第三十話
二か月ほどお待たせして申し訳ありませんでした。今日から投稿を再開していきます。お待ちいただいた皆様には本当に感謝いたします。
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あの後、一行は旅を続け、十二月の冬になった。雪が降る夕方、一行は無事にウィンミルの故郷の近くにある小さな村に到着した。夕暮れ時にもかかわらず、村に住む人たちのほとんどが、一行が乗る馬車が到着する前から村の入り口でホワイトコーツを出迎えるために立っていた。ただ、立っている人間は高齢者が多い。先頭の老婆が村を代表して声をかける。
「ガレン様、ウィンミル様、長旅お疲れ様です。」
「出迎えなど不要だ。」
「いえいえ、私たちがここで立っていたのは誰かに強制されたわけではなく、私たちの意思でございます。私たちを救ってくださったホワイトコーツ様に対する感謝の念はそれほどまでに深いのでございます。」
老婆のこの言葉を聞いてフリーヴァーツは軽くショックを受ける。
(俺とガレンさんは喧嘩ばかりしていたけど、ガレンさんに感謝する人たちもいるのか――。)
一方のガレンは相変わらず無愛想な態度で村人たちに接する。
「我々は貴様らを救うために貴様らに訓練を施してやったのだ。エクストラスキルの付与も含めてな。」
フリーヴァーツは思わず驚きを口に出す。
「え!エクストラスキルを渡したんですか!?」
ガレンは一度、横目でフリーヴァーツを見てから視線を前に戻し、厳格な声音で答える。
「そうだ。誰かを守りたいのならば、そいつに自衛できるだけの力を持たせるのも重要だ。」
(そう、母親が呪いに負けて魔物になったのも悪いが、エルフの里の奴らにも無力だったという罪がある。)
フリーヴァーツは「その……、」と口ごもり、村人をチラ見する。彼の視線の意図を察した老婆は答える。
「ああ、エクストラスキルが呪いということは存じております。しかし、我々の足では最早、あのドラゴンから離れたところに疎開するのは不可能なのです。だからこそ、私たちには、たとえ呪いであったとしても、力が必要だったのです。」
フリーヴァーツはハッとして己を恥じた。
「俺の考えが足りませんでした……。」
ガレンは老婆の言葉に付け加える。
「呪いと引き換えに強力な力を得るというのは、一歩間違えれば人柱の因習を生み出す。特にこんな閉鎖された村ではおかしな悪習が蔓延しやすい。だから、エクストラスキルは信頼できる奴にしか渡していない。」
「……ガレンさんもガレンさんで考えているということは分かりました。変な因習が村に染み付く前にドラゴンを倒して、エクストラスキルの要らない村にしましょう。」
フリーヴァーツは決意を新たにし、老婆は笑って村の中へ案内する。
「さて、いつまでもこんなところで立ち話もなんですし、皆様のためにご用意させていただいた宿にご案内しましょう。こちらです。」
一行は誘われるがまま村の中へ入って行く。そのタイミングでレティシアは小声でガレンに尋ねた。
「ところで、呪いが人を魔物に変えるものだった場合はどうするつもりだったんですか?ガレンさんが考えなかったとは思えませんが。」
「フッ、愚問だな。貴様なら分かるだろう。呪いが発動しそうになったら自害できる覚悟のあるやつを選んでいる。」
「なるほど。フリーヴァーツ君はきれいな意味で捉えていましたが、『信頼できる奴』の条件にはそういう視点も含まれていましたか。」
そして一行は村の中央部分にある周りの建物より一回り大きな、集会所らしき建物の前に到着した。老婆は振り返って言う。
「こんな所しかご用意できませんが、何か要望がございましたら、何なりと私たちにお申し付けください。ところで、ガレン様とそちらの方はこの村に入ってから、何かお話になられていたようですが、どうかなさいましたか?」
「気にするな。空飛ぶトカゲをとっとと地に沈めてやると話し合っていただけだ。」
ガレンは意思を込めて嘘を吐いた。その嘘に老婆は優しく笑った。
「左様でございますか。相変わらず魔物はホワイトコーツ様の拠点で保管されている武器を使うまでもなく対処できるものしか出てきておりませんから、私たちのために残しておかれる必要はございません。」
「それはよかった。遠慮なく使わせてもらおう。」
「はい。元々あれらはホワイトコーツ様のものですから、遠慮など滅相もありません。」
「と、言うことだ。この後私たちの拠点としている建物に案内するから、そこで保管されているアイテムは好きなものを持って行ってもらって構わん。こっちだ。」
ガレンは集会所から右側、ドラゴンがいる東側に歩き始めた。他の人たちも遅れないように付いていく――。
そして辿り着いたのは平屋のログハウスだった。屋根には白い雪が薄く積もっている。
「村の皆さんが毎日雪かきをしてくれているというのに、ログハウスにはもう雪が積もっていますね。」
珍しくウィンミルが口を開いた。
「ああ、そうだな。この村の人々には感謝せねばなるまい。せめて私がいる間は、村民の代わりに私が雪かきをしてやろう。<風属性魔法>。」
――ビュオオーッ!
