レティシアパーティーと言ったところだが、いかんせんイーダの魔力消費が激しかった。ただでさえ<聖域>の維持でドンドン魔力が持っていかれるのに、オーガロードを抑えるためにフリーヴァーツパーティーが抜けたので、ドラゴンが攻撃するための余裕を持ち、仲間たちを<ヒール>する回数が増えた。かと言って、魔力の苦しいイーダの代わりにレティシアが<聖域>や<ヒール>を使えば、今度は攻撃の手数と火力が足りず、一気に敗色濃厚になるだろう。
つまるところ、今のままイーダが無理してでも<聖域>を使い続けなければならないが、このままではドラゴンを倒しきるよりも先にイーダの魔力が尽きる。そうなれば<聖域>は消え、みんな瘴気の雪に触れて死んでしまう。だから急いでドラゴンを倒しきろうとしているのだが、このドラゴンがなかなか死なない。ジリ貧だ。イーダも焦りを募らせる。
(しっかりしろ、私ッ……!私が倒れたら<聖域>が無くなっちゃう……!)
イーダは全身から汗を滲ませながらも、必死に全員の命綱たる聖域を維持しようとする。レティシアも苦しい中、みんなの士気を上げるために前向きな発言をする。
「みんな、いけるよッ……!ハァ……、あともう少しだッ……!」
しかし、彼女の掛け声にも無理が混じり出した。
「ハイっす……!ドラゴンは図体がデカいから大砲が当てやすいっす……!」
「ダメージが通らねぇってわけじゃねぇのが救いだなッ……!」
「私も少し魔力が回復してきました……。ハァッ……!簡単な<ヒール>なら任せてください!」
レティシアパーティーの面々はレティシアが無理をしているのを察しながらも、彼女に合わせて肯定的なことを言う。
――パァンッ!
ここで、銃声が響いた。
「遅くなりました!」
フリーヴァーツが謝罪しながら駆け寄ってくる。もちろん彼のパーティーメンバーも一緒だ。
「いいよ。オーガロードは倒せたんだろう?」
「はいっ。」
「よくやってくれた。援護に来てくれるだけありがたいよ。」
(本当に、ダンジョンボスとの戦いなら疲れ切って動けなくなることが多々あるからね。)
フリーヴァーツたちもほとんど残っていない魔力を振り絞って瘴雪のドラゴンに立ち向かう。一方の瘴雪のドラゴンもレティシアたちとの戦いでボロボロだ。だが、それでも倒しきれてはいない。
(くっ……。オーガロードの時みたいに<ファイアーボンド>を使うか……?しかし……。)
悩むフリーヴァーツにハルが声をかける。
「お兄ちゃん、呪いの代償がよく分からないままエクストラスキルを使い過ぎるのは危険だよ。」
「そうなんだよなぁっ……!」
(だけど、今の時点で既にかなりジリ貧になっている。最早誰かがエクストラスキルを酷使しなければ、勝ち目は無いだろう。)
フリーヴァーツはドラゴンの引っ掻き攻撃をしゃがんで躱すと同時に、片手剣を前から後ろに大きく輪を描くように振り上げてドラゴンの腕を攻撃する。しかし、ドラゴンの鱗は硬く、刃は通らない。
(クソッ、硬いッ――!エクストラスキルを使うにしても、他の人にそんなお願いは言い切れない。かと言って俺が代償の分からないエクストラスキルをこれ以上使うのも危険だ。ハルやソフィアはエクストラスキルの使い過ぎであんなことになってしまった……。命を軽率に扱うではないが、エクストラスキルを不用意に使い過ぎるのはそれと通じるものを感じる。)
ドラゴンが<水属性魔法>を行使。空から滝が降り注ぎ、ガレンを地面に落とし、また、地上で戦っていた人たちにも顔まで浸かるほどの水量が押し寄せる。
「ウワッぷっ――?!みんな無事か!?」
当然フリーヴァーツも被害を受けるが、ありがたいことに水責めは一瞬で終わったので、溺死することはなく、彼は他の人たちの安否を確認する。ところで、どうして瘴雪のドラゴンは水責めをすぐに切り上げたのだろうか?ありがたくないことに、連携が崩れたところに青白いブレスが飛んでくる。
「<風属性魔法>!」「<エアリエル>――!」
地面に叩き落されてもすぐに復帰したガレンがみなを風で浮かせ、ウィンミルもガレンの分身を作り出し、同じく風属性魔法でガレンの手が回らない範囲にいる人たちの避難を手伝う。
フリーヴァーツは誰も助けることができないまま風に浮かされた瞬間にスイッチが入った。
(だあああァッ、クソッ!俺は幼馴染を助けることもできないのかっ!?)
