第三話
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ヤーキモーのダンジョンは荒野に建てられた石造りの遺跡だった。ダンジョンの内部は仄暗かったが、見えないほどではない。しかし、腐敗臭と呻き声が充満しており、犬の獣人で鼻の良いハルが耐え難そうに愚痴をこぼす。
「うっ…。ダンジョンの外にも腐敗臭が漂って来てたけど、ダンジョンの中は室内で空気の循環が悪いから、一層臭いがキツイね。」
「確かにハルには耐え難いかもしれませんわ。ハルはお外で待っていた方がいいのではなくて?」
「いいや、なんのこれしき!この程度でへばってちゃ冒険者はできないよ!」
ハルは鼻が良いから俺たちより辛い状況だろうに健気だ。感心しているとソフィアの<探知>に反応があった。
「前方から魔物1体がゆっくりと近づいて来ますわ。」
――ひたっ、ひたっ……。
不気味な足音で歩いてきた魔物を見て、俺は腐敗臭や呻き声がしたことに納得する。
「ゾンビか。知能は低く、移動速度も遅いが、痛覚が無いせいで怯み耐性があることと、牙に毒があることに注意だな。」
「私にお任せください。」
「いいや、ソフィアは<探知>のために力を温存してほしい。」
俺は片手剣を抜いて<剣術>を発動、勇者の高い身体能力をもってゾンビに駆け寄り、一刀のもとに首を刎ねた。
「おお~!お兄ちゃん、すごい!」
「いや、今のは敵が弱かったし、1体だけだったからだよ。」
「でも、お兄ちゃんの剣の腕は前より上がってる気がするよ。」
「フリーヴァーツ様は夜な夜な剣の素振りをしてらっしゃるのですわ。」
「ははは。みんなが寝静まってから、すこし離れた場所で剣の練習をしていたんだが……、ソフィアにはバレてたか。」
「はい、フリーヴァーツ様のことなら何でもお見通しですわ。」
初めてのダンジョンだったが、俺たちは想定よりもガチガチにはなっていない。そもそも俺たちはグローブ町でもっと多くの敵と戦ったのだ。いまさら弱っちいゾンビが数体出てきたところで、どうということはない。俺たちはちょっぴり自信がついたのを感じながら、迷路状になった第一階層を進んで行く――。
第一階層は迷路になっているので、マッピングに頭を悩ませることになった。そして迷路と格闘して頭が疲れてきたところにソフィアが警報を発する。
「私の<探知>に反応がありますわ。そこの角でゾンビが角待ちしてますの。」
「迷路に疲れたところで伏兵かぁ。毒持ちの敵にはあまり近づけたくないけど、迷路のなかだと簡単に近づいちゃうね。」
「だが、敵の待機場所さえ分かってしまえば、対処は可能だ。<火属性魔法>。」
洞窟に籠もった敵を火炎放射はよく効くのだ。俺は一方的にゾンビを焼き殺した。
ちなみに、<火属性魔法>であれば魔法のあれこれで不完全燃焼の心配は無い。
「よし、この調子で進んで行こう。」
「お姉ちゃんの<探知>とお兄ちゃんの<火属性魔法>のコンボがこのダンジョンと相性が良すぎて、私が暇だなぁ。じゃあ、せめてマッピングは任せて!」
「頼んだぞ、ハル。」
その後もマッピングと待ち伏せの二重苦に苦しみながらも、俺たちは第一階層の最奥に辿り着くことに成功した――。
「あれは……。スケルトンか。」
そこには大量のゾンビと新たな敵スケルトンがいた。スケルトンはゾンビより早く動き、骨剣を持っている。ここまで来るのにも一苦労だったのに、ダメ押しとばかりに第二階層に続く階段前に大量に配置された敵と、新しい敵に辟易としたが、奥には祭壇に乗った宝箱と下の階層に続く階段が見えた。
よし、ここを突破すればダンジョンの攻略が一歩前進する――!