と、ガレンの風が屋根に積もった雪を払い除ける。払いのけ終わった後、ガレンはいよいよ家の中に一同を誘う。
「さて、待たせたな。中に入るぞ。ウィンミル。」
「はい、ただいま鍵を開けます。<水属性魔法>。」
ウィンミルは氷でログハウスの鍵を作り出した。そしてその鍵を扉の鍵穴に差し込み、回す。
――ボギッ!
しかし、氷の鍵は途中で折れてしまった。
「ああ、すいません。すぐにやり直します。」
焦りと申し訳なさの混ざった声音で言った彼は「おかしいなぁ、いつもはこんなこと無いのに……。」と首を捻りながら、今度こそ扉を開いた。
「さぁ、これで開きました。この家の合鍵は今みたいに私の<水属性魔法>で作らないといけないんですが、もうここは開けっ放しにしておくので、各自ご自由に必要なアイテムをお取りください。」
ログハウスの扉が開かれたことで部屋の中が見えたのだが、部屋の中には見たことも無い数のレア装備が積まれていた。その光景に思わず圧倒される。
「よっし!最後に一番すごい装備もってたヤツが優勝な!」
レティシアはみんなが気兼ねしないよう、我先に目ぼしいものを漁りに中に入った。
「私とウィンミルは村の奴らに挨拶してくる。貴様らは明日まで好きに過ごせ。ただし、明日のトカゲ狩りには遅れるなよ。」
ガレンは踵を返す。ウィンミルも「それでは。」と言い残して去った。
「それじゃあ、俺たちも中に入ろうか。」
フリーヴァーツは残った全員に言った。
***
ログハウスの中は倉庫のようになっていた。というよりも、ホワイトコーツがログハウスを倉庫として使っているので、倉庫みたいに武器防具が詰め込まれているのは当たり前だった。だからこそ、一枚だけ飾られていた絵画が目立って見えた。無骨な部屋を装飾したと言えばそれまでだが、ルイはなぜだか、その絵に強く惹きつけられた。一同が武器を探す中、一人だけその絵に歩み寄った。
「これは……?」
(触手だらけの魔物が魚を襲っている……?魚のほうも珍しい。オレンジ色の体に白のストライプ柄。)
「クマノミとイソギンチャクですわね。」
背後からソフィアに急に声をかけられ、ルイはびっくりする。
「ああ、私の独り言に答えてくれたんですね。ソフィアさんはこの魚と魔物を知っているんですか?」
「実物を見たことはありませんが、知識としてなら存じ上げておりますわ。まず、ルイ様が魔物とおっしゃられた生き物は、イソギンチャクといって、一緒に描かれているオレンジ色の魚と共生関係にあるのですわ。」
「共生関係、ですか。てっきり私は海の魔物が魚を捕食しているのかと……。」
「ウフフ、相利共生ですわ。綺麗なオレンジ色の魚はクマノミと呼ばれますが、クマノミはイソギンチャクに寄り付く寄生虫を取り除き、イソギンチャクのほうもクマノミを外敵から隠してあげたり、毒のある触手で守ってあげたりするのですわ。私もフリーヴァーツ様とそんな関係になりたかったのですけれど……。」
ルイはその瞬間にソフィアがフリーヴァーツの手を怪我させたことを思い出す。
「大丈夫ですよ。私は孤児院に勤めていましたから、傷つけあう人たちをたくさん見て来ました。貧しい路地裏では食べ物をめぐって殴り合うのはまだいい方、時にはお互いに武器を持ち出して、殺し合うこともありました…。ですが、ソフィアさんとフリーヴァーツさんはそうじゃないでしょう?あなたたちは私がパーティーに入る前からずっと、このクマノミとイソギンチャクみたいに、互いを守り合ってきた、違いますか?」
「確かに、私はフリーヴァーツ様のためにいろいろなことをしてきましたわ。ですが、フリーヴァーツ様を傷つけてしまった事実は消えませんの……。」
ソフィアの目に涙が浮かび、両手で顔を覆う。
「フリーヴァーツ様に怪我をさせる恐れがありますから、触れたくても触れることすらできませんわ……。」
ルイは言葉に詰まった。しかし、別の声がソフィアに答える。
「それを言い始めたら、俺なんかリーダーのくせに、何度も仲間を危険に晒してきたし、仲間が呪いで苦しんでいると分かっていても何もしてあげられていない。」
ソフィアの後ろには、会話を聞いていたフリーヴァーツが立っていた。彼はこのログハウスに来てから手に入れたのであろう、見慣れない片手剣を持っている。彼の側にはハルもいた。
「フリーヴァーツ様……。」
ソフィアは指の間からフリーヴァーツの顔を窺う。そしてルイが暗い空気を払拭するために口を挟む。
「これ以上は無益なのではないですか?お互い様ということで、口にしない方がいいですよ。気持ちの整理がつくまで、時間が解決することを祈っていましょう。」
「……ああ、そうだな。」
「……そうですわね。」
感情に疎くなったハルは単に人の気持ちが分からないだけなのか、雰囲気で何かを察したのか、この空気の中、話題を転換する。
「それにしても、これ良い絵だね。」
これに真っ先に乗ったのはルイだった。
「そうですね。守るだけじゃない、守り守られる関係。それは互いに肩を並べて戦い、生きているという気がしますね。私、生まれ変わったらクマノミになろうかな?」
「確かに良い絵だな。どこの海だろ?」
ソフィアが答える。
「シンベリン王国から遥か南の熱帯の海ですわ。私、ガレン様のことは調べさせていただいたのですが、どうやらガレン様は熱帯のジャングルで生まれ育ったようですわ。」
「なるほど。ガレンさんも故郷が恋しくなることがあるのかな?」
この疑問に答えたのは意外な人物だった。
「あの方はいつも滅びた故郷のことを思っていますよ。」
まるで体重を感じさせないような音の無さでウィンミルがログハウスに戻ってきていた。
「誰かと思ったらウィンミルさんですか。びっくりしましたよ。」
「ああ、驚かせてすいません。」
「ウィンミルさんはどうして戻ってきたんですか?」
「少しやっておきたいことがあったんです。それに、やっぱりガレンさんと冒険した証の品を最期にもう一度目に納めておきたくなったのもあります。」
ウィンミルはフリーヴァーツたちの横を通り過ぎ、しゃがんで何かを探し始める――。
「最期?」とフリーヴァーツは小さな声でウィンミルの言葉を復唱した。
……どこか悪いのか?
