第十四話
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レティシアとルイは走るのを止め、立ち止まった。二人は息を整えながらしゃべり出す。
「はっ、はっ。レティシアさんに付いて逃げて来ましたけど、これからどうしましょう。」
「ふっ、ふっ。ルイ君はフリーヴァーツ君とソフィアちゃんのやり取りを見てどう思った?」
「そうですね。私が気になっている人にプレゼントを贈るとしたら、コンバットナイフは贈りません。もっと他に良い品があるのではないかと思いました。」
「そうだよね。私が見た感じ、ソフィアちゃんは本気で喜んでたけど、フリーヴァーツ君の方は付き合っているにしては、やや淡々としていた印象だった。あの二人が付き合っているかどうかは二人に聞かないと分からないけど、まだ付き合っていない可能性はあると思うよ。」
「ああ、以前フリーヴァーツさんに聞いたら、二人は付き合っていないと言っていました。」
「それは私も前、聞いたことがあるけど、恋愛関係はいつの間にか進んでいることもあるからね。」
「うっ、そうですね……。」
「まぁ、そういうこともあるというだけで、恋愛の歩幅は人それぞれだよ。ところで、ルイ君はハルちゃんのことをどう思ってる?」
「ハルちゃんですか?……まさかハルちゃんは私のことを?」
「ハルちゃんは多分ルイ君のことをちょっとだけ意識してると思う。だからハルちゃんの気持ちをそれとなく探ってみて。ハルちゃんの気持ちにも、ちゃんと答えは出してあげるべきだよ。」
「そうですね。ですが、今はオーガダンジョンに挑む前なので、ハルちゃんの心を乱したくはありません。それこそ動揺して動きが悪くなったら、戦場では命取りですから。答えを伝えるのはダンジョン攻略後でもいいですか?」
「それでいこう。さて、ここはどこかな?」
話が付いたところで、二人は周りを見渡してみる。すると、少し離れたところにある露店で商品を見るハルとイーダの姿を見つけた。
「やっべ、ハルちゃんがいるじゃん!」
「どうしましょう、レティシアさん。今の会話、ハルちゃんは聞いていましたかね?」
「いいや、この距離なら大丈夫でしょう。あれ?てか何かハルちゃん、知らん奴に絡まれてね?」
レティシアとルイの視線の先ではチャラそうな男がハルに話しかけていた。片膝までついて大仰にハルのことをナンパしているようだ。しかし、どうやら彼は振られたようで、とても怒ったようにその場を去って行った。
「おっと。険悪な雰囲気になったので、ハルちゃんを助けに行こうと思いましたが、その必要はなかったようですね。」
「でも、念のためハルちゃんとイーダちゃんのフォローに行こう。」
二人はハルとイーダの方へ駆け出した。
***
――時は少し遡る。
デールの父親の店を出て通りを歩いていると、とある露店の前でハルとイーダはメイド服を着た白髪赤目の女性、ヘレンに声を掛けられた。
「そこのお嬢さん方、魔道具に興味はないかい?」
「魔道具ですか?」
ハルは興味を示す。
「そうそう。あなたの頭の上にも乗っているやつだよ。ちなみに、その花冠の効果は何だい?」
「あ、花冠に触れてみますか?」
魔道具に触れて念じれば魔道具の名前や効果が分かるので、ハルは頭に乗せていた花冠を片手でつかんでヘレンに差し出す。
「ほうほう。オフィーリアの花冠ね。効果は…なるほど、登攀能力の上昇ね。いいじゃない。」
「でしょー!」
ハルはにっこにこで自慢する。イーダはそんなハルのことを微笑ましく思いながらも、小声で忠告する。
「ハルちゃん、お洋服を見に来たんじゃなかったの?」
「そうだった!」
ハルはハッとして叫ぶ。ヘレンは柔らかく笑う。
「うふふ。お嬢さん方、実はうちはお洋服の魔道具も扱っているんですよ。」