ソフィアとハルはウィンミルがエクストラスキルで作り出したガレンの分身の<風属性魔法>で宙に浮いている。
(俺はリーダーなんだから、率先してみんなのお手本となったり、勇気ある行動をとったりしないといけない。何より、ガレンさんはこの苦戦している現状を打破するためにエクストラスキルをくれたんだ。俺がやらなくてどうする――ッ!)
意を決したフリーヴァーツが口を開く。
「<ファ……。」
「<エアリエル>――!」
ところが、ウィンミルが機先を制するかのようにスキル名を唱える。
次の瞬間、瘴雪のドラゴンの目の前にハルの分身が現れ、<フィデーリ>の黒い雷を纏った大太刀をドラゴンの眼球目掛けて突き出した。
フリーヴァーツ:「なっ――?!」
ウィンミル:(いいんだ、フリーヴァーツ君。ここで若い才能を潰すことはない。それに……。)
瘴雪のドラゴンは反射で瞼を閉じ、分身の攻撃を防いだものの、目を閉じたために視界を奪われ、魔力を<フィデーリ>の思考停止能力をレジストするために使わざるを得なかった。こうしてできた決定的な隙を逃さないよう、ここぞとばかりにガレンが魔法を使う。
「<風属性魔法>!<プロスペロー>!」
無数の風の刃がドラゴンの鱗を削り、勢いよく生えた木の槍がドラゴンを突き刺していく。
――ギャオオオオオォ!?
ドラゴンは悲鳴を上げ、激しく暴れるが、フリーヴァーツたちはこの好機を逃すまいと、怯まずに突撃していく。
ウィンミル:(それに、どのみち私はもう長くなかったんだよ。)
「うっ……。」
ウィンミルはクラッと来た頭を左手で押さえる。
一方のドラゴンは体を沈ませ、四肢を力ませた。ジャンプの予備動作だ。ドラゴンの質量と大きさをもってすれば、ただジャンプして着地するだけでも範囲攻撃になりうる。そして、それはドラゴンに近づいてしまったフリーヴァーツたちにとっては大怪我を負う危険があり、ドラゴンにとっては視界と魔力を奪われた状態で出来る簡単かつ効果的な対処法だった。しかし、それはウィンミルが許さない。
「<エアリエル>!」
彼は再度エクストラスキルを発動。ハルの分身が今度はソフィアに変わり、エクストラスキル<クイーン>を使ってドラゴンを地面に張り付けることで飛べないようにする。
急に足が雪の中に埋まり、地面から離れなくなったことでドラゴンは戸惑い、さらに隙を晒す。そしてついに、フリーヴァーツたちの攻撃が届いた。
――ギャオオオオオォッ!
先ほどと同様にドラゴンは悲鳴を上げるが、足が地面から離れない分、抵抗が激しくない。だが、ハルの分身が消えているので、ドラゴンは<フィデーリ>に対抗するために使っていた魔力を攻撃に回せる。そこでドラゴンは<風属性魔法>を使おうと試みるが、ウィンミルもそれに勘付いた。
「ウィンミル、それ以上は止せ!」
ガレンの制止を無視してウィンミルは分身をさらに変化。お次はレティシアだ。<真珠入りの杯>でドラゴンの魔力と生命力を吸い取り、魔法が使えないようにしつつ、ドラゴンを追い詰めていく。
ウィンミル:(フリーヴァーツ君、君が自分を犠牲にしてエクストラスキルを使おうとしてくれたおかげで、ようやく私も決心が出来た。)
ウィンミルの体が浮き始めた。コピーしたエクストラスキルとは別に<エアリエル>自体の呪いが急速に進行しているからだ。彼は今、呪いで体組織を空気よりも密度の小さい気体に変換されている。骨密度と筋密度が低下したり、脳が委縮したり、血が足りなくなったり、ありとあらゆる方法で身体の密度を削られた結果、彼の身体は雪よりも軽くなって浮き始めたのだ。
ガレンはなおもエクストラスキルを使い続けるウィンミルに対し、一瞬だけ複雑な顔をしたが、次の瞬間には迷いを振り払って前を向き、毅然とした声で言う。
「ウィンミルの覚悟を無駄にするな!一刻も早く押し切るぞ!」
ガレンが、フリーヴァーツが、レティシアが、その他の人たちも、最後の魔力を振り絞る。
「うおおおおおおおぉっ!!!<剣術>、<火属性魔法>!!!」
フリーヴァーツがドラゴンの左手首をぶった切る。
――ギャァアアアアッス!!
