第二十七話
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戦闘準備を整えたフリーヴァーツたちは昨日登った山に今日も入山する――。山の麓にある、四つの穴が開いた坑道の裏に入ったところで、パカラッ、パカラッと高らかな蹄の音が鳴った。
「来るぞ!戦闘態勢!」
フリーヴァーツが叫ぶ。デュラハンが曲がり角から姿を現し、ハル目掛けて真っ直ぐ走ってきた。ハルはすかさずスキルを使い、デュラハンの突撃を躱す。
「<敏捷力上昇>。」
続けざまにフリーヴァーツが全力で魔法を発動する。
「<火属性魔法>!」
炎がデュラハンに襲い掛かり、デュラハンは左手に持っていた盾を構えて受ける。その時、デュラハンが前に構えた盾に魔法が収束したように見えたが、一瞬のことだったので、見間違いかもしれない。とにかく結果としては、フリーヴァーツの放った炎は勢いが強かったので、炎は盾を回り込んで、容赦なく馬の上に跨がる人間部分を焼き払った。デュラハンが着ていた、返り血まみれの汚れた布切れも跡形もなく焼失する。
「ああっ……!」
ソフィアは悲鳴を上げた。その拍子に手に力がこもって、<猟銃>にて作り出されたショットガンが軋む。
フリーヴァーツは彼女がどうしてそんな反応をしたのかを聞きたかったが、デュラハンが蛇行しながらフリーヴァーツの方に突っ込んで来たので、デュラハンの対応をせざるを得なくなる。
(そうか、人間部分が炎に苦しんでいるせいで、馬部分の制御が乱れて、馬をめちゃくちゃな動きで走らせてしまっているのか。)
フリーヴァーツはまたひとつ賢くなりながら、左にサイドステップをする。
(これで、前に進む馬からは逃げられる――!)
と思ったフリーヴァーツを嘲笑うかのように、デュラハンの人間部分が右(フリーヴァーツから見たら左)に傾き、馬部分がグリン!とフリーヴァーツの方に向く。
(やばいっ、まだ足が着いてない……!)
「<土属性魔法>!」
「<風属性魔法>!」
デールが馬の前に分厚い土壁を作り、レティシアがフリーヴァーツを吹き飛ばす。一瞬遅れてデュラハンはデールの作った土壁をいとも容易くぶち抜いて、先ほどまでフリーヴァーツがいた場所を通り過ぎる。
「ありがとうございます、レティシアさん、デールさん。」
フリーヴァーツは尻餅をつきながら礼を言う。それと、どうやら先ほどのレティシアの風属性魔法で、デュラハンの炎は吹き消されてしまったようだ。デールはフリーヴァーツへの返事もそこそこにして、デュラハンに主導権を渡さないように動き出す。
「構わん!それより、畳みかけるぞ!」
デールは、立ち上がる時間のせいでワンテンポ攻撃が遅れるフリーヴァーツ以外のメンバーに呼びかけて、<土属性魔法>を行使。地面から土の槍を生やしてデュラハンの機動力を奪うことと攻撃を同時にやってのける。そこへレティシアの風属性魔法に、マーヴの大砲、ソフィアの銃、ハルの黒雷が加わる。対するデュラハンは冷静に盾を構えただけだった。
――ガキガキガキバチィ!ガキゴッ!ガキィン!
耳をつんざくような轟音が響いたが、デールたちが放った攻撃はすべてデュラハンが持っている盾に引き寄せられ、本体にまともなダメージを与えることは出来なかった。デールがデュラハンの背後の地面から生やした土の槍ですら、無理やり軌道を変えられ、盾の表側へ吸い込まれていった。
「スキルか!しかも盾が壊れていないだと?!」
「そのようですね、フリーヴァーツ様。」
フリーヴァーツの緊迫感のある驚いた声に、いつも通りの冷静な声で答えたソフィアだったが、ソフィアはデュラハンのことをよく知っているがゆえに内心では余計動揺していた。
(くっ――!?昨日は生まれたばかりで、そんなスキル使ってこなかったのに、今日にはもうそんな強力なスキルを獲得してんのか……。驚異的な成長速度だな。もしかして、あの鎧の吸血鬼が何かやったのか?)
