第十六話
***
小休止を終えた一行は山道を進んで行く。坑道横の橋を越えた先のシダ植物の下にはもうオーガは潜んでおらず、そこは素通りできた。その先の道は大きく右に曲がり、勾配がより急激なものになった。マーヴも愚痴をこぼす。
「ふぅ、ふぅ、坂がきついっすね。それになんか、足元がぬかるんでるし、石と枯葉と木の枝と木の根が散らばってるせいで、スゲー歩きにくいっす。」
デールは少しだけ記憶を辿ってから言葉を発する――。
「……ここは踏み固められた道だったはずだ。おそらくオーガどもがわざと歩きにくいようにしたんだろう。ついでに言えば、所々置かれている大きな石のことだが、一見すると何の意味も無く散らばっているように見えて実は、バイコーンが通りやすいようにバイコーンの脚力に合わせた間隔で置かれてやがるな。」
「あ!確かに言われてみれば、大きな石はどれもこれも上が平らになってて、苔も生えてないっす!」
マーヴはデールの鋭い指摘に目を見開く。
しかし束の間だけ驚愕が疲労を上回っても、劣悪な路面状況は着実に一行の体力を奪っていった。とはいえ、この程度では体力を削られこそすれ、頑張ればなんとかなる。これまでの冒険で体力と根性を鍛えられてきた一同はついに地獄坂を登り終えた。
そしてその地獄坂を上り終えた先には一本道が広がっていた。右側は崖下が遠くに見える断崖、左側は壮大な土の絶壁、その間に人一人が通れるくらいの細い道が通っている。
「……さ!まずはレティシアパーティーがこの道を通り抜けるから、フリーヴァーツパーティーのみんなはここで待ってて。」
レティシアは出し抜けにそう宣言した。フリーヴァーツはその真意を尋ねる。
「レティシアさん、どういうことですか?みんなで行けばいいんじゃないですか?」
「いいや、多分だけど敵は私たちがこの狭い通路を通っているところに崖の上から物を落としてくるつもりだろう。それに、対岸の茂みから私たちの側面に攻撃をしかけてくることも考えられる。だからまずは私たちだけが先行して敵を制圧するから、その後に君たちが付いてくるといいよ。」
「う~ん……。それはそもそも、こんな細い道を通ろうとするから危険な奇襲を食らうんですよね?だったら<土属性魔法>を使って、この左の壁から向こう岸に繋がるトンネルを掘ればいいんじゃないですか?」
「ああ、そうか。フリーヴァーツ君のパーティーには<土属性魔法>が使える人はいなかったね。<火属性魔法>ばかり使っていたら気付きにくいかもしれないけど、<土属性魔法>が使えるからといって、そこら辺の土を動かしたり消したりすることはできないんだよ。」
「え、そうなんですか!?でも、確かに俺はいつも魔法で新しく炎を生み出すばかりで、元からあった炎をどうこうしようとしたことはなかったなぁ……。」
「ありがちな見落としだね。フリーヴァーツ君も、<火属性魔法>を使って松明に元から点いている炎を鎮火したり、消えかけている炎を燃え上がらせたり、隣の松明に炎を移動させたりすることはできないはずだよ。今度やってみるといい。」
「分かりました。それで、とにかく坑道戦術は使えないんですよね?」
「そうだね。そもそも、<土属性魔法>で天然物の土を動かしたり、消したりすることはできないから、トンネルは掘れない。奇襲覚悟で何とかこの細い一本道を渡るしかないかな。」
「だったらせめて、マーヴ君の代わりに俺が行きますよ。マーヴ君の<大砲>なら、こちら側にいながら対岸を攻撃できるから、俺たちがこの道を渡る手助けになるでしょう。」
このフリーヴァーツの言葉に最も早く反応したのはレティシアでもマーヴでもなく、ソフィアだった。
「いけませんわ、フリーヴァーツ様。フリーヴァーツ様が居なくなると私たちの指揮は誰が取るのですか?それに、レティシア様はパーティー内の連携の経験値もご考慮なさっておられるのですわ。」
「む、そうか。」
フリーヴァーツは自分が力になれないことでちょっぴり残念だったが、納得しかけた。しかしそこでマーヴが口を挟む。