ハルは「え、そうなんですか!?」と興味津々に聞き返し、イーダは「聞かれちゃいましたか……。」と曖昧に笑う。ヘレンは余裕を崩さずに次のように言った。
「ええ。たとえば今私が着ているこのメイド服も日光耐性の効果を持つ魔道具なんですよ。おかげで紫外線でシミができません!ほら見てください、この白い肌をッ!」
(まあ、実際は私は吸血鬼だから日光耐性は美容のためというより、日の下で活動できるようにするために使っているし、この白磁の肌も血の気が無いだけだがな……。)
「おお、すごいです!他にはどんな服があるんですか?」
「ロリータファッションがお好みでしたら、こちらはいかがでしょう。」
ヘレンはハルが今着ているような服を持ち出してくる。
「あ、ハルちゃん、その服とか可愛いんじゃない?」
イーダも好意的に受け止めたが、ハルは満足していないようだ。
「うーん、可愛いかな?」
「あれ?ハルちゃん、いつもこんな服を着てなかった?」
「そうだね、いつも着てたけど、急に可愛いと思えなくなったんだよね。それよりも、今の服はホレイショー防衛戦前から何回もやってきた戦闘のせいでボロボロになったんだよね。だから今度の服は耐久性に拘ろうかなって。」
「それでしたら、こちらの商品はいかがでしょう?」
ハルとイーダの会話を聞いていたヘレンは別の服を持ち出してくる。紳士用のスーツだった。
「お客様はマニッシュな服装も似合うとお見受けしますし、こちらの商品は服本体の耐久力が向上しているんですよ。」
「おお、その服いいですね。」
ハルは気に入ったようだ。イーダは意外に思ったということを素直に伝える。
「意外だね。いきなりマニッシュなファッションにするんだ?」
「あの服装は肌の露出面積を少なくしつつ、動きやすそうだからね。あと、私がレティシアさんに憧れてるのもある。」
レティシアはいつも軽鎧の下に白いカッターシャツと黒いスラックスを着用しているのだ。
イーダはちょっぴり困った顔で尋ねる。
「えー?ハルちゃん、レティシアさんに憧れてるの?」
「うん、レティシアさんはすごい魔法使いだし、コミュニケーション能力もあって、情報を集めたり、仲間に付いてこさせたりすることが得意だよね。」
「あはは、そうだね。私はレティシアさんのだらしない所をいっぱい見てきたけど、ハルちゃんはレティシアさんの良い所をたくさん見ているんですね。」
イーダが笑っていると、チャラそうな男が店にきた。
「ヘレンちゃーん、今日も俺が遊びに来たよー!」
「はいはい、うるさいのが来たわね。」
「ヘレンちゃん、今日も金貨一枚ぶん買うよー。」
「まったく、金はある所にはあるのね。」
チャラそうな男はスキップしながら店に近づいて、店長のヘレンに挨拶する。ヘレンと呼ばれた女性は慣れたように、呆れたように返事をした。チャラそうな男はヘレンを見つめながらスキップしていたが、ハルにチラと視線を向けると急に立ち止まり、そのままハルのことをじっと見つめる。そしてその男はハルの前で片膝をついて言った。
「好きです、結婚してください。」
「え、あの?」
「ああ、失礼。先に名乗るべきでしたね。俺はClotenっていいます。あなたのお名前は?あ、花冠よく似合ってるよ。」
「あ、ありがとうございます。えっと…。」
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。」
クロートンは堂々と言ってのける。ヘレンは呆れながらクロートンを窘め、ハルに謝罪する。
「そういうことじゃないでしょ。お客様申し訳ございません。」
「ああ、いいんです。」
ハルはヘレンの方を向いて両手をひらひらさせた後、クロートンの方に向き直って言う。
「それとクロートンさん、あなたの告白はお断りします。だって、あなたにはお兄ちゃんのgarment(ここでは下着の意味)ほどの価値も感じませんから。」