ソフィア以外の面々も渾身の一斉攻撃が通用しなかったことで、大なり小なり動揺していた。
「<火属性魔法>!」
そんなときだからこそ、レティシアはみんなに聞こえるように高らかに、みんなに見えるように派手に、魔法を使う。そして彼女の放った大きな炎は一度デュラハンの盾に阻まれるが、盾を回り込んでデュラハンにダメージを与える。
「みんな、あいつのスキルは攻撃を盾の表面に引き寄せるやつと、盾を壊せないようにするやつだ。だけど、<火属性魔法>なら盾を回り込むから、あいつを倒せるよ!私とフリーヴァーツ君が攻撃、他のみんなは私たちを援護して!」
レティシアは実際にやってみせ、その上で言葉でも勇気づけたのだ。そんなにカッコイイ姿を見せられては、奮い立たない方が無理な話だった。
「任せろ!」「了解っす!」「私、<聖域>使いましょうか?」「ハル、俺に<攻撃力上昇>をかけてくれ。」「分かったよ、お兄ちゃん。<攻撃力上昇>。」「私の<クイーン>も使えるかもしれませんわ。」「私は<聖盾>でみなさんをお守りするだけですから、いつも通りですね。」
さっきまでの悲観的な空気はどこへやら、全員勝てると信じて、勝つための行動を取り始める。
「<聖域>。」
まずはイーダが神聖な空間を戦場に広げ、デュラハンを弱体化させる。デュラハンも弱った状態でフリーヴァーツたちが動き出すのを待っていては殺されてしまうので、盾を前に構えて突撃を敢行する。彼が燃え盛る体で狙うはハルだ。彼女はサイドステップでシールドチャージを躱そうとするが、飛んだ瞬間にデュラハンの盾に吸い寄せられた。
「スキルですか。人も引きつけられるんですね。」
ハルは自分の身に起きたことを冷静に理解する。それと対照的に焦った声を上げる人が二人いた。
「「ハルちゃん!<聖盾>!」」
ルイとイーダが聖なる盾を展開する。イーダの<聖盾>は遠くに展開できるが、ルイの<聖盾>は自分の周りにしか出せないので、ルイはハルの前に割り込み、猛スピードで迫りくる馬の大質量に自ら正面突撃をしに行く。イーダはデュラハンの前に聖盾を出していたので、これでデュラハンの前には二枚の聖盾、ルイ、ハルの順で並んだ。
「うおおおおお!!」
ルイは恐怖を抑えるために雄叫びを上げる。
「<防御力上昇>。」
ハルはルイの防御力を上げる。
ゴオッ――!
馬はギアを上げる。
そして衝突――。
「ぐあっ!」
「わぷっ!」
デュラハンの突撃は聖盾を二枚とも貫通し、ルイを思いっきり吹き飛ばす。ハルもルイの背中に押されて飛んでいく。フリーヴァーツは高速で飛ばされたハルとルイに目を奪われて叫ぶ。
「ハル!ルイ!」
「平気です!それよりも攻撃を!」
ルイが叫び返す。いくらデュラハンの突撃が強力だったとはいえ、さすがに<聖域>による弱体化と防御系スキルを重ね掛けのせいで、ルイ自身にまともなダメージを通すことはできなかったようだ。ホッとしたのも束の間、デュラハンは再び走り出す。
(転んだハルとルイを馬で踏みつぶすつもりか。だが、そんなことはさせない――!)
