第五十六話 アクラムとシャリーフ
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アクラムはオルシャンスカ伯爵家で従者として働く傍ら、イヤルハヴォ商会の会頭もしている。バジールの王、アルモエズの一番目の妃の従兄であり、一番目の妃が産んだ息子マシュアルを次の王にするために、マシュアルが生まれる前からモラヴィアに目を付けていたような男である。
スーリフ大陸の南方に位置するオルドゥマレ大陸は北大陸のように幹の太い木々が育つことがない。大航海時代を迎えて大型船が海上を行き交う中、大海を越えて新大陸を目指すような船を作る材料に乏しいため、大金をかけて船を購入しなければならない事情が南大陸にはある。
そのためスーリフ大陸の西端に位置し、広い森林地帯を所有するモラヴィア侯国であれば、植民地化するのに丁度良いのではないかと考えた。本来であれば海峡を挟んだすぐの場所にあるクラルヴァイン王国を手に入れられれば都合が良かったのだが、クラルヴァインは鳳陽国から精度の高い大砲、火龍砲を買い揃えている関係で防備が非常に固い。そのため、何もかもがゆるゆるのモラヴィアが丁度良いと考えられたわけだ。
バジール一国では難しい話でも周辺諸国の有力な族長たちの力を借りれば、モラヴィアの植民地化計画は進めていくことが出来るだろう。そんな時に、この話を何処からか聞きつけたクラルヴァインが火龍砲をモラヴィアへ売買する計画を進め始めたのだ。
何としでもモラヴィアが火龍砲を購入することを阻止したいアクラムは、馬鹿な侯王をオルシャンスカ伯爵に唆させて、第一王子に大砲購入のための折衝を任せることにした。
クラルヴァイン王国の王太子であるアルノルトとドラホスラフ第三王子は、学生時代に親交を温め、朋輩とも言える仲となったのだろう。隣国とはいえ他国のお家事情にここまでアルノルト王子が首を突っ込むのも第三王子が絡んでのことであり、南大陸の連合にとっても目の上のたん瘤ほどには邪魔な存在となっていた。
ただ、アクラムが仕えるお嬢様、マグダーレーナが思いのほか良い働きをしてくれているようで、彼女の言動を信じ込んでしまったブジュチスラフは宰相ウラジミールを謀反人であるとしたが為に、ウラジミールは一家を連れて侯都から逃亡。
謀反人ウラジミールを討伐するため、あっという間に中央貴族たちが集まり出す。オルシャンスカ伯爵の旗印の元に逆賊討伐のための軍が結成されたのだが、想定よりも早くモラヴィアは内戦に突入したということになる。
モラヴィア北部には侯王の弟ヤロスラフが居るため決起を起こされては困るとばかりに侯国軍は北部への警戒を高めた。侯王の指示の元、北を侯国軍が抑えている間に、オルシャンスカ伯爵に宰相を打倒せよと命じることになる。
邪魔な宰相はさっさと排除したとしても、オルシャンスカ伯爵が集めた軍は大きな問題を起こすだろう。何しろ中央貴族の多くが麻薬に汚染されているような状態なのだ。麻薬欲しさに簡単に騒動を起こすような輩ばかりなため、ここから泥沼の内戦に導く予定で居たのだが・・
「会頭、まずいですよ。オピを集積する倉庫がまた襲撃を受けて燃やされました。これで倉庫が燃やされるのは八軒目になりますよ」
アクラムが商会の事務所に顔を出すと、補佐の男が真っ青な顔となって言い出した。
「海上からの輸送も途絶えている中で、蓄積していた分が底をつきます。貴族どもの中には禁断症状が出ている者も居るほどで、収拾がつかない状況になっています」
「オピの輸入が止まったのは、クラルヴァイン王国側が海賊退治に自国の艦隊を投入しているからだ。海賊を集結させてモラヴィアの海岸線を襲うという案がクラルヴァインに漏れたようだ」
「それじゃあ倉庫を燃やしているのもクラルヴァインが絡んでのことですか?」
「いや、それは梟の仕業なのだと思う」
「梟って・・滅びたトウランの諜報組織ですよね?ファナ妃が死んだのはうちの所為ではないのに、何か勘違いされているってことですか?」
「ファナ妃は死んでいない」