クロートンは目を見開き、イーダは一回絶句した後に言った。
「ハルちゃん、それは流石に酷いんじゃ……?」
「ん?そう?」
一方のハルは平然としていた。イーダはますます動揺する。クロートンも何とか怒りを抑えながらハルに告げる。
「そうですか。正直これほどの侮辱は初めてかもしれません。ですが、今は引きましょう。」
クロートンはこの言葉を残して店を引き返していった。ヘレンはおずおずとハルに忠告する。
「あの、お客様。先ほどのことは只今退店されたお客様がおっしゃったことが事の発端ですが、お客様のほうでも他のお客様と波風を立てない対応をしていただけると助かります。」
「ああ、すいません。お店の売り上げが落ちますもんね。お詫びに私が少し多めに買いますよ。」
イーダはハルに恐怖を覚えた。ハルは「お店の売り上げが落ちますもんね。」などと言っていたが、それ以前に誰かと喧嘩になるのが怖くないのだろうか?今のハルは他の人と揉めるのを気にしていない――。
そこにレティシアとルイが駆け寄ってきた。イーダは心細くなってしまったところに気心の知れた仲間が現れたので、うっすらと涙を浮かべてしまう。
「レティシアさんっ、ルイさんっ――!」
レティシアは即座に異常を察知する。ルイも気を引き締める。
「イーダ、ハル、どうしたの?!」
イーダは声を発そうとしたが、機先を制してハルが先に発言した。
「この店すごいんですよ!私服の魔道具なんて思いつきもしなかったです。」
「――っ!」
イーダは咄嗟に口を噤んだ。しかしレティシアはイーダの異変を見逃さない。取り敢えずハルに返事をしてからイーダを連れ出そうと試みる。
「服の魔道具か、確かに珍しいね。この店には他にも面白そうな品がいっぱいあるから、もっと見ていたいけど、ちょっとイーダを借りて行ってもいいかな?ルイ君、ハルちゃんをお願い。私はイーダと一緒に一旦この店を出るよ。しばらくしても帰ってこなかったら、君たちも退店しちゃっていいから。」
「分かりました。」
ルイは簡潔に答え、レティシアはイーダの手を引いて店を後にする。
***
各々の一日を過ごして夜になった。夜にはデールの父親が営む武器屋に、ハルの大太刀とレティシアの杖を取りに行く約束をしていたので、フリーヴァーツパーティーもレティシアパーティーもデールの父親の店に集まっていた。
「おう、お前らの武器は出来てるぜ。」
デールの父親は大太刀と杖をカウンターの上に置く。ハルは嬉しそうに駆け寄る。
「わぁ~、これが私の大太刀なんですね!」
「おうよ!腰に差してみな。」
「はいっ!」
ハルはデールの父親の勧めに従って、いそいそと大太刀を腰に差す。ハルの左腰には、侍の大刀と脇差のように、大太刀と小太刀が装備された。デールの父親は満足そうに言う。
「どうだ、重くないか?重かったら小太刀の方は引き取ってもいいぜ。」
「いえ、大丈夫です。」
ハルは小太刀をそのまま持っていくことにした。
「じゃあ次は私の番だね。」
ハルに続き、レティシアも杖に手を伸ばす。そして杖に魔力を流し込んで、杖の先端から小さな炎をぼっ、ぼっ、と出したり、杖を軽く振ってみたりして、新しい杖の感触を確かめる。レティシアは満足げに言った。
「うん、いいね。ちょっと魔法の試し打ちしてもいい?」
「ここでは勘弁してくれよ……。」
「アッハッハッハ。……さて、昨日は無数のオーガが討伐され、今日は物資を調達できた。だから、レティシアパーティーは明日から鬼の居ぬ間にダンジョン攻略に行こうと思う。フリーヴァーツパーティーはどうする?」
フリーヴァーツは一度パーティーメンバーの顔を見渡し、彼らの目に意志が宿っていることを確認した上で宣言する。
「俺たちもオーガダンジョンの攻略に同行します!一緒に頑張りましょう!」
「よし、決まりだね。それじゃあ、私が昨日酒場で仕入れた情報を共有して、明日は何時に集まるのかを決めていこう。」
