第十八話
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少し時は遡り、イーダがハイオーガに<縮地>で奇襲を受けた2秒後、今度は木の洞に潜んでいたオーガたちを束ねる、和風の甲冑を着たオーガジェネラルがスキル<身体能力上昇>を使ってソフィアに肉薄した。咄嗟にフリーヴァーツとルイが二人ともソフィアのカバーに入るが、フリーヴァーツの方が僅かに反応が速い。次の瞬間、オーガジェネラルはハイオーガよりもさらに一回り大きな巨躯を捻り、大鉈を斜めに振り下ろす。まずはフリーヴァーツが<剣術>を発動させて大鉈を受け止めるが……。
「――――うおっ!?」
オーガジェネラルの大鉈はまるで阻むものなど何も無いかのようにフリーヴァーツの片手剣を力強く押す。
(フリーヴァーツさんっ――!!)
「<聖盾>!!」
大鉈に聖属性が付与された盾が押し付けられる。
「「ぐっ、ううう――!!」」
フリーヴァーツとルイは二人がかりで何とか大鉈を止めた。だが、まだ四体のハイオーガが残っている。
「<フィデーリ>。」
ハルは慌てることなく、斜面を駆け上がってくる四体のハイオーガに黒雷を当てる。彼らはレジストしたため、登ることを止めない。しかし、彼らの動きは目に見えて遅くなった。ハルは大太刀を抜き放ち、ハイオーガに突撃する。右側の木の上のオーガたちはハルに矢を集中させて仲間のカバーを試みる。
「<防御力上昇>、<敏捷力上昇>。」
ハルは敏捷力を強化して蛇行しながらの接近に切り替えることで被弾数を減らし、大太刀を振り回して矢を撃墜し、防御力を上げて被弾したときのダメージを緩和する。
一方のソフィアは激戦の中、トリップしていた。
(フリーヴァーツ様が私のことをオーガジェネラルから守ってくださいましたわ♡!なんて素敵な――!!本当はもっとこのロマンチックなムードを楽しんでいたいですが、あまり悠長なことをしていると、ハイオーガが登ってきてフリーヴァーツ様に危害を加えてしまいますから、私はそちらの対応を致しましょう。背後からの射撃は止んでいますわね。)
ソフィアは<隠密>を発動させ、左側の斜面の方へ二歩後ろに後退する。ただし、彼女が元々立っていた場所は山の尾根なので、そこから下がるということは自分の立っている高度を下げるということで、ひいては彼女は弾丸の発射位置を下げたということだ。
(今、私の前ではフリーヴァーツ様とルイ様とオーガジェネラルと戦っていらっしゃいますわね。客観的に言っても、今の状況は私の射線が通っているとは言えませんが、暗殺貴族の跡取り令嬢として鍛えられてきた私の狙撃力をもってすれば――。)
ソフィアは<猟銃>にてライフル銃を創造し、フリーヴァーツとルイの間にある隙間と、オーガジェネラルの股の下からハイオーガに照準を合わせる。そして彼女は静かに引き金を引いた。
パアァンッ!という乾いた音と一緒に発射された弾丸はフリーヴァーツとルイの間と、オーガジェネラルの股下を抜き、斜面を登っていたハイオーガの右目に見事に吸い込まれていった。右側の斜面にいたオーガたちはさすがに二枚隙間抜きとかいう曲芸を食らわされたことをすぐには飲み込めなかった。ただただ何をされたかすら分からないまま、強さに定評のある仲間が殺されたことに動揺する。ゆえに矢の攻撃が緩み、別のハイオーガにハルの接近を許してしまう。
ハルが大太刀を振りかぶる。接近されたハイオーガはスキル<受け太刀>を発動させ、防御しようとするが、ハルの黒雷に撃たれながらではまともにハルの大太刀を受けることすらままならなかった。ハイオーガは不完全に刀を持ち上げたところで首を跳ね飛ばされる。その直後、怒りをこめた矢の雨がハルに降り注ぐ。単純に同朋を殺された怒りもあるし、オーガ陣営としてはこれ以上戦力を削られるわけにはいかない。何としてでもハルを殺す。そしてハイオーガを守るという確固たる意志を感じる怒涛の射撃だった。
それに対してハルは撤退を選択。矢の発射位置に近づいたために矢がより速くハルに届くのと、単純な物量のコンボは捌ききれないというのが主な理由だが、ハイオーガを倒すのは姉のソフィアに任せてもいいという判断もある。だから、ハルはハイオーガが二体死んだことで出来た<フィデーリ>の余力を使い、すでに<フィデーリ>で拘束されている二体のハイオーガの拘束をさらに強め、最早指の一本すら動かせないようにした。