「正念場だ!敵を殲滅するぞ!」
俺は士気を高めるために叫んだが、実のところスケルトンは火属性魔法に耐性があるため、俺とは相性が悪い。ごり押しも出来なくはないが、それをするくらいならソフィアやハルに任せた方が魔力を温存することができるだろう。みんなはそれを理解しているのか、ハルは力強く宣言する。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはゾンビをお願い!私はスケルトンをやっつける!」
そしてハルは俺とソフィアに<攻撃力上昇>を使い、ハル自身には<攻撃力上昇>、<防御力上昇>、<敏捷力上昇>を使う。
――実を言うと俺はゾンビとスケルトンの集団に戦いを挑むのは怖かった。
ソフィアがフレンドリーファイアをすることはないだろう。このダンジョンに挑む前にも散々連携を練習したし、思えば彼女はグローブ町での戦いのときも、なぜかやたら銃の扱いが手馴れていた。
では何が怖いかといえば、前線で戦うハルがゾンビの毒をくらうことだ。このパーティーには状態異常を治す<キュア>が使える人材がいないので、毒を受けたら毒用ポーションで回復するしかない。しかも、ただの傷ならば我慢もできるだろうが、毒の場合は下手に我慢していると、後で痛い目を見ることになるので、絶対に毒用のポーションを消費することになる。しかし、ポーションは無限ではないので、そう何度も毒持ちの攻撃を受けることはできないのだ。ならばせめて、毒を受けるのは<聖属性の加護>のおかげで状態異常に耐性をもつ俺のほうがいいだろう。だから、ハルをカバーできるように俺も前線に行く――!
「ハル、俺も戦う!」
俺は左手から発動させた火属性魔法でゾンビを焼き殺し、右手の片手剣でスケルトンを粉砕する。ハルも上昇した攻撃力でスケルトンの骨をたたき割り、強化した敏捷力でゾンビを躱す。そしてそのゾンビをソフィアが打ち抜く。
スケルトンが後方のソフィアを狙って駆け出せば、ハルの機動力でスケルトンの背骨を叩き切る。すかさず俺はバックステップを踏み、ハルの背中をカバーしながら敵に炎の範囲攻撃をしかけ、攻撃範囲外にいた敵をソフィアの狙撃が襲う。
結局敵は俺たちの連携を崩すことができないまま数を減らしていったのだった――。
殲滅後、俺たちは傷用ポーションを飲みながら一息ついていた。
「ふぃ~、ちかれたぁ~」
「お疲れ、ハル。ソフィアも援護助かったよ。」
「フリーヴァーツ様には誰にも触れさせませんわ。」
「頼もしいな。さて、問題は下に続く階段と祭壇に飾られた宝箱か。」
俺はいかにも怪しい宝箱に目を向けた。ダンジョンにはミミックとかいう宝箱に化ける魔物もいるらしいのだが……。
「お姉ちゃん、あの宝箱は<探知>に反応するの?」
「いいえ、私の<探知>には魔物の反応はありませんわ。」
「なら開けてみようよ。なにか役に立つものが入ってるかもしれないし。」
「あっ、おい……ッ!」
ハルは迷わずに宝箱を開けた。俺が止める暇もなかった。その行動には肝を冷やしたが、その宝箱は普通に開いた。本当にただの宝箱だったようだ。
俺が警戒しすぎだったのか?一応ハルは宝箱を開ける前にソフィアに魔物の反応があるかどうかを確認していたし……。
さて、中身の方だが、どうやら腕輪の魔道具のようだ。魔道具は触れた状態で念じると名前と効果を知ることができる。
「Innogenの腕輪?」
俺は腕輪を手に取りながら言う。ハルも人形みたいにくりくりした目を興味津々といったようすで輝かせている。
「効果は?装備してると魔力量が少し増えるみたいだね。」
ハルが腕輪を俺の手から優しく受け取って、腕にはめてみた。
「ハルが気に入ったなら、その腕輪はやるよ。」
「え、いいの!?お兄ちゃん、ありがとう!」
「まあ、俺は<聖属性の加護>のおかげで、魔法が魔物特効になっているから、魔力の消費を抑えられるし、ソフィアは逆に魔力消費が大きすぎて、多少魔力量が増えたところで焼け石に水だしな。」