「「<火属性魔法>!」」
フリーヴァーツとレティシアは同時に魔法を浴びせかける。しかしデュラハンは全く止まらない。
「まさか<炎耐性>を獲得したのか!?」
レティシアは思わず叫ぶ。
無慈悲にも質量の猛威がハルに迫る――。ハルはギリギリ立ち上がれたものの、最早デュラハンの突撃を躱せない。そこで彼女は<攻撃力上昇>と<敏捷力上昇>を自分にかけて、姿勢を低くし、自らデュラハンに特攻――。
バサッ!とハルの尻尾がデュラハンの振り下ろした大剣によって切断された。
「ハルっ――!」
フリーヴァーツの悲鳴――。落ちていく黄金の尻尾――。
しかし、ハルは気にも留めずにエクストラスキルを使う。
「<フィデーリ>。」
黒い雷を纏う大太刀を両手で握りしめ、それを左下から右上に振り上げることでデュラハンの大盾をかち上げる。痺れて隙ができるデュラハン――。
ハルは流れるように大太刀を捨てつつ反転し、身軽になった体で跳躍。滞空中に左手で小太刀を抜刀してそのままデュラハンの左肩を深々と突き刺した。
デュラハンは激しく暴れたので、ハルはすぐに振り落とされ、激しく体を打ち付ける。頭からも血が出ていた。
ハルは脳震盪でふらつきながらも、さっき捨てた大太刀を右手で回収する。
「ハル、すぐに回復を――!」
フリーヴァーツが切迫感溢れる声で叫ぶ。しかし、ハルは左側頭部から血を流し、右手に大太刀、左手に小太刀を引っ提げた状態で平然と言い放った。
「え、どうして?今押し切れば勝てるよ?」
フリーヴァーツは彼女のあまりに冷たい声に思わずたじろぐ。彼女の眼は本気だった。
「どうしてって……。ハルは尻尾が千切れてるんだぞ!?頭だって怪我してる!そのままじゃ死ぬぞ!?」
「だから?」
「だからって……。」
ハルの声はどこまでも冷淡だった。自分の話を聞き入れてくれない、そのことが何よりも絶望を与える。そこに痺れを切らしたイーダが割り込んでくる。
「話は後にしてください!とにかく、回復を!<ヒール>!」
応急処置によりハルの出血は止まったが、さすがに短時間で尻尾の欠損まで治せるわけではなかった。フリーヴァーツは動揺したまま、消え入りそうな声で呟く。
「一体どうしてしまったんだ、ハル……。」
ハルのエクストラスキルの呪いの効果、「エクストラスキルを使用する度に感情と感覚が徐々に欠落していく」が牙を剥いた瞬間だった。
だが悲しいかな、敵は悠長に考える時間を与えてはくれない。左腕の神経を切断されたことで怒り心頭になったデュラハンは、馬を後ろ脚二本で立たせて威嚇と方向転換を行う。左腕はダランと力無く垂れ下がっているが、右手の大剣には殺意が籠っている。
(とにかく、このままハルを戦わせるのはマズイ……。)
フリーヴァーツはハルを抱きかかえて逃げに徹することにした。ハルのことを完全にロックオンしたデュラハンは当然、ハルを連れて逃げるフリーヴァーツを追おうとする。そして今度はソフィアが、「デュラハンがフリーヴァーツを傷つけようとしている」ことに気が付いて、周りの人に指示を出す。
「マーヴ様、大砲の弾丸を上に向かって撃ってください。」
「上っすか?!」
「いいから、早くお願いしますわ!」
「よく分かんないけど、分かったっす。<大砲>!」
マーヴの放った砲弾は本来ならば全くデュラハンに当たらない軌道で飛んでいく。
「<クイーン>!」
しかし、ソフィアのエクストラスキルで砲弾とデュラハンが融合するように設定すれば、追尾弾の出来上がりだ。デュラハンがいくら高速で移動していようと、この追尾弾は振り切れず、背中に砲弾が命中した。砲弾はデュラハンの人間部分の腰を貫通し、その下の馬の背中すらも貫く。
「<風属性魔法>!」
落馬した隙を逃さず、レティシアが風の刃でデュラハンの人間部分にキッチリと止めを刺した。
「ふぅ、<風耐性>をまだ獲得してなくてよかった……。ん?私にエクストラスキルが追加されたな。<真珠入りの杯>?どこかのダンジョンボスがこんなところに……?いや、そんなことより、今はハルちゃんのことだ。」
***
戦闘後、フリーヴァーツはハルに問いただす。
「ハル、本当にどうしちゃったんだ……?とにかく、尻尾がくっついてくれたのは良かったけど、斬られたときは痛くなかったのか?」
「いや、全然。ところで、あの時、私を回復するよりもデュラハンを倒すことを優先するのはおかしなことだったの?」
「ああ。もっと自分を大事にしろよ!どうして、あんなことをしたんだ!?」
「そっかぁ、あれは異常なことだったんだぁ……。私ね、いつからか、味も、匂いも、人の気持ちも、分からなくなっちゃてさ。初めは気のせいだと思ってた。自分が自分でなくなっていく感覚が怖かったし、みんなに心配をかけたくなかったから……。」
「ハル……。」
「でも私、もう痛みも、疲れも、恐怖も、絶望も、悲しみも、感じなくなっちゃたんだ……。だから、あんなことを――。」
「そんな……ッ。」
ハルはすっかり変わってしまった。そしてマーヴが震えながらポツリと零す。
「あ…、確かガレンさんがエクストラスキルは呪いだって……。」
「……くそっ、あれは本当だったっていうのか。」
フリーヴァーツに後悔が押し寄せる。自分の前に突然現れて、上から目線で説教をし、挙句の果てには、みんなが信じて疑わない初代ジョウェルの英雄譚を真っ向から否定する「エクストラスキル=呪い」説を叫んで、他の人が強力な力を持たないように妨害してくる、頭のおかしな人の血迷いごとだと思っていた。いや、正直に言えばエクストラスキルが呪いなどとは信じたくなかったのだ。だって…、だってそれが本当なら、ハルとソフィアはどうなる……?