ドラゴンは悲鳴を上げ、上体を起こし、後ろ足で二足立ちした。
「<土属性魔法>!」「<大砲>っす!」
がら空きになった右足に巨岩と砲弾が命中し、骨を砕く。
――キャアアアァッ……!!
バランスを崩した瘴雪のドラゴンは右斜め前に倒れこむ。衝撃で大量の雪が舞った。
「<風属性魔法>ッ!!」
雪煙を切り裂いて飛び出したガレンは風の刃でドラゴンの首を狙った。彼女は見事にクリーンヒットさせたものの、急所を守るドラゴンの鱗は想像以上に硬く、刃は途中で止まった。
「くぅ……ッ!!」
彼女は悔しさを滲ませる。これほど彼女が感情を表情に出すのは珍しい。
――カアアアァッ……!
瘴雪のドラゴンも瀕死まで追い詰められながらも、最後の力を振り絞って抵抗する。そのとき、風の刃がドラゴンの首の傷口にもう一度振り下ろされた。
――ザシュッ!
「<エアリ……。」
ウィンミルも瘴雪のドラゴンと同じく最後の死力を振り絞ってガレンの分身を作り出していた。風の刃は今度こそ見事にドラゴンの首を落とし、代わりにウィンミルの体がさらに浮く。
「ウィンミル、貴様……。」
ガレンは白い息を吐いた。そして一瞬の空白の後、彼女は意識的に何でもない風に取り繕ってウィンミルに声をかける。
「……感謝する。」
「あ…、う……。」
「もはや言葉を話すこともできんか…………。すまん、無理をさせたな――、ウィンミル。だが、貴様のおかげで、長年あの村とその周辺を苦しめていた瘴雪のドラゴンを倒すことができた。我々がギリギリ帰りの魔力を温存できたのも貴様のおかげだ。」
「おお……。」
「貴様が死ぬのは私の責任だ。せめて、苦しみからは解放してやる。」
ガレンは右手に風の魔力を溜める。
「……殺すの?」
レティシアが息を切らしながらガレンに問いかける。
「ああ。もはや助けられんのならば、苦しみから一刻も早く解放してやるべきだろう?」
「……そっか。」
レティシアはそれ以上何も言うことが出来なかった。確かに、一秒でも長く生きた方が良いという考え方もある。しかし一方で、患者が死にたくなるほど苦しんでいるのに、周りの人が生きるように強要するのは周りのエゴなのではないかという考え方もあるのだ。そこは本人とその周りの人たちとの話し合いで決めるべき領域だろう。
ガレンはウィンミルの方に振り返り、<風属性魔法>を使おうとする。
「待って下さい!」
そのとき、フリーヴァーツがガレンを止めた。
「何だ?」
「ウィンミルさんはさっきから何かを言おうとしていました。ウィンミルさんが呪いで言葉を話せなくなっても、俺のエクストラスキルなら意思疎通ができるはずです。」
「ウィンミルは貴様の呪いが進行しないように、貴様の代わりにこれほど無理をしたのだ。貴様はそれを無駄にするつもりか?」
「……それでも、最後の言葉を聞いて欲しいんです。<ファイアーボンド>。」
半ば無理やりフリーヴァーツはエクストラスキルを使った。ウィンミルと他の全員の心が繋がる。
――今まで、ありがとうございました。
混じりけの無い真っ白なその言葉を最後に、ウィンミルは空の彼方へと飛んで行く――。
「待て!<プロスペロー>!」
ガレンは<エアリエル>が彼を連れ去ってしまわないよう、拘束を試みる。しかし、木の枝が彼の左足首に巻き付いた瞬間に、そこから先が完全に気体に置き換わった。そして、そのまま彼の身体全体が消え去る。まるで手に付いた雪が体温で融けていくように……。
「ウィンミル……。」
ガレンは何かを堪えるように白い空を見上げた。
「……撤退の準備を。」
レティシアはガレンの代わりに他の人たちに指示を出し、みんなは敢えてガレンから離れて彼女が一人になれる時間を作ってあげた。
――誰もいなくなったガレンの下にはウィンミルが着ていた死装束よりも白いコートだけが残った。
エアリエルは空に飛び立って行く。しかし、その後もエアリエルはみんなの船旅に追い風を吹かしてくれるだろう。
高評価・コメントお待ちしております。




