第二十八話
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フリーヴァーツたちがホレイショーの宿に戻った後、ソフィアはハルと二人で話したいことがあると言って二人きりになった。
「お姉ちゃん、話ってのはやっぱりエクストラスキルのこと?」
「そうですわ。あなた、呪いの効果で感情や感覚が希薄になっていますのよね?それは恋愛感情もですの?」
「そうだね。恋愛感情もほとんどなくなってるよ。」
ソフィアはそれを聞いて少しだけ安心する。
(よかったですわ。これで、ハルの方からフリーヴァーツ様に手出しすることはないでしょう。でも、まだフリーヴァーツ様の方からハルに親しくする可能性が残っていますわね。)
「そうだったんですの。それでしたら、ルイ様との恋はあれから進展してませんの?ハルはルイ様のことが好きでしたわよね?」
ハルは一瞬だけ過去を思い出す素振りをみせた。
「ああ!そういえば私、筋肉フェチだからルイさんのことが好きだったかも。そっか、今になって考えてみると、あの時にはすでに呪いの影響が出てたのかぁ。」
いいや、それは実際には呪いの影響ではなく、恋愛感情を抱いていないハルをソフィアが洗脳したせいだ。その洗脳者は再びハルを誘導する。
「ハル、すべての感情が消えてしまう前に、自分の気持ちを伝えみてはどうでしょう。ハルは今後自分の気持ちを伝えることすら出来なくなるかもしれないからこそ、今のうちに好きだという気持ちは伝えておくべきですわ。」
「うん、そうだね。でも、好きって気持ちはほとんど消え失せちゃってるけどね……。」
「誰かを愛する気持ちは本当に素晴らしいものですわよ。それに、ルイ様との恋愛を通して感情を動かしていけば、ハルが失ってしまった感情も取り戻せるかもしれませんわ。」
「なるほど、やってみる価値はあるかもしれないね。感覚までは取り戻せないかもしれないけど、感情だけでも取り戻そう――!ありがとう、お姉ちゃん。いつも頼りになる、自慢のお姉ちゃんだよ。」
「ふふふっ、それほどでもありませんわ。」
「今から告白してくる!」
「うまく行くことを心の底から願っておりますわ。」
これは本心。だって、ハルとルイが結ばれれば、フリーヴァーツとハルの間の恋愛的な距離が大きく開くのだから。
***
ハルは扉を出て駆け出していく――。廊下を駆け抜け、フリーヴァーツとルイが泊まる部屋の前で止まり、扉を開く。ルイの側にはフリーヴァーツがいた。ハルは二人きりでないのは気にせず――というより、呪いで気にすることができずに――そのままルイに対して告白の言葉を伝える。
「ルイさん!」
「どうしたんですか、ハルちゃん?」
「私、ルイさんのことが好きだったはずなんです!私の感情が全部消えちゃう前に自分の気持ちは伝えておきたくて!」
フリーヴァーツは気配を殺して置物になる。ルイはしゃがんで、ハルと目線の高さを合わせて返事を伝えた。
「ハルちゃん、伝えてくれてありがとう。その気持ちは本当に嬉しい。でも、私にはもう好きな人がいるんだ。だから、ハルちゃんの気持ちに応えてあげることはできない。ごめん……。」
「ルイさん、気にしないでください。私も気にしてません。私は感情を言葉にしたかっただけですから。」
「ハルちゃんは、冒険者は何が起きるか分からない職業だから、今ここで勇気を出して言ってくれたんだよね?その勇気はすごく立派で尊敬できるよ。それがあれば、将来はもっと素敵な恋ができると思う。頑張って。応援してる。」
「はい、ありがとうございます。」
ハルの顔から感情は読めない。だが、ルイとしては出来る限りのことはしたつもりだ。ハルの勇気に感化されたルイはさりげなくフリーヴァーツを見て、思う。
(私もそろそろ勇気を出して、玉砕覚悟で告白しようかな。一度しかない人生で後悔を残したくないし。)
一方のフリーヴァーツも思うところがあった。
(取り敢えずハルが告白できるくらいには回復してくれて、本当によかった――ッ!でもそっか……。あまり考えたくないけど、冒険者は明日はどうなっているか分からない。後悔しないように、大切な人に自分の気持ちを伝えておくのは大事だな。)
ここで、フリーヴァーツはソフィアとの思い出を回想する――。
彼女とは同い年だったので、幼い頃からよく一緒に遊んでいた。フリーヴァーツから見るかぎりでは、彼女はいつも上品で、優しくて、面倒見も良くて、自分のことをよく理解してくれた。
それに、フリーヴァーツが危険の多い冒険者家業に手を出したときも、彼女は迷わず付いてきてくれた。フリーヴァーツが冒険者になってからも、何度もソフィアには助られた。例えば初めて攻略したヤーキモーのダンジョンでは、エルダーリッチとの戦いで挟み撃ちになったときに、身を粉にして前を受け持ってくれた。巨大ミミックが<暗闇>を使ったときには、<探知>を使ってダンジョンコアが召喚した魔物にいち早く気付いてくれた。ホレイショーに来てからも、巨大オーガを倒すにはソフィアの作戦が必要だった。しかも、彼女の凄いところは戦闘だけじゃない。備品管理でも大いに助けられてきた。
気付けばソフィアはずっと側にいてくれたな――。
(俺、ソフィアの事、好きだわ――!顔の良さだけじゃない、胸の大きさだけじゃない。何と言うか、そう、表面的な部分ではなくて、俺はもっと心の奥深くでソフィアが好きだ!冒険者になるときに、ソフィアのことを支えることを誓ったけど、俺、もっと近くでソフィアのことを支えたい――!)