「ハル!俺が不甲斐無いばかりに……ッ!」
「フリーヴァーツ君……。」
普段はしゃべり倒しているレティシアも、今ばかりは言葉に詰まる。
「フリーヴァーツ様、ハルの世話は私にお任せください。イーダ様もハルと仲が良いですから、協力してくださいますわね?」
そしてソフィアが話に入ってきた。もちろん、フリーヴァーツがハルの世話をするうちにハルを愛おしく思わないよう、フリーヴァーツとハルを遠ざけるのが目的だ。他には、ハルの世話を率先してする、面倒見の良い姉アピールのためでもある。でも、ハルの世話に掛かり切りになると、フリーヴァーツとの時間が取れなくなるので、イーダを巻き込んでいる。
「ソフィア……。ソフィアもハルみたいになってしまうのか……?」
フリーヴァーツは泣きそうになりながら、脈絡なく聞いた。
「私は今のところ異常は感じておりませんわ。感情や感覚の欠落はありませんから、安心なさってください。」
「そうか、よかった――ッ!本当によかった!!でも、今後はエクストラスキルは……。」
(あれ?エクストラスキルって、持っているだけで呪いが進行していくのか?それとも、使った分だけ呪いが進行していくのか?)
はたと疑問に思い、言葉に詰まったフリーヴァーツの代わりに、今後エクストラスキルの修行をたくさん積む予定のあるソフィアが言葉を発する。
「とにかく、エクストラスキルを獲得してしまったということは、もう取り返しがつきませんわ。取り敢えず今はエクストラスキルを所持しているのは女性ばかりなので、女性陣で互いに呪いのケアを致しましょう。」
「そうだな……。同性の方が付きっきりで世話をしやすいだろうし、話しやすいかもしれない。でも、俺にも協力できることがあれば言ってくれ。」
「ウフフ。ハルのことはお気になさらずに、私に任せてくださいませ。」
「私たちも協力は惜しまないよ。」
レティシアが総意を汲む。ハルとソフィア以外の人たちはみんな、本気でハルのことを心配しているのだ。フリーヴァーツはパーティーのリーダーとして礼を述べる。
「ありがとうございます。…でも、俺がもっと早くハルの異変に気付けていれば……ッ!」
「それは私も同じだよ。私も、ハルがナンパ男にあまりにも酷い振り方をしたとき、おかしいとは思っていたんだよ。思えば私が元王女と明かしたときも、みんなが驚いている中、ハルだけは淡々と会話を続けていた。」
「それを言えば、俺なんて、ブラッディコート事件の前からずっとハルと一緒にいたのに、ハルの異変に気付けなかった……ッ!」
フリーヴァーツは感情を爆発させた。しかし、これではみんなが責任を感じて、みんなが不幸になるので、レティシアは話を切り上げる。
「……とにかく、私たちには落ち着く時間が必要みたいだね。みんな、取り敢えず帰ろうか。今日はもう各自、自由に過ごそう。」
帰り道は魔物がいなくなったこと以上に異様な静けさを放った――。
ハルの武器が大太刀と小太刀なのは今回の話を書くためです。長さの違うアンバランスな武器を両手に持たせることで、ハルの心のアンバランスさも表現したかったので、ハルの武器は大太刀と小太刀を選びました。ちなみに、ルイの武器がメイスであることに理由はありません。彼の武器は完全になんとなくで選ばれました。
高評価・コメントお待ちしております。