「いやー、でも俺らもゆうてフリーヴァーツさんたちと同じくらい長い時間を過ごしてきたっすから、レティシアパーティーのメンツが多少フリーヴァーツパーティーのメンツと入れ替わっても何とかなるんじゃないっすかね。それに、ソフィアさんはブラッディコート事件の時に領主の娘として、いち早く市民の避難誘導ができたんだから、指揮が取れなくはないっすよ。」
「……ふむ。じゃあ、向こう岸に渡るのは私とデール、それからフリーヴァーツ君の3人で行こう。」
「……お待ちください、レティシア様。私も連れて行っていただけませんか?私なら足場が悪くても、正確に銃を撃てますわ。より近くから援護射撃があった方が良いのではありませんか?」
(この女、さっきからフリーヴァーツ様と楽しそうにしすぎではないか?吊り橋効果で二人がくっついてしまわないように、物理的に私が間に入りたい。)
「いや、近くからの援護射撃なら私の魔法でなんとでもなる。それに、あまり細道を渡る人数を増やしすぎても、今度は移動速度が遅くなってしまう。足が遅ければ遅い程、敵の攻撃を食らうから、人数を増やしすぎるのはかえって危険だよ。ソフィアちゃんは牽制に専念してちょうだい。」
「では、逆にフリーヴァーツ様がこちらに残るのはどうでしょうか?そうすれば、細道を渡る人数がさらに減り、援護に専念できる人数が増えるので、移動速度が上がるのではありませんか?」
この疑問にはフリーヴァーツが答える。
「いいや、いくらレティシアさんとデールさんが凄いと言っても、向こう岸に敵がどれだけ潜んでいるか分からないのは危険だ。だから二人に付いて行って<剣術>で援護するよ。レティシアさんの話を聞く限り、対岸に渡るときにオーガたちと押し合いをする必要があるだろうけど、俺は<勇者の加護>のおかげで他の人よりも近接戦闘には自信があるし、適任だと思う。」
「……っ、正論ですね。」
ソフィアは言い返せなかった。フリーヴァーツはこう言っているし、レティシアは様々な魔法が使えるために、どんな状況にも対応できるし、デールも攻防に優れていている。魔物の攻撃を受けながら細道を渡り、対岸に拠点を作ることを考えれば、最適な少数精鋭部隊と言えてしまった。
これで彼女はフリーヴァーツと離れることが確定したため、悔しさと残念さが混じった顔になる。それを見かねたフリーヴァーツはソフィアに声をかける。
「心配すんな。俺はちゃちゃっと魔物を倒してくるし、ソフィアの援護も凄く助かる。それに、ソフィアはすごくリーダーシップがあるんだから、ちゃんと指揮できるって。」
そこではないのだが……と思いつつも、ソフィアは本心からフリーヴァーツの無事を願う。
「分かりましたわ。フリーヴァーツ様の方こそ絶対に無事に帰ってきてくださいね?」
「ああ、約束する。それと、ソフィアも無事でいろよ。」
「もちろんですわ。」
ここでレティシアが号令をかける。
「それじゃ、時間も押してきたし、そろそろ行こうか。」
ソフィアはフリーヴァーツが自分にだけ言ってくれた無事を願うという言葉を噛み締めながら、フリーヴァーツの背中を見送った。
(くそっ、レティシアめ……。断崖絶壁だからって、フリーヴァーツ様にくっつきすぎじゃないかしら?フリーヴァーツ様が魅力的なのは痛い程分かるが……。場合によってはあの女の背中を(鉛玉で)押してやる。)
ソフィアは<猟銃>を起動し、ライフルを作り出す。
「ソフィアさん、オーガっすか?」
マーヴがソフィアに声をかける。
「いいえ、ただ戦闘態勢に移っただけですわ。」
「まあ、いつ敵が襲ってくるか分かんないっすからね~。」
***
一方のレティシアたちはデールを先頭に、フリーヴァーツ、レティシアの順で、左の壁に手を付きながら滑落しないようにゆっくり落ち着いて慎重に一歩一歩進んで行く。
――パラッ……。パラッ……。
足元の砂利が崖下へ落ちていった。
細い一本道の中ほどを越えたとき、果たして左の崖上からオーガたちが顔を覗かせた。彼らは二人がかりで丸太をもっている。それに気づいたレティシアはデールの名を叫ぶ。
「デール!!」