***
一方そのころ、ガレンは明日からウィンミルの故郷を目指す旅に出るために、フリーヴァーツたちの馬車を手配していた。
「それでは頼んだぞ。」
「お任せください。ホワイトコーツ様の依頼を受けられるのは、私どもにとっても光栄なことですから。それでは、また明日お会いしましょう。」
ガレンは走り去って行く御者のおじさんを見送る――。
「それで、何か用か?」
ガレンが振り向いた先にはレティシアがいた。
「……はい。ガレンさん、今、時間ありますか?」
「構わん。何が聞きたい。」
「エクストラスキルの呪いを解呪する方法や、エクストラスキルの呪いを和らげる方法を知りませんか?」
「私の知る限りは無いな。エクストラスキルなど持たないことが一番だ。」
「……ハルがエクストラスキルの呪いで、感情と感覚の大部分を失いました。それに、私も今日の戦いで呪いのスキルを授かりました。今なら、ガレンさんがハルに冒険者を辞めるように勧めてきた理由が分かります。」
「そうか……。呪いはエクストラスキルを持っているだけでは進行せん。あくまでも、エクストラスキルを使って初めて呪いが進行する。だから貴様らはもうこれ以上エクストラスキルを使わんことだ。付け加えるなら、エクストラスキルを持っている奴がダンジョンボスの息の根を止めると、呪いが一気に進行するから気を付けろ。」
「普通はエクストラスキルを持っている人が止めを刺す機会のほうが多そうですけれど、そんなところにも罠があったのですね。」
「ああ。そもそもエクストラスキルは一人一つしか持てないが、それはなぜか分かるか?」
「う~ん……。エクストラスキルはダンジョンボスが、自分を殺した相手に刻む呪いであり、死の宣告みたいなものですよね。だったら例えば、相手を焼き殺す呪いと相手を凍死させる呪いを同時に持っていると、呪い同士が変な競合をして、呪いが不発に終わるかもしれないということですか?」
「その通りだ。だからダンジョンボスはその競合を回避するために、すでに呪いのスキルを持っている人間がダンジョンボスを倒したときには、新しいエクストラスキルを付与する代わりに、先に刻まれている呪いを大幅に進行させる。」
「なるほど、ダンジョンボスを倒すときには、誰かが新しい呪いを受け入れるか、すでに呪いに侵されている人の呪いをさらに進行させるか、選ばないといけないんですね。」
「ああ。だが、少なくとも次のトカゲ退治のときには心配しなくてもいい。私が引導を渡してやる。」
「ですが、それではガレンさんの呪いが進行してしまうのではないですか?」
「私の呪いは寿命を削るものだ。エルフはもともと長寿だから、多少呪いが進行しても構わん。それに、中には人を魔物に変えて周囲の人間を襲わせる呪いもある。貴様の呪いがその類であれば、貴様がダンジョンボスを倒すことは、より被害が拡大する原因になる。」
レティシアは目を伏せて唇を噛んだ。
「……悔しいものですね。」
「それで聞きたいことは全部か?」
「いえ、最後に一つだけ。ウィンミルさんのエクストラスキルはガレンさんが付与したと聞きました。それは本当ですか?」
「フッ、嫌なことを聞いてくる。ウィンミルにエクストラスキルを付与したのは本当だ。ブラッディコート事件のときに追い詰められたからな。それ以外にも、何人かにエクストラスキルを渡したな。だが、そのエクストラスキルにも呪いの副作用があった。つまり、私のエクストラスキルは周りの人間に呪いをばら撒く、クソみたいな側面も持っているわけだ。」
「そんな……ッ!」
「貴様が気にすることは無い。それよりも他の奴らに明日の早朝は北門に集まるように伝えておけ。」
ガレンはレティシアの肩越しに遠くに視線を飛ばしてから踵を返した。ガレンと入れ替わりになるようにレティシアパーティーの面々がやって来る。
「探したぞ。こんな所にいたのか。」
デールがレティシアに声をかける。
「みんな、どうして……?」
「この状況で一人きりになるなんて、放っとけるわけがねぇだろが。あまり一人で抱え込むなよ。」
「そうっすよ。ここじゃ何なんで、取り敢えずウィリアムバーガーに行きましょう。シェイク奢るっすよ。」
「いつもみたいに、私たちには弱っている姿を見せてもいいんですよ?」
デール、マーヴ、イーダが口々に言った。
「ありがとう、みんな。ちょっと聞いて欲しい話があるんだ。そうだね、続きはウィリアムバーガーで話そうか。」
他の三人は頷き、彼女たちはウィリアムバーガーに向けて歩き始めた。
ホワイトコーツって、実はブラッディコート事件の直前は三人で活動していたんですよ。ただ、第一話のダンジョン災害の時に、大量の魔物との戦闘で仲間の一人が死んでしまいます。当時既にホワイトコーツはナンバーワン冒険者パーティーとして、その地位を絶対のものにしていたため、ホワイトコーツから死人が出るのはとても衝撃的なことだったわけです。それで、殉職した彼女が着ていた白いコートが赤い血で染まったことから、第一話のダンジョン災害がブラッディコート事件と呼ばれるようになりました。
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