アクラムは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「ファナ妃はブジュチスラフ王子に見切りを付けて、梟と共に逃げたんだ」
アクラムの計画は順調そのものだったというのに、ファナ妃が姿を消してからというもの、あっという間に全てがおかしくなっていったのだ。
「マシュアル様を次のバジールの王にするため、モラヴィアを植民地として献上しようと画策していたのに、失敗に終わるかもしれない」
「しれないじゃなくて、失敗するんだよ」
驚いたアクラムが振り返ると、美女と見紛うほどに美しい男が、妖艶な笑みを浮かべてやってくる。イヤルハヴォ商会は扱う品に麻薬があるため内部は厳重に警備されている。余所者はまず入って来られない構造となっているのだ。
それを全て突破してきた男は爽やかな笑みを浮かべると、執務机の前で補佐の男と話し込んでいたアクラムの元へやって来た。
「貴方は・・アルマ公国のシャリーフ公子」
シャリーフは母親の身分が低い事もあって南大陸の玄関口とも言われるアルマ公国の中では扱いが低いものの、グランナーダの美姫と呼ばれる母に良く似た稀に見る美丈夫としても有名だ。
「何故、貴方がここに・・」
「何故?そんなことをイヤルハヴォ商会の会頭であるアクラム殿が言うのか?」
蔑むような眼差しをアクラム向けたシャリーフは、大きく肩をすくめながら言い出した。
「君たちは南大陸の国々をまとめて連合軍なるものを即席で作ったようだが、肝心の海賊どもがセレドニオ率いるクラルヴァインの艦隊に駆逐されてしまったことは耳にまで届いているのかい?」
それはアクラムもすでに知っている。
愚かな一部の海賊たちがモラヴィアだけでなくクラルヴァインの海岸線に襲撃をかけたがために、クラルヴァイン王国は本腰を入れて海賊討伐に乗り出すことになったのだ。
「色々と策を弄していたようだが、全ては失敗に終わったと言えるだろう。北を牽制するために用意した侯国軍は王弟ヤロスラフを後ろ盾とするドラホスラフ第三王子に合流。逆らう者は踏み潰しながら軍を進めているって言うんだから怖い話だよ。それに、オルシャンスカ伯爵は宰相の軍を相手に倍以上の兵士を用意しながら苦戦を続けている。本当にしょぼい話なんだけど仕方ないよ、だって宰相の軍にはクラルヴァインの砲撃部隊が参入したんだものね」
シャリーフが開け放ったままの扉から次々とライフル銃を構えた男たちが入ってくる。シャリーフが麾下として育てているアルマ公国の精鋭部隊に違いない。
「アクラム殿には君が知らない情報を一つ教えておいてやろう、バジールの第一妃が産んだマシャアル王子だがな、母子共に死んだぞ」
「なっ!」
「バジールの王は花嫁を娶ることを商売としていた。バジールに一度嫁がせれば二度と外に出て来られないということで、嫁入りさせる方も多額の持参金を用意する。これは金を間に挟んだ契約ということになるのだが、それを破棄したお前らは当然の報いを受けることになる」
アクラムの背中を冷や汗が流れ落ちていく。
「契約を破ることは死ぬことと同じこと、モラヴィアを植民地だとか何とかいう世迷言など関係ない。アルモエズ王は王位を退き、第三妃の息子が王位を継承した。故に、ハーレムも一度解散することになるそうだ」
「そ・・そんな・・」
モラヴィアを手に入れられるのなら、後はどうにでもなると考えていた。クラルヴァイン王国への留学経験があるエルハムを利用しようと考えたのはバジールの第一妃だったのだが、それを止めなかったのはエルハムの意思もあったから。
「エルハム様が望んでモラヴィアへやって来たのであって」
「エルハムが望んでも決してハーレムの外に出さない契約だっただろう?」
シャリーフは花開くような笑みを浮かべながら言い出した。
「それで?エルハムは何処にいる?お前の家にも娼館の方にも居なかったのだが、私の妹は何処にいる?」
何処に居るのだと問われても、アクラムは答えることが出来ない。
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