しゃべりながら気付いたがソフィアはやけに魔力が多いな。なぜだ?まあ、いいか。それよりも、喜んでるハルの顔が見れて楽しいし。グローブ町が魔物に占領されたことで気分が落ち込んでいたが、ハルのおかげで元気が出てきた。この笑顔のためなら俺は頑張れる。
「よし皆、次の階層も頑張っていこうか。」
俺はいい気分でソフィアとハルに声をかけた。
***
――フリーヴァーツたち一行がヤーキモーのダンジョンの第一階層を突破したころ、同じダンジョンの入り口に5人の冒険者が集まっていた。
「いっよーし!これより、新生レティシアパーティーの記念すべき第1回ダンジョン攻略を開始するっ!」
「お前さん、まさか酔っぱらってんのか?」
「なっ、失礼な!どこからどう見ても、お淑やか美人でしょ!」
「今のは酒が入った時のテンションだったぞ。まあ、素面でこれってのも、それはそれでどうかと思うがな。」
軽口をたたき合うのは黒目黒髪ポニーテールの美人な女性と暗い肌の色をしたドワーフだ。女性の名前はLetitia Zutintalon。ふざけた言動とは裏腹に、服装は黒いスラックスに白いカッターシャツをあわせて、その上から軽鎧を着込んでいる。ドワーフの名前はDale Issy Foirstone。身長は150cmと少しで黒い艶やかな髭がチャームポイントだ。
「レティシアさん、アルコールが残っているのでしたら、私が<キュア>で治しますよ。」
「イーダちゃん、まじめに言われるとお姉さん傷ついちゃう。」
生真面目にレティシアを心配するのは金色の髪とエメラルド色の瞳を持つ少女だ。彼女はこのパーティーのヒーラー(兼レティシアの癒し)の神官、Ida Clem Phelである。
「はやく、ダンジョンに入るっすよ。いつまでココでふざけてるつもりっすか。」
人一倍ダンジョン攻略に意欲を見せる赤髪の少年はMerv Woofuelo Hortonだ。彼は槍を手に持っているが、実は彼のスキルは槍に関係するものではない。彼のスキルは使い勝手が悪いので、彼はいつも槍を使っているのだ。
「ダンジョンに潜るにしても、私が斥候として先に行った方が良い?」
恐れを感じさせない落ち着いた口調で語るのはヤギの獣人の少女だ。白い髪に赤目の小柄な少女だが胸は大きく、ミステリアスな雰囲気を醸し出しているのが特徴だろう。彼女の名前はBess Goudonnだ。
「Yes。盗賊のスキルツリーを持ってるベスちゃんは罠の解除が得意なんでしょ?私たちのために罠を解除してきてくれたまえ。」
「任された。私が朝に弱くてみんなの出発が遅れた分の仕事はするよ。それよりも、レティシアはちゃんと胸に詰め物入れた?」
「もちろんだとも!魔物に胸を攻撃されたらいけないからね。決して貧乳を気にしてるわけではないよ。」
「無理に張り合わんでもいいだろ……。」
「デール?無理に……?」
「……すまんかった。それよりも、もうそろそろダンジョンに入らないと時間的にまずくないか?」
「そうだね。デールとの話し合いは後回しにして、みんな準備はOK?今からダンジョンに突入するよ?」
「おお、いよいよっすか!?待ちくたびれたっすよ!」
レティシアの問いに真っ先に反応したのはマーヴだ。
「フッ。最後に一つだけ言っておかなければならないようだね。」
「何っすか?」
「マーヴはこの戦いが終わったら、William burgerでシェイクを飲むんだ――ッ。」
「変なフラグを立てないでくださいっす!!」
レティシアは一人だけ肩に力が入りすぎなマーヴの緊張をいい感じに和らげてから、パーティーメンバーとともにヤーキモーのダンジョンに足を踏み入れるのであった。
無事に第一階層を突破したフリーヴァーツパーティー。しかし、ダンジョンの外には他の冒険者パーティーの姿が……。
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