第六十話 建国の王のファン
こちらのお話は58話に出てきたもう一人の兵士のお話ということになります。お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
ダヴィド・ヴィテークは建国の王ヴォイチェスラフの話が大好きだ。
大国トウランから見事に独立を果たした彼の人生は波瀾万丈なものであり、猪突猛進過ぎる王を補佐するのは優秀な上に、個性豊かな仲間たち。生前、王は、自分のことを物語として描くのならば、自分の人生そのままを描いて欲しいと言ったらしい。
為政者によっては、自分がどれほど素晴らしい人物だったのかを誇張して表現するために、嘘に嘘を重ねた物語を作らせることもあるのだが、ヴォイチェスラフはそんなことを望みはしなかった。肖像画といえば誰しも三割から四割り増しの美丈夫に描くものなのだが、建国の王は自分の顔は自分の顔そのままに描くようにと絵描きに命じていたらしい。
ヴォイチェスラフという男は自分自身に対しては頓着しないタイプで、港を作り出すために火薬を大量に購入したは良いものの、国庫が空となって食事に困るほどになった時に、息子たちからあまりにも文句を言われたものだから、山に行って大型の猪を狩って担いで帰って来たというユニークなエピソードもあるほどだ。
だからこそ、ヴォイチェスラフ王の物語の表紙には、必ず猪の印が押されている。猪のように猪突猛進の王の旗印は猪だったのだ。今は猪が利用されることはないけれど、子供心に猪といえば建国の王と言えるくらいに馴染み深いものなのだ。
モラヴィア侯国の旗から猪が消えたのは建国の王の孫の代からのことで、
「猪は猪突猛進だと馬鹿にされることがあまりにも多過ぎる。祖父の偉業はもちろん理解しているが、我が国の心象を変えるには新しい旗を作り直したほうが良い」
と、いうことで猪の姿は消えることとなったのだった。
だから、猪の印は建国の王の本の表紙に押されるだけとなっていたのだが、ある日、辺境から現れたドラホスラフ王子率いる軍の旗印を見て、
「「「「「うぉおおおおおおおお!」」」」」
と、皆が興奮の声をあげることになったのだ。
横一列に並べられた十旒の旗印は全て建国の王の時代に使用された印であり、その中央で堂々とした姿で馬に乗るのは建国の王と全く同じ容姿に見えるドラホスラフ第三王子だったのだ。今代の侯王ヴァーツラフは中央の貴族ばかりを重用して、中道派、辺境の貴族に対しては視界にも入れないような王だった為に、彼らにとっては新しい王の登場シーンとなったのだ。
ヴァーツラフは侯都とその周囲にしか視線を向けない王だった為、無計画な伐採による自然災害が各所で起こっても、中央には関係ないと始めは無視しているような状態だったのだが、
「それでは中道派、辺境の貴族たちに謀反を起こされることになりますよ?」
と、宰相に言われて渋々腰を上げたというところがある。宰相がいなければまともな政治も出来ない侯国の王であっても、血筋だけは立派なのだ。血筋で選ぶのならば、自分たちは建国の王の生まれ変わりのようにも見えるドラホスラフ王子を支持しよう。
ヴァーツラフは祖国を南大陸に売り払い、自分は大金を手に入れて悠々自適な日々を送るつもりでいるのだろう。侯王自身が民を奴隷として蛮族に売り払うと言うのなら、そんな侯王などこちらから捨ててやる。
辺境からの進軍を抑えるために中道派貴族の兵士たちは集められることとなったのだが、先陣を切って走ってくるドラホスラフ王子をその目で見た者たちは、即座に自らの主人を変えることにした。だがしかし、
「「「「ドラホスラフ殿下万歳〜―!ドラホスラフ殿下万歳〜―!」」」」
歓呼で迎えられたドラホスラフは立ち止まることなどしなかった。
彼はそのまま皆の前で停止することなく進んでいってしまったのだが、皆が皆、
「さすが猪突猛進の建国の王の生まれ変わりだーー!」
と、勝手に決めつけて、興奮の声をあげることになったのだ。
ダヴィド・ヴィテークは『建国の王』の大ファンだった為、物語に出て来る登場人物たちのように猪突猛進の王にとにかく仕え続けようと決心をした。
猪突猛進の第三王子は何をそんなに急いでいるのかは知らないが、休みなしで敵を蹴散らし、前へ前へと進み続け、最終的には民の歓声を受けながら侯都リトミシェル入りを果たすこととなったのだ。
軍部を押さえていたドラホスラフ王子は無血開城にも成功をしたのだが、
「絶対にここで終わるわけがない!」
と、ダヴィドの勘が喚き声を上げた。
友人のアダム・シュフチークは興奮したままテラテラと馬に乗り続け、あっちこっちに戦勝の興奮と喜びを分かち合いに出掛けて行ったが、ダヴィドは城の大門を潜るなり即座に馬から飛び降り、馬に水を飲ませ、汗を拭き取り、塩を舐めさせている間に、下働きの者に何でも良いから部下に食べるものを用意するように命じた。
みんなが戦勝ムードで大騒ぎとなっている間も、血まみれの衣類を着替え、血糊のついた剣を拭き取り、銃弾の補充をして戦いの準備を始める。
「坊っちゃま?本当にこの後すぐに動き出すなんてことがあるのでしょうか?」
長年、ダヴィドに仕え続けてきた爺やが不安げに声をかけてきたのだが、
「絶対に動く!」
と、ダヴィドは断言したのだ。
建国の王が大好きなダヴィドが今まで何冊の本を読んだのか!今まで建国の王の本を何回読み返し続けてきたと思っているのか!