彼女は叫ぶと同時に、デールと二人で<土属性魔法>を使い、自分たちの上に三角屋根を作り、上からの丸太を防ぐ。さらに、先頭に立つデールは<土属性魔法>にて、三角屋根をどんどん前方に拡張していく。ダメ押しにソフィアのライフルも崖上のオーガの脳天を打ち抜いた。命を断たれ、丸太を支えきれなくなったオーガは丸太と共に崖下へと落下していく。落下の軌道は少しだけ膨らんだ放物線であり、レティシアたちに直撃はしなかったものの、頭上の三角屋根の端にドンッ!とぶつかっていった。
おお、屋根があってよかった――などと感想を抱いたのも束の間、対岸の茂みから矢の射撃が敢行される。そこでレティシアとデールは再度<土属性魔法>を行使し、先ほど作った三角屋根を強引に拡張して自分たちの側面を覆い、ついでに足元まで繋げて足場を確保した。つまりレティシアたちはトンネルの中にいるような状態になり、このトンネルは細道の中ほどから対岸までずっと続いているので、上と側面からの攻撃は完全に防げるようになった。それは敵も理解したようで、さも当然かのように前方からオーガの重装歩兵部隊が突撃してくる。なるほど、本来は重装歩兵で一本道の出口を封鎖したり、一本道を渡ってきた冒険者を崖下に落としたりするのだろう。しかし今は転落の心配はしなくていいので、先頭にいたデールが<土属性魔法>で正面に土の壁を作り、オーガの突撃を受け止める。
「よし、行くぜ。<土属性魔法>。」
デールは肘から先に石のグローブを嵌める。そしてデールが何も言わなくても、レティシアがバフをかける。
「<聖属性魔法・攻撃力上昇>!」
デールが頷いた直後、魔法で作った土の壁を解除する。
「<鉄拳>。」
突撃してきたオーガの足はすっかり止まってしまっていた。そこにデールは<土属性魔法>で石のグローブを嵌め、レティシアの<攻撃力上昇>で攻撃力を底上げし、ダメ押しに<鉄拳>でパンチの威力を大幅に上げた拳でもって重装備のオーガを思いっきりぶん殴った。一番先頭にいたオーガの盾と鎧はひしゃげ、後続のオーガの下に吹き飛ばされる。デールはそれに構うことなく無慈悲に第二撃、第三撃と殴打を繰り返し、力尽くでオーガの重装歩兵部隊をトンネルから押し出し、自らもトンネルを抜け、対岸に渡り切った。
デールに続き、フリーヴァーツも対岸へなだれ込み、<剣術>を発動。華麗な剣捌きでオーガたちを切り伏せていく。さらに、崖の向こうからマーヴの大砲が発射され、草木を耕し、敵があぶり出されたところで、レティシアが大規模な<水属性魔法>を使い、オーガたちを崖下に押し流していく。そして彼女がこれ見よがしに<火属性魔法>を使って見せたことで、フリーヴァーツは彼女の意図に気付いた。
(そうか、草木が濡れているから延焼しにくくなっているのか…!)
これに気付いたフリーヴァーツは<火属性魔法>を使った攻撃も繰り出していく。
一方で、崖上で丸太を落としてきたオーガたちは周囲が水浸しになったことでレティシアたちの機動力が損なわれたことを見抜き、高台から弓矢でレティシアたちに攻撃を仕掛ける。しかしそこはソフィアの狙撃とデールの<土属性魔法>、そしてレティシアの魔法で受けた。そして十数分後、対岸に潜んでいたオーガは全滅した。
続いてレティシアの<聖属性魔法・敏捷力上昇>を受けて移動速度が上がったレティシアたちが、対岸に渡った先の道――この道は大きく左に曲がっている――を駆け足で進み、オーガたちが丸太を落としてきた崖の上まで到達。ここで丸太係のオーガたちと再び交戦し、これを撃破。想定よりも崖上の敵が少なかったこともあり、十分ほどで崖上のオーガを殲滅し、細道の安全を確保した。
レティシアたちは断崖絶壁の細い一本道を渡るときに、<土属性魔法>で円筒状のシールドを作っていました。この部分を読んだときに、そんなことができるなら初めから細道を円筒状の土壁で囲って、みんなで渡ればよかったのではないかと思われた読者様もいらっしゃることでしょう。しかし、トンネル状の道(しかも、ここでは一直線な道)をみんなで渡ってしまうと、バイコーンの突進や<火属性魔法>による火炎放射で一網打尽にされる危険性がありました。また、崖上のオーガが(その身体能力の高さを活かして、)もともとレティシアたちがいた側のトンネルの入り口に降りてきてしまうと、レティシアたちはみんなで前後からの挟撃を食らう危険性があるということです。
高評価・コメントお待ちしております。