それは少しの違和感だった。だが、一度疑問に思ってしまったことで、違和感がドンドン大きくなっていった。ウィンミルはナンバーワン冒険者パーティーのメンバーとして良く鍛えられているはずだ。それにしては、しゃがむだけで僅かに体が震えているように見えた。
「どこか悪いんですか……?」
思わずフリーヴァーツは聞いてしまう。
「……分かるんですね。」
ウィンミルは顔だけで振りむいた。
「はい……。」
「はは……。お恥ずかしながら、もう私の身体はエクストラスキルのせいでボロボロなんです。ガレンさんには秘密ですよ?」
ウィンミルは今度は身体ごとフリーヴァーツの方を向いて立ち上がる。彼の右手には指輪がつままれていた。フリーヴァーツは会話を続ける。
「どうして言わないんですか?」
「ガレンさんは今焦っているんですよ。」
ウィンミルは遠い目をして言った。
「オーガロードの素材をすべて君たちに譲渡したり、この家のアイテムを好きに持って行かせたり、なりふり構わずに大盤振る舞いしてでも私のために<聖域>が使える人間を雇っているのが今の状況です。」
「それがどうして、ウィンミルさんの身体のことを秘密にしておくことにつながるんですか?」
「ガレンさんは私が生きているうちにこの村を再興させようとしているわけですから、私の命が思ったよりも短いことが分かってしまえば、あの方はドラゴンとの戦いを焦るでしょう。ですが、時に急ぎすぎることは命取りに繋がります。つまり私が弱々しい姿を見せたせいで、ガレンさんの命まで危険に晒すことは避けたいということです。」
「あの人が焦る姿は想像がつきませんが……。」
「タイプが違うだけで、ガレンさんも君と同じくらい仲間想いなんですよ。餓死しそうな人に魚を釣ってあげる人が君だとしたら、ガレンさんは魚の釣り方を教えて、自力で生きていけるように強くなることを求める人です。」
「そうでしょうか……?」
「はは。君はガレンさんにあまり良い印象を持っていないようですが、どうか勘違いしないでほしい。あの人は戦闘力も精神力も強すぎて周りの人を潰しているように見えることもありますが、本当は誰よりも傷ついてきたのはあの人なんです。だからこそ、考え方は違ってもタイプは同じフリーヴァーツ君にガレンさんを支えてあげて欲しいんです。」
「俺がガレンさんを……?」「フリーヴァーツ様がガレン様を……?」
フリーヴァーツとソフィアの声は重なった。二人とも驚いてはいるが、ソフィアの方は内心チクリと嫌悪感を感じた。そしてウィンミルは一つ頷き、続ける。
「フリーヴァーツ君、これを。」
ウィンミルは手に持っていた指輪を差し出す。その行為もまた、ソフィアの心をざわつかせた。
「これは?」
「一回分の魔法を込めることのできる指輪です。今、エアリエルの能力を込めました。」
「これを俺に?」
「はい。どうしてでしょう?何だか、これを君に託した方が良いような気がしたんです。」
はぁ、とフリーヴァーツはよく分からないまま指輪を受け取った。
「それじゃあ、私は奥の部屋に少し籠もりますから、何かあったら聞いてください。魔道具は念じれば名前も使い方も分かるはずですけど、もし頭に浮かんだ説明がよく分からなければ私が使い方を教えてあげますよ。」
ウィンミルは奥にある二つの部屋のうちの片方に入っていく。その場にはウィンミルがいなくなった寂しさと、ソフィアの心がモヤモヤで埋め尽くされる煩わしさだけが残った。
ログハウスに飾ってあった絵画は第二十五話でガレンの母親が描いていたもので、ガレンにとっては母親の形見であり、同時に弱かった自分への戒めでもあります。
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