この日の夜は翌日のダンジョン攻略の作戦会議をして過ごし、翌日の朝、一行はホレイショーの東門にいた。
「うっわー!大きな跳ね橋ですね!」
ハルがはしゃぐ。ホレイショーの東門は城門が跳ね橋になっていて、東門の前に川が流れていた。
「俺も初めてこの跳ね橋を見たときは驚いたっす。」
と返答したマーヴは川の下を見て何かに気付いた。
「あれ?この川ってこんなに浅かったっすか?」
マーヴの指摘にソフィアとレティシアの顔が強張り、ソフィアが確信交じりに言う。
「この川は飲み水や鉱山からの鉱石の運搬に利用されていたはずですわ。まさかオーガたちが川を堰き止めて水攻めしているのでしょうか。」
ソフィアの考察にレティシアが続く。
「魔物は飲食の必要のない兵士だから、給水路を断つ作戦は思いつきにくいと思うけど、今回の敵は頭脳派な印象だから、完全に否定もできないね。でも、断水作戦にしては水が完全に止まっていないみたいだし、たとえ水源を押さえられても籠城できるように、城内に貯水槽は用意されているから、しばらくは持ちこたえられるはずだけど……。」
最後にデールが答えを言う。
「いや、水量が減ったのは時季的なものだろう。マーヴがホレイショーに来たのは、春も終盤に入った5月で、しかも今年の春は異様な暑さだった。だからマーヴが来たときには降水量が多くて川の水位が上がっていて、今は11月の終わりで冬が始まろうとしているから、雨が落ち着いて水位が低くなっているんだろう。」
「そうだったんっすね。」
マーヴが納得したところで、一行はダンジョンへと歩みを進める。目指すは山頂、ダンジョンコアの嫌な気配がする場所だ。レティシアとデールは橋を渡った先に散らばる石の瓦礫を見て思いを馳せる。その瓦礫は元々、跳ね橋を下したときに先端が地面に当たる場所を示し、人や荷物が跳ね橋に押し潰されないようにするために作られた二本の石柱――直方体の石製ブロックを組み上げたもの――だったものだ。この二本の石柱は、白い肌から所々黒い炎を漏らすオーガロードの闇属性の炎の横なぎ一閃によって、両方ともなぎ倒されたのだ。あの鬼からホレイショーを守る、いまからあの鬼と戦いに行く、自分や仲間があの鬼に殺されるかもしれない。二人の胸には様々な感情が沸き起こるが、言うべきことは一つだけだった。
「「君ら/お前ぇらのことは私/俺が守る――!」」
レティシアとデールの声は重なった。
今回の話に登場するヘレンさんは第七話に登場したヘレンと同人物です。
ヘレンさんは<変化>を活かし、人間に交じって情報を集める吸血鬼側の諜報部員です。
高評価・コメントお待ちしております。
お知らせ:2024/08/28
第十二話におきまして、以前は巨大オーガが雄叫びを上げて攻撃すると同時に<フィデーリ>を巨大オーガの頭部に使い、口が開いているままになっているところでソフィアが巨大オーガの口内を狙撃するという描写がありました。
私が言いたかったことは、巨大オーガの脳だけに集中して<フィデーリ>を当てると「開けた口を閉じる」という思考ができなくなるため、巨大オーガの口は開きっぱなしになり、ソフィアが狙撃しやすくなるということでした。しかし、筋肉に電気を当てると収縮することを踏まえれば、<フィデーリ>という電気の魔法を当てると咬筋が電気刺激で収縮し、巨大オーガの口が閉じてしまうのではないかという疑問や指摘も、もっともなものであります。
つまりは巨大オーガの顔の上半分だけに<フィデーリ>を当て、下半分には当てないという描写では分かりにくさが残るという判断により、第十二話の描写を一部しております。
変更前:<フィデーリ>を巨大オーガの頭部に当てて口を閉じさせない。
→変更後:<フィデーリ>を巨大オーガの右腕に当てることで巨大オーガの攻撃を止める。