中道派貴族の中でも主流派ではないダヴィドは戦っている最中でも外郭も外郭、外側の外側に配置されるため、ドラホスラフ殿下の側近くまで行くことが出来なかったのだ。だからこそ、今、このチャンスを逃してしまったら一生、ドラホスラフ殿下の側近くまで行くことは出来ないだろう。
「全員!今すぐに集まってくれ!」
喜んでエールをあおり出した仲間たちを羨ましげに眺めている部下たちを集めると、ダヴィドは燃えるような眼差しで自分の麾下の兵士たちを眺め渡した。
騎兵を主軸とするダヴィドが連れている兵士は八十名であり、騎兵六十、輜重二十という形となり、輜重を担当する歩兵は後方支援のために動いている。
「今!時代が動き出す!」
今、時代が動き出すというより、すでに時代は動き出しているように見えるのだが、部下たちは黙って自分たちのリーダーであるダヴィドの覇気が溢れる顔を見つめた。
「このままでは俺たちの部隊はその他大勢で一括りされるだけで終わるだろうが、ここから抜け駆けをして大出世するぞ!」
ダヴィドは声を顰めて言い出した。
「殿下直属の部隊を見てみろ、出陣待機のままの姿勢で待ち構えているではないか」
なんで自分たちだけ休めないんだと不満顔の者たちも、思わずといった様子で生唾を飲み込んだ。
「王宮に入ったのだからしばらくの間、殿下は出て来ないだろうと皆が考えている。だからこそ、馬から鞍を外し、エールを浴びるように飲み始めている者も居るのだが、そんな馬鹿どもと同じことをしてみろ」
なにしろドラホスラフ殿下は猪突猛進過ぎるのだ。絶対にこちらの準備が整うのを待ってもくれないし、あっという間に置き去りにしてその存在を忘れてしまうのに違いない。
「これから部隊を移動する、殿下が出陣を宣言した時に一番駆けが出来る位置に移動する」
「でも・・出陣しないかもしれないし・・」
「出陣しないと考える者はついて来なくて良い、後で後悔しても知らないけどな」
結局、ダヴィドの部下は全員(輜重も含めて)王城の門のすぐ近くに陣取りをした。すると、馬に乗ったアダム・シュフチークが現れて、
「ドラホスラフ殿下に付こうと言われた時には正気かと疑ったが、まさかこんなことになろうとはな・・」
と、言いながらヘロヘロになりながら馬から降りた。
「宮殿も無血開城できたわけだし、今日はご馳走が振る舞われるのかな〜」
座り込んだアダムの呑気な言葉に、
「そんな訳ないだろう」
と、ダヴィド・ヴィテークは言い出した。
「猪突猛進の建国王の生まれ変わりが、宮殿を無血開城させただけで止まるわけがないじゃないか」
ダヴィドの部隊は十分とは言えないまでも馬を休ませ、武器の整備も行い、いつでも出発する準備は出来ている。
「騎兵隊集まれ!殿下の意向に従い!今すぐ進軍を開始する!皆の者集まれー!」
きた!キタキタキタキタ!!
「絶対にここで止まらないと思っていたんだ!皆の者!出世のチャンスだぞ!周りの者たちはまだ準備が出来ていないはずだ!我が騎兵部隊!ここに進発をする!」
「「「進発―!」」」
ダヴィド・ヴィテークは喜び勇んで自軍を進発させたのだ。
兵士のお話がもう少しだけ続きます!さてさて戦いはどんな展開を見せるのか?
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