木の上のオーガは何体か下りてきて、ハイオーガの体力が黒雷で削り切られる前にハイオーガを助け出そうと試みる。木の上にいたオーガたちは軽量化のために、弓矢以外の武器を装備していなかったため、近接攻撃が出来ないが、矢でハルを遠ざけ、ハイオーガの前で肉盾となり、その辺に転がっていた倒木でハイオーガを突き飛ばすことで黒雷から逃し、ハイオーガを担ぎ上げてハルの魔法が届かない位置まで撤退しようとする。そこに打ち込まれた二発目のライフル弾はしっかりと三体目のハイオーガの命を奪っていく。
オーガたちはハイオーガの亡骸を捨て、生き残った方のハイオーガの前の肉盾を厚くすることで、辛うじてオーガたちはそのハイオーガを助け出すことに成功したのであった。
***
一方のデールは苦戦していた。最初の奇襲で右腕を深く切られたのが響き、右腕が使えない状態でハイオーガと戦わざるを得なかった。それと、単純に刀に対して拳で戦っているので、リーチの差があったし、後は普通にハイオーガが強かった。基礎は極めると手が付けられなくなるものだ。ハイオーガは的確にガードの隙間を突いた攻撃を高速で何度も繰り返す。原理自体は至極単純だが、ただそれだけのことがこれほど厄介とは……。
とにかく、これらの理由からデールは防戦一方になり、体に傷を増やしていく。近接戦闘では分が悪そうだということは疾うの昔に悟っていたデールは<土属性魔法>で自分の全周から石の槍を生やすことで、強制的に自分とハイオーガの距離を離し、遠距離戦に持ち込みたかった。しかしデールが対峙しているハイオーガの攻撃が激しすぎて、そんなことをしている隙が無い。
(ならば、敵の予想を超えることをして隙を作り出すまでだ――!)
デールは一度右腕から力を抜き、ダランと下す。目の前のハイオーガは自分の右腕をチラ見する。デールもハイオーガのその視線を見る。そしてハイオーガが目線を戻して次の攻撃に移ろうとした直後に右拳を握りしめ、<鉄拳>を起動。右腕に受けた傷と体勢の悪さをねじ伏せて強引にアッパーカットを打った。
「オラァアッ!!」
「――ッ!?」
ハイオーガはデールの渾身のアッパーを咄嗟にスウェーで(上体をのけぞらせて)避ける。しかしハイオーガは不意を突かれ、態勢を崩した。――今だ!
「<土属性魔法>!」
デールは計画通り、自分の全周から石の槍を生やした。ハイオーガはバックステップで避ける。デールはさらに<土属性魔法>を使い、急いで礫を作り出す。
(奴が着地する瞬間を狙って……そこだ!)
デールが礫を発射。対するハイオーガは着地と同時に<縮地>を発動。礫を躱しながら、デールの右後ろの石のバリケードの外に、瞬間移動と見紛うほどの超高速直線移動を成し遂げる。
(何っ、避けただと?!いや、落ち着け。それよりも奴はどこに……。)
デールは咄嗟にフリーヴァーツたちの方を確認する。ここでハイオーガがフリーヴァーツたちの背後に回り込んで奇襲するという最悪の事態を警戒できたのは素直に賞賛すべきだろう。だが、それが仇となり、デールは完全に反応が遅れる。ハイオーガは刀を鞘に収めて<居合>の発動条件を整え、バリケードを飛び越した。デールも気付いて振り返るが、ハイオーガの<居合>が発動する。デールの首元に美しささえ感じる死のきらめきが――。
やけにゆっくりに見える刀を見ながら、デールは自分の宿敵たるオーガロードを思い出していた。一種の走馬灯だ。
――オーガのダンジョンが出来て鉱山が占拠された時、ホレイショーの騎士団はすぐに奪還作戦を決行した。そしてデールも所属していたホレイショーの騎士団はオーガロードに出くわした。ホレイショーの騎士団はたった一体のオーガロードに壊滅させられ、騎士団員は蜘蛛の子を散らすように逃げた。デールも無様に逃げ出し、同僚が大勢死んだ。そして何とかホレイショーに逃げ帰ったデールたちに待っていたのは、そのオーガロードの追撃だった。
しかも幸か不幸かこの時、ホレイショーはブラッディコート事件でグローブ町から逃げてきた難民を受け入れていた。軍隊が動揺して動けなくなったタイミングで守るべき人間の数が増えたのは不幸だが、この難民の中にレティシアのやつがいたおかげで、俺とレティシアで協力してオーガロードを撃退できたから結果的には幸だっただろうか。
ああそうだ、オーガロードを撃退した後も、領主はオーガのダンジョンにカチコミをかける気はないようだったな。単純に戦力不足もあるが、それ以上に領主はオーガロードの強さにすっかりビビッて触らぬ神に祟りなしという思考に陥っているところが致命的だった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。結局俺は何が言いたいかっつーと、俺とレティシアのやつがホレイショーの東門でオーガロードと戦ったときにオーガロードが放った、闇の炎を纏った横一文字斬りに比べたら、今目の前で繰り出されている居合抜きなど止まって見えるということだ――!
「オッラァ!!」
デールは右手で<鉄拳>を発動し、石のグローブを嵌めた右拳を速く、強く、がむしゃらに振り上げる。右拳をハイオーガの刀にぶつけると同時に頭を下げることで、結果としてハイオーガの刀はデールの頭をかすめるにとどまった。
(どうだっ!この程度の速さに苦戦してちゃ、ロードを倒すなど出来っこねぇ!それに俺が死んだら、このハイオーガが後ろの仲間のところに行っちまう。)
ハイオーガは今の攻撃を受けられたことに目を見開いたが、すぐに第二撃に移る。デールは体勢を崩しているが、最後まで諦めずに<土属性魔法>と<鉄拳>で固めた左手を出そうとする。しかしこのタイミングで右手が強烈な痛み信号を送りつけて来た。先ほどのパリィもどきで彼の右腕は骨折していたのだ。
(いてっ…!)
デールが顔を顰めてほんの一瞬だけ怯んだ。だがその一瞬は運命を決する一瞬だった。もともとのリーチ差もあって、デールの拳よりも先にハイオーガの刀が先に届くことが確定した。デールは反射的に左手を戻して防御しようとするが、どうあがいても中途半端な防御にしかならない。
(悪ぃ、みんなっ……。俺死んだっ――!)
だが、幸運の女神はデールに微笑む。ハルは矢による猛烈な追撃を受けていたが、蛇行しながら後退しつつ、オーガジェネラルのところを目指していた。オーガジェネラルのところに行けば木の上のオーガはオーガジェネラルにフレンドリーファイアすることが怖くて、矢を射るのを躊躇うだろうし、自分もオーガジェネラルを背後から襲えるから。そして、蛇行移動の途中でデールがハイオーガと戦っている場所の近くに寄ったハルは木の上のオーガのヘイトがデールに向かず、それでいて<フィデーリ>がデールを巻き込むことなくハイオーガに当たる角度を慎重に見定める――。
「<フィデーリ>。」
ハルの黒雷がハイオーガに襲い掛かった。
ハイオーガは<フィデーリ>の効果で、デールは突然のことに対する驚きで体が固まる。しかしデールはすぐに復帰し、左肩からの体当たりでハイオーガを突き飛ばす。ハイオーガは石のバリケードを飛び越して崖下に滑落していった。その後すぐにデールは膝から崩れ落ちた。直接的な原因はハイオーガとの激戦だが、この戦場に辿り着くまでに経験した悪路の登山と、数々のハラスメント攻撃による諸々の消耗がボディーブローのように効いてきたのだ。
ハルはデールが倒れたことに気付いたが、現在彼女は矢の豪雨に見舞われているので、デールの救援には行けない。仮に強引に行ったところで、ハルもデールも仲良くハリネズミに転生するのがオチだろう。だからハルは進路を再び変更してオーガジェネラルの方へ走る。木の上から矢を撃ってきているオーガたちのヘイトがデールに向いてしまわないように、ハルがオーガジェネラルの背後を突けるように、矢の雨が止むように。
オーガロードはレティシアとデールによって撤退させられた経験から、ホレイショーの戦力を高く評価しています。オーガロードとしては、自分一人でホレイショーを攻めたところで、ホレイショーを攻め落とせないと考え、今度は数押しを試みたのが先のホレイショーをオーガ1万体で攻めたモンスタースタンピードになります。
高評価・コメントお待ちしております。




